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僕は彼女と歩む道を模索する。3

 


 自分の指に嵌められた指輪を嬉しそうに見詰めるヴィルヘルミーナの手を取って、食事の続きを始めようと思ったら、ハインリッヒの席に人が座っている。

 あり得ない。


「しーしょーぅ!」


 そこにはアブグルントが穏やかな微笑を浮かべて座っていた。


「どうしてしれっと椅子に座っているんですか!」


 さすがは唯一の愛弟子。

 静かな微笑を浮かべているのに滲み出る覇気に全く物怖じしていない。


「……君の婚約者が、僕に挨拶をしてこないからだけど?」


「逃げ回っていたでしょ! 幹部の皆がリッヒに同情してたんですからね」


「あー、君ほどではないけど、うちの連中に好かれてるよね。ハインリッヒ君」


「健気で一途だからだそうです」


「うんうん。自分じゃ絶対にできないから憧れてるんだよ、そういうのに。だから、甘い」


 話しかけようとしたハインリッヒの気配を察知したのか殺気が飛んできた。

 やはり求婚前に挨拶しておけば良かっただろうか。

 少々無茶をすれば捕まえられたと思う。

 ただそうやって捕まえたところで本心から認めてもらえないと考えたのだ。

 彼が自分から歩み寄ってこない限りは無理だと。

 実際もう少し頑張るつもりではいた。

 最狂がハインリッヒを狙ったりしなければ、今でもハインリッヒは消耗しながらヴィルヘルミーナの決断を待っていたはずだ。


「……本当、勘だけで生きている奴はこれだから嫌いだよ。あの僕より狂った女なんて、さっさと殺しておけば良かった」


「あぁそういえば、幾度か来てましたよね、暗殺依頼」


「うん。来てたよ。ただ彼女の存在って屑の抑止力にもなっていたんだよね。だから生かされていたみたい」


「暗殺依頼の取り消しが通ってしまったのには驚きました」


「僕は殺そうと思ったんだけどね。欲しかった毒を融通してもらったからさ」


「なるほど。表に出ない毒とか山ほどありますからね」


「そう考えると彼女が死んだのはおしかったかも」


「はぁ、無茶を言わないでください」


「お義父さん、ヴィルヘルミーナさんを僕にください!」


 放置しておくと何時までも話が続きそうなので、殺気が薄れてきた瞬間を見計らって話に割って入った。

 アブグルントとヴィルヘルミーナが勢いよく首を回してハインリッヒを凝視する。

 瞳の色所か似ている外見など何一つないのに、親子だよなー、と思わせるそっくりな表情をしていた。

 この二人に血のつながりがないのが不思議なほどだ。


「……お義父さん?」


「え、師匠は、師匠でお父さんでは、ない、わよ?」


「え! 僕はミーナの師匠で、お父さんで、お兄ちゃんでしょ?」


「どれか一つにしてください!」


「じゃあ、今だけお父さんで。一度くらいやってみたかったんだよね。うちの娘はやらん!ってさ」


 にこにこと楽しそうに笑っているアブグルントだが、その瞳はヴィルヘルミーナだけを見詰めている。

 お父さんではないと、否定されてしまうのを恐れている気配が僅かに感じられた。


「はぁ……師匠のおふざけにはいろいろと付き合わされましたけど、今回のはないと思います。茶化さないでください。反対しないでください。反対されてもお付き合いはしますし、結婚もしますよ」


 ヴィルヘルミーナの男らしい発言には惚れ直した。

 しかしアブグルントに疎まれるのは得策ではない。

 ヴィルヘルミーナがアブグルントを大切に思っているのは、話の端々から感じられたからだ。


「先に許可をもらわなくて失礼いたしました。娘さんからも順番は守ってほしいと言われておりましたのに」


「え? 私リッヒに直接言ってないよね?」


「お節介な幼馴染みとか王子とか同僚とか上司とかに、言ったんじゃないの?」


「言ってませんよ!」


「や。言ったね。君は動揺して言ったのを忘れているかもしれないけど。僕には直接、言ってないけど」


「……もしかして、相談されなくて拗ねていたんですか?」


 音もなくナイフが飛んできた。

 下手に避けなくて良かったと、髪の毛の一房を切り落とされて思う。


「師匠!」


「許可、いただけませんか?」


「……ヴィルヘルミーナとの未来を、どう考えているの?」


「ミーナと話し合っていませんので、自分の希望になりますがよろしいでしょうか」


「うん」


「ミーナは王子たちの寵愛を得すぎました。結婚のちは外国で暮らしたいですね」


「はぁ?」


「ほぅ?」


 またしても同じ顔をされてしまった。

 今度は全否定の表情だ。


「アゼルフスもメイドも引退してもらって。僕も随分貯金していますしね。この国と疎遠な国を選びたいです」


 そこまでしてもアゼルフスの面々は心配して、時々様子を見に来そうだが。


「そんなことを考えていたの?」


「うん。アゼルフスの方々はさて置き。王子たちは引退しても気軽に君を呼び出しそうだし、訪ねてもきそうだから」


「「あぁ……」」


 何処までも似た反応を示す二人を微笑ましく見守れるようになったのは、プロポーズが成功して余裕があるからだろう。

 

「……結婚は許すよ」


「えぇ?」


「ありがとうございます」


 素っ頓狂な声を上げるヴィルヘルミーナの横で深々と頭を下げる。


「何? 許されたくなかったの?」


「いいえ。はっきり許すと言ってもらえると思わなかったので」


「僕だって君の幸せは考えているよ」


「……」


「何のつもりなの? その、ジト目。許さない方が良かった?」


「許されて嬉しいです! ありがとうございます!」


 慌てて頭を下げるヴィルヘルミーナ。

 彼女は知らないだろう。

 アブグルントがどれほど満足げに微笑んでいたかを。


「でも、移住は駄目」


「……王子たちの干渉についてはどうお考えで?」


「それは僕が取り引きをするよ。元々の依頼は僕に持ち込まれたものだからね」


「結婚で引退ともなれば、後任を引き受けてくれそうな人物は思い当たりますが……」


「問題は後任じゃないんだよ……まぁ、交渉結果はちゃんと報告に行くから安心するといい。君たちはそれ以外について話し合いをするんだね」


「えぇ、師匠?」


 恐らく結婚の許可と王族については自分に任せるように、と伝えたかったのだろう。

 言いたいことだけ言って去って行く様子は何ともアブグルントらしい。


「……ごめんね、リッヒ」


「何も謝ることはないよ。じゃ、御飯の続きを食べよう。アブグルントさんに許してもらえて良かった」


「お、お義父さんとか呼ぶから驚いたわ」


「実際彼が一番お父さんの立場に近しいでしょ? まさかジークヴァルト殿下がお父さんとか言わないでしょう?」


「言わないわよ! 年が近すぎるわよ」


「年といえば、年齢不詳だよね。アブグルントさん」


「幹部たちも実年齢は知らないらしいわよ。というか、本人も幼い頃の記憶がないから正しい年齢はわからないって言ってるし」


「そうなんだね。アゼルフスの方々についてはもっと聞きたいな」


「暗殺組織に所属している人たちだからねぇ……本人たちに確認を取ってから語るわ」


「うん」


 テーブルの上に置かれた料理は温かいままだ。

 高級ホテルの食器類には、熱いものを熱いまま、冷たいものを冷たいまま食べられるように魔法が施されていると聞いていた。

 手にしたワイングラスもよく冷えている。

 何時もより多く話をしているので、喉が渇いていたせいか、ワインの冷たさが染み入るようだ。


「……国外とか」


「うん?」


「国外に出るとか、考えたことなかった」


「そう? 仕事ではあったでしょう。僕もあるし」


「仕事で国を出るのとは別でしょう?」


「そうかなぁ。出ようと思えば出られるよ」


 アブグルントもヴィルヘルミーナが本気で望めば手伝ってくれそうだ。

ハインリッヒもかなり騎士団に食い込んでしまったが、ヴィルヘルミーナはもっと国の内部に食い込んでいる。

 今は城で働いているから監視などはほとんどついていないが、城を出るとなったら絶対監視はつくし、国外に出るとなれば普通に邪魔をされるはずだ。


「ミーナはどっちか辞めるつもりはないの?」


「どちらかを選べと言われたら、アゼルフスを選ぶわ」


 王城では王族の寵愛だけでなく、上官や同僚たちの信頼も得ている。

 それよりも暗殺組織を取るというのだ。

 何ともヴィルヘルミーナらしい。


「リッヒこそ、騎士を辞めるつもりはあるの?」


「高収入だし、気心知れた仲間にも恵まれているし、上官も尊敬できるし……良い職場だけどね。ミーナがいるなら続ける価値はあるけど、退職するなら一緒に退職するよ。髪と目の色を変えればアゼルフスで仕事をしてもいいって許可ももらってるし」


「何時の間に?」


「何にせよ。ミーナと一緒にいられる時間が少しでも長い選択肢を取るかな」


「……リッヒって、私のこと好きすぎない?」


「うん。ぶっちゃけミーナしかいない世界だといいなぁとか、時々思うよ」


「うわぁ」


 あまり嫌そうな顔をしないでほしい。

 ヴィルヘルミーナ以外を排除しようとまでは思っていないのだから。


「……お代わりのワインを淹れるね。白も美味しそうだよ」


「ありがとう」


 結構酒好きなヴィルヘルミーナが無防備に空のグラスを預けてくるので、美味しそうな白ワインをたっぷりと注いだ。

 



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