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僕は捨てられた。3

 入団資格を得たハインリッヒは、第五騎士団の入団試験を受けた。

 想像より遥かに簡単だった。

 騎士団長の説明曰く、重篤な疾患や病がなければ基本的に受かるようになっていると笑いながら説明される。

 例の貴族子息も合格していた。

 俺様だからな! と何故か胸を張りに来たが、団長の説明で真っ赤になって俯いてしまったところをみると、羞恥心は一応あるようだ。


『入ってからが大変だからなー。頑張って上を目指せよー』


 と、何故かばんばんハインリッヒの肩を叩きながら言われた。

 地味に肩が痛かった。



 今日もまた。


「頑張ってるか! ハインリッヒ!」


 と肩をばんばん叩かれる。

 入団試験で初めて肩を叩かれてから、ハインリッヒは何かと騎士団長に肩を叩かれていた。

 よほど見込みがないと思われているのかと内心で溜め息を吐けば、フリッツとホルガーに期待されてるな! と頭を撫でながら慰められる。

 期待されている雰囲気ではないのだが……と二人の手を払ったのだが。

 

「リッヒって自己評価が低いよな。お前、本当に期待されてんだよ」


 何度も言わせんなよ! と、すっかり平民たちのまとめ役となっていた、ギーことギードが割り込んできた。

 彼の背後にいる同期もうんうんと頷いていた。

 釈然としないのだが、ハインリッヒは上官たちから期待されているらしい。


「努力しただけ成果がでる奴なんて、そんなにいないからなぁ。あと顔可愛いし、性格良いし、素直だし」

 

「……顔は関係あるのか?」


「あるよ! お坊ちゃんがしつこく絡むのって、結局のところお前を独占したいからだと思うし」


「僕はミーナ以外に独占されたいとは思わないけど」


「まーな。リッヒとホルからも散々聞かされてるから、俺らは納得しているけどよ。お坊ちゃんは頭の中がお花畑だからなぁ……」


 貴族の子息たちとの仲も実は然程悪くない。

 坊ちゃんが酷すぎて、他が真っ当に見えるのだ。

 同じ貴族と思われたくないと言って、本来貴族はこういうものだからと丁寧に説明してくれる同期までいる。

 

「坊ちゃんもこのままじゃ、マズいと思うんだけどなぁ。いい加減お花畑が枯れないかなぁ……」


 貴族と平民の間に入る機会が多いギードの溜め息は深い。

 ギードが一番よく使う薬は騎士団員らしくない、胃薬なのだ。


「だよなぁ……同期で溝を作ってる場合じゃねぇっつーの!」


 そう。

 入団して三ヶ月。

 同期の中でも明確なグループ分けがされてきた頃。

 上官たちの異様な扱きにあっていたのだ。


 第五騎士団長は良い。


 俺が皆を育てて上に上げてやるんだ! 


 と。

 貴族位にありながらも孤児、平民、貴族、関係なく平等に鍛えてくれる。

 だが、本来なら団長を助けるべき副団長が酷い上官だったのだ。

 上の者には媚び諂い、下の者には理不尽に八つ当たりをしまくるという困った性分だった。


 騎士団の募集は基本年一度。

 ハインリッヒの代で孤児は三人。

 いない年もあるらしく、三人は多いと聞いていた。

 たまたまこの年は平民も多く、副団長より高位の貴族もいなかった。

 そのせいだろうか。

 増長して、暴走しているのだ。

 団長のいる前では貴族子息を贔屓する程度なので気づかない。 

 少々貴族を贔屓するが団長をよく助ける、できた副団長を見事に演じていた。

 多忙の団長に代わり副団長が指示をする日は多かったので、真っ当な者たちは疲弊していた。


「ハインリッヒ! どうした? もっと尻をふれ!」


 団長がいないときしか行われない特殊訓練。

 地面に四つん這いになって、上官に向かって尻を振り続けるという、何処が鍛えられるのだろうか? と真剣に考えてしまう訓練を何時間もさせられる。

 

「ハインリッヒ! そのお綺麗な顔を上げろ! 上官たちを見るんだよ。 何だ? その、僕は何をやっているんだろう? という顔は。もっと悔しそうな顔をしろ! 涙目で、僕が悪かったですぅ……と懇願してみろ!」


 騎士団の訓練は体を効率よく鍛えるために、どんな訓練についても事前に詳しい説明がされる。

 筋肉が鍛えられた結果、こんな迅速な動きができるようになる……などといった感じだ。

 講師をしてくれる上官は頭の回転がよろしくないハインリッヒでも、理解できるように噛み砕いて説明してくれるので、尊敬している上官の一人だ。


「副団長! 自分もそちらに行ってよろしいでしょうか?」


「……うむ。いいぞ」


 腹筋をサボっていた坊ちゃんが、返事を待たずに副団長に走り寄っていき、貴族だけが許された荷物置き場から持ってきた包みを渡す。

 副団長は厳しかった表情を一瞬だけ緩めながら許可を出す。


「酒だな。賄賂用にしては高価なんだろうよ」


「坊ちゃんの親は賄賂にどれぐらい金を使っているんだろうな」


「あそこ、評判はよくないけど、金を持っているからなぁ……」


 フリッツ、ホルガー、ギードの声は大きくない。

 ハインリッヒは訓練……というよりは授業? で学んだ読唇術を駆使して、彼らの会話を理解している。

 ちなみに読唇術の習得加減はハインリッヒ、ホルガー、ギード、フリッツとなっていた。

 その読唇術の取得が遅れているフリッツよりも、坊ちゃんは遥かに遅れている。

 新しい団員が入ってくる頃には、騎士団員としての能力が足りていないと、退団を通告されるだろう。

 せめて真剣に訓練をすればいいのにと、思ってしまう。

 

「喋る余裕があるなら、追加で一時間だな。もっと激しく振るんだよ」


 歩み寄ってきた副団長がハインリッヒの尻を叩く。

 ぱーん、ぱーんといい音がした。

 いやらしく触られるよりはマシなのだが地味に痛い。


「副団長! ヘッドを希望します!」


 ハインリッヒの尻を心配したのだろうか。

 フリッツが声を上げる。

 ヘッドとは、騎士団内での隠語でトイレを指す。

 特別な訓練以外では、希望すれば許される数少ない訓練を離脱できる理由だ。


「貴様は尻の穴が緩いな? ハインリッヒが緩いのはわかるが、貴様も緩いのか。孤児は全員股と尻が緩いのであろうな」


「……自分の尻穴が緩いからって、皆がそうと思うなよ?」


「見せつけるのが趣味か知らんけど、訓練中に盛るのはやめてほしいよな……」


 一般的には秘めた関係が好ましいとされている男色だが、騎士団内では推奨されていた。

 女性を相手に無体を働くよりはよいだろうという判断らしい。

 ハインリッヒもよく求められるが全て断っていた。

 断ると出世に関わるだの、友人たちを酷い目に遇わせてもいいのかだのと脅されたが、無駄な脅しに屈する理由もない。

 出世など興味はないし、友人は酷い目にあいかければ返り討ちにして溜飲を下げる猛者たちばかりだからだ。


「ヘッドの行き過ぎはよくないからな。大か? それとも小か? 小なら漏らしてもいいぞ!」


「大であります!」


「くっそ緩い尻穴だな! 仕方ない。漏らしていいぞ」


 散々叩いた尻をいやらしく撫でながら、フリッツに許可を出している。

 そんな許可がおりたところで実行するのは極限状態に置かれているときだけだろう。

 叩かれた尻は痛みよりも熱を持っており、触られると擽ったいのが困る。

 痛みより痒い方が耐えきれないと言ったのは誰だっただろうか。 

 ハインリッヒも痒さに耐えかねて尻をくねらせる。


「なんだ。ハインリッヒ。誘っているのか? 貴様がどうしてもというのなら使ってやってもいいが……」


「副団長! ヘッドの許可を出さなかったというのは誠か!」


 常ならば穏やかな表情を保っている講師を勤めている上官が、厳しい表情で怒声を放ちながら走ってきた。

 その背後にはぴったりと貴族子息が数人ついてきている。

 遅くなってごめん! と言っているのが読唇術で読み取れた。

 真っ当な上官に助けを呼びに行ってくれたようだ。


「え? は! いいえ、許可は出しております、カールハインツ殿」


「何時までハインリッヒの尻を撫でているのだ? さっさと離れなさい!」


「こ、これはハインリッヒに懇願されて撫でているのであります。痛いから撫でてほしいとしつこく懇願されたので慈悲深い自分が仕方なく……」


「ヘッドの許可を出さない。性的な目的で本人の許可なく触れる。新しい訓練に対する事前説明無しで行う。全て騎士団法に反するぞ! 本日は貴様の進退を問う会議を行う! 副団長に従っている者も同罪だ!」


「そ、そんな馬鹿な! ハインリッヒが美しいのが悪いのです! 淫らに誘惑するハインリッヒにこそ罪があるのです」


 ハインリッヒには全く身に覚えがない。

 淫らに誘惑してハインリッヒに溺れてほしいのはヴィルヘルミーナだけだ。


「カールハインツ上官の真っ当さには感謝しかないけど……リッヒがまたミーナのこと考えてるわ」


「本当に、ぶれないよな。お前」


「というか、リッツ。ヘッドに行かなくて大丈夫か?」


「ああ、尻叩きを止めさせたかっただけだから大丈夫だぜ。でも、せっかくだから行っておくか」


「行かないとサボり目的で罰せられるかもしれないしな」


 三人が立ち上がってハインリッヒを待っているので、ゆっくりと体を起こした。

 尻以外にも膝と掌が痛む。


「ヘッドに行ったあと、全員で医務室へ行っておこう」


「お、そうだな。診断書も出してもらおうぜ。リッヒは尻に軟膏を塗ってもらえよ」


「……じいちゃん先生がいるといいんだが」


「あー。若い奴らにリッヒの尻を任せたら鼻血噴いて卒倒しそうだもんなぁ……」


 既に何度か経験がある。

 爺ちゃん先生は若いのぅと笑いながら治療をしてくれて、ハインリッヒに非があるとは絶対に言わない。

 鼻血を出した医員にも注意をするだけだった。

 曰く。


『高嶺の花に憧れているだけじゃからのぅ、そのうち慣れるわい』


 ……とのこと。


「次の副団長が真っ当な奴だとありがてぇんだけどなぁ」


「貴族贔屓程度が理想だな」


「あ、あとで御礼も言っとかないとだな」


「忘れずに感謝を伝えに行こう」


 などと話をしながら医務室へと向かった。


 会議の結果。

 副団長とその取り巻きは退団となった。

 以前にも似たような不祥事を起こしていたようだ。

 坊ちゃんは残念ながら注意と罰金だけで終わってしまった。

 ギードの推測によると、ぎりぎりまで金を搾り取る心積もりなんだと思う、とのことらしい。

 早くいなくなってほしいと思うも、尊敬する人たちが少しでも心身が豊かに過ごせるのに金が必要なのは理解できたので、ハインリッヒは坊ちゃんの退団を辛抱強く待つと心に誓った。

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