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仕事は秘密にしたい。2

 


 悪徳領主の暗殺から帰城して自室へと戻る。


「……ミーナ?」


「……はい?」


 仕事疲れの上に思案疲れもあって、返信が明瞭ではなかった。

 アブグルントの嫌う行為だったと思い至ったときには遅く、両頬の肉を思い切り引っ張られる。

 下手な拷問より痛い。


「ひたいれふ」


「うん。痛くしてる。いいかい、愚かな愛弟子のヴィルヘルミーナ。秘密はね、必ずばれるものなんだよ?」


 永遠にばれないだろう秘密を、多く抱えているアブグルントが言っても説得力はない。

 ないはずなのに、何故か頭の片隅をざわつかせる。


「仕事に支障さえ出さなければ、好きに抱えていればいい。でも、支障が出るのであれば、僕は……」


 にいっとアブグルントの口角が吊り上がる。

 悪夢に出てきそうな悪魔の微笑だ。


「ハインリッヒを殺すかもしれないよ?」


 それはない。

 断じてない。

 アブグルントは依頼されない殺しは絶対にしないと、組織の全員が信じている。

 けれど。

 今までの全てを覆しかねない雰囲気が、ヴィルヘルミーナの部屋を支配していた。

 一瞬だけ頬の痛みも忘れる。


「メイドと騎士なら、ありがちな恋物語になりそうだけどね。暗殺者と騎士は難しいと思うよ」


「……それは私に暗殺者を辞めろということですか?」


 アゼルフスは暗殺組織にしては珍しく、引退が難しくない。

 勿論様々な魔法契約が施されて、組織の内情を語った日には、その場で即死する。

 文字にも残せないし、高位の術者でも読み取らせないという、類をみない高等魔法だ。

 仕事の対価として当時の最高峰魔法使いに作らせたらしい。

 アゼルフスが有名になったのはアブグルントが前線に出るようになってからだが、その歴史は古い。

 三代どころか、十二代世話になっているという高位貴族もいるほどだ。

 だからこそ、入ってから引退するまで様々な保障がされている。

 退職金まで支払われる暗殺組織はアゼルフスぐらいだろう。

 

「命令はしないよ。僕は今まで誰かに辞めろと言ったことはないし」


「殺したことはあっても?」


「殺したことだってないよ。忖度した部下はいるかもしれないけどね」


 ヴィルヘルミーナは深く溜め息を吐く。

 暗殺組織の恐ろしさを知っていてもいろいろな理由で、裏切る者は後を絶たない。

 しかし裏切りの大半は発覚する前に処理される。

 アブグルントに忠誠を誓う者たちは実力派揃いだ。

 アゼルフスが損をするよりも、アブグルントを裏切るのが許せないらしい。

 脅されている者には、相談しろ! ときついお説教のあとで、引退を勧める。

 的確な判断ができない者に暗殺者を続ける資格はない、というのが理由だ。

 欲望に溺れた者はさくっと排除。

 事前勧告などという親切なものはない。

 あまりにも瑣末な裏切りは、存分に罵られてから殺される。

 偶然、現場に居合わせてしまったときには、その瑣末さに呆れたほどだ。


「僕としては、自分から進んで秘密をばらすのをお勧めするねぇ」


 くすくすと笑ったアブグルントは窓から出て行ってしまった。

 たまには扉から出て行けばいいのに! と気の抜けた思考を最後に、ヴィルヘルミーナは枕に顔を埋める。

 考えるのが面倒だったので、すぐに眠りに落ちた。

 訓練の結果、どれほど悩みを抱えていても、どんな場所でも眠れるようになっている。

 残念なことに眠りに逃げたからといって、目覚めたときに悩みから解放されてはいないのだけれど。

 


「眠そうだな、ミーナ」


「……失礼いたしました」


「や、かまわねぇよ。ここのところ暗殺の押し掛けが凄いからな」


「目的は暗殺ではないのですが……」


「王族に媚薬を盛るのは暗殺と同意だ」


 ヴェンデリンの声に苛つきが混じる。

 自分が対象になっているのもそうだが、ジークヴァルトが一番被害を負っているのが許せないのだろう。


「昨今の御令嬢は媚薬が毒だという認識が薄すぎる」


「それには同意いたします」


 三日前、ジークヴァルトに盛られた媚薬は酷いものだった。

 ヴィルヘルミーナが解毒剤を調合できなかったら、ジークヴァルトの子種が絶えてしまったかもしれない。

 それほどに副作用の酷いものだった。

 嫌がる相手に使う鉄板の媚薬として流通しているそれは、調合の難しさから本来の効能とはかけ離れた媚薬に仕上がってしまう。

 アブグルントなら正しい調合ができるし、ヴィルヘルミーナでも三度に一度は成功するだろう。

 しかし依頼して調合された物ならまだしも、既に調合された物を使うなんて、貴族令嬢としても恥を知ってほしい。


「黒幕が近衛騎士と判明したときは、近衛騎士の総入れ替えを考えたよ」


 連帯責任を問おうとしたのはテオドール。

 熱に魘されたジークヴァルトの傍で、薬の調合を許されていたヴィルヘルミーナは彼の怒りを現場で見聞きしていた。


「テオ兄の激怒っぷりを見て、ここは冷静に……と自分を宥める日が来るとは思わなかったぜ」


「逆が日常ですからね」


 額にでこぴんがされる。

 手加減されたヴェンデリンのでこぴんは、周囲の目線よりは痛くない。


「近衛騎士が好いた女のためにあそこまでするとはなぁ……」


「自惚れが強い人となりだったそうですよ? 当て馬に気がつかない愚か者でもあったと」


「はぁ……近衛騎士になるには人格だって、ある程度考慮されているはずだぞ?」


「そこは高位貴族の後押しがあったのでしょう。剣の腕前や魔法の使い方は優秀でしたし、彼を慕う部下も多かったようですから」


「恋に狂わなければ、大それた犯罪者にはならなかったと?」


「どうでしょう? 今回の件がなかったとしても何時かは足を踏み外したような気がしますね」


 黒幕とされた近衛騎士は侯爵家。

 彼が焦がれた令嬢は男爵家。

 それだけの身分差があっても、男爵家の令嬢は近衛騎士の忠誠心を砕いた。

 とんだ野心家だ。

 更に突き詰めていくと、彼女はジークヴァルト以外の王子も狙っていたらしい。

 孤児院でも置かれていた、有名な物語の主人公は自分だと思い込んでの行動だった。

 物語だからこそ、複数の王族に愛されても幸福になれるのだ。

 現実であり得ない。

 本人たちにも矜持があるし、何より周囲が許さないはずだ。


 近衛騎士は極刑で、侯爵家は伯爵に降爵。

 男爵令嬢は拷問のちに極刑で、男爵家は連座で極刑。

 ただし男爵家の幼い男児は去勢のち、男性修道院へと送られた。

 ジークヴァルトに対してただ一人、土下座して姉の不敬を詫びたというのだから切ない。 

「テオ兄の媚薬はお気に入りの茶葉に、城へ納品される前から入れられていたし。俺の媚薬は手袋の内側に塗られていたんだぞ? ミーナが気がつかなかったら、団員の前で盛る嵌めになっただろうしな」


 肌に直接塗られる媚薬は想定していたが、服装小物に塗られるのは想定範疇の外だった。

 気がついたのはその媚薬に独特の香りがあったからだ。

 汗の臭いとは切り離せない騎士団であれば、感づかれないと思っての手配だったのだろう。

 だが、残念。

 ヴィルヘルミーナの鼻はヴェンデリンが装着しようと持ち上げた手袋から、微かに香った媚薬を察知したのだ。


「媚薬の耐性をせっせと積み上げてきた俺らは、まだよしとしても……よしとしたくはねぇけど」


「はい」


「弟たちに仕掛けたのは許せねぇ……」


 幼い王子たちにも毒薬の耐性をつけるための手配はされている。

 使われがちな毒薬を優先したせいで、媚薬は後回しになっていたのだ。

 そんな細かい内容を知っているのは、手配をした者と直属の従者とメイドのみ。

 ハルトヴィヒは従者が、エーミールはメイドが盛ろうとした。

 従者はヴィルヘルミーナを出し抜きたかったという理由。

 メイドは媚薬に悶えるエーミールが見たかったという理由。

 どちらも屑過ぎる理由だった。

 数々の試験をくぐり抜けて、心身ともに健常な者を選抜しているはずなのに、このざまだ。


 責任を取ると辞任を申し出た侍従長とメイド長を止めるのが、とにかく大変だった。


「厳罰に処しても、次から次へとやってきやがるからなぁ……」


 王子に相応しくない口調を咎めるのも不憫に感じて黙っておく。

 それとなく注意した騎士たちも同じ心境らしく、憐れみの眼差しでヴェンデリンを見詰めている。


「根本を解決するには婚約者の選定をしなきゃなんだが」


「難航しておりますね」


「ああ。相応しいと思う御令嬢も一応いるんだが、王命を使うと困る相手が既にいるからな」


 国内でジークヴァルトの妃に相応しい地位は公爵家。

 五家ある公爵家、それぞれ数人の令嬢がいる。

 調査の結果第一王子の妃に相応しいとされた令嬢は三人。

 一人は隣国の王太子から婚約の打診がある。

 一人は先日婦人系の病が発覚した。

 一人は神の花嫁となってしまった。

 どれも致し方ない理由なので、現在は他国へ打診しているが、結果は思わしくない。

 希望が多すぎて選別に時間がかかっている上に、王族に嫁ぐ資格がない者が多すぎる。


「ミーナみたいな高位貴族、転がってねぇかな」


「私のような高位貴族がいたら問題ですよ」


「最悪爵位はどうにかできるから、そこはいいとして。譲れないのは……なんだ?」


「私に聞かれても困りますよ」


 政略結婚に必要なものは相手の領域を侵さないことと、お互いを尊重できること……あたりだろうか。

 暗殺者としての職務に重きを置くメイドの考えなど、その程度だ。


「信頼できる女性部下って……メイド長かミーナぐらいだろう?」


「他の方たちが嘆きますよ」


「メイド長はさすがに年齢がなぁ。ジーク兄上の妃なら子沢山がいいに決まっているし」


「……誠実に勤めていらっしゃるメイド長に失礼です!」


「もう、ミーナでいいんじゃねーの。ジーク兄上の妃。ミーナを養子にしてくれって頼めば公爵家だって頷くだろ?」


 五家から暗殺依頼を受けてますからね。

 懐に入れられるなら、上手く使おうとするでしょうし。

 どこに打診しても了承するでしょう。

 養子になったとて、無償で使われるつもりなどありませんが。


「暗殺が得意のメイド上がりが妃なんて、実際、認められないでしょう」


「……暗殺は知る人ぞ知るだから、問題ねーだろ」


「自分の利益やその身を守るために、謳う者は多くいるでしょうね。何より……」


 そう、ヴィルヘルミーナとて、本当はわかっているのだ。


「秘密は必ず、暴かれるものですよ」


 決断は早い方がいいのだと。


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