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呆気なく絆された。3

 


 ヴィルヘルミーナはその日。

 ハインリッヒと二人で王子たちからの招待を受けた。

 

「……ジークヴァルト様。姫に教えを請われたのですか?」


「そうだ。彼の国の王族は一芸に秀でなければならない。姫は料理を嗜んだようだ」


 テーブルの上には彼の国の料理がテーブルの上に並んでいる。

 皿よりも器に盛り付けられた料理は素朴で、何処か温かみを感じるものだった。


「正式な婚約者になったからと、腕を振るってくれたのだ。どれも美味だったよ。その中で比較的簡単に作れるメニューを選んでもらった。この料理は私が作ったぞ」


 正式に隣国の姫と婚約を結んだジークヴァルトは、以前より難しい顔をする時間が減っている。

 輿入れの前に少しでも国に馴染めるようにと、一か月ほど姫が滞在しているのだ。

 生真面目で常に厳格な態度だったジークヴァルトも、聡明で嫋やかな姫への接し方は何処までも穏やかだった。

 社交はほどほどに、お忍びでの視察を多めにしているようだ。

 王城内でも仲睦まじく寄り添っている姿をよく見かける。

 そんな忙しい中で、ヴィルヘルミーナとハインリッヒのために、料理を作ってくれたらしい。

 特別な部下への結婚祝いをしたいが何がいいだろう? と聞いたところ、料理を振る舞ってはどうかと言われたそうだ。


「二人で料理を作るなんて、はしたのぅございましょうか? と言われたら……頑張るしかなかろう?」


 苦笑して取り分けられた料理はローストポーク。

 マスタードのソースが美味しい。

 添え物の野菜が不格好なのはジークヴァルトが料理初心者だからだろう。

 全くもって微笑ましい限りだ。


「兄上が料理上手で驚きました。私はどうやら料理の才能はなかったらしくてねぇ……盛り付けを頑張らせてもらったよ」


 深々と溜め息を吐いたのはテオドール。

 何でもそつなくこなす印象の王子だったが、料理の才能には恵まれなかったようだ。

 芸術的に盛り付けられたサラダを置かれた。

 晩餐会に出しても遜色ない盛り付けだ。


「俺はまぁ、遠征で多少なりともやっているからな。姫には一番褒められたぞ?」


 胸を張ったヴェンデリンが差し出した器にはスープが入っている。

 魚の良い香りがした。

 ほろほろと崩れる魚の身と旨味を堪能する。

 シンプルな味付けが美味しいのは素材がいいからだろう。

 まさか何処かで釣ってきたわけではないよな?


「僕たちはデザートを作ったよ」


「あれだけミーナが作っているのを見ていたのに、なかなか上手くできなくて姫を困らせちまったぜ」


 ハルトヴィヒとエーミールが作ってくれたのはプリン。

 舌触りが滑らかでないのが素人っぽい。

 食べられるだけましだろう。

 幼い二人が自分たちを祝うために、一生懸命作ってくれただけでも嬉しかった。


「……静かだな、ハインリッヒ」


「……凄いですね、ジークヴァルト様。ほとんど初心者なのにここまで仕上げるとは」


 黙々と食べていたハインリッヒはどうやら料理の美味しさに、自分を省みてしまったらしい。

 額に皺が寄っている。


「ははは。リッヒは料理、苦手だもんな?」


「え! そうなの?」


「遠征の料理担当を変わってもらったりして、作る機会を増やしているのですが、なかなか」


 つい先日手料理を振る舞ってもらう機会に恵まれたが、本人が気にするほど下手ではない。

 どうやら考え過ぎてしまうらしいのだ。

 あとは騎士団での影響か味が濃いめになってしまう。

 必死に味見をして味を調整している姿は、ただただ微笑ましいのだけれど。


「騎士団の料理長に教わってもミーナ好みの味にはならないもんなぁ……」


「味付けと全体的な量以外は勉強になっていますよ」


「なるほどな……でも、そこまで料理に拘らなくてもいいんじゃねぇの? ミーナは料理上手だし」


「ミーナにばかり作らせるわけにはいかないでしょう? ミーナが病気のときなんかは僕が作らないとですし。それ以外のときも率先して作る気ですよ」


「……それって真っ当な考えですよね?」


 テオドールが真剣な顔で問うてきた。

 ハインリッヒの代わりにヴィルヘルミーナが返答する。

 女性側の意見が聞きたいのだと思ったからだ。


「自分はそう思いますが」


「……兄上の婚約者がすばらしい方なのは重々承知しているのですが……」


「ああ、テオドール様の婚約候補のお二方は、そう思われないということですね?」


 テオドールの婚約者候補は残念ながら人徳者ではない。

 どちらかと言えばそれぞれの国で、不要と判断されてしまっている令嬢だ。

 既にこの国でも不要の判断は下されている。

 下されているし、本人たちにもかなり露骨に告げているのだが、理解しないのだ。


「彼女たちは甘やかされて育ちきってしまった典型的に残念な御令嬢だ。修道院へ送るのも躊躇われるほどに困った考え方をされる」


「テオ兄様」


「うん? 何かな、エーミール」


「あのお二人。僕たちにも声をかけてきているんです。年下は好きじゃないけど、仕方ないから我慢してあげるって」


「俺は昨日、貞操を奪われそうになったよ」


 ハルトヴィヒが遠い目をしていた。

 閨教育は始まっているが、トラウマになっていないか心配だ。


「追い出しましょう、兄上」


「ああ、即時手配しよう。我が国に落ち着いても困る。表沙汰にすれば恥を掻くのはあちらだ。迎えが来るまで幽閉しよう」


「手配してくるわ!」


 幼い弟たちに手を出されそうになったと知った途端、一切の躊躇がなくなったようだ。

 ヴィルヘルミーナとて指示がなくとも暗殺してしまいたいと思う。


「お二人とも、大丈夫ですか?」


 二人を呼び寄せてしっかりと抱き締める。

 小さな掌がぽんぽんと背中を撫でてくれた。


「うん、大丈夫」


「さすがに気持ち悪かったけどな。ミーナとリッヒを何時も見てたから、あいつらがおかしいんだって思えたからさ」


「え?」


 お二人曰く。

 ヴィルヘルミーナとハインリッヒは常にお互いのためを思って行動している。

 心から好き合った相手なら、相手の嫌がることは決してしない。

 己の心のままに相手の意思を踏みにじるのは許されぬ行為なので、そんな恥知らずに言い寄られたくらいで心を痛めることなどないのだ。

 ……とのことらしい。


 幼くてもさすがは王子。

 エーミールはさて置き、ハルトヴィヒがそこまで考えられるとは思っていなかったが、彼の勘の鋭さは五人の王子で一番かもしれない。

 今回のような件であっても冷静に判断できるなら、将来に心配はなさそうだ。


「僕のミーナ。早くみつかるといいんだけど」


「ジーク兄様のミーナは見つかったからな。僕たちのミーナもきっと見つかるよ」


「順番……大丈夫かな。テオ兄様」


「大丈夫ですよ、きっと」


 国外追放の手配がされた令嬢二人の駄目加減はそこそこ知れている。

 彼女たちを受け入れないだけの理性と力がある国だと広まれば、自然と今まで静観していた令嬢たちが動くだろう。

 王妃の影響もあって国内で婚約者を探すのが難しいテオドールだが、兄弟思いの彼を理解してくれる女性はきっと見つかるはずだ。


「ヴェン兄は今まで女性騎士みたいに、隣で一緒にいられる人を考えていたみたいだけど。最近では家を守ってくれる人の方がいいのかもしれない……って言ってたね」


「だな。真逆になったから、ジーク兄上とテオ兄上がちょっと調べるって言ってた」


 実はその話、詳しくハインリッヒから聞いている。

 年上の淑女に騎士団の運営について苦言をされたらしい。

 ホルガーとギードのお蔭で財務関係も細やかに管理され始めてきたけれど、まだまだ追いついていないらしく、その辺りを鋭く意見してきたのだとか。


 颯爽と去って行く淑女の後ろ姿をしばらくうっとりと眺めながら、美しいな……と呟いていたそうだから、案外一目惚れしたのではなかろうか。

 二人が調べる前に情報を伝えておく方が良さそうだ。

 ヴェンデリンは年上女性に転がされる方が幸せな人生を送れる予感があった。


「そういえば、ミーナ。結婚退職、しちゃうの?」


「ジークヴァルト様の婚約も整いましたし……そろそろ本来の仕事に戻ろうかと考えております」


「えぇ! ミーナってばメイドじゃなかったの?」


「強いメイドだから……護衛とか」


「は! ハンターとか?」


 残念、どちらも違います。

 任務で両方勤めた経験はありますけどね。


「どちらも違います。守秘義務の関係で内緒です」


「えぇ! 教えてよ」


「ふふふ。もう少し大きくなったらお兄様方が教えてくださると思いますよ」


 凄腕暗殺者だと知ったなら、貴男方はどう思うだろう。

 案外あっさりと納得しそうな気がする。


「……結婚式はするんだよね? 招待状が欲しいな」


「王子様方を招待できる身分ではありませんよ」


「お忍びで! こっそりと! ミーナのドレス姿を見たいんだよ」


「そうです。綺麗だろうなぁ……」


 そんな風に思ってくれるのは嬉しい。

 嬉しいが結婚式は二人きりでしようと考えている。


「結婚式は無理でも、そのあと開催予定のお披露目パーティーには招待できますよ」


 ずっと黙っていたハインリッヒが会話に入ってきた。

 ハインリッヒは弟王子たちに甘い。

 彼らがドレス姿のヴィルヘルミーナを見て、屈託なく喜ぶ様子が見たいのだろう。


「ねぇ、ミーナ」


 お披露目パーティーは気軽にお互いの同僚を呼ぶものにしようと思っていたのだが。

 それとは別に親しい者たちと王子たちだけのパーティーをする必要がありそうだ。

 手配はヴィルヘルミーナが中心となるだろう。

 ハインリッヒの要望は少ない。

 心から、ミーナの好きなように! と言ってのけるのだ。


「……ええ、そうですね。ちゃんと招待状を送ります」


 万歳をして喜ぶ王子二人を優しい眼差しで見詰めるハインリッヒ。

 そんな彼を視界の端に入れながら、随分といろいろなものに絆されてしまったなぁ、と。

 ヴィルヘルミーナは満足げな微笑を浮かべた。


 

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