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僕は捨てられていなかった! 2

 


 忙しいヴィルヘルミーナとのお茶会は月に一度設けられている。

 王子たちとほぼ毎日一緒のティータイムを過ごしていると聞いたときの、ハインリッヒの瞳に暗黒が宿っていたので、どうにか時間を作ったとのことだ。

 月に一度でも必ず会える日があるならと、訓練に力の入るハインリッヒだったが、一対一のお茶会でないのには不満を感じている。

 妙齢のメイドと一対一でお茶会をするのは、マナー的に問題があると指摘されてしまえば頷くしかなかった。

 それでも騎士団仲間三人が加わる程度なら許せた。

 フリッツとホルガーはヴィルヘルミーナ自身と幼馴染みでもあったし、ギードのヴィルヘルミーナに対する感情は純粋な敬愛だったから。 


「でも、王子たちと一緒なのは釈然としないのですよ」


「不敬よ、リッヒ」


 こぽこぽと心地良い音をさせながら紅茶を淹れるヴィルヘルミーナの所作に見惚れていたら、つい本音が零れ出てしまった。

 騎士失格だ。


「ここだけなら、いいだろ。ミーナ」


「ヴェンデリン様はハインリッヒに甘すぎます。甘やかして困るのはヴェンデリン様とハインリッヒなのですよ?」


「ふふふ。ハインリッヒを一番甘やかしているのはヴィルヘルミーナだろう? 君が仕事ではないお茶会を設けるなんて。メイド長と侍従長が驚いていたじゃないか」


「そう言われてみればそうですね」


 気がついていなかったとばかりに首を傾げるヴィルヘルミーナ。

 当たり前の特別扱いが嬉しい。


「そもそも今日のお茶会はリッヒ君に報告があるから参加させてもらったんだよ」


「そそ。リッヒには嬉しい報告だと思うぜ」


 外見は全く似ていないのに兄弟としか思えない王子二人が、顔を見合わせて楽しそうに頷く。

 嬉しい報告とはなんだろう。

 二人にならって騎士三人の顔を見る。

 フリッツ以外は、何となく報告内容に想像がついている表情をしていた。


「以前から打診していたんだけど、本人が頷いてくれなくてね? 先日ようやっと納得してくれたんだよ!」


「俺的にはちょっと寂しいとか悔しいとか思うぜ? でもミーナの対外的な評価が上がるんだから、仕方ねぇよな。大事にしてくれよ、テオ兄」


「言われるまでもなく。大切にこき使わせてもらうよ?」


「おいおい! 今でも十分こき使っているだろうが」


「仕方ないよね。実際ヴィルヘルミーナはあらゆる分野に精通しているんだから」


「……恐縮です」


 三人の会話が頭の中をぐるぐると回る。

 それはつまり。


「ヴィルヘルミーナが出世する。テオドール様付のメイドになる、と?」


「そそそ。専属じゃないと侮られがちだけど、ミーナの優秀さは随分広く知られているからな」


「安心していいよ、リッヒ君。ヴィルヘルミーナに害をなすような愚か者は駆除済みだからね」


 騎士団ですら絶賛されるテオドールの王子微笑エンジェルスマイルが浮かんだ。

 ハインリッヒに芸術品を愛でる嗜みはないのだが、それでも名の知れた美術品のような美しさがあると思ってしまう。

 人とは相容れないような、ヴィルヘルミーナが時々見せる慈母の微笑とは真逆のものだが心酔する者は多い。


「おめでとう、ミーナ。そもそもヴェンデリン殿下付でもすげぇのに。テオドール殿下付とか孤児の星だな」


「おめでとう、ミーナ。だよなー。幼馴染みの俺らも自慢したくなるぜ! あ、口利きとか頼まれてもしねぇから、安心しとけよ?」


「おめでとうございます! ヴィルヘルミーナさん。日頃の研鑽の賜物ですね!」


 三者三様に祝福しているが、ハインリッヒは素直に祝福ができないでいる。


「リッヒ?」


「また、ミーナとの間が、あくから……」


 近付いたと思っていたのに、遠ざかっていく感覚。

 ヴィルヘルミーナが、本当は既に自分を捨てているのではないかという不安が拭い切れない。


「なぁ、ミーナ。お前さ。どうして突然孤児院を出てったの? リッヒに言葉すら残さずに」


「フリッツ!」


 ハインリッヒの揺らぎを明確に把握したのだろうフリッツが、ストレートな疑問をぶつける。

 機会は幾度もあったのに、ハインリッヒが言い出せなかった疑問が、王子たちもいるこの場で明らかになるのは抵抗があった。

 それ以上に、答えを知りたかった。


「……リッヒ。今でもお前に捨てられたって、思ってるんだよ」


「ホルガー!」


「んだよ。死ぬまでうじうじしてるつもりだったんか? 良い機会なんだから、聞いておけ」


 王子たちは沈黙を守っている。

 ヴィルヘルミーナの口を強引に開かせようとはしないし、ハインリッヒたちの行動を咎めもしない。

 大変に有り難かった。


「墓場まで持って行くつもりだったんだけど……私が消える前日。訪れた男性は本来ハインリッヒを連れて行くつもりだったの」


「……え?」


「あー、やっぱりあいつ娼館の元締めかなんかだったのか? 独特の雰囲気だったもんな」


「しょ、娼館の元締め! で、ではないけど。男性に連れて行かれたら、リッヒは生きていられないかもしれないと思ったの。だから私を代わりに連れて行ってとお願いしたのよ。男性についていけばいろいろな意味で、強くなれそうだったしね」


「実際、強くなったよね」


「だな。強くなった結果の王城メイド。更に第二王子付。力どころか地位も得たな」


「地位を得るということは、強くなると同義では?」


「地位があると視野が嫌でも広がるのは確かですね」


 微笑の種類を変えたテオドールがハインリッヒを射貫く。


『ここで黙っていては、男が廃りますよ?』 


 そう語られている気がした。


「身代わりに、行かせてしまってごめん」


「謝らないで」


「捨てられてなかったんだってわかって、嬉しい」


「そう、良かったわ。そこまで落ち込ませているとは思わなくて……ごめんなさい」


「ミーナこそ、謝らないで!」


 思わず伏せていた顔を上げる。

 ヴィルヘルミーナがハインリッヒを真っ直ぐ見ていた。

 幼い頃から焦がれ続けた漆黒の瞳は、相変わらず美しい。


「あとは……偶然本で読んでね。考えていたのもあるわ。私がいるから、リッヒは泣き虫なのかなって」


「ミーナ!」


「あー、それはあったかもしんねぇ。ミーナがいなくなってから、泣かなくなったもんなぁ」


「今じゃあ、リッヒ様の泣き顔が見たい会とかあるもんな」


 知らない。

 そんな会、許可を出していない。


「顔の傷を見るたびに泣きそうになったり泣いたりするのも、どうにかしたかった」


「そういえば、傷。すっかりなくなってるよな。完治したんか?」


「つーか、良い薬あったの? 王城勤めの縁で治癒魔法をがっつりかけてもらったとか?」


 ここで初めてヴィルヘルミーナの額から傷が消え失せているのを認識した。

 自分がつけた傷だというのに、どうして忘れていたのだろう。


「……ごめん、ミーナ。傷のこと、忘れてた」


「あ、そうなのね。それならそれで良かったわ。傷は以前と変わらずに残っているわよ。ただ化粧で隠しているだけ。今もそうだけど前髪を下ろしているから、王城でも知らない人の方が多いわ」


 情報量が多くてハインリッヒは思わず目を閉じた。

 拳をぎっと握り締める。


 捨てられていなかったのは嬉しい。

 身代わりになったのは申し訳ない。

 傷のことを忘れた上に、未だに残っているのならば、何かしらの贖いが必要だろう。

 思い出した瞬間から、凄まじい罪悪感に襲われている。


「傷を思い出すと無意識に泣いただろうから、記憶から抹消したのかもな」


「俺なんか、ミーナと再会したときにまず、傷は消えたんかな? って思ったけどな! 口に出してはなかなか聞けないから、今聞けて良かったぜ」


「……傷消薬であれば、近衛騎士団になら良い物があるのでは?」


「いろいろとあるぞ。ただヴィルヘルミーナ自身が自分の体を実験体にして調薬しているから、参考品としてしか使ってないみたいだぜ」


 ヴェンデリンが、な? と聞けば、ヴィルヘルミーナは、そうですね、と頷く。

 

「調薬……ミーナ、薬を作れるの?」


「ええ。孤児院にいたとき、自分で作れたら良かったと思っていたからね。現在進行形で様々な調薬に挑戦しているわよ」


「メイドという立場にも関わらず、王城での調薬が許されているのはミーナぐらいでしょうねぇ」


 テオドールが感嘆の溜め息を吐いた。

 それだけヴィルヘルミーナの作る薬は優秀なのだろう。

 いつかは額の傷も完治できるかもしれない。

 だとするなら、ハインリッヒを材料の入手に使ってほしいと思う。

 薬に必要な材料採取は騎士団に課せられた仕事の一つでもあるのだ。


 ハインリッヒは早速その提案をしてみる。


「ええ、では次の採取日までに欲しい素材を書き出しておくわね。よろしくお願いします」


「うん!」


 騎士らしくもない返事をしてしまったが、自分がつけた傷を完治させる手助けができるのかと思えば、長年心の片隅でくすぶっていた、意味のわからなかった罪悪感が薄らぐのを感じた。 

  

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