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僕は彼女と歩む道を模索する。1

 


 ハインリッヒはテオドールとトビアスに突然呼び出された。

 王城内に部屋を許されたトビアスの自室に入るのはこれが初めてではない。


「失礼いたします」


「ああ、呼び出してすまないね」


「テオドール様?」


「うん、僕もいるんだよ、リッヒ君」


「お茶を淹れるから、座って座って」


 掌をひらひらさせるトビアスの指示に従ってソファに腰を下ろす。

 長時間の打ち合わせにも耐えうる腰に優しいソファだ。

 テオドールは優雅に足を組んで座り、トビアスは甲斐甲斐しく紅茶を淹れている。

 ヴィルヘルミーナが大好きな茶葉の缶だ。


「……美味しいです」


 ヴィルヘルミーナが淹れるのとは比べようもない。

 だが本来紅茶を淹れる身分ではないトビアスが淹れたものは十分に美味しかった。


「ミーナのお気に入り茶葉だから心配したんだけど、本当に美味しいよね」


「恐縮です。あの人に鍛えられましたから」


 困ったように笑うトビアス。

 フランツィスカに与えられたメイドや護衛は長続きしなかった。

 なので元々仕事ができたトビアスに負担がかかってしまったらしい。

 執事、文官、武官……には少し足りないが、公爵令嬢の身の回りをほとんど一人で手配していたとのこと。

 見習いたい。

 ヴィルヘルミーナの夫になるならばと、いろいろ学んでいる最中だが、騎士に属している以上、覚えられるものは限られている。

 その辺りが最近の悩みでもあった。


「つかぬ事を聞くけど、リッヒ君。例の一件からミーナと話はできたのかな?」


「それが実はまだできていないのです」


「だよね……ちょっとヴェンデリンが画策しているみたいでねぇ……」


「はぁ?」


 ヴィルヘルミーナが二人きりの時間を取ろうと、必死に調整をしているのは知っている。

 だがせっかく作ってもらった時間に限り、突発的な仕事が入ってしまうのだ。

 ヴィルヘルミーナに入る場合もあるし、ハインリッヒに入る場合もある。

 偶然にしては続くなぁ……と思っていたのだが、どうやら偶然ではなかったらしい。


「僕も人のことはいえないけれど、ちょっと拗らせているみたいなんだよね。ヴィルヘルミーナ嬢を守るのは俺だ! となってしまったようで」


「……どうしたらそうなるんですか?」


「例の件で、ミーナが君を助けに行ったと知ってしまって……」


「凄いですね、誰が漏らしたんでしょう?」


 トビアスとハインリッヒによる美談! と仕上げなければならなかったので、情報は厳しく規制されたはずなのだが。


「誰も漏らしていない。盗聴したんだよ」


「盗聴」


 実にヴェンデリンらしくない。

 騎士団の任務の中で、盗聴を邪道だと意見する者は多かった。

 ヴェンデリンも命令でなければしたくないと常日頃から言っていたはずなのだが。


「ほら、君が落ち込んでいただろう? あそこまで落ち込んでいなかったらミーナが無謀な仕事を引き受けなかっただろうって」


「ジークヴァルト殿下の話も聞かないので驚きました」


「騎士として許せなかったのでしょうか?」


「君と結婚したら王城を辞める可能性が高いと……気づいてしまったんじゃないかな?」


 ハインリッヒとしてはメイドよりも暗殺業の方こそ辞めてほしいが、ヴィルヘルミーナが希望するなら引き留めはしない。


「……ミーナに直接尋ねてはおられない?」


「尋ねてないみたいだよ。ヴェンデリンらしくもない」


「恋は盲目と言いますから……」


「恋、なんですかねぇ」


「微妙だとは思いますが」


 テオドールとトビアスはお互いの顔を見合わせてやれやれと首を振る。


 王子たちを見ていると、王族の恋愛は柵が多くて難しい。

 婚約者がいないからといって、好きに恋人を作れる環境ではなかった。

 下手に恋心が知れてしまったら、相手に害が及ぶ可能性があったからだ。

 正妃が亡くなってからは恋愛について、話をする王子たちの姿を幾度となく見かけた。 それでも誰かに恋心を抱いているようには見えない。

 だからヴェンデリンがヴィルヘルミーナに恋をしているというのならそれは、初恋かもしれない。


「初恋はこじれると厄介ですよ」


「「それ、君が言うの!」」


 仲良く揃って言われてしまった。

 自覚症状があるので勘弁してほしいものだ。


「ヴェンデリン様と話をしてみます」


「拳で?」


「その方がいいかもしれません」


「お互い怪我には注意するんだよ」


「は!」


 どうやらヴェンデリンについて教えるためだけに呼び出したようだ。

 本当に部下思いの人たちで有り難い。



 ヴェンデリンとの調整はギードが頑張ってくれた。

 意図して人の懐に潜り込むのが本当に上手な彼を心底尊敬している。

 何やら誤解をして、ヴィルヘルミーナと二人きりで会うのを妨害してしまったからそのお詫びだとも言われた。

 誤解については聞かないでくれと言われて聞いていないが、何を誤解してヴィルヘルミーナとの逢瀬を妨害したのだろう。

 幼馴染み二人からも、お前のミーナ一筋は揺るがないってわかっていたはずなんだけどなぁ……と遠い目をして謝罪された。

 何にせよ、ヴェンデリンを攻略できれば無事にヴィルヘルミーナと二人きりの時間が取れそうだ。


「ヴェンデリン様。僕は、ミーナと話がしたいんです、二人きりで。邪魔をしないでください」


「……」


 無言で剣を振るわれた。

 体格に見合う豪剣だ。

 真っ向から受け止めると練習用の剣など刃こぼれしてしまう。

 ヴェンデリンの剣を上手にいなせるか否かの試験があるほどだ。


「そもそもミーナのためを思うのであれば、彼女の意見をきちんと聞いてくださいよ。ミーナは何時も言っているはずです。先走るなと」


「先走ってなどいない! 貴様が……ふがいないのであろう」


 ハインリッヒが拉致されたとき、実は回避もできた。

 ただ回避してはヴィルヘルミーナに害が及びそうな勘がしたので、大人しく浚われたのだ。

 案の定ハインリッヒを拉致したのは化け物だった。

 姿形は美しい。

 外見に惑わされる者は多かっただろう。

 更に権力持ち。

 そこに惹かれる者も少なくなかったはずだ。

 何より、その思考が人間のものではなかった。

 

 人を人と思わぬもの。

 自分以外は全て自分のためにあるものとしか捉えていない。

 高貴な身分の者に多いと噂されていた脅威の気質。

 何故ハインリッヒに理解できたか。

 答えは簡単だ。

 自分の父親もまた。

 己の享楽に生きた化け物だったからだ。


 生きている父親に会う機会には恵まれなかった。

 恵まれなくて良かったと思う、絶望的な男はきっと。

 ハインリッヒにおけるヴィルヘルミーナに会えなかったのだろう。

 会えたと思って違ったときの絶望は察するに余りあるが、身分にそぐわない愚かな行動は許されない。

 フランツィスカ・ハンマーシュミットも同じだ。

 唯一に会えなかったから暴走した結果、その身を滅ぼしてしまった。


 ハインリッヒが落ち込んでいなければフランツィスカは表に出ず犯罪を続けたと思えば、彼女を引きずり出した自分を王族として褒めてほしいほどだ。


 ヴィルヘルミーナとていろいろな覚悟を決めて来たのだろう。

 それを責める権利などヴェンデリンにはない


「ふがいない? 自分のことを言っているのか」


「なっ!」


「ミーナにも自分にも言わず、己の思い込みだけで行動をする無様さを、敬愛する兄王子たちは憐れに思っているかもしれないな」


「あ、憐れだと!」


 憐れだから直接ヴェンデリンに言わなかったのだ。

 

「自分とミーナの話し合いを、金輪際邪魔しないでいただきたい」


「ふざけっ!」


「ふざけているのは、貴男ですよ。ヴェンデリン殿下」


 頭に血が上りきってしまったのだろう。

 大振りすぎる。

 徐々に生まれた隙が狙えるまでに時間はかからなかった。

 ぎりぎりで加減をしつつヴェンデリンの手首を叩く。


「がっ!」


 手首に罅が入ったかもしれない。

 これぐらいなら許されるだろうか。

 ヴェンデリンが剣を取り落とす。

 痛そうに手首を庇った。


「勝負ありですね。ヴェンデリン様にはまず兄上方に謝罪を」


「わかってる!」


「邪魔も……」


「しねぇよ! 貴様こそ無様に泣きつくんじゃねぇぞ!」


 ヴィルヘルミーナにしがみついて泣きわめいたのは遠い昔。

 彼女より低かった背も、今では首が痛いと言わしめるほどに伸びた。

 強さだって手に入れている。

 今の自分ならきっと彼女を守り抜けるだろう。

 幼い頃の誓いを果たす準備はできた。


「お疲れ! すげぇ、やり合いだったな。ヴェンデリン殿下の傷、大丈夫か?」


「不敬にはならないだろう」


「テオドール殿下から、好きにやらせていいからねー、と伝言をもらってる」


「……というか、見ていたよな。兄王子も弟王子も」


「見てたな。本当に仲が良い」


 今頃さくさくと謝罪をすませ、こんこんとお説教を受けているだろう。


「早速効果はあったみたいでな? ほれ」


「さすがは、ミーナ。結果もわかっていたみたいだ」


「何だかんだ言って信頼されてるもんな、お前」


 ホルガーが渡してくれたのは一通の手紙。

 ヴィルヘルミーナが予約を取ってくれたホテルの個室。

 二人きりのゆったりした時間を過ごすために押さえられたホテルは王族御用達と呼ばれている。

 テオドールがヴィルヘルミーナに紹介か譲渡したのだろう。

 ヴィルヘルミーナの次に、先を見通す能力があるよな、と常々思っている。


「二人きりって……もしかして教会の頃以来?」


「……あー、そっか。意外に二人きりになれない環境だったもんなぁ」


「焦って暴発するなよ?」


「……そっちに持って行くなよ。これ以上順番を守らないつもりはないぞ?」


 どうしても下世話な方向へ持って行きたがる幼馴染みの頭へごつんと拳骨を落とす。

 しかし口ではそう言いながらも、ミーナ似の子供なら何人でも欲しいよなぁ、と妄想を抱いてしまった。 

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