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僕は捨てられていなかった! 1

 


 年も変わり、ハインリッヒたち第五騎士団同期の大半が第四騎士団へと昇進した。

 今期の第四騎士団は残留が多く、あまり良い環境ではないようだ。

 更に騎士団長と副団長も貴族寄りなのだと囁かれている。


「ま。大丈夫だろ、リッヒもいるしな」


 早速新人いびりとばかりに過酷な訓練をさせられている中、フリッツがハインリッヒの名前を出した。


「何で、僕?」


 心当たりがなかったので尋ねれば。


「え。自覚無しかよ。第四、第五王子に懐かれてるじゃん」


 そんな返事があった。


「や。懐かれているのは、むしろお前だろう。特に第四王子」


 なので突っ込みを入れると。


「だよねー。脳筋同士思考が似通ってるからじゃないの?」


 ホルガーが同意してくれた。


「不敬だよ、ホルガー」


「あ、でも二人に懐かれてるのはギードかもな」


 フリッツと二人揃って確かにと頷けば、ギードが困ったような顔をする。

 平民が王子のお気に入りとなれば、いろいろな支障が出てくるのだ。

 ヴィルヘルミーナを見ていればそうと察せられた。

 男女問わず嫉妬の眼差しを向けられている。

 最近では媚薬や毒薬を盛られたりすると苦笑していた。

 苦笑だけですませないでほしいと思う。

 王子たちに懇願すれば、少なくとも毒を盛られる機会は減りそうだが。

 ヴィルヘルミーナの性格上懇願はしないだろう。

 報告はしっかりしていると信じたい。


「そこ! 無駄口を叩くな! 固まってないで走ってこい」


 副団長の声が無駄に響く。


「……端っこで自主練をしておけっていたの、副団長だろっつーの」


 指示が無茶苦茶なのも何時ものこと。

 おかげさまで、自分で考えてから行動する癖が身についた。


「走れといっておるだろうが!」


 副団長が走ってくる。

 何故か殴られるのがハインリッヒ以外なので、今日こそ自分が殴られておこうと、三人を庇って前に出る。


「リッヒは下がっておけ! 我はホルガーを殴りたいのだ!」


 どうにも副団長は頭の回転が速い者を嫌うらしい。

 一番の被害者はホルガーで、次点がギード。

 フリッツはかなり鍛えられてきており殴りがいがないのか、あまり殴られなかった。

 

 そして、何度でも言う。


「自分はハインリッヒです。ハインリッヒとお呼びください」


 本当はアーレルスマイアーと呼んでほしいのだが、貴族に多い姓なので望めない。

 いっそ、おい! や、貴様! など、名前を呼ばれない方がましなのかもしれないと思う。


「そうだよ。ハインリッヒをリッヒと呼んでいいのは、彼が望む人物だけだ。ねぇ、リッヒ君」


「……光栄でございます、テオドール殿下」


 王子の中ではテオドールだけがリッヒ君と呼ぶ。

 それはリッヒと呼ぶ以上に特別な呼び方だ。

 

『テオドール様に信頼されているのね』


 と、ヴィルヘルミーナが嬉しそうに言わなければ、止めてくれるようにお願いしたかもしれない。

 今でも呼ばれる度に複雑な気分になる。


「君になら、テオ兄と呼ばれてもいいんだけど?」


「恐れ多いです」


 これ以上は命令でも勘弁してほしい。

 揶揄いを含む微笑が浮かんでいるので、本気ではないのが救いだ。


「て、テオドール第二王子! どんな御用でございましょうか?」


 振りかぶった拳を慌てて下ろした副団長が、テオドールの前に片膝をつく。


「用がなければ、来ては駄目なのかな?」


「いいえ! ただ、自分は、ホルガーやギードが何かしでかしたのかと!」


「うーん。ホルガー君もギード君も期待の騎士だよね? 君と違って」


「うぐう」


 間抜けに喉を鳴らした副団長は怒りのやり場がなくて、固く拳を握り締めている。


「団長はどこにいるの?」


「は! 外出しております」


「届けは出ていないけど?」


「と、届けを出す者が怠慢なのでございます。ホルガー!」


「届けを出す係、ホルガー君じゃないよねぇ?」


 王子たちの中でも粛正の苛烈さで知れているテオドールの、あえて低くした声音に、副団長が飛び上がった。

 なかなかの高さだ。

  

 副団長はテオドールに言いあぐねているが、団長はただのサボり。

 届けを出す係は残留組がやるはずなのに、団長たちに目をつけられている平民や孤児たちに押しつけられている。

 何人かいる良識者はしっかりと本来の仕事を記録しているので、近々上へ報告をすると教えてくれた。


「……テオドール殿下」


「おや、珍しい。何かな、リッヒ君」


「尊敬する先輩方が届け係の担当表を作成しておられます」


「担当表の作成は義務ではない。積極的に業務の効率化を図る団員には好感が持てるね。誰かな?」


 視界の端で様子を見守っていた団員の一人が、敬礼とともに、はっ! と声を上げて駆け寄ってくる。

 良識者の一人だ。

 思考が偏っている者たちとの間に入って、何くれと世話を焼いてくれる。

 どことなくヴィルヘルミーナを思わせる人だ。

 恭しく差し出された担当表を見て、テオドールの片眉がくいっと上がる。

 それだけでテオドールが非常に不愉快な思いをしてると見て取れた。

 良識者の喉元が大きく波打つ。


「うん。第四騎士団の団長も副団長も、随分と騎士らしくない仕事をしているようだね?」


「ご、誤解でございます! そいつらが嘘の書類を作成したのでございます。我らを嵌めるために! その者は下位貴族でありながらも、高位貴族に不敬を……」


「なるほど。残留組は高位貴族が多いようだし。その点を考慮した結果なのかな?」


「そうでございます! 御理解いただけて恐縮です」


「や。理解したわけではないよ?」


 ばっさりと笑顔で切り捨てるテオドール。

 誰かが小さな声で、よっしゃ! と呟いている。

 気持ちはわかるが騎士を名乗るなら堪えてほしい。

 そこから足を掬われる可能性もあるのだから。


「定められた仕事ができない騎士に、騎士を名乗る資格はないよ。本日をもって団長、副団長、残留組は解雇」


「テオドール殿下ぁ!」


「王子の権限で通しておくね。すぐに荷物を持って退去するように。新しい団長とかは、急ぎ会議にかけて決定するから、それまでは君がまとめてくれるかな?」


「じ、自分ですか?」


「そう、君。ザロモン・アンドロシュ。短い間になるかもしれねいけれど、よろしく頼むよ」


「は! 騎士の名に相応しくあるよう、勤めさせていただきます!」


 見事な敬礼に、背後から歓声が上がる。

 第四騎士団一の良識人が王子に認められて嬉しかったのだろう。

 ザロモンは涙目になっている。

 当然喜びの涙だ。

 しかしテオドール王子、騎士団員の名前を全員覚えているらしい。

 ヴェンデリンなどは、俺はなかなか覚えられなくて苦労してるんだぜ……と溜め息を吐いたのでテオドールが優秀なのだ。


「今日は皆で話し合うといい。訓練はなしでも構わないよ」


 理不尽な訓練を課せられていた騎士たちが喜びの言葉を口にする。

 中にはテオドール殿下万歳! といったものまであった。

 不敬だと思ったのだがテオドールは静かに微笑んでいる。

 怒ってはいないようだ。


「そうだ、リッヒ君。今度のミーナとのお茶会。僕も参加していいかな?」


「……殿下のお心のままに」


「ははははは。そんなに困った顔をしないでよ。君に取っては嬉しい話もできると思うから」


 ぽんぽんと気安く肩を叩かれた。

 ハインリッヒに取っての嬉しい話といえばヴィルヘルミーナ絡みだろう。

 彼女の昇進でも決まったのだろうか。

 

「では、また。茶会のときに」


 本来同じテーブルに座る資格などないのだが、幾度となくその機会に恵まれている。

 感謝感激するべき立場なのは理解しているのだが、王子たちがヴィルヘルミーナに酷く執着しているので、警戒心しか抱けないのが困りどころだ。


 テオドールが去って行くのを騎士団員と頭を下げて見送っていたら、背後から勢いよく突っ込まれた。


「加減しろ、フリッツ」


「だって、すげぇじゃん? これで第四騎士団は安泰なんだから」


「だよな。アンドロシュ殿が団長になってくれたら、全員第三騎士団に上がれると思うぜ」


「本当……団長と副団長が屑だと知ったときは、さすがに残留を狙おうか考えたし」


 三人が寄ってきた。

 全員安堵しているようだ。

 それだけ酷かったといえる。

 平民組の一部ではまだ第四騎士団に所属して間もないというのに、退団を考える者もでだしたほどだ。


「ハインリッヒ、ありがとうな!」


 三人と仲良く訪れた平穏を噛み締めているとザロモンが走ってきた。


「お前がいなかったら、まだ奴らを追い出せなかったよ!」


 ばんばんと肩を叩かれる。

 常に冷静沈着だったザロモンとは思えないが、それほど嬉しいのだろう。

 痛いので早く落ち着いてほしい。


「貴様らのせいか? 貴様らのせいだな!」


 しかしザロモンが落ち着くより早く、団長が何かを叫びながら全速力でこちらに走ってきた。

 額と頬、首筋にまで紅の跡がへばりついている。

 何処かのメイドとよろしくやっていたらしい。

 メイドが皆、ヴィルヘルミーナのように、働き者でないのはハインリッヒもよく知っている。

 残念ながら団長に紅をつけるようなメイドの方が多いくらいなのだ。


「自業自得ですよ、元団長」


 ハインリッヒたちを凝視しているとは理解していたが、ザロモンの姿は目に入っていなかったようだ。

 彼の基準は貴族とそれ以外だったので、貴族であるザロモンは標的にならなかったらしい。

 丁寧な資料を整えていたのはザロモンなので、本来であれば怒りの矛先は彼に向くはずなのだけれど、元団長はあくまでハインリッヒたちに憎悪を向けてきた。

 痛くも痒くもない憎悪は少しだけ不愉快だ。


「はい。元団長もさっさと退団の手配を取ってくださいねー」


 ザロモンは自分を背中にして仁王立ちした元団長の意識を素早く刈り取った。

 すばらしい技だ。 

 是非教授してほしい。


「きちんとした御礼は会議室でな。話しあうっていっても大した話もないし。テオドール殿下も祝杯を挙げる時間を取ってくださったのだろう。時間は有効に使わないとな!」


 一人頷いたザロモンは、元団長の首根っこを引っ掴んでそのままずるずると引き摺っていった。


「……容赦ねぇな。ゴミ扱いだぜ」


「実際屑だったからいいじゃん?」


「僕たちより長く元団長と一緒にいたんだ。あれぐらいで溜飲が下がるとは思えないけど……このあとはきちんと彼を労おうな」


「感謝も」


「うん。感謝もな! 存分に伝えようぜ」


 思ったことは言葉にしなければ伝わらない。

 それは騎士団で学べた重要な信条。

 次の茶会でどれだけヴィルヘルミーナに己の考えを伝えられるのだろうかと、頭の片隅で思案しながら、ハインリッヒは三人と会議室へ足を伸ばした。 


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