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ぶっとび校長先生は、僕にひつ恋。  作者: 舟津湊


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類(変人)は友(変人)を呼ぶ

季節は進み、桜の花はピークを過ぎ、ハラハラと散り始めている。

僕は入学式の誘導係を任され、受付を済ませた新入生を玄関先から各教室に案内している。

受付にギリギリ間に合った夏鈴がこっちに向かってきた。ちょっとオーバーサイズで新品の制服が初々しい。

僕の姿を見つけ、ニコリと微笑んで手を振る。今のところ、『お嬢様モード』だ。

「ケンにいさま!」

「やあ、入学おめでとう。それから、教室まで急いだ方がいいぞ……ん?」

夏鈴の隣りにピッタリと男子生徒が並んでいる。


「夏鈴、こちらの生徒さんは?」

「はじめまして、ケンにいさま」

そう答えたのは、夏鈴ではなく、一歩前に出て僕に一礼した男子生徒だ。

制服はきっちりと着こなしているが、茶髪のソフトモヒカンで目つきが鋭い。

まあ、イケメンと言えばイケメンだ。

彼はなぜか少しうつむいて頬を赤らめた。

……だが、こんな生徒から、にいさま呼ばわりされる憶えはない。


「自分は、やまと 丈瑠たける言います」

すごい名前だ。関西出身か?

「それ、本名?」思わず聞いてしまった。普通聞くよな。

「はい、正真正銘のヤマトタケル言います……オヤジは『せっかくヤマトって苗字なんだから』シャレで名前つけたれって、自分の名前を決めたらしいですけど」

「そう、それは気の毒に、じゃなかった……いい名前だね」

夏鈴はなぜかそっぽを向いている。

「ところで夏鈴、ヤマト君とはどこで知り合ったのかな?」

別に僕は彼女の家族でもなんでもないが、一応気にかけておいた方がいいような気がした。だいたい自分のことを『自分』って呼ぶ人間は今イチよくわからん。それって『自分』のことを指しているのか、『自分(僕)』のことを指しているのか混乱する。


夏鈴は困った表情を浮かべ返答する。

「そこの校門の前ですわ。この子が待ち構えていたの」

「ひょっとして顔見知りか?」

「いやー、見覚えないんだよね、じゃなかった、お会いした記憶がございませんの」

そこでヤマト(早速呼び捨て)が割って入ってきた。

「もちろん彼女は自分のこと知れへん思います。だってボクが一方的につけてただけですさかい」

「ひょっとして君、ストーカー?」

「ストーカーちゃいます!」

慌てて彼は両手を振る。でもそれ、どう考えてもストーカーだろ。


「なんでもね、ケンにいさんのこと探してたっておっしゃるの」

夏鈴がつけ加える。

「ボク?……僕も全然君のこと知らないけど」

「無理もおまへん。入試の日に二人の姿をお見受けしただけなんで」

「僕たちを見かけた?」

「はい、緊張する妹さんを元気づけるお兄様、なんて美しい兄弟愛なんやろって」

「ああ、あの時か」

あれは確か夏鈴の頭をポンポンしていた時だ。

「でもね、言っとくけど、僕はこの子の兄じゃないよ」

「え! そうなんでっか?……ほな二人の関係は?」

「僕はただの雇われの家庭教師さ」

アタシもそう言ったんだけどさーと夏鈴が僕に耳打ちする。


「えー、そうは見えまへんでしたけど……お二人はつきおうてるってことはないですか?」

「いや、それはないよ」

そんなことしたら従姉の校長先生にぶち殺される。


「せやったらよかってん! 自分は堂々と気持ちを伝えることができますさかい」

「え!?」

コイツは、入学早々何を言ってるんだ?

「……そうはいってもさ、夏鈴とは喋ったこともないんだろう? そんなあせらなくてもいいんじゃないか?」

この男子生徒も十分変わっているが、夏鈴の比ではない。彼女の本性を知ったらきっと……

「夏鈴さんちゃいます……お相手は、あなたですねん。ケンにいさん」

「だから、にいさんちゃうねん!」

やばい、関西弁がうつった……というかコイツの関西弁がホンモノなのかどうかも怪しい。


まったくワケが分からないが、新入生の集合時間が迫っているので慌てて教室に誘導する。夏鈴とヤマトは同じクラスのようだ。まったく、類(変人)は友(変人)を呼ぶとはこのことだ。


その日の夜。

夏鈴の入学祝いということで、またしても桜羽家の夕食に呼ばれた。

今日はテーブルのど真ん中に伊勢海老がドーンと置かれている。もうあの位の大きさになると、ニュース番組で取材がきてもいいくらいだ。


僕は夏鈴の隣りに座り、コソコソと昼間のことを問いただす。

「なあ、夏鈴、あいつは一体何なんだ?」

「さあ、アタシだって知らないわよ。勝手に学校の前で待ってただけなんだからさ」

「ありゃけっこうヤバいな……」

「でも話聞くとさ、ヤマトってやつ、アタシじゃなくて、ケンにいがお目当てみたいだぜ」

「ちょっと、勘弁してくれ。あれはその場のジョークだろ?」

「いやでもさ、校門のところで立ち話してたら聞きもしないことをベラベラと教えてくれてね、BLのラノベやコミックにハマってるらしいよ。それでケンにいのことも根ほり葉ほりいろいろ聞いてきてさ」

「……よくそんな雑談を入学式前にしていたな。でも……これは夏鈴も気をつけた方がいいぞ」

「なんでよ?」

「あいつは、しつこくて粘り強そうだから、自分の趣味からたどっていって、夏鈴の作品に行きつく可能性がある。なんせ作者名は『ばかりん さくら』だから推測されやすい」

「あちゃー、それは迂闊だった……でも今さらペンネーム変えるわけにもいかんし」

「まあ、気をつけなよ」


などと話していると。

バーンと音をたてて襖が開いた。


「はーい、遅くなりました。ハル姉、ここに参上!」

機嫌よく晩酌していた理事長が下を向く。


「カリンちゃん、入学おめでとう!制服むっちゃ可愛い。似合ってたよ!」

「ハルねえさま、ありがとう! ねえさまのご挨拶もステキでしたわ。新入生の皆さま、こんなに若くて綺麗な校長先生に励まされたら、がんばるしかないってすごく盛り上がってましたもの!」

「まあ、うれしいわ。校長先生、感激!」


この先生、外面そとづらを繕うのうまいから、純粋な生徒たちはコロッと騙されてしまったんだろう。


「そうやねん。自分も校長先生のスピーチに感動してん!」


襖の影から、制服姿の男子が飛び出てきて校長先生と並んだ。

「「エー!!」」

僕と夏鈴は同時に驚愕の声をあげた。

こいつは今噂していた『ヤマト タケル』ではないか!

理事長も奥さんもハニワ顔になって呆然としている。


「こ、校長先生! なんでコイツ、じゃなくてヤマト君と一緒なんですか!?」

「いやー、この家の門のところでウロウロしてるウチの生徒がいたんで、何でも榊原君を探してるって言ってたから……」

「それで家に入れちゃったんですか?」

ということは、コイツ、僕か夏鈴の後をつけてきたのか?

「いやー、なんか面白い関西弁しゃべってるし、聞くと夏鈴ちゃんのクラスメイトだっていうし、大阪からこっちに来て独り暮らしだっていうからさあ、じゃあ上がってご飯食べていきなさいよって……」


どうやら校長先生の目には、面白いやつだ、見どころのあるやつだと映ったらしい。

「入試の時、校長がお振りになっとった『激励大漁旗』のデザインとパフォーマンス、あれは心震える最高のコンテンツやったです! 自分はあのおかげで合格でけたと言うても、過言やあらしまへん!」

「まあ、嬉しいわ! 受験生のお役に立てて何よりだわ……ほら、旗はココに飾ってあるのよ」

校長先生は和室につながる襖をガラッと開け、床の間に斜めに貼り付けられているソレを見せた。

「そうそう、コレです!」

新一年の男子が目を輝かす。

……あの旗と応援のほとんどは、夏鈴に向けられたものだったと思うが。

どうやら、お調子もの同士、意気投合したということらしい。


それからヤマトは校長先生に食事をどんどん勧められ、ガツガツ食べた。先生がほとんど相手をしてくれたので、彼は僕や夏鈴に近づくことはなかった。それだけは先生に感謝したい。


夜も更けてきたので、桜羽家のご家族に挨拶し、その場を辞した。

「あ、自分も帰ります!」

そう言って立ち上がった。

僕は、ノンアルカクテルでほろ酔いになっている校長先生の肩を叩いた。

「あの……先生、もう帰りません?」

「えー、まだまだごちそう残ってるし」

「連れてきた責任をとって一緒に帰って欲しいんですけど」

「いやよ。校長先生、まだお食事中!」

これはダメだ。


僕は観念して、ヤマトと一緒に桜羽邸を出た。


「いやー、榊原先輩とお近づきになれてマジに光栄です」

「……それは何より」

「でもビックリしました。校長先生と桜羽夏鈴さんが従姉妹どうしだったなんて」

「ああ、歳が離れてるしね」

「え! センパイは校長先生の年齢をご存知なんですか?」

「……シラナイ」


僕はなるべく速足で歩く。一刻も早く『自分の家はこっちですから、失礼します』と言ってくれるのを願った。


「ところで、センパイは何で桜羽家の皆さまとあないに仲がいいんでしょうか?」

「……偶然というか、成り行きというか……」

「単刀直入におうかがいします。センパイはおつきあいされとる方はいますか?」

返答に困る。ここで『いないと』答えたら、『じゃあ自分とつきあってください!』と言い出しかねない。


「……いると言えば、いる」

「そうだったんですね……それは残念です」(それはキミにとってだろ)

「まあ、そういうことだよ」

「ちゅうことは……おつきあいしとる相手は……校長先生でっか?」


「え!?」

僕は道端の小石につまづきそうになった。


「あはは、そないなこと、あれへんですよね? 常識的に考えれば」

「まあそうだね」

そう。常識的に考えれば『ない』のだ。でも、あの人は非常識人だから……


「ちゅうことは、やっぱり夏鈴さんですね、おつきあいしとる相手は?」

「まあ、そう思うんなら、それでいいよ」

「そうでしたか……残念やけど(キミにとってはね)、精一杯お二人の恋路を応援しますんで」

「あ、ありがとう」

僕はなんでその時それを否定しなかったのか? 秒で以下の判断を下したからだ。

・コイツに『校長先生とつき合っている』 と言いふらされても困る

・『つき合っている人はいない』というと、この後しつこくつきまとわれる

・かといって、『君の知らない人とつき合っている』というと、やっぱりしつこく根ほり葉ほり聞かれる


夏鈴にドつかれることは明白だが、これが最良の選択なのだと信じた。


次の曲がり角まで来ると、ヤマトタケルは『自分ち、こっちですんで』と言って頭を下げて進んでいった。その後ろ姿はいく分、淋しそうだ。いいヤツだとは言い難いが、悪いヤツではなさそうだ。

まあ、彼の高校生活は始まったばかりなのだ。


一人になって道すがら考える。校長先生が話していた『愛の六つのパターン』。それを突き詰めて考えるのも必要だが、これらは一方的なものではなく、『お互いの気持ちがどうなのか、相手がどう思っているのか』という思いやりも一緒に考え合わせることが重要なんじゃないかと思った。同性とか、異性とかそういう問題ではない。



翌日。

体育館の裏に夏鈴を呼び出して昨夜の帰り道の話を聞かせ、口ウラを合わせてくれるように頼んだ。

「おう、にいさまモドキよ」

……またモドキに格下げになった。

「わかってるだろうが、これはずいぶん高くつくぜ」

「ハイ、承知しております」

「だいたいだな、ウソがホントになっちまうって話はよくあることだからな」

「え!?」

僕は、残された一年間の高校生活、これ以上変人が現れずに穏やかに過ごしたいと切に願った。


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