表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

僕は捨てられた。2

 孤児院から騎士団預かり、預かりから正式な入団資格を得たハインリッヒはその際、アーレルスマイアーの姓を賜った。

 破格の扱いではない。

 むしろよほどの例外を除いて姓を賜るのが通例だ。

 その際不祥事を起こせば姓も奪われる流れとなっている。


 騎士団へ入るには実力か縁が不可欠だった。

 孤児院から騎士団へ入団するのにも同様。

 ハインリッヒの場合は縁だ。

 強力な縁といっても大げさではない。

 秘されてはいるがハインリッヒの父親は今は亡き王弟。

 王族一の放蕩者と揶揄されて、王族の立場を失う寸前で事故死した。

 誰もが王の手配による暗殺だろうと言っている。

 王族では亡くなる前に、王族として逝かせたのだと。

 

 放蕩者の王弟には庶子が多かった。

 そのほとんどが孤児院へと追いやられている。

 ハインリッヒもその一人だ。

 王弟が存命であれば断種されて、聖職者とする予定だったと聞いた。

 しかし王弟の死を持って庶子たちの未来も変化するらしい。

 ハインリッヒは整った目鼻立ちだったため、本来であれば婿要員として即時出荷される手はずが整えられていた。

 だが騎士団に泣きついたことで、騎士団で鍛え抜いてから出荷した方が高く売れるのでは? と判断されたらしい。


 俺様に感謝しろよー! とハインリッヒの金髪をぐしゃぐしゃにした第一騎士団の団長が丁寧に説明してくれた。 


 騎士団は五つの団からなり、その上に近衛騎士団が立っている。

 近衛騎士団は特殊なので別枠。

 第一騎士団が高位で第五騎士団が下位。

 第一騎士団長ともなれば、実力と縁がなければなれるものではない。

 騎士を目指す者ならば誰もが憧れる存在だ。

 公爵家の次男という高位にありながらも、粗野で、それ以上に慈悲深いと有名な御仁。

 ハインリッヒの待遇も彼が手配してくれたと、後日聞いた。



「おい! 貴様、どうして騎士団長様に話しかけられるんだ?」


 騎士団入団の初日。

 役職付きしか入れない執務室に呼び出されたのを、見ていた誰かがいたようだ。


「……さぁ?」


「さぁ、だと。しらばっくれてんじゃねぇよ!」


 年の頃は同じだろうか。

 甘やかされた結果できあがった、暴力的な貴族の坊ちゃんです! と顔に書いてある団員に難癖をつけられた。

 

「そのお綺麗な顔で、言い寄ったんかよ? ああん?」


 ハインリッヒが全身全霊を込めて言い寄ったとしても、破顔して真っ向から拒否するだろう第一騎士団の長は。

 そもそも騎士を目指す者なら誰もが憧れる騎士団長を貶めている発言だと、彼は気がつかないのだろうか。

 気がつかないのだろうな。


「人目を忍んで呼びつけるんだから、強力な縁があるんだって。孤児の俺らでもわかるぜ。なぁ?」


「おうよ。お貴族のお坊ちゃまなんだろうけど。孤児より頭悪りぃんだな。御両親が揃ってるのにそれかよ。可哀想にな、御両親が」


 孤児院出は率先してハインリッヒを虐めていた孤児たちが、今はしたり顔で庇ってくる。

釈然としないものがないではないが、彼らからはきちんとした謝罪を受けていた。

孤児院から騎士団に来るまでの馬車の中で、彼らはハインリッヒを虐めていた理由なども教えてくれたのだ。

 ヴィルヘルミーナがいたからか女子がハインリッヒに近付いてくることはなかったのだが、彼ら曰く。

 ハインリッヒは孤児院にいる大半の女子に好かれていたらしいのだ。

 全く気がつかなかった。

 男で泣き虫なんて嫌われるだけだと考えていたのだが、美形の泣き顔は鑑賞に値するのだとか。

 一生懸命説明されたのだが、心の底から納得はできていない。

 あとはヴィルヘルミーナが庇うのも悔しかったようだ。

 ヴィルヘルミーナの言葉は何時でも真摯で説得力があり、年長者も一目置いていた。

 そんな彼女がハインリッヒばかりを構うのが気に食わなかったと言われた。

 もし自分が彼らの立場だったら、やはり腹を立てていたかもしれない。

 その点は理解できた。


 だからといって多人数による暴言や暴力が許されるはずはなかった。

 ヴィルヘルミーナは綺麗な顔に残る怪我まで負ってしまったが、ハインリッヒとて無傷とはいかなかったのだ。

 傷痕こそ残っていないが数か月包帯が取れない怪我もさせられた。

 何より傷は目に見えるものだけではない。

 暴言はハインリッヒの心を酷く傷つけた。

 ヴィルヘルミーナが言葉を尽くしてくれなければ、精神を病んでいただろう。

 

 けれどそうやってずっとハインリッヒを助けてくれたヴィルヘルミーナが言ったのだ。

 心から反省した上での謝罪であるのなら、真摯に向かい合うべきだと。


 ヴィルヘルミーナの言葉を胸に考えれば、彼らの謝罪を受け入れる気になった。

 彼らは言葉での謝罪だけでなく、今後も償いをすると言ってきたからだ。

 現時点でハインリッヒは非力だった。

 ヴィルヘルミーナの背中に隠れるだけでは駄目だと思い、こっそりと訓練を始めたばかりなので、当然実力はない。

 正式に騎士団に入団できたとしても、孤児院にいたときのように理不尽な嫌がらせを受ける可能性は高かった。

 ハインリッヒに比べて各段に空気を読める二人は、己の体を盾にしてハインリッヒを守ると約束してくれたのだ。

 迷うハインリッヒに向かってこう言ったのが決断の決め手だった。


『『ヴィルヘルミーナの名にかけて、ヴィルヘルミーナの代わりにお前を守り抜いてやるよ』』

 

 二人が声を揃えて宣言してくれた。


 馬車の中、黙ってハインリッヒたちのやり取りを聞いていた騎士団長の口元が楽しそうに持ち上がったのも記憶している。


「お、俺の両親は子爵だぞ! 偉いんだからな!」


 どちらかと言えば下位貴族。

 縁だけであれば第四騎士団までがやっとの爵位。


「御両親は子爵様でえらいんだろう。でもお前は子爵様の子供ってだけだろ?」


「きっと嫡男でもないんだよな? 縁だけの坊ちゃんより、俺ら。出世できると思うぜ」


 孤児二人は喧嘩っ早く腕っ節もなかなかだ。

 最年長の男子どころか、職員たちにすら勝っていたほどに。

 井の中の蛙とはいえ、理不尽な暴力を撥ね除けてきた二人より、甘やかされた貴族子息の方が間違いなく弱いだろう。


「ふ、二人に庇われて、お前はお姫様かよ!」


 お姫様はヴィルヘルミーナだ。

 本当は彼女の背後に隠れるのではなくて、彼女を背中に庇いたかった。


「ぎゃ!」


 ハインリッヒは思いきって子息の腹に向かって頭突きをした。

 初めての試みだったので勢いよく転んでしまったが、なかなかの攻撃力だったようだ。

 子息は地面に倒れ込んで嘔吐してしまった。

 ハインリッヒよりも打たれ弱かったらしい。


「お、やるなぁ、リッヒ」


「うんうん。この調子ならミーナの騎士になれるんじゃね?」


 笑顔の二人が手を貸してくれたので、ハインリッヒは勢いよく腰を上げられた。

 子息は人望がないらしい。

 手を差し伸べる者はいなかった。


「はぁ。お前らには騎士の心得から教えてやらなきゃなんねぇなぁ?」


 ごつごつごつんと仲良く拳骨をもらってしまった。


「俺らもですか?」


「当たり前だ。喧嘩は基本両成敗。つーか騎士は喧嘩御法度だぞ?」


「例外はあると教えていただきましたが」


「全く口達者だなぁ。孤児だからか?」


「それもありますかね。っていうか、第五騎士団長。喧嘩両成敗ならあいつはどんな罰を受けるんで?」


「御両親に連絡だ」


 二人は唇を突き出すという幼い抗議をしてみせる。

 しかしハインリッヒは拳骨よりも酷い罰なのではないかと考えた。

 孤児院で読んだ物語に書かれていたのだ。

 平民よりも貴族の方が責任がある分、罰が重いのだと。


 子息は第五騎士団長に連れられて何処かへ行ってしまった。


「孤児上がりは強ぇなぁ」


「なんだ、やるのかよ?」


 遠巻きに見ていた同期になるのだろう集団の中から一人が歩み寄ってきた。

 気さくに声をかけてくるのに、反発した孤児……友人? の一人が反射的に牙を剥く。

 しかし男は動じなかった。


「まぁ、俺も平民だからさ。似たようなもんよ」


「……でも両親はいるんだろ?」


 孤児院に入る子供の大半に両親はいない。

 いてもいない方がマシな両親ばかり。

 極々事情があって双方納得の元に一時預かりとする例もあるのだが、ハインリッヒがいた孤児院でそんな幸せな子供はいなかった。


「いるけどなぁ……三男以下に喰わせる飯はねぇって、両親だからなぁ……」


「……ごめん」


 女子であれば高く売れる。

 だが男子はそうでない。

 騎士団に売られたのだとしたら縁はあるのだと思うが、帰る家はないのだろう。

 ハインリッヒたちと同じだ。

 自分の手で帰る場所を作るしかない。


「いいって。お前らの孤児院はいろいろな意味で有名だから。全方位敵だと思う気持ちもわかるけどさ。俺ら同期になるみてーだし。貴族子息はあんなんが多いから。俺らだけでも仲良くやろうぜ!」


「……ま、信用できる仲間は何人いてもいいからな。いいか、リッヒ。リッツ」


「ああ、俺はいいぜ。リッヒは?」


「……二人が信用するというのなら、僕も信用できるように頑張るよ」


 力をつけるのに人の手は多い方がいい。

 ハインリッヒは二人にならって平民の男子と握手をするべく手を差し出した。


 そのあとも遠巻きに見ていた男子がわらわらと寄ってきて一方的に自己紹介をされた。

 孤児に対して好意的なのに驚かされる。


「なぁ、リッヒ。名前、何人覚えられた?」


「一人だけ」


「お、おう。ギードだけか?」


「そう」


「リッツは?」


「俺は十人ぐらいかな。早く覚えないと……リッヒも頑張れよ。たぶん俺らよりお前の方が記憶力がいいからな」


「わかったよ」


 素直に頷くハインリッヒの肩を、孤児院仲間の二人……リッツことフリッツ、ホルことホルガー……がぽんぽんと優しく叩いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ