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ぶっとび校長先生は、僕にひつ恋。  作者: 舟津湊


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トロイの木馬作戦

「突然ですが、ワタクシ、桜羽 (はるか)は、スクールカーストの一軍、しかもその頂点に立ちました」


先生は脚を拡げて仁王立ちとなり、左手を腰に手をあて、ドヤ顔で右手を高々と上げ人差し指をピンと立てている。ウチの高校の制服姿だ。

「あの、まったく意味がわかんないんですが?」


『いっしょに帰ろ』と校長先生に誘われ、僕たちは今、下校途中。玄関を出た所。

「これは、ハイスクール・セレブというやつデスネ」

「……余計にわかりません。何ですか、それは?」

「今、私が作った言葉です。さあ、かえろかえろ」

「ほんとは図書室に行きたかったのですが……あの、お仕事は?」

「今日はお持ち帰り仕事です」

「サボリじゃないんですね」

「なんて失礼なことを」


そんな会話をしていたら、女子生徒が声をかけてきた。

「あ、ハルちゃん先生、お帰りですか? また遊びに来てね! それからあの件よろしくね」

そう声をかけてきたのは、三年生でチア部の元キャプテン、神林さんだ。彼女は大きく手を振って数人の同級生と一緒に校門を出て行った。

「校長先生、こないだの件、よろしくっす!」

学内でもイケメンとして名高いサッカー部の元主将、大崎先輩が、日焼けした仲間といっしょに爽やかな風とともに帰っていく。

「うん、任せといて、連絡するから」

そう言って、先生はVサインを突き出した。


僕は先生の従妹、夏鈴の家庭教師にかかりっきりだったので、三学期が始まるとほとんど校長先生と会わなかったし、会話もできていなかった。この間、何があった?


「生徒会役員の小宮さんって知ってる?」

先生は学生カバンを後ろ手に持って歩き始めた。僕も並んで歩く。

「ああ、副会長の小宮さんですね」

彼女は同学年の文系クラスだ。

「あの子偉いのよ、弟さんや妹さんの世話をしながら生徒会も頑張っていてね」

「そんな話、聞いたことあります」

「その子から相談があってね……スクールカーストを何とかしたいって」

「スクールカースト?」

「うちの高校にもやっぱりあるでしょ?」

「うちのクラスは理系で男子が多くて、そういうのあんまり感じませんが」

「そうね、あそこは君みたいなのばっかで、孤独な人間の集団って感じよね」

「……十把ひとからげにしないでください」

「クラス単位でみると、そこにどんな生徒がいるかでカーストの状況はだいぶ変わってくるから、その辺のケアは担任の先生に任せてるんだけど。だから、どっちかというと学校全体の話ね」

「何か問題でも起きてるんですかね……あまりそういうの感じませんけど」

「いや、特に深刻なことはないけど、小宮さんが言うにはね、もっとコミュニケーションとれないかなって」

「誰と誰がですか?」

「一軍、二軍、三軍って聞いたことある?」

「はあ、何となく」

「さっき、私にあいさつしていった子は一軍と呼ばれている子たち」

ウチの高校は、チア部とサッカー部が花形で、大会でもそこそこ実績を上げている。人数も多い。

「確かに、何となくハデですね」

「だいたいあの子たちを中心に、いくつかの一軍のグループがあって、それを二軍の子たちがとりまいている」

「まあ、雰囲気的にはその感じ、わかります」

そんな会話をしていると何人かの生徒が僕たちを追い抜いていき、先生に手を振り、彼女も振り返す。


「小宮さんが気にしているのは、それ以外の生徒たちよ」

「いわゆる三軍ですか?」

「三軍って言っていいかわからないけど、何となく会話の輪の中に入っていけなくて、教室の隅で孤立してる子」

「別に構わないんじゃないかと思いますが……僕なんかは放っておいてくれた方がいいです」

「榊原君みたいなに教室の隅っこが似合う子ばっかりじゃないのよ……だいたいね、君はカーストのどこにも入ってないから」

「え!?」

「ガリ勉で、まわりは一切気にせず、われ関せず、どう思われたって別にいい、って子は放っておいても全然問題ないのよ」

「僕はそんな風に思われてたんですね……生徒からも、校長先生からも」

「あら、褒めてるつもりだったんだけど」

「全然そうは聞こえませんが……まあ、僕のことはいいです。小宮さんは何を気にしてるんですかね」

「彼女がいろいろな生徒たちの話を聞いていると『せっかくこの学校に入ったんだから、みんなともっと話したかった』とか『このまま別々に受験勉強して卒業してしまうのは何か寂しい』っていう声がけっこうあるらしいのよ。で、だから小宮さんなりに何とかできないかって。ターゲットは三年生に絞って」


「その辺の話はよくわかりました。それと、校長先生がスクールカーストの頂点に立ったっていうのとは、どういう関係があるんですか?」

彼女は僕の前に出てくるりと向き合った。

「これはね、私の作戦」

「作戦?」

「そう。一軍の中に入り込んで、破壊する、じゃなかった、お誘いするの」

「そのためにそれぞれのグループのリーダーと仲良くなったと?」

「その通り! 名づけてトロイの木馬作戦」

「あのコンピュータウイルスの?」

「違うわよ! 君、ギリシャ神話知らないの?」

「知ってますけど、先生の場合、ウイルスの方がしっくりくるので」


バシッ、イテ!

カバンで叩かれた。


「……で、リーダーたちとどうやって仲良くなったんです?」

「わりと簡単よ。あの子たちの得意分野でリスペクトを集めればいいんだからから」

「それ全然簡単に聞こえませんけど」

「あのチアリーダーの子とサッカーの子は推薦で入る大学決まってるから、ちょくちょく部活に顔出してるのよね。そこに私もお邪魔したの」

「それで?」

「チアリーディングの方は、スタンツっていう組み演技でトップをやって、派手なパフォーマンスを決めたわ」

そう言って先生は右足を垂直に上げ、右手で抱えた……パンツが見えたが、見なかったことにしよう。ちなみに色はライトブルーで、お尻のあたりに謎の動物のイラストがプリントしてあった。


「見たな?」

「い、いや決してそのようなことは……」

「いや、ガン見してたでしょ!」

「……はい。恥を忍びついでにおうかがいしますが、あの動物はなんですか?」

「うふ、今度ゆっくり教えて あ・げ・る」

……今度っていつ? どうやって?


「そ、それでリスペクトされたんですね」

「うん、元キャプテンの神林ちゃん、先生を名誉顧問に推薦するから、後輩たちをよろしくってね」


彼女は再び歩き始めた。

「サッカー部の方は?」

「そりゃ決まってるでしょ、エース・ゴールキーパーで主将の大崎クンとPK戦、五本ガチンコ勝負よ」

「先生と大崎先輩が交互に蹴ったんですか!? それで勝負は?」

「5ー3で私の勝利! もっと止められると思ったんだけどなあ」

「……先生さっき『割りと簡単』っておっしゃいましたけど、常人じゃできません」

「そうかしら。それでね、あの子たちにお願いしたの」

「カーストの上位にあぐらをかくなって?」

「そんなことしないわよ。だいたいね、一軍にいる子たちって、自分たちがそういうポジションだなんて思ってないし、そうなろうとしてるわけではないのよ……優越感を持ちたいって気持ちはあるだろうけど、悪気はないの。まあ、集団生活をしていると自然にできてしまうからしょうがないっていうか……必ずしもカースト自体が悪いってわけではないからね」

「そういうもんですかね。だとしたらお願いとは?」

「『合同放課後お勉強会』をやるから、部員の三年生にぜひ参加してって誘ってもらったの」

「勉強会?」

「そう。あの子たち、二学期まで部活で忙しかったから、受験勉強で焦ってるはずだからね」

「それ、誰が教えるんです?」

「そこで登場するのが、一軍、二軍以外の子。コミュニケーション下手だけど、結構勉強できる生徒多いのよね」

「……OKしますかね?」

「もうメンバーは確保済みよ。教える子も、一軍二軍以外で教えてもらいたいって子も」

「手回しがいいですね。どうやって説得したんですか?」

「チア部、サッカー部その他『一軍組』部活に入っている三年生からお願いしてもらったの。『校長先生主催で勉強会やるから、みんなの力を貸して欲しい、教えて欲しい』って。私も何人かフォローしたけどね。『教えることによって実力が身につくよ』って言ったり……あとは、ひ・み・つ。あ、君はカリンちゃんのカテキョーに専念して欲しいから免除。ホントは来て欲しいんだけどね」

秘密の説得文句が謎を残しているが、それは置いといて気になることが一つあった。

「場所はどうするんですか? まさか図書室とか……」

カースト上位下位がごちゃまぜになって僕の聖域サンクチュアリが荒らされるのは困る。

「それなら大丈夫よ。今あんまり使ってない小講堂を使わせてもらうから。でもお掃除は手伝ってね♡ だいたいさ、カリンちゃんのお世話で図書室なんか行くヒマないじゃない」

「……少しは僕の勉強時間のことも考えてください……でもまあ、いい試みですね。今、僕の目の前にいる人が教師なんだって初めて実感しました」

「もう! 今まで私をなんだと思っていたのよ」

「……自称スクール・セレブを名乗る謎のイキモノ」

バシッ、イテ!



僕は、その謎のセレブに小講堂の掃除を手伝わされ、合同勉強会は翌週から始まった。


ちょっと心配になって、夏鈴の家庭教師で理事長宅に向かう前に小講堂に寄ってみた。

部屋の中は、テーブルがいくつかの島に分けられ、それぞれの場所に受験科目名が書かれた表示スタンドが立っている。自分が強化したい科目を思い思いに選んで学べるようなしくみだ。見たところ、僕が知る限りカーストの一軍、二軍、それ以外の生徒たちがグループを作って和気あいあいと質問したり教えたりしている。生徒会副会長の小宮さんが嬉しそうに眺めていた。


「どう、なかなかいい光景でしょ?」

気がついたら僕の後ろに制服姿の校長先生が立っている。

「ええ、うまくいっているみたいですね」

「ホントは君も先生役で入って欲しかったんだけどね、カリンちゃん専属教師だからね。」

「僕は二年生ですので遠慮しときます……でも、先生の裏の目的、カーストの上位下位関係なくコミュニケーションとるっていうのはうまく果たせそうですね」

「うん、トロイの木馬作戦、大成功! ほら、小宮ちゃんもご機嫌よ」


「ところで先生、カーストの一軍のトップ、セレブの座は辞退したんですよね?」

「いやー、なかなか気持ちがいいもんでね、このポジションをしばらくキープしようかしら」

「いったい校長先生がスクールカーストの頂点に立ってどうするんですか!?」

「アハハ、冗談冗談。」

「冗談に聞こえません。だいたい今も制服着てるし」


「でも、今回の作戦はね、三年生限定だし、対処療法みたいなものだから……この子たちが卒業すると、また戻っちゃうのよね」

「確かにそうでしょうね」


「そこで君の出番だ!」

先生はそう言って僕の肩をポンと叩いた。

「はい!?」

「来年度になったら色々手伝ってもらうからね!」

「……あの、そのころ僕、受験生になってるんですけど」

「だって約束してくれたじゃない?」

「え? 特に約束なんか……」

「ほら、私の誕生日にお守りをプレゼントしてくれたときに。私の願いをかなえてくれるって」

「それはお守りの役目であって……」

「あら、あなたもお守り(おもり)よ!」


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