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拒否できぬ依頼。2

 王子三人の面接を経たヴィルヘルミーナは無事ヴェンデリン付きのメイドとなった。

 当初はヴェンデリンの専属メイドだったのだが、何故か王子たち全員に関わるメイドとなっている。

 

「ミーナの作るお菓子、美味しい!」


「ああ、料理長の作る物より美味だなっ!」


「料理長の作るお菓子の方が絶対美味しいと思いますが、恐れ入ります」


 アゼルフスの本拠地に常駐できる女はヴィルヘルミーナだけだった。

 ゆえに組織へ入ってすぐに料理を仕込まれたのだ。

 元々料理が上手な幹部はいたのだけれど、女の子が作る料理の方が上手いに決まってんだろ! というよくわからない主張で徹底的に教えられていた。


「盛りつけは料理長だけど味はなぁ」


「素朴だからこその安心感?」


「毒味の心配もないしな」


「え! 料理長が作られても毒を盛られるんですか?」


 王城の使用人には一通り挨拶を済ませている。

 料理長は孤児だと明言しているヴィルヘルミーナを差別しない希有な人で、所謂生粋の職人だ。

 料理に毒を盛るくらいなら死を選ぶと思う。


「料理長は絶対に盛らないぞ。だが給仕は盛るな」


「盛りますね」


「や、テオは盛られないだろう?」


「盛られますよ、媚薬とか」


「あー、わかってねぇ奴が多いよな。媚薬も毒扱いだっつーの」


 王城に勤めていながら媚薬を毒と認識していないなんて、どんな教育がされているのだろう。

 少なくともアゼルフスでも媚薬は毒物扱いされている。

 性行為の最中の暗殺は楽だから、幹部なら有名所は一通り網羅しているし、使い慣れてもいた。

 ヴィルヘルミーナも軽いものであれば自ら試した経験もある。

 発熱したとき同様の不快さだった。


「ミーナ、お代わり!」


「夕食を残しませんね?」


「うー。じゃ、じゃあ半分だけ!」


「お! なら、残りの半分は俺が食べるぜ!」


 今日の紅茶はヴィルヘルミーナが自ら城へ持ち込んだもの。

 飲みやすくて気に入っているので多めに持ってきたのだが、既に在庫が底をつきそうな勢いだ。

 次の休みにでも補充に行こうと考えている。

 お茶菓子はパンプキンのシフォンケーキにキャロットとスピニッチのクッキー。

 シフォンケーキのお代わりを所望したのは第五王子のエーミール。

 半分食べると申し出たのは第四王子のハルトヴィヒ。

 腹違いの第二王子含めて、五人の王子は仲が良かった。

 こうしてお茶の時間には五人揃って寛ぐほどには。


「残った奴は俺がもらってくぞ。ミーナの菓子は騎士たちにも人気なんだよな」


「嫌いだった野菜を食べる気になった騎士がいて驚かされたぞ」


「ミールもハルトも野菜嫌いが減ったよね。料理長が喜んでいたよ」


「だって、ミーナのお野菜クッキーはおいしいもん!」


「な!」


 たまたま余っていた食材を使っただけなのだが、驚くほど好評だ。

 料理長にもレシピの開示をせがまれたので、作った物に関しては全て渡してある。

 綺麗な模様の野菜クッキーは王や寵妃も好んで食べるのだとか。


「嫌いな物が減るのはすばらしいですね。体質的に受けつけない物を無理に食べる必要はありませんけれど」


 王子たち全員に軽度ではあるが過敏反応を起こす食材があった。

 料理長は勿論把握していたのだが、王宮医師たちの必ず食べるようにという指示に抗えなかったのだとか。


「ああ、ヴィルヘルミーナが医師に抗議してくれたんだったな」


「料理長の名誉を傷つけかねませんし、何より王子様方々の御身に何かあっては困りますから……」


「ミーナ、すごい!」


「ミーナ、えらい!」


 二人の王子の言葉に他の王子とヴィルヘルミーナは苦笑するしかない。

 メイド、それも孤児上がりのメイドの意見など、本来なら献上する前に黙殺されるのが普通だ。

 しかし医師たちのほとんどが、アゼルフスに依頼を出していた。

 長に至ってはヴィルヘルミーナが組織の一員だと知っていて、向こうから口封じを持ちかけてきたほどだったのだ。

 大人しく口封じなんかされませんよ、当然。

 対等に取り引きした結果。

 過剰反応を起こす食材は使わないようになったという経緯だ。

 王子たちのきらきら輝く尊敬の眼差しには罪悪感を覚えるが、これ以上は無言を貫いておく。


「夕食もここで食べたいなぁ」


「うんうん。あったかい御飯って美味しいよなぁ」


 きらきら目がうるうる目になってきた。

 幼い王子たちがする懇願の眼差しは、ヴィルヘルミーナの良心を酷く刺激する。


「気持ちはわかるがなぁ……さすがに夕食は駄目だろう」


「ですね。母上が何を言い出すか」


「正妃も実は食べているんだがな。ヴィルヘルミーナ手製の菓子を」


 王国でも三本指に入る裕福な実家を持つ正妃は贅沢に飽いている。

 だから普段は口に入らない、素朴なヴィルヘルミーナの菓子を気に入っているようだ。


「シフォンケーキを一人で食べたと聞いたときは驚いたぜ」


「最近新しく作っているドレスは、どれもお腹周りを緩く作っているのだとか」


「そうなのか?」


 そうらしい。

 お針子たちが愚痴を零していた。

 気に入っている服全てのお腹周りを緩める作業を命じられて、徹夜が続いていると虚ろな目を彷徨わせている。


「ミーナが胃袋を掴んだら、母上も静かにならないかなぁ?」


「残念だが難しいな。まだヴィルヘルミーナが孤児だと知らないんだろう?」


「一応俺向きのメイドとして配属されたと報告を挙げているから、騎士系の家系だと思っていそうだな」


 今の所正妃からの打診は一切ない。

 王と寵妃には直接、王子たちをよろしく頼むと御言葉をかけられて驚いたけれども。 


「母上が何か言ってきたら、僕たちにも必ず連絡するんだよ?」


「自分の専属菓子職人になれとか、言いそうだよなぁ」


「紅茶の入れ方も満足するだろうしな」


「えー。ミーナはぼくたちのミーナじゃないと!」


「そうだよね、兄上たち!」


 ハルトヴィヒの言葉に三人の王子たちが大きく頷いた。


「失礼いたします、皆様。お時間でございます」


 ノックのあとで、王子たちが日々楽しみにしているティータイム終了が知らされた。


 ヴィルヘルミーナの菓子が王子たちの口に合うと知れてから、ティータイムは決まった場所、決まった時間に行われる。

 暗殺を警戒して王子たちが揃って毎日同じ行動をするのは避けるべきなのだが、珍しく

ジークヴァルトが全員揃ったティータイムを希望して通ったらしい。


「あーあ。もうおしまいなんて!」


「これから苦手な授業なんだよな……」


「僕なんか母上に呼ばれてるんですよ?」


「あー、頑張れよ、テオ」


「父上に顔を出すように言っておく」


「ありがとう、ヴェンデ。助かります、兄上……」


 がっくりと肩を落とすテオドールを宥めたジークヴァルトが、まず部屋を出て行った。

 続いて弟たちが続く。


「……ミーナ?」


「はい、なんでございますか? エーミール様」


「今日も子守歌、歌ってくれる?」


「ふふふ。わかりました。おやすみの時間に伺いますね」


「ありがとう! またね!」


「お勉強頑張ってくださいませ」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべてエーミールが頷く。

 扉の前で控えていた護衛の口元が微妙にひくついている。

 可愛かったのだろう。

 扉が閉まるまで深々と下げていた頭を上げる。


「さて、と。後片付けね」


 くるっと振り返って、びくっと飛び上がった。


「師匠……驚かないでください。って、どこから入ってきたんですか?」


「うん。窓からだけど」


 窓の下にも護衛はいたはずなんだけど……眠らせたのかもしれない。


「随分懐かせたみたいだねぇ。あまり情を持たない方がいいんじゃない。引退まで勤め上げるつもりはないんでしょ?」


「長期依頼と言ったのは師匠じゃないですか。一応覚悟はしていますよ。お給料もいいですしね」


「結構虐められてるけど、その辺は平気なの?」


「虐めと言われましても……暗殺業の修行とは比べようもないですし」


「や。比べるものでもないよね!」


 実際虐めなんて可愛いものなのだ。

 物語で読んだ範疇を出るものでもない。

 しかもしっかりばっちりヴィルヘルミーナとわからないように仕返しもしているので、最近は虐めも減ってきている。

 ヴィルヘルミーナを虐めると倍返しに合うから、止めた方がいいという噂が流れていた。

 アブグルント個人の関係者で王宮に勤める魔導師の長が、彼女には加護がありますからねぇ。一般人が何かしない方が身のためですよ、と言っているのも効果があるようだ。


「まぁ、のんびりしているのはそろそろ終わりじゃない」


「と、言いますと?」


「第二王子が今頃言われていると思うよ。君を引き抜きたいってね」


「孤児でも引き抜くんですね。意外です」


「そんな他人事なんだから……」


「テオドール様はどんな返事をされるんでしょうねぇ」


「見当はついているんでしょ。彼、お兄ちゃん大好きみたいだから」


 実際に見てみればテオドールはジークヴァルトを崇拝する勢いだ。

 ジークヴァルトが近くに置くと決めた、ヴィルヘルミーナの移動を許すつもりはないだろう。


「あら、師匠。もしかして正妃暗殺の依頼を受けられましたか?」


「さぁ、どうだろうねぇ」


 希代の暗殺者の無慈悲な微笑が浮かぶ。


 ヴィルヘルミーナは正妃の遠くはない死を。

 思わず見惚れてしまう微笑を見て悟った。

 その微笑が向けられた対象が生きながらえた事例は、ヴィルヘルミーナが知る中に一度もなかったのだ。

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