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僕は彼女と歩む道を模索する。2

 


 高級ホテルに仕事以外で訪れるのは初めてだ。

 騎士服で行くと目立ってしまうので、テオドールに紹介されたテーラーで作った高級服で向かう。

 何故か騎士服と同じくらい目立ってしまった。 

 絶対に必要だから! と言われて押し切られた、友人たちによる護衛が役に立って驚く。

 ホテルの中に入ってしまえばさすがに周囲の注目を集める程度ですんだ。

 指定された部屋へと赴く。

 既にヴィルヘルミーナは待っていた。

 真面目な彼女らしい。

 約束の時間までまだ三十分以上あったのだ。


「……やっとだね」


「……ええ。ここまで時間がかかるとは思わなかったわ」


 軽やかなベルの音とともに開かれた扉の向こう側に、美しく着飾ったヴィルヘルミーナがいた。

 ハインリッヒの贔屓目ではなく、どれほどの美姫よりも存在感がある。

 圧倒される美しさだ。


「騎士の正装なら耐えられたけど……高位貴族の正装には耐えられなかったわ……」


 ヴィルヘルミーナががっくりと肩を落とす。


「それって、凄くミーナの好みってこと?」


「……それを言わせるつもりなの?」


「言ってほしいです」


「純白の正装を身に纏うハインリッヒは凄く好みです!」


「良かった」


 ヤケクソのように叫ばれて苦笑する。

 あのヴィルヘルミーナが照れているのだ。

 何とも微笑ましく、浮かんでいる微笑がますます人に見せられない類いのものになっていった。


「時間に余裕があるから、紅茶でも飲みながら話しましょう。何か食べてきた?」


「ううん。フリッツが、どうせ美味しいもんを山ほど準備しているだろうから、何も食べていかない方がいいぞって」


「……言うと思ったのよ。騎士団の料理人たちも頑張っていると思うけど、さすがに高級ホテルの食事には勝てないわよね。求める方向が違うわけだし」


 深い溜め息を吐きながら、奥に置かれていたワゴンを引いてきたヴィルヘルミーナは乗っていた料理をテーブルの上に一つずつ運んでいく。


「手伝うよ」


「ありがと」


 一緒に暮らすようになれば、こうして二人でできるあれこれが増えるのだ。

 早く婚約をすっ飛ばして婚姻を結んでしまいたい。


「ミーナ」


「何?」


「言いそびれていたけど、凄く綺麗。お姫様以上だよ」


「お姫様って? 物語の中の?」


 くすりと笑うヴィルヘルミーナの唇から目が離せない。

 何時もは決してつけない真紅の紅をつけていたからだ。

 ぷるんと艶めく唇には紅以外の何かが塗られているのかもしれない。

 騎士団員たちがよく言っている、食べたくなるような唇。


「第一騎士団の仕事を忘れた? 要人の護衛の要請は驚くほど多いんだよ」


「リッヒ御指名で、でしょ? ジークヴァルト様が唸っていらしたわ」


「あのときは……僕も驚いたよ」



 ジークヴァルトの妃として最有力候補とされている隣国の姫が訪れた、そのとき。

 問題の奴がいた。


 姫は嫋やかに典雅で少なくとも外見はジークヴァルトの隣に並んでも遜色ないほどだった。

 しかし一緒に来ていた女がやらかしたのだ。

 国内では相手が見つからなかったのだろう。

 甘やかされて勉強をさぼってきたのが一目でわかる所作に、テオドールが眉根を寄せていた。

 側室腹の長女。

 外見こそ豪奢に見せていたが、婚約者予定の姫とは比べるのも失礼なほどに下品だった。

 

『ねぇ、義兄上様。こちらの騎士、私にくださいまし』


 婚約予定の姫からの紹介も待たず、ジークヴァルトへの挨拶もなく、開口一番にそう言い放った。

 あまりの不敬に婚約者予定の姫の顔色が変わったほどだ。


『義兄上様?』


『聞きしにまさる、だな。そなたの苦労を労ってもよいか?』


『! 噂に違わず慈悲深き方。心より敬愛申し上げます』


 姫の美しいカーテシー。

 頷くジークヴァルト。

 お互い好印象で何よりだ。


『義兄上様! 私を無視なさらない……きゃっ!』


 ハインリッヒが出ようかと思ったが、ジークヴァルトへの態度に腸が煮えくり返ったのだろう。

 ヴェンデリンがさくっと気絶させて拘束したのだ。

 同じく兄大好きなテオドールの宣言により、愚かな女は永遠に国への出入りが禁止になった。

 お付きの者と思われた者ですら、撤回してほしいと言わなかったのだから、よほど嫌われていたのだろう。

 ぎらぎらと欲情に塗れた瞳が気持ち悪く、しばらく赤い瞳の者を見ると警戒する癖がついてしまったほどだ。



「永久出入り禁止の姫と比べられても……」


「違う! ジークヴァルト様と婚約予定の姫君とだ」


「それはさすがに姫様に失礼よ。あの方は中身も清廉でいらしたわ。ジークヴァルト様の婚約者に早く決定してほしいと関わった者は思っているはずよ」


 ヴィルヘルミーナが微笑ましげに頷く。

 随分と姫を気に入ったようだ。

 愛しい者を慈しむ眼差しを浮かべている。


「……ミーナは白が似合うよね。ウエディングドレスも白にしてほしいな」


「ちょ! 先走りすぎよ」


 純白のアンティークドレスはヴィルヘルミーナによく似合った。

 精緻に施された刺繍の隠し紋章は王族にしか許されぬもの。

 恐らく寵姫から借りたか譲り受けたかしたのだろう。

 王子たちどころか、王や寵姫にまで深く信頼されているのだ。


「さ、食事をしましょう」


「うん。凄く美味しそう」


「ふふふ。料理長渾身のコースよ。堪能しましょうね」


 王城の晩餐会で出されていても遜色ない料理の数々は見た目も繊細で、見ていて楽しい。


「……父親の精神が真っ当であったなら、貴男も王子様たちと並んでいたのかしら?」


「だとするとミーナに会うのはかなり遅くなったと思うから、考えたくないよ」


「王子たちの背後に立つ貴男を見て、思う所がある貴族は多いのよ。高位貴族からの婚約の打診、あったでしょ?」


「あるよ。全部断ってる。うるさい奴らは王子にお願いして断っている」


 それでもしつこい奴らはアゼルフスに依頼したので、最近は大分落ち着いてきた。


 ヴィルヘルミーナに求婚する前、実はアゼルフスに足を運んだ。

 やはり一言言っておくべきだと思ったのだ。

 残念なことに一番ヴィルヘルミーナと関わりが深いアブグルントには会えていない。

 避けられている。

 幹部の方たち曰く、結婚の挨拶は二人で来るべきだよね! とのことらしい。

 想像していたよりも健全な組織で、ヴィルヘルミーナは皆に可愛がられて育ったようだ。 ヴィルヘルミーナの過去などを教えてくれる人たちの眼差しは全員、とても穏やかで温かみがあった。


「僕と離れた君は、アゼルフスで皆から愛されて育った。ミーナの出自がどんなものであろうとも、暗殺組織内でも優秀だとしても、僕の君への想いは変わらない」


 ハインリッヒはナイフとフォークを置いて、椅子から離れてヴィルヘルミーナの前で片膝をつく。

 

「ハインリヒ・アーレルスマイアーはヴィルヘルミーナ・ゲルラッハを心から愛しています。どうか、この先の人生を妻として一緒に歩んでください」


 小さな箱をぱかりと開きながら告げた。

 小箱の中には指輪が鎮座している。


「……驚くほど正統派なプロポーズだわ」


「これぐらい王道じゃないと、ミーナには伝わらないでしょう?」


「あの、泣き虫なリッヒが。こんなに立派になって!」


 何処か母親目線な気がするのはあながち間違ってもいないだろう。

 彼女の心境は長く、泣き虫の弟を庇う姉であったのだから。


「待たせてしまってごめんなさい。私も貴男が大好きよ。求婚をお受けします」


「ありがとう、ミーナ! だーいすき!」


 思わず幼児の言葉使いになってしまった。

 まだ心の片隅に幼い自分がいたのだろう。 

 しかし今のハインリッヒは大人だ。

 ヴィルヘルミーナを抱き締めると額へキスを落とした。


「……恋人? 婚約者? どちらにしろ、今までと変わった関係になった以上、額へのキスだけでいいの?」


 ちょんと、ヴィルヘルミーナの指先がハインリッヒの唇に触れる。

 長く恋い焦がれてきた女性に誘われてしまったら男として、答えねばなるまい。


 ハインリッヒは心の衝動のままにヴィルヘルミーナの唇を奪う。

 無意識の息継ぎは恥ずかしくなるほど荒い。

 リップ音が長く淫らに部屋に響いた。


 このままベッドに押し倒そうかな?


 と隣にあるだろう寝室に目を走らせれば。


「今日はここまでよ。順番を守ってくれるのでしょう?」


 結婚してから初夜を迎えたいということだろうか?

恋人になり、婚約者になったばかりで先走りすぎたと、頭ではわかっている。

 しかし込み上げてくる情動のまま行動してしまいたい。


「はい。あーん」


 腕の中伸ばしたヴィルヘルミーナの指先がフォークを持ち、料理を指してハインリッヒの唇へと運ぶ。

 ほとんど条件反射で口を開いた。

 もぐもぐと咀嚼するハインリッヒを見詰めるヴィルヘルミーナの眼差しは、愛しさに満ち溢れている。

 こんなにも自分を愛してくれるヴィルヘルミーナの意に沿わない行動はしたくない、と理性が頑張って働いてくれた。


「指輪、嵌めてくれる?」


「うん! これで僕たちは恋人で、婚約者だからね?」


 箱の中で煌めいていた指輪を、ヴィルヘルミーナの左手の薬指に嵌める。

 至ってシンプルな何の飾りもない指輪だが、内側には薔薇と白百合の刻印がしてあるのだ。

 その説明をすればヴィルヘルミーナは、ありがとう、嬉しいわ、と微笑んでから頬に優しいキスを一つくれた。

 

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