3.魔法と呪い
禁書を探し始めて一ヵ月。アレクシスは今日も、痛む頭を押さえながら隠し部屋にいた。
目線の先では、読み終わった本を投げ捨てるお嬢様と、投げられた本をジャンプして空中でキャッチするブランが居る。
微笑ましい犬と飼い主の光景……などではない。断じてない。
「お嬢様!本を投げないでください!」
「何を言っているのアレクシス。これは本ではなくただのゴミよ」
呆れたように言うお嬢様に頭痛が少し酷くなった。
お嬢様が投げ捨てているのは、禁書……の、偽物である。
効果が弱くともしっかりとした禁書であった場合は隠し部屋内の本棚に収められていくので、本などではないというお嬢様の気持ちも……まあ、頑張れば分かられなくもない。
それはそれとして物を投げないでほしいのだけれど、隠し部屋から一歩でも外に出れば絶対にやらないのであまり強く言えないのも事実だ。
アレクシスがため息を吐いている間にお嬢様は次の本に目を向けており、ブランはキャッチした本を壁側に積みに行った。
「……ああ、アレクシス。これは禁書ではなく魔導書だわ。そっちの棚に入れておいてちょうだい」
「畏まりました」
「マドウショ!アレクシスさん、魔導書と禁書って何が違うんですか?」
既に三回は跳んで本を掴んでいるからか若干乱れているブランの服を直しつつ、サイドテーブルに置かれた本に目を向ける。
直した服をポンと叩いて魔導書を回収し、ついでに偽物の禁書も持ってくる。
「魔導書には魔法を操る方法が、禁書には呪術を操る儀式が載っているんだ」
「はい先生!そもそも魔法と呪術の違いって何ですか!」
「あ、そっから?」
隠し部屋で簡易授業を始めた従者二人を見て、お嬢様は優しく微笑み、そして手に持っていた本を投げた。
ブランがそっちに跳んでいくのを見て投げられたことに気が付いたアレクシスは頭を抱えたが、お嬢様は一切気にしていない。
というかこれを気にする人ならまず本は投げない。
「まあ、うちの国じゃどっちも衰退してるしな……俺も詳しいわけじゃないよ」
「ブラン、まず呪術とはどういったものか分かっているかしら」
「なんかこう、暗殺に使えるやつです」
「お前それお嬢様が暗殺計画立てたからって認識してるだろ」
えへ!と勢いよく言ったブランは、分かりませんと顔にでかでか書いてある。
仕方ない、とため息を吐いて、アレクシスは手に持った魔導書を棚に入れ、偽の禁書は元の位置に積み直す。
「魔法はこの国では衰退してるけど、魔法大国なんて呼ばれて国民のほぼ全員が魔法を扱うような国もある。魔法を扱うのに必要なのは魔力。種類も数えきれないほどあって、日常生活で使えるものも多い」
「ほぇ」
「呪術はどの国でも大体違法だし、そもそも存在を否定してる国もある。魔法使いだって名乗ってもせいぜい珍しがられるくらいだが、呪術師だって名乗れば最悪即行投獄だ」
「そんなに違うんですか」
「呪術というのは、相手に害を為すことを前提に作られているのよ」
優しい声がして、お嬢様の方を見るとお嬢様は非常に美しい笑みを浮かべて本を閉じた。
そしてそれを投げる。一切無駄のない綺麗な投てきであった。
即座に反応したブランが床を蹴ってその本を掴み、音も立てずにすちゃっと着地したのをみてアレクシスはそっと息を吸う。
どうせ聞き入れてもらえないとしても、言わねばならない一言があるのだ。
「本を!投げないで!ください!」
「アレクシス……さっきも言ったけれど、あれは本なんて上等なものではないわ。紙とインクを無駄に使っただけのゴミよ」
二度目の小言にお嬢様は先ほどよりも強めに本であることを否定した。
半分くらいまで読んで閉じたあたり、相当くだらないものではあったのだろうがブランの教育にも悪いのでやめてほしい限りだ。
ちなみにブランは既に本を定位置に積み上げてアレクシスの前に戻ってきている。
「はい先生!この国で呪術は違法ですか!?」
「……この国では、不可能犯罪とか言われてるな。そもそも呪術自体が何十年も前を最後に公の場に出て来ていないから、そんなものは存在しないと思われている」
「私は昔外国に行ったりもしていて魔法や呪術も見たことがあるのよ。だから手段として選んだの」
「ほぇ」
「魔法は学問としても技術としても確立されているから発展したけれど、呪術は失敗すれば命を落とすし失敗しなくても代償が大きいからあまり大きく育たなかったのよね。代わりに成功すれば精度も隠匿率も魔法と比べ物にならないわ」
「それに、この国に呪術師はいないからな。呪いをかけられたのだと判断すること自体難しいし、それが分かったところで誰がどんな呪術をかけたのか、まで探れる人間が居ないんだ」
今回持ってきた分の禁書を全て読み切ったらしいお嬢様も加わって、かみ砕きながら説明をする。
ほぇ、と分かっているのか分からない声を上げつつもちゃんと飲み込もうとしているらしいブランをしばらく眺めていると、時間を知らせる鐘が鳴った。
他に気になる事があるなら次回までにまとめておけ、と締めくくってお嬢様にも退室を促す。彼女はこの後数時間ほど座学の授業が詰まっているのだ。
「アレクシスさん、この国で魔法が発展しなかった理由って何かあるんですか?」
「この国は魔力が貯まりにくい土地なんだ。流れて行ってしまうから、一部の強い魔力を持つ人しか魔法を扱えず発展が遅れ、そういう人は魔法大国に留学してそのまま定住して、ってのが続いてすっかり廃れた」
「ほぇ」
勉強熱心な後輩の頭を撫でて、アレクシスは自分の仕事に向かうことにした。
ブランとは別行動になるので途中で別れ、すれ違ったメイドにお嬢様の所在を聞かれたので座学を行ういつもの部屋に既に移動している、と答えて屋敷を出る。
今度こそしっかりとした禁書を探し当てて、お嬢様がこれ以上本を投げないようにしないといけない。