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僕は捨てられていなかった! 3

 


 騎士団が採取に赴く日は週に一度。

 遭遇したモンスターの駆除も兼ねているので意外に多い。

 今までヴィルヘルミーナの手伝いができなかったのを後悔している。


「リッヒ!」


 頼まれた素材を無心にむしっていたらフリッツに名前を呼ばれた。

 それだけで、モンスターがそっちに行ったぞ! という意味だと認識する。

 片手は素材をむしりつつ、片手で剣を振るった。

 ぞん! とモンスターの首が切り離される独特の音が耳に響く。

 ごろっと足元に転がってきたのはホーンラビットの頭。

 ヴィルヘルミーナに望まれたわけではないが、角が薬剤の調合に使われているので、綺麗に切り離しておいた。

 ちなみにホーンラビットの肉は美味しいので喜ばれる。

 ハインリッヒもヴィルヘルミーナの手によるホーンラビットのシチューは好物の一つだ。


「あいかわらず、無茶苦茶だなぁ」


「素材採取に集中しているから、こっちに流すな」


「悪かったって。ホルガーが巣を突いたら十二匹以上出てきて、対処を仕切れなかったんだよ」


「その個体の肉はリッヒの分でいいからさ。ミーナに頼んで何か作ってもらえよ。な?」


「……そうする」


 基本的に採取の最中にモンスターを倒した場合。

 その素材の権利は騎士団にある。

 ただ暗黙のルールとして、倒した者が強く望む場合は権利を得られた。


「あれ? ホーンラビットは骨も素材になるんだっけか」


「ムーンウルフの骨の方が好まれるようだ」


 フリッツの質問に、ヴィルヘルミーナが貸してくれた便利な素材集に記載されていた文章を思い出して答える。


「この辺りはムーンウルフも出たはずだぞ」


「無理に探すほどのものではない」


「それもそっか。俺でも採取できそうな素材はあるか?」


 フリッツに問われて、ハインリッヒは欲しい素材リストを確認する。


「傷のないビーワの果実。虫食われのないビーワの葉」


「げ! どっちも面倒じゃん」


「モンスター駆除だけしていてもいいぞ?」


 この採取地は所謂雑魚モンスターと呼ばれるモンスターが多い。

 訓練にはならないが、小遣い稼ぎにはなるので、そちらを希望する者も少なくなかった。


「や。頑張るぜ。俺だってミーナに褒められたいしな!」


 仕方なさそうに褒めるヴィルヘルミーナと、嬉しそうなフリッツの様子が瞼の裏に浮かんだ。

 

「リストの確認を頼むわ、リッヒ。あ! さっきは悪かったな。毛皮が綺麗な個体をもらっといたからミーナに何か作って贈ってやれよ」


 ホーンラビットの毛皮は安価で入手できるため需要が高い。

 その中でも希に上質な毛皮を持つ個体がいて、そちらは高額で取引されていた。

 

 ホルガーがほいっと投げてくるのを、頭で受け取る。

 手が汚れていたからだ。


「頭で受け取るとか! ああ、汚れるからか。気を利かせてマジックバッグに入れてやれば良かったなぁ」


 そう言いつつ、頭の上に乗っていた毛皮を、個人で持つには容量の多いマジックバッグの中へ突っ込んでくれた。


「確認したい素材は何だ?」


「シルバースパイダーとダークパイソン」


「! 凄いな。どちらも希少素材が取れる」


「さすがに生きたままは無理だったけど、死にたてを確保できたからな。毒から薬が作れるとか不思議だぜ」


「同感だ」


 欲しい物リストの中に、希少で難しいが遭遇したら優先して入手希望! と書き記されていた幾つかの素材。

 ホルガーが上げた二種類はどちらも該当する。

 

「ダークパイソンの毒が抜かれた干し肉って、携帯食に最高って聞いたんだよ。ミーナ、作ってくれるかな?」


「……ミーナは忙しい。他の人物を当たれ」


「えぇー、いいじゃん。ミーナが作る奴って、何かこう、特別じゃん? 不思議と毎日食べても飽きない味なんだよな」


 それはわかる。

 孤児院にいた頃からそうだった。

 ヴィルヘルミーナが作る料理は毎日食べても飽きが来ない味で、王子も納得する美味しさなのだ。

 料理長が料理人として本格的に育てたいと、王子に懇願したという話も聞いている。


「それに毒抜きは難しいって聞くじゃん? 騎士団付の料理長だと心配」


 ホルガーの心配は無理もない。

 騎士団の胃袋を満たすために大量の料理を作るのは、さすがに上手い料理長なのだが、繊細な料理となると、無理すんな! と肩を叩きたくなる味になってしまうのだ。

 毒抜きが必要な携帯食なんて頼んだ日には、毒が残った物に仕上がりかねない。


「毒抜きだけ、薬師たちに頼めばいいだろう」


 騎士団に所属している薬師は、団員全てを実験体と考えている節があるが、仕事は丁寧で手早い。

 仕上がった携帯食を報酬にすれば喜んでやってくれるだろう。


「それにミーナに頼んだ日には、王子たちが食べたいとか言い出しかねないだろう」


「あー、それもそうか。兄王子たちならまだしも、弟王子たちに食べさせるのはマズいよなぁ」


 彼らの年齢では毒耐性をつける手配がまだ始まっていないはず。

 第四期師団所属程度では知らない情報をハインリッヒが知っているのは、お茶会に同席している王子たちがさらっと教えてくれるからだ。

 ホルガーは顔に出さずに記憶しているし、ギードは顔色を悪くしながら記憶している。

 フリッツは記憶できていないが、いざ情報が必要な場面になったときに思い出すのだろう。

 ヴィルヘルミーナ曰く、優秀な脳筋の特殊能力よ! とのことだ。


「ハルトヴィヒ殿下が目にしたら、ミーナが止めるより早く食いつきそうだろ」


「……最近騎士団に感化されすぎじゃないか?」


「従者たちの隙を狙って遊びに来るもんな、俺らんとこ」


「他の騎士団には一人で行かないようですね」


「新しい団長と副団長が胃薬を大量に頼んでいるのはそのせいか」


「ミーナ特製胃薬は効果が高いから……」


 新たに選別された第四騎士団長と副団長は下位貴族だ。

 本来ここまで頻繁に王子たちに遭遇する機会はないらしい。

 ハルトヴィヒたちがあまりにも気安く対応するたびに胃を押さえていた。

 

「……胃薬の材料になる素材は多めに採取しておくか」


「少し外れるけど、アプルンの実も収穫しておこうぜ」


「ああ、ムーンウルフも出るから、物足りない奴らを連れて行くわ」


「了解。リッヒはまだここで黙々とむしるのか?」


「ああ、むしる」


 言い方は悪いがきちんと選別した上で採取している。

 今ハインリッヒがいる場所が、ちょうど群生地なのだ。


「できれば王城の薬草園で育てたい素材だもんな」


「検討はしているが、予算が下りないらしい」


「騎士団は金食い虫じゃねぇって、わからん奴が財務にいると困るな」


「騎士団を経験した財務の人間は少ないですからね」


 壊れる武具が多いからといって、モンスターの討伐や日々の訓練を減らすわけにはいかない。

 どれほど優秀な騎士だって、入団から退団まで無傷で過ごせない。

潤沢な予算を、とまでは望まない。

 ただ、必要な予算は組んでもらわねば困るのだ。


「ホルガーとギードならいけるんじゃね?」


「それよりヴェンデリン殿下に頑張っていただく方が早いかと」


「確かに」


 ヴェンデリンは騎士団の内情をよく理解している。

 財務もヴェンデリンの殴り込みには負けが続いているようだ。

 そろそろ子供の戯れ言ではすまない年齢になってきていた。

何かを勘違いしている、困った団員の放逐も随分進んでいるらしい。

 

『そろそろ財務の掃除もしたいところですね』


 テオドールが茶会で零した小さな独り言を思い出す。


「ま、俺らは騎士団らしく体を動かそうぜ」


 走って行くフリッツはビーワの採取を覚えているのだろうか。


「ホル。リッツが忘れてる気がするから……」


「ビーワの実と葉の採取だろ。ちゃんとやっとくぜ」


「よろしく」


 ホルガーはフリッツと反対側へ走っていった。

 やはりフリッツはビーワの採取をすっかり忘れたらしい。


「……リッヒ」


「……どうした?」


「ヴィルヘルミーナさんは、こういうの、お好きかな?」


「真珠の実か! 輝きがすばらしいな」


 樹齢数百年を超える木に時々鈴生りになっている木の実。

 海で採れる真珠と変わらない輝きだが、軽いので大量に使って豪奢な装飾品が作れるので人気が高い。

 この辺りに大木はなかったはずだが、鳥などが運んで引っかかっていたのかもしれない。

 高位貴族の夫人が満足する量と輝きの真珠の実は、そこそこの高値で売れる。


「ミーナに渡すと……飾りより、何かの素材に使われそうだな」


「ああ、化粧品に使われるらしいな」


 真珠を身につけたヴィルヘルミーナを思う。

 黒髪黒目に純白の真珠はよく映えるだろう。

 大半は素材として使ってしまっても、一部を装飾品にして身につけてもらうぐらいはできそうだ。

 髪留め、ピンブローチ、服の下に一粒だけ使ったペンダント。

 指輪は……自分が送りたいので、止めてもらおう。

 恋人の贈り物として贈りたくても、仕事中はつけられないと遠慮されてしまいそうだが。

 や、その前に、まだ告白もしてない。

 そちらが先だ。


「リッヒ?」


「ああ、ごめん。ミーナに似合うと思うから、髪留め、ピンブローチ、服の下に一粒だけ使ったペンダント……あたりなら、いいと思う」


「! そうだな。職人に頼むんでみるよ」


 実家が商人なのでその手の職人に詳しいギードの手にかかれば、ヴィルヘルミーナが受け取る一品が仕上がるだろう。

 少々悔しい。


 嬉しそうに次の素材を求めて走って行くギードの背中を、ぎりっと奥歯を鳴らして見送る。

 

「嫉妬は見苦しい。自分はもっとミーナ好みの物を贈ればいいのだ」


 口に出して反省と今後の行動を決めたハインリッヒだったのだが。

 ヴィルヘルミーナが喜ぶ物が装飾品よりも薬草や食料だと思い至ってしまい、深い溜め息を吐いた。

 まさか、薬草や食料で作った指輪を渡すわけにはいかないのだから。


 

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