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ぶっとび校長先生は、僕にひつ恋。  作者: 舟津湊


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17/26

サタンが街にやってきた

僕はGoogle Map君を頼りに、ある家を探している。

約束の時間に間に合うか?

だいたい校長先生が、ギリギリの時間でリクエストしてきたんだから、遅刻をしても文句を言われる筋合いはない。閑静な住宅街の中なので、地図上に目立ったランドマークがなく、すごくわかりにくい。

えーと、次の角を……


ドシン! ガチャン! ズドン!


「「イテテテテテテ!」」


「くぉらっ、ナガラスマホなんかしてねーで気をつけやがれ!」

「す、すみません! 大丈夫ですか?」


せまい交差点で出会い頭にぶつかり、お互いに尻もちをついてしまった。

相手は、制服と背格好から、女子中学生か?

ん? マンガ本を両手から離さず、目からも離さず、ひっくり返っている。

これはお互いさまというやつではないか?


「君も立ち読みしながら歩くなんて危ないだろう?」

僕はその子の腕を掴み、立たせる。

「おいっ、手ェ放せ。自分で立てるわ!」

と僕の腕を振り払った。

その女子中学生は器用にもマンガ本を両手で持ったまますくっと立ち上がった。変な誤解を生むといけないので、あわてて距離をとる。


彼女はチラリと腕時計を見ると

「あっ、ヤベエ、約束の時間に遅れる。ママに怒られちゃう」

そう言って全力で走り出した……相変わらずマンガ本を凝視したまま。


「おーい、またぶつかるぞ」

「うっせーな、余計なお世話だ!」

と言い残して猛然と遠ざかっていく。


「ん?」


ふと地面を見ると、スマホが転がっている。彼女のものか?

ぶつかったショックからか、何かのログイン画面が表示されている。


“ばかりん さくら”


なんのこっちゃ、これ人名か?


こうしちゃいられない、追っかけてスマホを渡さねば。

「おーい、待ってくれ、スマホ落としたぞ!」

推定距離百メートル。かなり水をあけられたが、日々の校長先生の猛特訓で僕の脚力と持久力は格段に進化している。

「追っかけてくんなー、ド変態!」

「……」


僕は彼女の誹謗中傷にも負けず、全速で追っかける。

あと一息で追いつく、といったところで彼女は一件の民家の門をくぐり、石ダタミをトントンと渡ると木造りの開き戸の鍵を開け、中に入ってしまった。


重厚な造りの門からは木塀が伸び、ぐるりと家屋を囲んでいる。それは民家というよりも武家屋敷という佇まいだった。

門の表札を見上げると……


“桜羽 彦右衛門”


そこはまさに今日、僕が訪ねようとしていた家。わが校の理事長で、校長先生の叔父のお宅だ。

話は約一時間前に遡る。



二学期の終業式とホームルームが終わり、教室から出たところに校長先生が立っていた。

愛想よく微笑んでいる。こういう時は要注意だ。


「……なんの用でしょうか?」

「あら、冷たい言い方。相変わらずイケズねえ、せっかく出待ちしてたのに」

そのなんちゃって京都弁はそろそろ勘弁して欲しいのだが。


「いったい生徒の出待ちをする校長先生がどこにいるんですか?」

「今日は折り入ってお願いがあって、待ってたの」

「お願いって……聞くだけ聞きますが」


「クリスマスイブってお暇?」


ぞろぞろと教室から出てくる生徒達がその言葉に反応し、聞き耳を立てる。

「先生、ちょっと場所を変えてください」

僕は校長室に連れていかれ、彼女の頼みを聞いた。

「あのね、いいバイトがあるんだけど、やってみない?」

「……最近の校長先生ってアルバイトの斡旋もするんですか? まさか闇……」

「もちろん、ホワイト案件よ」

「……余計に怪しさを感じます。だいたいクリスマスイブって今日じゃないですか?」

「いいじゃない、期末試験も終わったし、二学期も終わったし、クリスマスなんか特に約束もないしって、どうせ手持無沙汰だったんでしょ?」

「先生は僕を見くびってませんか?」

「まあ、図星のようね……大丈夫。きっと君には楽勝なバイトよ。だって家庭教師だもん。略してカテキョー」

「……で、誰の家庭教師なんですか?」

「あら、やる気になってくれたのね♡ 嬉しいわ」

「まだやるとは言ってません……相手は誰ですか?」

「可愛い中学生の女の子。もうすぐ高校受験間近のね」

「僕は高校受験の勉強内容なんかすっかり忘れてますけど」

「大丈夫。過去問を一緒に解いてあげて欲しいの。ウチの学校のね。……それならワケないでしょ?」

「え! うちの高校を受けるんですか?」

「そーなのよ……その子、がんばってるんだけどね、合格ラインまであと一歩……あと三歩くらいかな?」

「三歩、ですか。それは厳しそうですね。」

「そこで榊原君の力が必要なの。君、勉強だけは得意でしょ?」

「『だけ』は余計です……だいたい、その中学生って誰なんですか?」

「私の姪っ子。つまり、桜羽理事長の娘さん……夏鈴かりんちゃんって言うの。可愛いのよ」

「え!?」

理事長の娘さんということは、亡くなった隆行さんの妹?

「あの……それ、多分姪っ子さんじゃなくて従妹です。あと、随分と齢が離れてません?……その、お兄様と」

「あらやだ、従妹なの!? 齢が離れてるのは……理事長の奥様、そりゃもう、いつまでも若くて美人だからね」

「……その話はいいです。でも、理事長の娘さんで、校長先生の従妹さんなら、その……ウラでちょいちょいとやれば、合格できるんじゃないですか?」

「あら、君、クソ真面目そうな顔してるのにイケナイこと考えるのね……私も一瞬考えたけど。そんなことしてバレたら、理事長も私も一発でクビよ」

「まあ、そうでしょうね、最近は……」

「あ、その先言わないで……『コンプライアンスが、ガバガバナンス!』てやつでしょう?」

「……さてはそのネタ、どこかの忘年会で仕入れてきましたね? しかも意味わかってないで使ってるでしょう?」

「フフフ、というわけで、頼まれてくれるよね? お昼ごはんの賄いつきに、今日はクリスマスイブだから特別にディナーもつけちゃう! 叔母様が作るんだけどね」

「もし、断ったらどうなりますか?」

「そうねー、君の内申書なんか、ちょいちょいとね……」

「それこそ、コンプライアンスがガバガバじゃないですか!?」

「じゃあそういうことで、ヨロシクね。私も学校の仕事が終わったら、応援に駆けつけるから!」

きっと、クリスマスディナーにありつこうとしているんだろう。僕は理事長宅の住所と連絡先と時給額を聞いて学校を後にした。



で、今。

問題の理事長のお宅の前にいる。

ここが今日の目的地なんだから、呼び鈴を押して中に入れてもらうしかない。


厳めしい門の脇についている呼び鈴、というかブザーを押す。

しばらく反応がない。やがて重そうな音を立てて開き戸があき、二人の女性が姿を現した。

彼女らは表に出て、僕の姿を認めると、呆然と立ち尽くした。理事長の時もそうであったように、二人並んでぽかんとハニワのような表情を浮かべている。


「……隆行!?」「タカにいさま!」

「初めまして、榊原賢也といいます。桜羽校長先生にはいつもお世話になっています」


和服の女性は多分、理事長の奥様で、今は亡き隆行さんのお母様だろう。制服姿の女の子は、さっきまで僕に罵声を浴びせていた……たしか、名前は夏鈴さんだ。


お母さんがハッと我に帰った。

「ごめんなさいね。遥からは聞いていたけど、本当にそっくり。びっくりしてしまって……さあどうぞ、中に入って」


女の子はまだ解せないという顔をしている。

「あなたは?」

「ああ、さっきはどうも」

「さっきって……あっ!さっきのヘンタイ」

「コレコレ夏鈴、初対面の方に失礼なこと言わないの」

「ごめんなさい、お母さま」

この子はずっとマンガ本を凝視していたので、目の前にいる僕と、道路の角でぶつかった人間とが結びついていなかったようだが、どうやら今ごろ気がついたようだ。呆然としていた瞳に憎悪のような炎が宿り、僕を睨みつけている。


家に入るように促され、広々とした玄関で靴を脱ぐ。

廊下を渡って居間に通され、大きなテーブルの前に座り、お茶をいただく。

ふすまが開け放たれていて、隣りの和室がよく見える。

床の間には、何かを掛けて飾る台が二つあったが、そこには何も載せられていない。


四六時中僕の顔を凝視していた校長先生の叔母さんは、その視線を追って話を合わせた。

「うちのご先祖様は、町奉行を勤めてたの。家来の同心二人に御用提灯を授けようとしたたんだけど、渡す前に盗賊に殺されちゃってね。持ち主がいなくなっちゃってしょうがないから代々あそこに飾っていたんだけど、最近見当たらないのよね。あれ、どこにいっちゃったのかしら」

叔母様それ、今誰が持ってるか知っていますと喉まで出かかったが、ぐっとこらえてお茶と一緒に飲み込んだ。



昼食にちらし寿司をいただき、いよいよ家庭教師の開始時間となった。

今日はクリスマスイブだが、今のところ、この家のどこにもそんな気配はなかった。

僕は一階の応接間とかを借りて、そこを使わせてもらえないかと頼んだが、夏鈴さんが拒否した。

「勉強道具、運んだりするの大変だから、わたしのお部屋に来てね♡」


僕は二階に上がり『Karin』と描かれたプレートが掛かっている部屋のドアをノックした。


ドアが十センチほど開き、鋭い眼光を放つ瞳が覗いた。

「……おう、入んな」

「お、お邪魔します」


この家は全体的には和風な造りだが、この部屋の中だけは洋風でファンシーな雰囲気は幾分、うちの学校の校長室と似ていなくもない。


「そこに座れ……こらこら、ベッドには座んな!ベッドには」

僕は慌てて木製のミニテーブルセットの椅子に座る。


女子中学生は、この部屋には場違いなレカロ製のゲーミングチェアにどっかと座り、ぐるりと回してこちらを向き、脚と腕を組んだ。

そして僕を睨みつける。

「お父様とハルねえさまから聞いていたが、アンタが『にいさまモドキ』か……確かにそっくりだな。と言ってもアタシは小さかったからあんまり覚えちゃいないがな」


挿絵(By みてみん)


「も、モドキ!?」

「ああ。あんたは、タカにいさまの真似をしてハルねえさまに取り入ろうって魂胆だろうが、それはアタシが絶対許さない」

「いや,取り憑かれているのは僕の方なんだけど」

「つべこべ言うな。だいたい家庭教師なんていらないって言ってるのに、心配性のお母様が勝手にハルねえさまに相談しちまったんだから」

「ハルねえさま、いや、校長先生から聞いたところによると、ウチの学校を志望していて、合格の見込みが今ひとつなんだとか……」

「あんた、アタシを舐めてんのか? 本気を出しゃあ、あんな学校、楽勝だ」

「そうなんだ……じゃあ、お母さまに家庭教師を辞退すると伝えて帰るよ」

僕は学生カバンを手にかけ席を立つ。

「コラちょっとまったあ! ……今のは勢いづいて言っちまっただけだ。少しは人の手を借りた方が合格を確実なものにできるからな……ここんところ、趣味の方が忙しくてな」

趣味が忙しかったって、もう受験の直前じゃないか。このバイトは確実にブラック案件だ。


「そうだ、これ落としただろ」

忘れかけていた。カバンから、拾ったスマホを取り出す。


「えーっと、確かログインのネームが『ばかりん さくら』てなってたけど、これ、『さくらば かりん』だってバレバレじゃないか?」


「お、オマエなあ!」

僕の呼び方が『あんた』から『オマエ』に変わり、瞳の炎が青白く燃え盛った。

「コソコソと覗き見しやがったのか!?」

「いや、ただ画面がオンになっていただけで……」

「つべこべ言うな!」

そう言って、羊の皮を被った凶暴な女子中学生は僕の手からスマホをひったくった。


この怒り方、この慌て方。これはきっと何かあるなとふんだ。

僕は自分のスマホを取り出す。

「えーっと……ば、か、り、ん、さ、く、ら」


「おい!バカ!テメエ、ググるな!」

『オマエ』から『テメエ』に変わって、僕のスマホに手が伸びてきたが、高く上げてそれを阻止した。


「どれどれ……………………!」

検索結果に出てくる出てくる。ペンネーム『ばかりんさくら』の作品タイトルが、投稿サイトやSNSでわんさかと。

「ほう、君は作家さんなんだね。趣味とはこれか。中学生なのに凄い才能だね……エロ小説の」

「お・ま・え・なあ!!」

と激高しているところでコンコンとドアがノックされた。


「はあい、どうぞ」

慌てて彼女は椅子に座り直し手を膝の上に置き、その場を取り繕った。すごい変わりっぷりだ。


「なんか賑やかそうだったけど……おやつを持ってきたわ」

「まあ、お母さまありがとう。ちょうど今ね、効果的な勉強方法をあにさまモド、じゃなくてケンにいさまに教わってたところなの」

「そう、それはよかったわね。榊原さん、明日からもよろしくお願いね」

「え! 明日からも?」

「そう、入試直前までつきっきりで教えてくださるって遥から聞いてて。ほんと助かるわ」

校長先生にハメられた! こんな危険生物とずっと一緒にいたら命がいくつあっても足りない。


「ねえ、ケンにいさま、頼りにしてるからお願いね♡」

そう言って、狂暴少女は胸の前で指を組んで瞳をウルっとさせた。

この子は今までどういう人生を送ってきたのだろうか?


叔母さんは、上品そうな和菓子とお茶をミニテーブルに置いて部屋を出た。

階段を下りる音を確かめ、夏鈴は再び脚と手を組み直し、僕を睥睨へいげいする。


「おい、わかってるだろうな? さっきのこと、お母さまやハルねえさまに一言でも言ってみろ、悲鳴をあげてセクハラ家庭教師に襲われたって訴えるからな」

……まあ『ばかりん さくら』の件は、今後何かあったときの交渉のカードとして温存しておこう。

「わかりました。さっきの件は、一読者として楽しませていただきます」

「だから、そういうのやめろってんだ!」

「君も喋るたびにいちいち中指立てるのやめた方がいいよ」

「うっせー!」


それから、渋々彼女は、過去問を開いた。

英語を二、三問解いてみたが、僕は黙り込んでしまった。

校長先生は『あと三歩くらい』と言っていたが、そんなレベルではない。問題として『問われていること』がわかってないのと、基本さえ押さえておけば解ける問題もわからないのだ。まあ、エロとはいえ、小説を書いて人気が出ているのだから、地頭は悪くないのだろう。


「なあ、やっぱ、そんなにやばいのか?」

夏鈴が小さな声で僕に尋ねる。

「ああ、そうとうヤバい」

「あんた、なんとかしてくれるんだろう?」

「それは君次第だな」

「なんだよ、弱み握ってマジでアタシをたぶらかそうってのか?」

彼女は一歩身を引いた。

「……違うよ。本気でウチの高校に入りたいかって確かめたいだけだ」

「あったり前じゃん……だって、前にタカにいさまが教えてて、今はハルねえさまが校長やってる学校だぜ、どうやってでも入りたいよ……なああんた、じゃなかった、にいさまモドキ。アタシをあの高校に入れてくれ!……頼む、頼むよ」

そう言って校長先生の従妹はポロポロと涙をこぼした。僕は、『あんた呼び』からにいさまモドキに復権した……復権か? とにかく、その本気度をもっと早くからもっていてくれればよかったのだが。


バタン!

と、その時ドアが乱暴に開かれた。

「よー、生徒諸君、メリークリスマス! 勉強に励んどるかね……ん、カリンちゃん何で泣いてるのかな? ひょっとしてこの獣のような男子高校生にいじめられた?」

「校長先生、人聞きの悪いこと言わないでください。断じてこの子をいじめてません」

「そうよ、ハルねえさま。ケンにいさまは、合格できるようしっかりと面倒みてくださるって。それで感動して泣いてしまったの」

「まあ、それはよかったわね! 榊原君を紹介した甲斐があったわ」

人智を超えた取り繕いのうまさは、この家系の秘技なのだろうか。まあ、多少裏表はあるが、この中学生はそんなに悪い子ではないらしい。いい子とも言い難いが。


「だいたい先生、何ですかその恰好は?」

「どう、似合うでしょ? このお家、全然クリスマスっぽくないからさ、私が雰囲気出してあげてるの」

校長先生は、体をハスに構え、片手を頭の後ろに回してセクシーポーズをとった。

「どこの世界に、ミニスカのサンタコスしてセクシーポーズ決める校長先生がいるんですか!?」

「まあ、ハルねえさま、ステキ!」

「カリンちゃん、どうもありがとう! えっ、サンタコスする校長先生って、世界中探しても私くらい? じゃあギネスにでも申請してみようかしら?」

「……先生の存在自体がギネス級だから、認定されるかもしれませんね」

「やった! そうだ……これこれ」

そう言って先生は床に降ろしていた袋から大きな毛むくじゃらの物体を取り出した。

「ここに、トナカイのキグルミがあります。これを榊原君が着ると、サンタとトナカイのペアルックが完成します。さあ、どうぞ!」

「あの、どうぞったって……僕そんなの絶対着ませんよ」

「そんなこと言ってると、内申書をちょいちょいっと細工しちゃうぞ」

「ほらやっぱり、コンプライアンスがガバガバナンスじゃないですか! あなたはサンタじゃなくて、サタンです!」


結局のところ、僕は居間に連れて行かれ、トナカイのキグルミを着せられて、理事長も交え、先生の叔母さん手づくりのクリスマスイブのディナーを楽しんだ。

これから校長先生に加え、両溺愛の従姉妹とつき合っていかねばならないか……それはそれでちょっと楽しいのかも? イヤやばい。毒されている。

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