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僕は捨てられていなかった? 2

 


 バーター家子爵令嬢の一件があってから、女性の見学者は減った。

 特に制限をかけたわけではなかったのだが、大半が親族になったのだ。

 親族ともなれば迷惑をかけてはいけない! という気持ちが強いようで、絡まれる機会は激減した。

 しかし。

 代わりにというのもおかしいが王子たちの見学機会が増えた。

 特に第四、第五王子に何かと呼び出されてしまうのだ。


「ハインリッヒ! 今日も励んでおるか」


「……その口調はどうした? 王族のようだぞ」


「ヴェン兄は黙っててよ!」


「僕たちは王族で間違っていないと思うんだけど……」


 今日も今日とて手を繋いだ二人がハインリッヒに声をかけてくる。

 噂では聞いていたが王子たちの仲は良いようだ。

 二人の護衛代わりなのか、背後についてきたヴェンデリンの声は何処までも優しい。


「ふふふん。俺様は昨日ミーナにブラウニーを作ってもらったんだ! すごく美味しいんだぞ」


「だから、俺様は止めろ、俺様は」


「うん。僕も俺様はやめた方がいいと思うよ、ハルト兄様」


「もー、二人とも酷いよ!」


「兄弟の語らいに自分は不要でしょう」


 訓練中の僅かな休憩時間を無駄に過ごしたくはない。


「俺が会いに来てやってるんだぞ!」


「……ハインリッヒ殿。今日もミーナの昔話をしてもらえませんか? ミーナお手製のブラウニーを差し上げますので」


「エーミー! それ、俺が言いたかったんだってば!」


 見た目はきちんと兄弟なのだが、頭の中身は弟の方が年上に思える。

 地団駄を踏むハルトヴィヒに対して嫌悪感は全くていっていいほどに持てない。

 限られた場所であるならば、年齢より幼い王子がいても問題はないだろう。


「悪いな、ハインリッヒ。時間を取ってもらえるか?」


「……フリッツとホルガーも一緒であるならば」


「うん。いいよ。僕。ホルガー殿が話してくれるミーナが好き」


「俺はフリッツ殿の話すミーナが好きだな」


 ではやっぱり自分は必要ないのでは? と言葉が喉の奥からでかかったのだけれど。


「俺はハインリッヒが語る、ミーナ話が断然好きだなぁ」


 にやにやと質の悪い笑顔をするヴェンデリンのせいで、口から出る前に消えてしまう。


「ヴェンデリン王子。お話であれば談話室を押さえますが……」


「大丈夫だ。団長の許可は得て、部屋も押さえてあるからな」


 本来であればそういった手配は副団長の役目だった。

 しかし第五騎士団の副団長は、王子たちとお近づきになりたくて仕方がないため、呆れながら団長が手配している。


「……それは失礼いたしました。御前失礼いたします。お前たち! とにかく、王子様方に不敬を働くのではないぞ? わかったな!」


「「「はっ!」」」


 副団長に思うところはあれど、幼い王子たちの前で文句を言うわけにはいかない。

 三人揃って敬礼をして、名残惜しそうに去って行く副団長の背中を見送る。


「僕、あの人、嫌い」


「俺も嫌いだ」


「王族たるもの、人の好き嫌いを口に出すものじゃないぞ? ……まぁ、俺も奴は好かんがな」


 腕を組むヴェンデリンの態度は実に王子らしかった。

 ヴェンデリンにならって腕を組む幼い王子は……ヴィルヘルミーナならきっと、可愛いわぁ……と目を輝かせるだろう。


 何故かヴェンデリンの案内で談話室の一つに入る。

 そこには王子にと考えれば素朴な、騎士にと考えれば豪華なティーセットが整えられていた。


「あぁ、ミーナが手配してくれたのか」


「うん。このブラウニーはミーナの手作りだよね!」


「ハルト兄様。席に着く前に食べると、ミーナにおこられるよ?」


「いいじゃん。内緒で頼むよ」


「駄目だな」


「えぇー! いいじゃん、これぐらい」


 唇を尖らせたハルトヴィヒが最初に席へと座る。

 続いてエーミール、ヴェンデリンと続いたので、ハインリッヒたち三人も腰を下ろした。

 予約をすれば騎士たちと話ができる談話室は人気が高い。

 平民、下位貴族、高位貴族用と分けて作られている。

 数は当然、高位貴族用が一番多い。

 談話室の掃除は基本、使用した騎士たちが丁寧にする。

 本来なら入るはずのない高位貴族用の談話室に入り、掃除をしたのは何回だろう。

 既に両手は潰れていると思う。


「今日は誰が話そうか?」


「あ! 俺、皆に聞きたいことがあるんだ」


 ホルガーの問いにハルトヴィヒが手を上げる。

 

「三人が騎士団に入った理由!」


 想像しなかった問いかけに三人で顔を見合わせる。


「ミーナの話が聞きたかったのでは?」


「うん。それも聞きたいんだけどさー。今回はこっちが優先」


 幼い王子たちの、度重なる訪れには一部の第五騎士団が沸いている。

 坊ちゃんたちが、自分たちが王子に見初められて、専属騎士になれるのではないかと妄想しているのだ。

 専属は無理でも、一度ぐらいなら護衛任務に就かせてもらえるかもしれないと、同じく妄想を抱くのは平民組。

 こちらはあり得る話かもしれないが、難しいだろう。

 そう話し合っていたのだが、ハルトヴィヒの質問に、もしかして? と思ってしまった。

 専属騎士が選ばれる際に、必ず聞かれるのが入団理由だったからだ。


「強くなって、ミーナを捜すため」


 ハインリッヒはきっぱりと言い切った。

 娼館に売られそうになったから覚悟を決めたのは確かだけれど、入団理由はと聞かれたらこちらで間違いない。


「俺らは強くなって、それまで虐めていた奴を守るため……だよな」


「だな」


「え、虐めていた人を守るの?」


「ああ、守ってるぞ、現在進行形で。最近では対象者が強くなってきたから、俺らの方が守られている気がするけどな……」


 二人の目線がハインリッヒに集中する。

 幼い王子たちの、驚きの眼差しも同じように集中した。


「取りあえず、ミーナを捜せて良かったね?」


「ええ……なかなか会えませんけれど。彼女が生きていると知れて……訓練にも身が入るようになりました」


「……ミーナのお手製お菓子。たくさん、食べていいよ?」


「そうだな。会えないんじゃ、菓子くらいは食べとくといいぜ」


「……兄上は、お前たちの言葉使いが気になっているんだよな」


 敬語はいらない。

 ヴィルヘルミーナと話すときのように話してほしいと命じられて、大人しく従っている。

 その影響なのか王子たち……特にハルトヴィヒの口調が王族らしいものではなくなってきていた。


「場所は弁えているぜ!」


「この前ジーク兄上に注意されたのは誰だったかな?」


「で、でも! この三人には今の口調で話してほしいんだよ!」


「僕も……できれば今のままがいいです」


 ヴェンデリンが深いため息を吐く。

 仕方ないなぁ、と天井を仰いだ。

 普段はこんな我が儘など言わないのだろう。

 王子たちの評判は良いものばかりなのだ。

 同年代の貴族たちを見る機会が増えるにつれ、王子の行儀の良さが目立っていた。


「そういえばお前たち。俺たちの件でやっかまれていないか?」


「今更ですよ、ヴェンデリン様」


「平民組は王子たちが間近で見られて光栄だよなーと言ってくれますが、貴族組はどうにも」


「特に坊ちゃんがなぁ」


「彼が退団すれば、他の貴族は大人しくなるはず」


 取り巻き連中は坊ちゃんが消えれば揃って退団するはずだ。

 少数の真っ当な貴族は、平民組と同じ反応なので一緒にされるのを嫌がるだろうが。


「あいつ、嫌い」


「僕も、いやだな」


「毎年必ずいるんだよ。今年は少ない方だぞ? むしろ第四の新人貴族がまずいな」


 ヴェンデリンはどの騎士団とも接点がある。

 第四騎士団の新人貴族はよほどの問題児らしい。


「……ミーナに目をつけているんだよ」


「潰します。今すぐ潰していいですよね?」


 ハインリッヒは反射的に立ち上がった。

 ヴィルヘルミーナはメイドだ。

 騎士と対峙すれば怪我どころではすまないだろう。

 そうならないために排除すべきだ。


「ヴェンデリン兄上、ハインリッヒに許可を」


「お願いします」


 ヴィルヘルミーナを心から慕っている王子たちは後押ししてくれた。

 誰よりもヴィルヘルミーナを大切に思っている自信はあるが、この二人のように純粋に慕っている存在を見ると、ハインリッヒの根本が揺らぐ気がする。


 彼らは、ヴィルヘルミーナに一度も捨てられて、いないのだと。

 

 ヴィルヘルミーナが現在王城に勤めるメイドになっているのだから、教会から彼女を連れ去った男は女衒ではなかったのだろう。

 王城に勤められるように教育したか、教育してくれる団体や人に預けたのか。

 どちらにしてもヴィルヘルミーナの意思を強く感じる。


「騎士は動かせないぞ。というか、動くな。ミーナに嫌われるぞ」


「ですが!」


「ヴィルヘルミーナは強いんだよ。王族に仕えるメイドの中でもその実力は認知されている」


「……本当ですか?」


 ホルガーの声が低い。

 特殊な訓練を受けたメイドの話は時々聞いているが、それは女性に仕えるメイドが受ける訓練という話だ。

 

 もし、ヴィルヘルミーナがヴェンデリンの言うように強いのだとしたら。

 自分よりも未だ、強いのだとしたら。


 ヴィルヘルミーナもハインリッヒと同じように。

 強くなるために、メイドになったのだろうか。

 僕を捨てたのではなく、守るために教会を去ったのかもしれない。


 捨てられていなかったのだとしたら、僕は。

 

「……リッヒ? 王子たちの前だぞー。その顔は駄目だぞー」


「珍しいな。そこまで良い顔。ミーナ絡みだとしても、うん。すげーから。落ち着こうな?」


 二人に両手を引っ張られて、再び椅子に座らせられた。

 両頬に手をあてて、高ぶった感情を落ち着かせる。

 目線を感じて顔を上げれば、仲良く顔を真っ赤にした、三人の王子の姿が映り込んだ。


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