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ぶっとび校長先生は、僕にひつ恋。  作者: 舟津湊


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25/26

熱闘! これでも候補者討論会!?


―――――――――――――――――――――――

2026年度 生徒会役員 立候補予定者

・三年C組 榊原 賢也   一年A組 桜羽 夏鈴

・二年B組 天野 羽珠芽  一年A組 倭 丈瑠

―――――――――――――――――――――――


「今回もふた組かあ。もっと候補者出てくんないと、いまいち盛り上がらないよな」

「そういうんならアンタが出なさいよ。でも生徒会の仕事、大変そうだから仕方ないんじゃね?」


「桜羽さんって、理事長の娘さんでしょ? それから榊原さんって校長先生とずいぶん仲がいいとか」


「あれ、なんて読むんだ? アメノウズメ? ヤマトタケル? 超キラキラじゃん!」

「いや、アメノじゃなくてアマノらしいよ」


登校口の掲示板を見上げた生徒が口々に感想を漏らす。

それを耳にしながら、僕と一緒に愕然と掲示板を見上げていた。


夏鈴がうめき声を漏らす。

「……オイオイなんでタケルが立候補してるんだよ……」

タケルはストーカー気味に彼女に近づき、桜羽家で夕飯をゴチになったクラスメイトだ。

『僕と夏鈴の恋路(偽装)を精一杯応援する』と言っておきながら。彼の身にいったい何が起きたんだろうか?


「お、ご両人もご覧になってはったんですね」

背後から声がかかった。

ヤマトタケルだ。隣には女子生徒が立っていた。小柄で銀縁メガネをかけ、髪をポニーテールでまとめている。

「あ、ちょうどええところやわ。紹介します、この子は二年生のアマノウズメさんで、一緒に生徒会選挙に立候補するパートナーやねん」

タケルが彼女を手で指し示すと、ペコリと頭を下げた。この生徒か。小宮副会長が言っていた『カタブツ』とは。

「ほんで、こっちが自分の尊敬する榊原センパイと、同じクラスの桜羽さんや……せやせや、この二人、お付き合いしてはるみたいやねん。ほんまに微笑ましいことやわ」

コラコラ、余計なこと言わんでいい! 夏鈴の額に血管が浮くのがわかった。


アメノ、いやアマノウズメさんの表情にあまり変化は見られないが、彼女も機嫌がいいとは思えない。

「はじめまして、かしら……榊原さん、桜羽さん。このたびは選挙戦でライバル同士になってしまいましたけど、『公明正大に、正々堂々と』戦いましょうね」

そう言って僕に手を差し伸べ握手を求めた。軽く手を握ってそれに応じる。タケルも夏鈴に手を差し伸べたが、ビシッと叩かれて拒否されていた。

ウズメさんが『公明正大に、正々堂々と』と念押し気味に言葉を発したのが少し気になった。

じゃあ、私はこれでと頭を下げ、彼女は去って行った。


「ヤマト君、いったいどういう経緯で天野さんと一緒に出馬することになったのかな?」

一人残ったタケルに回答を迫る。

「実は、こんなことあってん。こないだ生徒会室の前で天野さんが立ち話ししてはって……確か相手は小宮さんっちゅう副会長さんやったと思うねん。聞いとると、『このジェンダーレスの時代に、男女ペアじゃないと立候補できないのはおかしい』って言わはって……、ほんまに感動してその気持ちを天野先輩に伝えたんですわ。そしたら『同志のあなた、一緒に立候補せえへんか』って……その場で即決やったわ。」

天野さんまで関西弁になっているが……要は、彼女は誰か女子生徒と一緒に立候補したかったらしいが、ルール上NGなので『しかたなく』タケルを誘った、ということらしい。


掲示板の前を去り際、タケルがつけ加える。

「一応言うとくけど、生徒会の選挙と、お二人の恋路の話は別もんやから、邪魔せえへんで。まあせいぜい仲良うやっときや。」


その場に残された僕と夏鈴。彼女は口をとがらせる。

「やっぱ正直に言った方がいいんじゃないか? アタシたち、そんな関係じゃないって」

「それはそれでややこしい問題が起きるからなあ。すまないが、このままにしておいて欲しい。タケルはともかく、天野さんはあまりベラベラ喋るタイプじゃなさそうだし」

彼女は僕の周りにいる生徒や先生の中では、マトモな部類なのではないかと内心ホッとしている。



その週の土曜。

僕と夏鈴は校長先生がオープンさせた、おとなとこどものための食堂、『月いちサタデーずぼら飯店』で食事をしている。そのままココで選挙の作戦会議をする予定だ。


夏鈴は焼うどんを一本二本とつまみながら、生徒会則に目を通す。

「まず、現生徒会役員が進行役になって各チームの方針や取り組みについてインタビューする。必要に応じて候補者同士が意見を戦わせる。その後、各候補者からのビジョン。つまり思い・熱意を述べる……会場からの質問意見や応援演説もありか」

「そうだな、他校に比べて少し変わっているけど、『方針と取り組みがいか理にかなっているか』と、『それを実行する思いや熱量はどんなものか』を分けてわかりやすくするためのプログラムらしい……どうやらこの方式は校長先生の発案らしい」

「ハルねえさまも厄介なシステムを作ってくれたもんだ……ところで、演説のポイントを確認させてくれ」


僕は『朝の残りもの具材風チャーハン』を平らげ、ノートパソコンを開く。

「画面を見て欲しい。生徒会の運営方針はこのように考えている。具体的なアクションは生徒相互、地域の交流やコミュニケーションを活性化させる取り組み……この『月いちサタデーずぼら飯店』の継続・拡大もその一環だな。」


夏鈴も食事を済ませ、パソコンの画面をのぞき込んでいるが、浮かない顔をしている。

「どうした、どこか気になるのか?」

「うーん、確かにこの通りなんだけど、どれもこれもハルねえさま、校長先生が考えたりやって来たことを踏襲してるだけにも見えて、ちょっとインパクトに欠けるような気がするんだよな……」


「確かにその通りね」「自分もそう思うで」

背後から声がかかる。

夏鈴が振り返り、『ギョエッ!』と変な声を出した。何事かと僕も振り返り、『どわっ!』っと奇声を発してしまった。

アマノウズメとヤマトタケルのコンビが立っていて、僕のおパソコン画面を覗いているではないか!

ウズメはカレーライスの皿とスプーンを持ち、タケルはラーメンのドンブリを抱えて、二人とも口を動かしている。


「テメエら、じゃなくてあなたたち、いつからココにいらしたの?」

あせった夏鈴は地を出しそうになりながら、ライバルのペアに問いかける。


「あら、気がつかなくて? モグモグ。お二人がここに座られてからずっとよ……モグモグ。お二人がこの週末ここで作戦会議をおやりになるって情報をタケル君が入手してくれまして。モグモグ。ランチ方々敵情視察というわけです、モグモグ」

どこからそんな情報を!? 僕も夏鈴もそんな情報を人に漏らすわけがない。タケルのヤツ、僕たちの会話をどこかで盗み聞きしていたに違いない……コイツ、筋金入りのストーカーだ。

「いやぁ、さすがですわ、ズルズル。ビジョンもアクションプランも立派ですわ、ズルズル。でも、オリジナリティーが……ねえ天野先輩、ほんまに、ズルズル」


「あの、喋るか食べるかどっちかにして欲しいんだけど」

僕がそう指摘すると、ウズメは半分ほど残っていたカレーライスを三口で平らげ、皿をテーブルに置くと、コップの水を飲み干した。

「あ、その水、僕の……」

「あら、ごめんなさい、あんまり榊原さんが急かすので、喉が詰まってしまって」

「いや、別に急かしたわけじゃないけど」

「……一言ひとことだけ言っておくわ。政策自体はそんなに大きな差異はないわ……でも、ひとつだけ大きな違いがあるの……それは、生徒と教育者との距離感。関係性よ」


「何ですの? 距離感とか関係とかって?」

夏鈴がお嬢様モードで訪ねる。


「教えてあげるわ。『相互牽制機能』って聞いたことあるかしら?」

ウズメの言いたいことがだいたいわかってきた。

「ああ、組織論の話だな?」

「さすがね、榊原さん……教師と生徒は、教える側、教わる側、まったく逆の立場。そうなると利害は当然食い違うから、どちらかがどちらかに押しつけることになる。当然、『教える側』の方が支配力が強いので、自ずと結果が見えてくるわね。万が一、教える側が『私利私欲にまみれた行動』をとっても、教わる側はおいそれとモノが言えない」

「要は、教師と生徒が対等に意見を言い合ったり、決定のプロセスを監査する仕組みをつくりたい、ということだな?」

「ご明察、その通りよ」

ウズメは、横目で僕を見て、冷笑を浮かべた。タケルはラーメンのドンブリを持ったままポカンとしている。

「お聞きしたところ、そこにいらっしゃる桜羽夏鈴さんは、わが校の理事長のお嬢様で、しかも校長先生の従妹さんのようですね。片や、榊原さんは校長先生とは随分『親しくされている』とうかがっております……ちょっと言葉は悪いですが、こんな『ズブズブな関係』なら、お二人は教える側・学校側の言いなりになるのは明白、もっとひどいと、生徒会が学校側の論理を生徒たちに押しつける『加担者』になりかねません」


僕も夏鈴も反論の余地はなかった。正論で来られると確かにそういうことになる。

「あなたたちの陣営は、ポスターをお作りになりまして?」

「いや、まだ」

この学校の選挙ルールでは、許可された場所にポスターを掲出することができるが、ビラを配ったり、校内専用のSNSを使用することは禁じられている。ポスターと全校討論会が重要な広報手段だ。


「ヤマト君、あれを見せて差しあげて」

「わかったで!」

そう言って彼は新聞の一面ほど紙を両手に広げた。


何やら二人の人物が頭を下にして立っていた。

「タケル君、逆さま、逆さま!」

ウズメの指摘を受け、慌ててポスターをひっくり返す。


“モノ言うワレラが、生徒会を中からグチャグチャにぶっ壊す!!”


そのようにデカデカとキャッチコピーが描かれ、その下に工事の作業服姿のウズメとタケル。

手にはそれぞれツルハシとハンマーを持っている。


……デザインのセンスはどうかと思うが、インパクトは強い。


二人はそれを食堂の壁に貼って、『それでは失礼します』と言って去って行った。

さっそく生徒が数名、貼られたポスターを眺めていた。


目と口が点点点のハニワ顔になって僕と夏鈴は顔を見合わせた。

数分かかって顔を元に戻し、夏鈴と話す。


「なあ、ケンにい、アタシらもポスターつくるか?」

「いや、あんなネガティブキャンペーンに乗ってしまったら泥仕合になるだけだ」

「そうだな……泥仕合といっても、あいつらには弱点、ツッコミどころもなさそうだだしな」

天野羽珠芽アマノウズメは思ったよりも変な生徒だったが、マジメそうではある。……一方、叩かれれば僕たちはアチコチから埃が出てくる。例えば君はR18の掟を破ってエロ小説を投稿しているし。だから、タケルには気をつけないと。あいつのストーキング力とねちっこさを悪用されたらヤバい」

「おい、アタシだけを悪者みたいに言うな!……ん、エロ小説? アマノウズメ?」

そう言って夏鈴は沈思黙考に入ってしまったが、何かに気づいたらしく、スマホを取り出してポチポチやり始めた。

そして、ニヤリと笑うと、『ヒット!』と言って指をパチンと鳴らし、画面を僕に見せた。

それは以前見た、夏鈴が投稿していたサイトだった。


“モノ言うワレ〇が、生〇〇を中からグチョグチョにぶっ壊す!!”


         著:うめず まのあ


……エロいのか何なのか意味不明なタイトルだが、さっきのポスターのメッセージと酷似している。それに著者の名前は、『あまのうずめ』の回文だ。

「夏鈴と同類、いや同業か!」

「ああ、これでいざというときは奴を黙らせることはできるだろう……その時は自爆覚悟だがな」

夏鈴とい、ウズメといい、ペンネームにもう少し工夫の余地はなかったのか? 脇が甘すぎる。


夏鈴に自爆してもらうのは忍びないので、何とか討論会でしっかりと僕たちの考えを伝えて生徒達から支持を得たい。

そのためには、校長先生が抱いている思いと、学校と生徒の協調関係に共感してもらうしかない。



「生徒会役員選挙の投票に先立ちまして、二組の候補者を迎えて公開討論会を始めます」

「まだ席についていない生徒は至急席にお戻りください」


現生徒会長の高島と副会長の小宮さんのアナウンスにより、生徒たちは体育館に並べられた椅子に急いだ。気のせいか、去年の討論会よりもザワザワしているというか、賑やかな雰囲気がある。


みんなが席に着く流れに逆らって、ステージ下に座る僕と夏鈴の方に、一人の女子生徒が小走りで近づいてきた。


「カリンちゃん、榊原君。緊張しないでネ、リラックス!」

「校長先生、別に緊張なんかしてません。他の先生方と一緒に後ろの席で聴いてなくていいんですか?……ご存知でしょうが制服を着ていたって校長先生には投票権はないんですからね」

「あらそうなの? でも、先生はあそこで聴かなくちゃいけないっていうルールはどこにもないわよ」

「……とにかく今日は『生徒と先生の関係』が論点になるわけですから、おとなしくしていてください」

「うん、カリンちゃんから聞いてるわ。心配しないでね」

「心配で胸が張り裂けそうです」

「だからリラックス!」

「……ほら、時間ですよ、席に戻ってください!」

「じゃあがんばってね♡」

そう言って校長先生は、推し活用のキラキラしたウチワを持って、生徒が座る椅子の列に消えていった。


ん! “推し活用ウチワを持って”!?


……イヤな予感しかしない。


高島現会長がマイクの前に立つ。

「それでは始めてまいりましょう。まずは両陣営にステージに上がってもらい、生徒会の運営方針と主な取り組みについてお伺いします」


僕たち二組のペアはそれぞれ、マイクが置かれたテーブル席に座り、高島会長、小宮副会長からの質問に答える。


まずは、天野、倭陣営から。


ウズメは開口一番、ポスターに描いてあった通り、

“モノ言うワレラが、生徒会を中からグチャグチャにぶっ壊す!!”

という運営方針を叫び、座席からどよめきが上がる……賛否両論といったところか。


ステージの背面のスクリーンに映しだされたスライドの文字を追いながら、生徒会の取り組みをウズメとタケルが交互に話す。


1.運営の透明性の確保:

 ・生徒会収支の一層の明確化と監査の強化

 ・決定プロセスの開示:

  特に学校側と生徒会との議事をガラス張りにすること

  学校側からの提起について校内のパブリックコメントを募集し、生徒会にて審議すること

2.ジェンダーの平等

 ・性差別が残る制度や慣習の見直し、廃止


小宮副会長より、なぜこのような方針を掲げたか、その背景について質問され、ウズメが答える。


「まず、この生徒会選挙の制度の話ですが、なぜ『男女ペア』じゃないといけないのでしょうか? 今の時代に合っていません。おかげで私も泣く泣くヤマトタケル君と出馬するハメになりました」

タケルから『ちょっと待ってや、勘弁しとくれやす』と泣きが入り、場内がどっと沸いた。


「これは一例ですが、ジェンダーの平等という点においてふさわしくない制度や慣習はまだ多くあります。そして、運営の透明性の確保という点にも関係してきますが、この学校、どうも生徒と教師の距離が近すぎます。」

そう言って彼女は僕の方をチラリと見た。

「学校と生徒との癒着、学校側の方針に一方的に従わされる危険性……さらに不健全な交友関係を誘発することがあるのではないかと懸念されます」

「実際にそのようなことが起きているんでしょうか?」

ここを突っ込まれるのは、僕らにとってあまりよろしくない。

高島会長からそう質問されると、待ってましたとばかりにウズメがタケルに振る。

「では具体的な例をお示ししましょう。パートナーのヤマト君がスパイ、じゃなくて調べてきたので報告します」


タケルがマイクを受け取って話し始めようとした瞬間、夏鈴が遮った。

「ちょっと待ってください。持ち時間をオーバーしています。そろそろ私たちのチームの話に移らせていただけませんでしょうか?」

「でも、すぐに済むんやけど……」

夏鈴も食い下がる。

「どうでしょう?『う・め・ず・ま・の・あ』さん?」

その瞬間。ウズメは発言の主を見つめ、それから顔色が変わった。

夏鈴のやつ、ここでカードを切ってきたか。


「……わかりました、次に進んでください」

敵チームの会長候補は、しおらしく話しを打ち切った。タケルは不満そうだ。


次いで、僕たち榊原、桜羽陣営。


僕は切り出した。

「運営方針は、『愛の追求』、以上です」


「そ、それだけですか?」

小宮副会長が困惑する。

会場もざわつく。

「はい、詳しくはこの後のビジョンの説明の時にお話しします」


そしてスクリーンに文字を映し出し、新生徒会の取り組みを話した。


1.愛の実践

・スクールカーストの存在を前提とした、生徒間の交流の促進

・交流イベントの実施による地域、近隣への貢献

・学校任せにしない、不登校問題への向き合い

・ジェンダーの平等

2.愛のものさしづくり

・正しい愛を追求するための評価軸づくり

・内申書にも反映できる評価制度づくり


高島会長もやや困惑気味に尋ねる。

「運営方針の『愛の追求』と密接に関連した取り組みのようですが?」

「そうですね、『方針』と『取り組み』との関係はそういうもんだと思っています……すみませんがこちらもこの後のビジョンの説明の時に詳しくお話ししたいと思います」


現会長がプログラムを先に進める。

「わかりました。では、両チームから、この生徒会の運営にかける思い、ビジョンを語っていただきましょう。まずは、天野、倭チームからお願いします」


一、二年生コンビが演壇に立ち、二人は声を揃えて “モノ言うワレラが、生徒会を中からグチャグチャにぶっ壊す!!” というスローガンを叫んだが、その後のコメントは『運営方針と取り組み』の時に語ったものをなぞった程度のものとなった。

目論見ではタケルがスパイした『僕らに関する情報』を元に話を展開し、僕らを追及するはずだったのではないか。夏鈴がウズメの正体を暴いたことで、それが封じてられてしまったのだ。

タケルが何かを言おうとする度にウズメから『それ、言わんでもええで!』と関西弁で遮られ、まるで漫才を見せられているようだった。会場からもクスクスと笑い声が聞こえる。


「最後に!」

ウズメはそう言うと、タケルと一緒に演壇を降り、ステージの最前面に出てきた。

「私たちの政策を体で感じ取ってもらうために、『コール&レスポンス』みなさんでご唱和ください。

「みんな、スクリーンに書いてるの真似してシャウトするんやで!」

タケルがステージ後方を指さす。

客席の生徒たちは全員起立し、推しウチワを手にとる……なんでみんなそんなもん持ってるんだ!?


タケル「さあ、いくで!」


ウズメコール: みんな、用意はいいか? 

客席レスポンス: おう!準備万端や!


タケルコール: 男も女も区別や差別をなくすぞ!

客席レスポンス: おう!平等を目指すで!


ウズメコール: 教師と生徒のズブズブの関係を暴きまくるぞ!

客席レスポンス: おう!真実を明らかにするで!


タケルコール: 政治とカネのヤミを明らかにするぞ!

客席レスポンス: おう!透明性を求めるで!


ウズメコール:がんがんモノ言ぞ!

客席レスポンス: おう!声を上げるで!


ウズメ&タケルコール: 生徒会を中からグチャグチャにぶっ壊す!!

客性レスポンス: ぶっ壊す!!


ウズメ&タケルコール: ぶっ壊す!!

客性レスポンス: ぶっ壊す!!


ウズメ&タケルコール: オー!!

客性レスポンス: おー!!


歓声の中、満場、推しのウチワが振られ……校長先生も飛び上がって振っている!


え!!!


ち、ちょっ、校長せんせーい!

こっちに肩入れしろとは言わないけどー!

敵チームのコールに、そんなノリノリにならなくてもいいじゃないですかー!

今、あなた自身が刺されてるんですよー!


……ライバルチームのスピーチが終わった。


これはアウェー感が半端ない。


「では、榊原、桜羽チーム、よろしくお願いします」

と小宮さんが僕たちに振った。


僕と夏鈴は演壇に立ち、顔を見合わせる。

「これはヤバいな」

と彼女に小声でささやくと、

「大丈夫だ、何も問題ない。ケンにいは予定通りやってくれ」

「……わかった」


とたん。

いったん着席した女子生徒たちが席を立ち、一斉にウチワを振りコールした。その中に校長先生の姿も見える。


賢也、最高! 

賢也、愛してる! 

賢也、サイコー! 

賢也、やればできる! 

賢也、ずっと応援する!  

賢也、輝いてる!

賢也、信じてる!

賢也、私たちのヒーロー!


心の中で『あちゃー』と頭を抱えながらも気を取り直して話す。

折角なのだから、この流れはうまく掴みたい。


「みなさん、こんにちは。三年C組の榊原賢也です。三年と聞いて『何で今さら三年生が立候補するんだ?』ってお思いの方も多いでしょうね。まずはその理由からお話します。もうみんなもアチコチで目撃されていると思いますが、僕は桜羽校長先生にひつこく、つきまとわれています。みなさんどうか助けてください!」

会場から笑いが起こる。


「おまけにですね、彼女の従妹の家庭教師まで任されまして。あ、ここにいる子がそうなんですが、何でここにいられるかっていうと、ひとえに僕のおかげなんです」

「おい、ケンにい……」

ウケる会場とは裏腹に、僕のスピーチを聞いて、ちょっと顔がひきつる夏鈴。


続ける僕。

「去年の修学旅行なんですが、家の事情で遅れまして。その時たまたま新幹線に乗り合わせたのが校長先生でした……あれ、今日は姿が見えないようですが?」

僕はわざと客席を見回す。

「その時はなんか変な人だなって思いましたが……今でもそれは変わってません」

なに校長先生ディスってるんだよ! とヤジが飛ぶ。


「とんでもない目にあいました……図書館で受験勉強していると、邪魔されるし、いきなり二階から降ってきて肩車させられるし、マグロの苦いムチャクチャ苦いのを食べさせるられるし、酔っ払いの介錯、じゃなくて介抱させられるし、枯葉の中に寝かせさられるし……」


少し会場の空気が引き気味になったか?


「で、何が言いたいかっていうと……いろいろとんでもない目にあってきたんですけど、僕、気づいたことが二つあるんです。」


手をチョキにして差し出す。


「一つは、校長先生と出会って、僕が変われたんじゃないかと。去年の今ごろは、受験のことばっかり考えて、ろくに友達もいなくて、校生からは『スクールカーストのどこにも入っていない』って言われました……それが今。校長先生のつながりを通じてたくさんの仲間ができました。相手はそう思ってないかもしれませんが……こんな関係を大切にしたいと思えるようになっているんです」

そして客席に手を振ってみた。大勢の生徒達が声援とともに推しウチワを振ってくれた。クッキング部の女子たち、生物部のメンバー、カースト上位の運動部員、『落ち葉拾いお疲れ!焼いも祭り』!」の仲間たち……そして校長先生。


僕は横にいる夏鈴の表情をうかがう。少し照れているようでもある。


「そして、気づいたことのもう一つ。」


棒はチョキの指を一本しまう。


「校長先生の数々の奇行(笑)の根っこにあるのは、『愛』なんだなって」


みんなと同じ制服姿の校長先生は自分自身を指さし、周りをキョロキョロ見回している。


「みなさんはこんな愛の分類があるの、ご存知でしたか?

……ルダス:遊び心の愛、プラグマ:(計算高い)実用的な愛、ストルゲ:友情の愛、アガペー:愛他的、自己犠牲の愛、エロス:情熱的、エロティックな愛、マニア:偏執狂的な愛」


席を見回すと、何人かの女子生徒が『知ってるよ』とウチワを振っている。


「校長先生と一緒に体験したことをよくよく振り返ってみると、生徒達――僕も含めて――に対しては、必ず

『ストルゲ:友情の愛、アガペー:愛他的、自己犠牲の愛』が伴っているんです。ややこしいのは、この人、時々これに、『ルダス:遊び心の愛、プラグマ:(計算高い)実用的な愛、エロス:情熱的、エロティックな愛、マニア:偏執狂的な愛』が混ざっちゃうんですよね……あ、エロスがあったらやばいですよね(一応、防御線を張っておく)」


会場が少しざわつき始めたのでそろそろまとめに入らないといけない。


「先ほど僕は、生徒会の運営方針で『愛の探求』と言いました……このことと関係しています。僕たちが楽しく、お互い幸せな学園生活を送るために、また素敵な恋をするために、どんな愛のカタチが必要かを探し求める必要があるなと考えるようになったんです。

その取り組みとして大きく二つ挙げさせていただきました。

一つ目の『愛の実践』は、仲間たち、近隣の方々、そして家族との日々の生活を通じで取り組んでいくべきこと。

二つ目の『愛のものさしづくり』は、それらの実践を通じて、どんな人、どんな時に、どんな愛が、どれだけ必要かを知り、これからの自分の人生に活かしてもらおうというものです。」


その時、ステージのテーブル席に座っている天野羽珠芽が手を上げた。

「でも、片思いでの失恋とか、一方的にストーカー的な愛とか、人を不幸にしてしまう愛もあるのではないでしょうか?」


それは僕も最近よく考えていることだ……特にタケルが出現して以来。

「多分、それを引き起こしてしまうのは、ルダス:遊び心の愛、プラグマ:(計算高い)実用的な愛、エロス:情熱的、エロティックな愛、マニア:偏執狂的な愛なんでしょうね……僕はまだまだガキなのでよくわからないんですが、これらと一緒に考えていかなければならないのは『相手を思いやる気持ち』なんじゃないかと思っています。二人の間に愛情のギャップがあれば、それはとっても辛いことなんじゃないかと思いますけど、相手が同じ気持ちになってくれないなら、諦めるしかない。あるいは静かにじっと待つしかない……そういうこともこれから生きていくうえで大切なんだと思っています……ちょっと僕一人で喋り過ぎました。無茶振りするけど、夏鈴からも一言もらえるかな?」


マイクを受け取り、彼女は少し考えていたが、顔を上げ、話し始めた。

「ご存知の方も大勢いらっしゃると思いますが、私はこの学校の理事長の娘でもあり、校長先生の従妹でもあります。同族が徒党を組んで、なに好き勝手にやってんの、て思っておられる方もいるんじゃないかと思います。確かにその辺は、私もいい気にならないようにって注意していかなければならないんだろうなって思います。……でも、ひとつだけみなさんに知っていただきたいんです。

この学校は、私の曽祖父ひいおじいさんが創設しました。その時の建学の精神も実は『愛の探求』なのです。

今では『愛』の意味合いが当時と変わっているのかもしれませんが、生徒たちがお互いに愛を抱き尊重しあい、学園生活とその後の人生を幸せに送れるように、という願いは変わっていないと思います。

校長先生はその願いを引き継いで未来に届けようとしています……残念ながら私の兄はその思いを果たせず、この世を去りました。だからってわけじゃないんですが、私も桜羽の家の者として、ささやかですが力になりたいと思っています。

そして今。私の隣りにいる榊原賢也さんが仲間に加わろうとしています。第一印象はクソまじめで愛想のないガリ勉野郎でしたが(笑)、今では頼りになる『ケンにい』です。きっと学校と生徒との橋渡し役とて適任だと思っています。

どうか! 教える側、教わる側の対立構造ではなく、ともに教え、教わる視点、立場で、愛を育んでいきませんか?

それがこの学校、『愛求学園』で学ぶ生徒達の権利であり、義務だと考えます。どうもありがとうございました!」


拍手の中、彼女は僕の手を引いて演壇を降り、ステージの最前面に出た。

そして肉声を張り上げる。


「さあ、私たちも、コール&レスポンス、行きます! スクリーンを見て大きい声でよろしくね♡」

そんなの聞いてない!? いつ用意した!?


夏鈴コール: みなさん、準備オッケー?

生徒全員、一斉に起立する。

客席レスポンス: イエーイ!準備万端!


夏鈴コール: 愛を追求しよう!

客席レスポンス: イエーイ! All needs is Love!


夏鈴コール: 充実した学園生活と人生のために!

客席レスポンス: イエーイ!最高の時間を送ろう!


夏鈴コール: 仲間、近所の人々、家族のために!

客席レスポンス: イエーイ!みんなのために頑張ろう!


スクリーンを見ながら僕も加わる。


夏鈴・賢也コール: お互いに尊重しあう!

客席レスポンス: イエーイ!リスペクト!


夏鈴・賢也コール: 愛を実践しようぜ!

レスポンス: イエーイ!レッツアクション!


夏鈴・賢也コール: 愛を分かち合おう!

レスポンス: イエーイ! せや! シェア!


夏鈴・賢也コール: これが愛求学園!

レスポンス: イエーイ!愛の学び場!


夏鈴・賢也コール: 一緒に学んで、泣いて、笑って、エンジョイ!

レスポンス: イエーイ!青春を楽しもう!


夏鈴・賢也コール: みんな、ありがとう!

レスポンス: イエーイ! 感謝の気持ち!


夏鈴・賢也コール: 愛を叫ぼう!

レスポンス: イエーイ!愛してるぜ、ベイビー!


そして、大歓声とともに推しウチワが振られ、風が起きた。


校長先生がステージに駆け上がってきて、涙ながらに彼女の従妹をひしっと抱きしめる。

「カリンちゃーん、こんなに立派になっちゃって……ホントステキ!」


ウズメ、タケルコンビが僕たちに握手を求めてきた。

全校生徒による投票はこれからなので、結果はどうなるのかわからないが、お互い、みんなに伝えたいことを伝えられたと思う。……いや、ウズメたちは夏鈴に一部封じられたが。

とにかく、ノーサイドだ。


「榊原君もお疲れ様、素晴らしかったよ!」

そう言いながら僕の目の前で両手を横に広げたり前に出したりしている。抱きつきたいけどみんなの手前我慢しているのよっというゼスチャーで訴えているんだろう。

しょうがないから軽くハグする。


「君には私の愛、つまりエロスをすべてささげちゃう!」

「ちょっと今までの話を全部台無しにすること言わないでください!」

客席が囃し立てた。



討論会の後に行われた投票の結果は、翌週発表され、得票率七十パーセントで僕と夏鈴のチームが勝利した。でも、誰と戦って、何に勝ったのか、今一つよくわからない。

僕が生徒会長、副会長に夏鈴とウズメ、書記にタケル、その他の役職のメンバーも人選し、高島と小宮さんのサポートを受け、六月から新生徒会の活動がスタートする。今の時代にあったルールを作ろうとするウズメ、ジェンダーレスなどの柔軟な発想ができるタケルはぜひ新チームに入って欲しかったのだ。この二人が掲げた政策も取り入れたい。

……ただし、珍獣を引き連れた動物園の園長になった気分がしないでもない。



2026年12月24日。


僕と校長先生は丘の上の神社の境内にいる。

先生はサンタ・ミニスカのコス姿、僕はトナカイの着ぐるみ。

一刻も早く脱ぎたかったが、寒気が肌を刺すこの季節にはくやしいがもってこいだ。


「今日も擁護施設のクリスマスパーティーでプレゼントを配るのを手伝ってくれてありがとう♡」

「あの……間もなく共通テストがあるんで、この手のものは最後にしたいんですが。生徒会の仕事はできるだけやりますんで……」

「ごめんごめん、そうだったね……でも初詣はつきあってね♡ 合格祈願してあげるから」

「ありがとうございます……でも、よかったです」

「何がよかったの?」

「今、僕たちがこうやって見上げている満月、いわゆるスーパームーンですよ」

「あら、もちろん知ってるわよ。でも、君が教えてくれたじゃない。国によっては、スーパームーンの夜には、亡くなった恋人に会えるっていう言い伝えがあるって」


「確かにそう言いましたね。……でも、残酷な言い方ですけど、亡くなった人はやっぱり蘇らない……その人の幽霊に会うのも難しいんじゃないかと思います。僕の短い人生経験で言えば」

「まあ、相変わらずイケズねえ」


「……でも、僕が代わりを務めてもいいです」

「あら、代用品はやだって言ってなかったかしら?」

「そんなこと言ってませんよ!」


「言いました!」


「言ってません」


校長先生が桜羽邸のあの部屋の扉を開けたら、あの人は待ってくれているのだろうか。


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