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拒否できぬ依頼。3

 驚くべきことに、王子たちには婚約者がいない。

 正妃がテオドールの婚約者を決めかねているために、他の王子たちの婚約者を決定できないのだとか。

 だからかもしれないが王子付きメイドの中には高位貴族の御令嬢が多い。


「この恥知らずが!」


 メイドにも当然序列がある。

 どの王子にもメイドとしての完璧な対応をするメイド長の次に優先すべきなのは、ジークヴァルト付きの公爵令嬢……のはずなのだが、一番声が大きいと揶揄されているのは今目の前で汚水をぶちまけてきたテオドール付きの公爵令嬢。

 自らバケツを持っていたのは尊敬に値する。

 普通はもっと下の者に持たせるのだから。

 しかもそんなに重い物など持った経験がないのだろう。

 腕がぷるぷるしていたのには、内心で笑ってしまった。


「きゃあ!」


 本来であれば可愛く悲鳴を上げるのはヴィルヘルミーナだった。

 汚水を被ったくらいでヴィルヘルミーナが騒ぎ立てるはずもないのだが、ぶちまけた方々はそう思い込んでいる。

 だが悲鳴を上げたのは、公爵令嬢と、身分が下にも関わらずその公爵令嬢を上手く操っていると勘違いしている女性たち。


「ど、どうして私たちが被ってるのよ!」


 それはヴィルヘルミーナが防護魔法を使っているからだ。

 常時発動は疲れるのだが仕方ない。

 汚水を被るくらい何の問題もないのだが、王子たちが激怒してしまう。

 以前ヴィルヘルミーナをずぶ濡れにさせたメイドが、紹介状もなしに王城から放逐されたのを、彼女たちは知らないのだろうか。

 

「それはミーナが防護魔法を使っているからですよ。本当にお馬鹿さんですねぇ。貴女たちは」


 や、お馬鹿なのは貴様だ。

 そして私をミーナと呼ぶな!

 そう呼んでいいのは師匠と大切な幼馴染みだけだ。

 王子たちは……主人だから仕方ないとしても。

 貴様にはそう呼ばれたくない。


 公爵令嬢たちが何か仕出かすと踏んで、つけ回していたのだろう。

 メイドたちより厄介なのは従者たちだ。

王子たちに気に入られようとヴィルヘルミーナから情報を聞き出そうとするし、隙あらば押し倒そうとしてくれる。

 王子たちに伝えてしまえば、去勢の上で紹介状なしの放逐と、厳しい対応をされてしまうので告げられない。

 そうわかっていて図々しい態度を取ってくる筆頭がこの従者だ。

 今も如何にもヴィルヘルミーナの味方は僕しかいませんよ! という表情でヴィルヘルミーナの腰を抱こうとする。


「自分の名前はヴィルヘルミーナです。ミーナと呼ぶのは止めてください」


「つれないなぁ。君と僕との仲じゃないか!」


「同じ王子に仕える同僚という以外に、何の関係もございません。それでは失礼いたします」


「ちょ! 待ってよ! ここの始末をつけないと駄目だろう?」


「……どうして自分が? 汚したのは彼女たちではございませんか。彼女たちが掃除をして済む話でございましょう?」


「えぇ? それじゃ駄目でしょう! 王子たちに言って、彼女たちを断罪してもらわないと」


 断罪。

 随分と大げさな物言いだ。

 最近流行の小説に影響されているのだろうか。

 そういえばこの男は無駄に貴族令嬢が好みそうな話題に精通しているのだった。


「自分は少々時間を取られただけです。それ以上の何ものでもございません」


「な、生意気な口をきくんじゃないわよ!」


 メイドの一人がだんだんと汚水で汚れた床で地団駄を踏む。

 水が飛び散って余計な仕事が増えるだけなのだと、一生彼女は気がつけないのだろうか。

 案外、間を置かずに理解できるようになるかもしれない。

 そろそろ王子たちについている影が消えて時間が経過している。


「……これで三度目ですね。これ以上の温情は許さぬと王子様方がおっしゃいました」


「……何、自分は関係ない、どころかざまぁみろという顔をしているんだ。お前もだよ。お前は彼女たちより罪が重いからな?」


 メイド長と侍従長が足早にやってきた。

 足早でも急いだ感じがないのはさすがだ。

 見習いたい。


「ヴィルヘルミーナは仕事に戻りなさい。彼女たちが貴女を煩わせる未来はもうありません」


「こいつを見せしめにすれば、他の侍従も理解するだろう。迷惑をかけたな」


 二人の眼差しはヴィルヘルミーナに甘かった。

 己の仕事に誇りを持っている二人は、真面目に仕事をする者に対しては目をかけているのだ。

 

「たかがメイド如きが!」


「貴女方がメイドとして王城に勤めている以上、私の方が上なのだと。最後まで理解できませんでしたね。残念です」


「自分だけが特別に温情を与えられていたと勘違いするのはやめろ。貴様を侍従として留め置くのに父親がどれほどのものを捧げたのか、理解しないと奪爵もありえるぞ」


「だっしゃ、奪爵、だと?」


 侍従は侯爵家の三男だったはず。

 彼のせいで侯爵家の奪爵となると、どれほどの罪を犯していたのだろうか。

 火の粉を受けるのが自分だけならばと調べておかなかった迂闊さを反省する。

 奪爵が決まったわけではないし、今更感はあるが調べておこう。


「結果はヴェンデリン様、立ち会いの下で報告の予定です」


「了解いたしました。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


「や。本当に迷惑かけてすまなかった」


 二人揃って深々と頭を下げるので、ヴィルヘルミーナは更に深く頭を下げて、本来行くべきだった場所へと向かった。



「お! ミーナ。何時も助かるぜ」


 訓練のために剣を振るっていたヴェンデリンが手を止めて近寄ってくる。


「はい。お疲れ様です。ヴェンデリン様」


 ヴィルヘルミーナはヴェンデリンに洗い立てのタオルを手渡す。


「くぅ! お前は渡してくるタオルまで最高だな!」


「恐れ入ります」


 組織での洗濯もヴィルヘルミーナが請け負っていた。

 放っておくと幾らでも洗い物を貯め込む輩が多かったのだ。

 その筆頭がアブグルントだった。


『放置しておいたら毒キノコとか採取できるかもしれないでしょう?』


 そんな理由をまくしたてていたが、本当のところは、単純に面倒だったというだけだろう。

 しかし実際毒キノコが採取できてしまったのには驚かされた。

 アブグルントは強運でもあるのだ。


 他の騎士たちはヴェンデリンを羨ましそうに見ながらも、他のメイドたちが洗ったタオルで汗を拭っている。

 ヴィルヘルミーナに忠実なメイドたちが懸命に洗っているので、かなりのふかふか具合なのだが騎士たちには物足りないらしい。


「こちらもどうぞ」


「いただくぜ」


 言葉遣いは王子らしくないが、下の者にもきちんと礼を言ってくれる。

 しみじみこの国の王子たちは全員性格が良かった。

 というか、正妃以外は民が望む理想の王族であるとすら思う。

 

 メイド長直伝の飲み物は騎士たちに好評だ。

 こちらはレシピがきちんとしているので、誰が作っても同じ味になる。

 全くもって尊敬できる上司だ。

 何処かの組織の長とは大違いです!


「……そういえば、テオ兄から何か言われたか?」


「いいえ、本日テオドール様にはまだお会いしておりませんが」


「そっか。ミーナは一応俺のメイドだもんな。お茶のとき以外は会わないか」


「ええ、そうですね」


 ジークヴァルトには希に声をかけられるし、ハルトヴィヒやエーミールには時々突撃されるがテオドールからの接触は、ティータイム以外は皆無だった。


「俺から言ってもいいか迷うんだけど……正妃様からミーナの引き抜きを命じられたらしいぜ」


「……孤児上がりの自分を、ですか?」


 打診ではなく命令らしい。

 一応ヴィルヘルミーナはテオドールではなく、ヴェンデリン付のメイドなのだが。


「俺も驚いたけど、それだけ気に入ったんだと思うぜ。お前の手作り菓子。目の前で作ってくれるから毒の心配をしなくていいってのも魅力らしい」


 確かにティータイムでは魔法を使って、王子たちの目の前でさくさくと菓子の仕上げをしてる。

 だからといって材料に仕込まれている可能性はあるだろうに。

 王城に入ってからのヴィルヘルミーナに不審な点が窺えなかったのか、それとも組織に属している暗殺者だと調べ上げたのか。

 正妃には実家独自の情報網もある。

 王族のそれを使わずともヴィルヘルミーナの素性を調べるのは簡単だろう。

 

「お断りできるものなら、したいですね」


「さすがにミーナの引き抜きは無理だろう。ジーク兄上が許さないと思う」


「テオドール様に不愉快な思いをさせたくはないのです」


「あーね。テオ兄も母親が困った人で大変だよなぁ。ただ、きちんと断ったみたいだよ。ジーク兄上が引き抜いてきた相手を母上の我が儘では動かせませんって、きっぱり言い切ったって」


 それは随分と思い切ったことをしたものだ。

 今までテオドールは正妃が暴走しないように、どこまでもやんわりと断っていた。

 ここにきて自分の意見を押し通そうとしたのであれば、正妃の暗殺が確定したのかもしれない。

 王城内にアブグルントの気配は感じられなかったが、彼が本気で忍べば組織の幹部でも捜せないのだ。

 王族についている影でも、正妃実家の護衛でも無理だろう。


 不意に甘い香りが鼻を掠めた。

 アブグルントがよく使う解毒剤のない毒の香りだ。

 実際香っているわけではない。

 ただヴィルヘルミーナはこれが予兆なのだと理解している。

 この予兆のお蔭でヴィルヘルミーナは幾度も大事な幼馴染みを守ってきたのだ。

 彼は今頃どうしているだろう。

 泣き虫が少しは改善していればいいのだが。


「ミーナ、どうした?」


「はい。どうしたと申しますと?」


「いや、可愛く笑っていたからさ」


 照れたように頬を掻きながらそんな言葉を呟く。

 どうやら思い出し笑いをしていたようだ。


「ふふふ。泣き虫だった幼馴染みを思い出していたのです。彼も騎士になりたいと言っていたので」


「へぇ、そうなんだ。なれているといいな」


 そうですね、とは言わなかった。

 代わりに静かに微笑んでおく。


 王城の騎士ですら清廉でない者もいる。

 名ばかりの騎士に揉まれるくらいなら、騎士になどなってほしくない。

 もう、ヴィルヘルミーナが彼を守ることはできないのだから。

 何より騎士とは名ばかりの粗雑な輩に、大切な幼馴染みが傷つけられるなんて業腹だ。


 柔らかく降り注ぐ日の光に幼馴染みの髪の金色を。

 そよぐ木々の葉に幼馴染みの瞳の緑色を見いだしながら。

 ヴィルヘルミーナは目を細め、微笑を僅かに深くした。

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