ハートをわしづかみ!
「♪ ひゅーーん ひゅーん ひゅるるーん るん ……」
「先生、そこまでにしておきましょう! ちなみに、ここは図書室です」
「ええー、いいじゃない、今の私の素直な感情表現よ」
「……どんなお気持ちなんでしょうか? 楽しそうにも聞こえましたが」
「えー、楽しそうに聞こえた? 私の心の中で吹き荒れるスキマ風を表現したのに」
「表現の方向として間違っていると思いますが、どうしてスキマ風なんか吹いてるんですか?」
「まあ! 原因はあなたよ。」
「え!?」
「だって、全然かまってくれないんだもの」
「……校長先生、重々ご承知のこととは思いますが、今、期末試験の真っ最中です」
「そんなことはどうでもいいじゃない」
「よくないです。ちなみに僕、今日の国数英の出来は、今ひとつでした」
「……それは残念ね。何が原因なのかしら?」
「僕は大人なので、人のせいにはしませんが……」
「まあ、見上げた心がけね。人はとかく何でも周りのせいにしたがるけど、ちゃんと自責化できるなんて」
「無性に他責化したくなってきましたが……もういいです。そんなわけで、明日の理社で挽回しなくちゃいけないんです」
「そうね。邪魔しちゃ悪いわね」
「ご理解いただけましたか、ありがとうございます。」
先生は、図書室を出て行くかと思いきや、書架から何冊か本を引っ張り出してきて、僕が座っている自習コーナーのテーブルに並べた。『邪魔はしてないわよ』とアイコンタクトしてきたが、目の前にいると気になる、いや気が散るということをご理解いただけないらしい。
「あの、このあいだ、師走はお忙しいとおっしゃっていたようですが?」
「そうね。忙しいけど、私は有能なのでテキパキとミッションをこなしてるから、この通り、スキマ時間ができちゃうのよ。そこにスキマ風が吹きこむの」
話が最初に戻った。とにかく僕は集中力を発揮し、目の前のノートに意識を戻した。
珍しく、静寂な時間は三十分ほど続いた。続いたが、そこまでだった。
「あーあ、期末テストっていうことは、今年ももうすぐ終わるのね」
「……そういうことになりますね」
「あっという間に一年が過ぎて、あっというまに年をとっていく……」
先生は椅子に背をもたせかけ、頭の後ろに手を組んで遠い目をして言った。
「……あの、話の流れに乗っかって、この際だから聞いちゃいますけど、先生は来年おいくつになられるんでしょうか?」
僕の質問に、周囲で勉強している生徒たちが反応して一斉に顔を上げた。
「あら! そんなことよく平気で聞けるわね」
さすがにこれは失礼すぎたか。
「すみません、今のはナシにしてください」
「そういう時は、『校長先生、来年のお誕生はいつですか、で、いくつになるんですか?』って聞くものよ」
「誕生日って、その年によって変わるんですか?」
「そうじゃなくって! 誕生日にすることがあるでしょ」
「……要はプレゼントの催促ですね。理解しました」
「で、聞かないの?」
「……校長先生、お誕生日はいつですか?」
「一月二日よ」
「……もうすぐですね、で、いくつになられるんですか?」
「知りたい?」
「まあ。」
周囲のテーブルから『ウンウン』とか『榊原、いけ!』という声が聞こえる。
先生はしびれを切らした。
「じゃあ、試験期間なのでこうしましょう。」
「え?」
「校長先生の年齢当てクイーズっ!」
「試験とあんまり関係ない気がしますが……で、どんなクイズですか?」
「私の年を言ってみて、ズバリ的中したら、素敵な賞品を差し上げます」
「賞品とは?」
「校長室に備蓄してある、カップラーメン一か月分」
「微妙ですね……で、はずれると?」
「上でも下でも、一歳はずれるごとに一万円の罰金」
「え!?」
それはもはやクイズとは呼べないだろう。
「リスクが大きすぎます。場合によって、僕の支払い能力を超えてしまいます」
「あら、自信がないのかしら?」
まったく自信がない。それに大きく上に外してしまったら、罰金どころでは済まないだろう。
周囲の生徒から手渡しで、百円玉が集まってきて、僕のテーブルの上に積まれる。
『榊原、ここはふんばりどころだ』という応援の声も聞こえる。でも全然足んねーよ!
「棄権します。高校生のみそらで闇バイトに手を染めたくないです……ニュースで報道されたら、学校の評判がガタ落ちになりますよ」
「それもそうね、でも取材のテレビクルーにインタビューされたら『あの生徒は心の中に闇を抱えている子でした』って校長談話を出してあげるから」
「……とにかく、クイズはキャンセル! 明日に備えて勉強に戻ります。以上、終了!」
周りの連中は落胆の声をあげながら、めいめい百円玉を回収していった。
〇
後日。
僕は、掲示板に貼りだされた期末試験の順位表を見上げていた。
「あら、ちゃんと学年十位内に入ってるじゃない!」
「……目標はもっと上でした。それなのに……」
「他責化しないって言ったわよね?」
「そんなこと言いましたっけ?」
「ハイ、これで試験も終わってヒマになったわけだし……ちょっとだけつき合って」
「え、もう帰ろうと思ってたんですが」
「いいじゃない、試験のご褒美よ。三分だけ時間をもらえれば、ね♡」
そう言って先生は、僕を校長室に招き入れた。
周囲の壁の棚にはクレーンゲームでゲットした大小様々なヌイグルミがずらりと並んでいて、相変わらずファンシーな部屋だ。
「榊原君、どれがいい?」
部屋の真ん中にあるローテーブルに並べられているのは、縦型、どんぶり型、色々な種類のカップ麺だ。
「これ、クイズの賞品って言ってたやつですか?」
僕は『ラ王 背脂醤油』を、先生は『京都鶏白湯』を選んだ。先生がポットからお湯を入れてくれた。
いずれも待ち時間は三分でなく五分だったが。
「先生はカップ麺とかあまり召し上がらないんですか? ズルズル」
「うん、だから、人にもらったんだけど持て余しちゃっててね……ズルズル でもたまにこうやって食べるとなかなかオツなものね。ズルズル」
先生は楽しそうに麺をすする。
「いいですね、こんなんで幸せそうで、ズルズル」
「そう、こんなんでいいんだよ、ズルズル」
まさか、校長室で試験のご褒美(邪魔したお詫び?)にカップ麺を食べることになるとは思わなかったが、確かにこれはこれで楽しい時間だった。
「ごちそうさまでした」
僕は二人分の空き容器をレジ袋にしまい、席を立つ。
「つきあってくれてありがとうね……さて、仕事、がんばるか!」
「あれ、先生もやるときはやるんですね」
「当つたり前じゃない!」
「じゃあコレ、お礼といっては、なんですが」
僕はブレザーの内ポケットに入れておいたホッカイロを先生に手渡した。実はカップ麺を食べて、ちょっと暑くなっただけだ。
「まあ、これは榊原君のハートね♡」
そう言って先生は大事そうに両手で包んだ。
「……あの、それ、僕が使ってたヤツですが?」
「そう、それがいいんだよ……これで君のハートをわしづかみ!」
「やっぱ、返してください」
「だーめ! やなこった」




