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11 中州の戦い 

 アイルたちは中洲の森の中に入った。そこには百人をゆうに超える難民達が、腰を下ろし休んでいた。みな顔も服も泥だらけで、疲労困憊の様子だった。

「おじさん!!」アリアが突然叫んで走り出した。

 金の長髪を腰の高さまで垂らした壮年のエルフが、難民たちに包帯を巻き看護していた。

 彼はアリアを見ると、笑顔を向けた。テオも彼の傍に行き、かしこまった様子で何かを報告していた。

 アイルは彼らの脇を通り過ぎ、ある人物の方へ歩いていった。

 難民たちが大勢雑魚寝している中に、ひとり大きな背中をした大男がいた。ウェーブした茶髪は何日も洗っておらず、脂と泥で汚れていた。彼はヤゴーの弟で、村の守備隊を努めているゴードンという男だった。

「ゴードンさん」アイルは声をかけた。

「アイルか」ゴードンは言った。

 アイルは村に起きたことのあらましを簡潔に話した。

「ヤゴーは死にました」アイルは言った。ゴードンは小さくうなずいた。ふたりはしばらく黙っていた。アイルが横目でゴードンの顔を覗くと、その眼が涙で滲んで焚き火の炎を反射しているのが見えた。

「ルーは合流しましたか?」

「いや」ヤゴーは言った。

「ルイはここに来る途上で死にました」

 ヤゴーはまた押し黙った。

「エルフとはどこで合流したのですか?」アイルは訊ねた。

「一番下流にある狩猟小屋を過ぎたところの川だ」

「俺もそこでエルフと合流しました。多分すれ違いか何かあたんでしょうね」

 ゴードンは答えなかったので、話はまた途切れた。彼の考えてることはなんとなくわかった。ヤゴーのことだろう。

「これから我々はどうなりますか」アイルが訊いた。

「さあな。とりあえずブリスコーに行く。暮らしはまあ、なんとかなるだろう。我々よりも、問題があるのはエルフだ」

「というと?」

「エルフはローラントの庇護下にない。やっこさんらは王権の及ばない山脈の奥で隠れて暮らしていた。だから税金も一度も収めたことがない。つまりブリスコーに行っても、王国に彼らを匿う義務はないんだ」

「では、彼らは一体どうなりますか」

「さあな……」

 二人は三たび押し黙った。アイルはぱるぱっとかから長い旅路を経てようやく一息つき、村のことを考えた。

 

 アイルの両親は彼が幼い頃に死んだ。彼は物心ついたときにはゲイルの家で暮らしていた。ゲイルは親を偽らなかった。どのみち二人は似ていなかった。彼の奥さんはとうの昔に亡くなっていた。アイルはゲイルから狩人としての素養を受け継いだ。彼は物静かで目端が利いた。そして腕のいい一流の狩人だった。

 彼らはヤゴーと三人でよく釣りに出かけた。ヤゴーは豪胆で悪く言えばずぼらな猟師だった。隠密行動はからきしだったが腕っぷしがあり豪胆に魔物を屠った。ヤゴーとゲイルは互いを補間する良き友だった。

 しかしヤゴーは死んだ。恐らくゲイルも死んだだろう。急に3人で行った釣りの思い出が蘇ってきた。蓋をしていた悲しみが今更こみ上げてきた。彼は涙を流した。


「……おい。呼んでるぞ」ゴードンがアイルの背中を叩いた。そして指差した。

 アリアのおじだという長髪のエルフが、いつの間にか目の前に立っていた。

 「私はこの難民達の守備隊の長でロンドという。君がアイルくんだね」エルフは言った。「アリアが世話になったようだな。いずれ君には礼をしたく思う」エルフはそう言い頭を下げると、再び列の殿に戻っていった。


 アイルは帆船のことが気になった。みなあの船のことを対して気にもとめていないようだが、今どうなっているのだろうか。彼は木々の枝に身を隠しながら、船を覗いた。

 帆船は下流300ヤードほどの場所に停泊していた。明かりの付いた甲板の上で、何やら人手がうごめいていた。

「なんであれを、上流で止めなかったんだろう……」アイルはひとり呟いた。

「もっともな意見だ」突然後ろから声がかかった。

 見ると、アイルの後ろから革鎧をつけた赤髪の女騎士が近づいてきた。女騎士言った。

「あれがある限り、川を下ることはできない。私はあの船を奪うつもりだ。君たち難民の力を借りたい。ついてこい」


 女騎士は森の開けた場所に難民たちを集め、語りだした。

 「私の名はエリスだ。ブリスコー義勇兵団の団長を務めている。今起きているこの喫緊の事態に際して、我々は一人でも多くの力を借りなければならない。国家に忠誠を尽くし、君たちの父や母、兄弟や隣人を救いたいと願うもの、そうする力が自分にあると思うものは、ぜひ義勇兵に立候補してほしい。もし義勇兵となった暁には、君たちは誓約と引き換えに魔法の力を授かるだろう。そうすれば、君たちは水の上を走り、その剣は敵の鎧をも砕くだろう。君たちは真に戦う力を得るのだ。命を賭ける準備が出来ている者がいるなら、いまこの場で手を上げてくれ」

 エリスは難民たちを見回した。アイルたちは手を上げた。他にも何人もの男女がその命をかけるために立候補した。

「諸君らの心意気に感謝を」エリスは言った。「だが今は義勇兵たりうるものを私が占断させてもらう」エリスはそういい、立候補者の中の幾人かを拒否し、手を握り直接礼を言った。

「では選ばれた者たちは前へ出ろ」彼女はそう言い、焚き火の隣に立った。立候補者たちは、言われた通り前に進み出た。

「まず諸君らにあらためて礼を言いたい。諸君らの命を国家にささげてくれることに、まず感謝を」エリスは軽く会釈をして、続けた。「まずそもそもなぜこの戦争が行われているのか説明したい。なぜオークたちはこの国に攻め入ったのか、この国に一体今何が起きているのか……」

 エリスは息をついで、続けた。 

 「今から十五年前のことだ。一人の国家魔道士、名をスタウダマイアーと言うが、彼が魔術の禁忌を破り人体錬成を行った。人体錬成は、当時はひどく失敗したと判断されたのだが、今ではほとんど成功の寸前だったのだと考えられている。

 その直後に”アスタロス”が彼に接触してきた。アスタロスとは魔王ゼクターが呼び出した五十五の大悪魔のうちの一人だ。この悪魔はスタウダマイアーの他に幾人かの魔法使いに接触し、それらを配下に降らせた。そして彼らはウルゴーン山脈を越えて、南方の地ローデシアへと旅立っていったのだ。

 アスタロスの目的はゼクター王の復活だ。そして彼の復活には”肉”が必要なのだ。

 ”肉”とはなにか。それは文字通りゼクターの肉体のことだ。彼の肉体を受け継ぐ、子孫たちの肉だ。

 伝承では、ゼクターはクシャンドリア王国の末裔だということだ。クシャンドリアとはおよそ二千年前にこの地を支配していた古代の王国の名だ。つまり君たちロードラン人の中には、ゼクターの血が流れているということだ。

 今、ゼクターの復活を目論む悪魔たちがこの地ロードランに侵入し、子供たちを攫っている。子供を狙う理由は、人体錬成の触媒としては子供だけが有用だからだ。

 そしてこの人攫いに協力している売国奴がいる。彼らは十五年前にアスタロスの接触を受けた者たちだ。

 だからこそ君たちの力が必要だ。特に、アスタロスの影響下にある者とさえ一切接触のない人間が。辺境の民である君たちはこの条件を満たしている。この任務には絶対的な潔白が求められる。

 君たちを義勇兵団に迎えたい。

 君たちには国王から”手”を経て直接命令が下される。その命令に拒否権はない。死地に至る任務も命じられることもあろう。

 この任務には特段の危険が伴う。そして人に知られず名誉もない。この王命を受ける者のみここに残れ……」

 エリスは話を終え口を閉じた。

 一人としてその場を去る者はいなかった。

 アイルは義勇兵たちの面々を見た。

 アリア、テオ、アベル。そしてジェイ、ジェイの知己だろう炭鉱族の若者。魔法学校の生徒たち。騎士たち。冒険者たち。そして、列の反対側の端、そこにはシリカとアマンダがいた。

「いま君たちは義勇兵に任ぜられた。では今から義勇兵の誓約を立よう。さすれば君たちは魔法の力を授かるだろう。いま魔法が使えないものには扉が開かれる。すでに魔法が使えるものには、より大きな力が与えられるだろう。

 義勇兵の誓いとはこうだ。”国王が命じる全ての令に殉ぜよ”。破れば誓約が君たちの首を切り落とす」

 エリスは自分の襟首をめくり見せた。そこには黒い入れ墨の様な線が一本、首をぐるりと一周していた。

「義勇兵団の命令の中には命を賭すものもある。つまり死ねという命令が出れば、それが国王の命令であるならば、君たちは死ぬのだ。もう一度聞く。今の話を聞き、命を賭し王命に準ずる者のみ残れ」

 だれひとりとして動くものはいなかった。みな顔を上げ、断固たる決意を漲らせてそこに立っていた。

「君たちの決意、確かに受け取った」エリスは言った。「ここに膝をついて並べ」

 義勇兵たちは、膝をついて一列に並んだ。エリスは端から義勇兵たちの前を歩き、その顔と決意をゆっくりと噛み締めた。

 列の最後にはアマンダがいた。エリスはアマンダの目の前で立ち止まった。そして彼女を正面に見据え、言った。

「アマンダよ、聞く。一度魔法の扉を開いたのなら、貴殿は引き返せない。貴様は逃げたり隠れたりすることはもうできない。死ぬまで戦い続ける覚悟はあるのか」

 アマンダは明確にうなずいた。二人は正面から見つめ合った。そうして無言の時が過ぎた。やがてエリスはうなずいた。

「よかろう。貴殿の覚悟、見事だ」

 エリスは改めて篝火の前に立ち、話し始めた。

「君たちに今から魔法を授ける。君たちは瞬時に理解するだろう、この世界が物質と魔法でできていることを」

 エリスは剣を抜き、アイルの前に立った。そして剣を彼の肩にかざし、口中で呪文を唱えだした。

 「juäna hekegnönima condrizza isu urünasü ois…」

 彼女の呪文に呼応して、焚き火はその火の勢いを増した。それは畝り、爆ぜ、そして赤熱した。

 この場所で、今、目に見えない何かの力が動いている。エリスの剣は赤熱し、その剣の峰の表面に輝く文字が浮かび上がった。

 剣がアイルの肩に触れた。

 その瞬間、突如白い光がアイルの視界を真っ白に焼き尽くした。

 そして熱線がアイルの全身を焼いた。アイルは燃え尽き死ぬのではないかと思った。

 アイルは動けなかった。すると視界を覆う白い光の中から、なにかの黒い糸が現れた。それは生物のように動いた。これは、エリスの首を覆っているあの黒い糸だろうか。

 糸は空中でとぐろを巻き、何かの文字を形作ると、アイルの首に巻き付いた。 

 黒い糸はアイルの首を締めた。彼の気道は急に塞がった。彼は呼吸をすることができず、意識を失いかけた。しかし次の瞬間には糸の緊張が解かれ、首には何の痛みもなくなっていた。

 アイルの視界は段々と回復した。彼は目を見開いた。

 アイルの目には、すでに魔法が見えていた。

 彼は自分の手を見た。その両手は白い光に包まれ、湯気のようにほとばしるエネルギーが指の先から空中に舞い上がっていた。

 彼は立ち上がり自分の全身を見た。

 体の隅々から魔力が立ち上がっていた。体中にエネルギーが漲り、同時に感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていくのを感じた。

 彼はその場に跳躍した。

 体が軽い。

 あたかも宙に浮遊しているようだ!

 その喜びも束の間、アイルノア体から立ち上るエネルギーは、横から発せられた魔力に押されて吹き飛んだ。

 彼は、その魔力の発生源を振り向いた。

 エリスの剣がアマンダの肩を叩いたのだ。

 そして、アマンダの内に秘められた、爆発的なエネルギーが、いまこの瞬間に解き放たれたのだ。

 彼女の魔力は尋常ではなかった。魔法について何も知らないアイルにも、わかる。

 アマンダの魔力は、およそ人間を超越していることに。

 エリスが叫んだ。

「諸君は今絶大なる力を感じていることだろう!今の諸君は言わば初めて夢精した少年のようなものだ!その迸る力はいまだかつて君たちの体から出ることのなかった魔力、すなわちエーテルが体中から噴出しているのだ。

 君たちの体は今生まれて初めて魔力に充溢している。

 体が軽いだろう。足が地面につかないほどじゃないか?

 いまこの瞬間の君たちは並の兵士たちよりも強い。

 さあいくぞ!!あの帆船のゴミ共を皆殺しにするのだ!」


 川面に停留する帆船は自らの灯火に照らされ何の臆面もなく川面に浮かんでいた。

 アイル達は立ち泳ぎで暗い海面を長い時間をかけて渡り切ると、右舷の船体の影に身を潜めた。

 アイル達は耳をそばだて甲板の様子を探った。ゴブリンの言語不明瞭な笑い声の他には、何も代わった様子はなかった。

 やがてときは来た。

 

 アマンダが銃を構え、魔法の砲弾を打ち出した


 突如耳をつんざくような轟音とともに、左舷が陸地からの砲撃を受け吹き飛んだ。

 船がきしみ大きく倒れ、マストの上のカンテラが外れ甲板に落下し、ガシャンという音を立てた後爆発した。

 いまだ。

 アイル達は船べりに鉤縄を掛け、船の中棚を一気によじ登った。

 その時、船べりからゴブリンが顔を出した。やつはその華奢な体に似合わない巨大なクロスボウを握っていた。

 「こっちだ!!」アイルの左手にいる、金髪の剣使いが叫んだ。

 ゴブリンは彼に向け引き絞った弓からボルトを放った。剣士は右手を顔の前に掲げた。

 ボルトが貫通する瞬間、彼は手を握りその短い鉄矢を掴み取った。そしてふたたび縄に手をかけ昇りはじめた。

 ゴブリンは驚愕に目を見開いた。

 今の俺達は、普通じゃない。

 アイルは一気に船べりを乗り越え、素早く短剣を突き出しゴブリンの首を突いた。



a アイルが、背後からやられそうになる

 下がってください

アンナが煙を吹き出す


う甲板の上に登り切ったアリアが、上から矢を放ちまくる

いまだ 





 

 甲板は火に覆われていた。

 左舷では崩れた船べりからオークが水面に矢を撃ち込み、丸出しの背中を曝していた。

 アイルは迷うことなくその背中に直行した。

 そして短剣を逆手に持ち替えると、太い首を一刺しで貫いた。

 甲板の上はすぐに乱戦になった。

 エリスが鉤縄をよじ登った後、アイルたちに言った。

「ここは任せた!」

 

 エリスは船橋に突撃した。中には今だに戦闘準備のできていないゴブリン共が間抜けにたむろしていた。雑魚は長剣の一振りで一気に薙ぎ払い、船尾へ向けて一気に駆け抜けた。


 エリスは船尾の扉を開けた。大概船長室は船尾に構えられていた。しかしそこには誰もいなかった。

 エリスは船底へ続く階段を下りた。

 船底では樽がぎっしり詰められた小部屋のなかで、紅いマントを着けたオークが短銃を手に握り座っていた。数多の鎧の古傷がこのオークの何たるかを語っていた。

 判断が早い。こいつが船長だろう。そして背後の樽は火薬だろう。

 船ごと自死する前に、一気にかたをつける。

 やつはエリスを見ると、巨大な鉄斧を握り立ち上がった。


 エリスは体を丸めて突進した。やつが鉄斧を振りかざした。

 エリスは足を踏み込み更に速度をあげ、斧の軌道に入った。大振りの戦斧が凄まじい速度で振り下ろされた。

 エリスは右手の小盾でこれを受けた。

 凄まじい衝撃音とともにオークの戦斧が弾かれ、刃が粉々に砕け散った。オークは驚嘆に目を見張った。

 エリスはそのまま盾で兜の鼻先をかちあげた。

 



 天流奥義 

 一つの太刀

 エリスはオークを殺した



 兜ごと脳を揺さぶられたオークは、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

 オークはその盾の正体を見た。厚さ三インチの鉄の塊だ。重さは三百ポンドはくだらないだろう。

 エリスはオークの巨体にまたがり、盾の尻をオークの首元に打ち下ろした。

 オークの首は吹き飛び、血を吹き出しながらオークは死んだ。

 エリスが甲板に戻ると、既に敵は皆殺しにされていた。

 エリスは勝鬨を上げた。



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