5.封印の塔
禁足地の傍にある塔に眠るとされる禁書を求めて、お嬢様は今後の予定を決めていった。
まずやったことはお嬢様の護衛となってもらう予定のダスティンという老騎士に婚約者暗殺計画と、それに至った理由を説明すること。
王子の暗殺計画を語られた老騎士は、アレクシスとお嬢様の予想に反してそれを否定しなかった。
全てを聞いて一度だけ深いため息を吐き、その後はお嬢様にいつもと同じように笑みを向けたのだ。
「リリアーナお嬢様がそのような結論を出されたのには、きっとこのおいぼれには分かり切れぬ理由があるのでしょう。
それを否定はしますまい。が、一つだけ条件を付けさせてくださるかな?
その力を手にしたとしても、此度の件以外には使わないと。そして、その後は国と家の安定に力を尽くすと、そうお約束いただけませんか」
「ええ、分かった。約束するわ。元々、そのつもりだったもの」
予想の五倍は簡単に纏まった話に、従者二人は顔を見合わせた。
アレクシスはまだ色々と考えているようだが、ブランはお嬢様が嬉しそう!ボクも嬉しい!と尻尾ブンブンである。
そんなブランを見て、アレクシスもまあいいかと思考を放棄した。必要以上にあれこれと考えて頭を痛める余裕は今のところないのである。ちなみに胃は痛くない。強いので。
そんなわけでアレクシスが全てを諦めたような、すがすがしいような笑顔を浮かべて虚空を眺めている間に予定はどんどん決まっていく。
お嬢様は既に出発の時間まで決まっているので、ダスティンがそれに合わせて屋敷に足を運んでくれることになったようだ。
流れるように全てが決まったので、余った時間はいつも通り穏やかなお茶会が開催された。
そして一月後。ついに予定にねじ込まれた赤獅子の森へ向かう日が当日を迎えた。
これは余談だが、お嬢様が赤獅子の森に行くと言った際、当然のように理由を尋ねられたのだが「少々調べたい事がございますの」の一言で許可が下りている。
お嬢様が普段は完璧なご令嬢で、様々なことに通じているが故の甘々対応だった。
ダスティンが同行することも当然ながら不問であり、メイドが同行せずアレクシスとブランだけを連れて行く、という点もついでに不問になっていた。
それでいいのか。まあ、ご当主様が良いって言うならいいか。
これが手抜きではなく親子の信頼故だと分かっているので、使用人たちも何も言わないで送り出してくれたのだ。
だとしても不問とされ過ぎでは、とアレクシスがじんわり頭を痛めている間に馬車は一切の問題なく進み、予定通り一週間ほどで赤獅子の森に最も近い街に到着した。
その街で一日休み、翌日の朝のうちに目的の塔に向かうことになった。
朝霧に包まれた塔はどこか不気味で、ブランはしきりに周りを確認している。
アレクシスとダスティンもお嬢様を守らねば、と周りを警戒する中、お嬢様だけはいつも通り涼しい顔をして歩みを進めていた。
周りが歩きなれた自分の家の庭だとでも言わんばかりの自然体である。
沼地の中央に建っている塔に向かう方法は、塔の正面にある橋を渡るしかない。
周りの人間がどれだけ警戒してジリジリ進んでいようとお嬢様は普通に歩いて行ってしまうので、最終的にはお嬢様が先導する形で橋を渡りはじめた。
橋を中ほどまで進んだところで、ダスティンが何かに気付いたように顔を上げた。つられて顔を上げれば、何か大きな影が橋に向かってきている。
慌ててお嬢様を背に庇うように前に出るころには、影は塔の前に姿を現していた。
それは、この国では見ることのないであろう、伝説やおとぎ話として片付けられてしまうであろう存在。ドラゴン、と呼ばれる巨大な生き物が、こちらを見下ろしていた。
アレクシスはそれを見て呼吸を忘れた。そこに降り立った強大な生き物と、お嬢様の目がしっかりと合っていたのだ。
誤魔化しなどきかないほど、言い訳のしようがなほどしっかりと。
どちらも目を逸らさないその様子に、なんとしてでもお嬢様だけは逃がさなければ、と動こうとした時だった。
ドラゴンが、何か困ったような声をだした。
人間風に言えば「えぇ……?」みたいな声だった。
そして、お嬢様から目を逸らし、逸らしたくせにチラチラとこっちを窺っている。
そんな謎の反応をしているドラゴンに対し、何を思ったのかお嬢様は一歩前に歩みを進めた。
ドラゴンは困ったように固まっていて動かない。
お嬢様は構わずに足を進める。
最終的に、お嬢様が橋を八割ほど進んだところでドラゴンは静かに翼を広げて飛んでいった。
今度はアレクシスとダスティンが「えぇ……?」と声を上げる番だった。ブランは早々にお嬢様に駆け寄って流石です!!と叫んでいた。通常運転が過ぎる。
「何をしているの二人とも。行きましょう?」
「……そうですなぁ」
「頭痛薬……あ、宿に忘れてきた……」
頭を押さえるアレクシスを無視して、お嬢様は塔の中に入っていく。
そして最上階に保管されていた禁書を見事入手し、その日のうちに屋敷へ戻る馬車を出したのだった。