たまご
ぽこりと、気泡の湧く音がする気がした。
音もなく、水が生まれている気がした。
まだ、温かいようでもあり。
もう、冷たいようでもあり。
たった独りで取り残されたすもり。白くて小さくて、心許ない。
悧巧だね、と誰かが言った。どうせいつかは死ぬんだから、生まれてきても無駄になるだけ。
別の誰かが同意する。生きるに適う場所ではないと知っているんだ。
ではどうして生きてるの?
そんな反問に、誰かが答えた。生まれてきたなら、諦めるよりほか仕方がない。
ではどうして生まれるの?
選択の余地のない、他動的なものさ。
生まれる前に死ぬとは何て悧巧だろう。みんなが称賛し、憧憬を口にする。辛いことも、悲しいことも、苦しいことも。知らずにいられるとは何て幸せなんだろう。
誰かが提案する。いっそのこと、我々も死んでしまおう。
最初のひとりがまず死んだ。
それを見届けた次のひとりがまた死んだ。
さらにそれを見届けた次のひとりが死んだ。
ひとりずつ順番に死んでいき、気がついたら誰もいなくなっていた。
たった独りで取り残されたたまご。初めは親鳥に見捨てられて、今度は他人が勝手に置き去りにしていった。
血の海のなか、微かな音がした。真っ白い殻に、小さなひび。
それでも僕は、見てみたい。
何も知らないのは淋しい。だから何かを知ってみたい。
時間をかけて殻を破る。
生まれる前に死んだたまご。
死ぬ前に、生まれてみよう。
血の海のなかであげた産声。
真っ白いたまごから生まれた真っ白い鳥。大きな翼を広げて羽ばたいた。