1.婚約者暗殺計画
「そんなわけで、王子を殺そうと思うの」
「それでこそお嬢様!流石です!!」
「褒めるな止めろ!!」
屋敷の隠し部屋で、お嬢様は二人の従者を前に堂々と婚約者の暗殺計画を語った。
事の始まりは数時間前。
朝いつも通りの時間に目覚めたお嬢様が、妙に神妙な顔で二人を呼んだのだ。
普段自信に溢れすぎているほど自信で溢れ返っているお嬢様にしては珍しいその態度に一も二もなく頷いて、この隠し部屋に移動してきた。
そしてお嬢様は、静かな声で言うのだ。
「私が今から言うことを、お前たちは信じてくれる?」
と。そりゃあもうお嬢様のいう事なら信じましょう、と首を全力で縦に振り、ソファに座り込んだお嬢様の次の言葉を待った。
従者二人からじっと見つめられて、お嬢様は小さく口を開く。
そして語ったのは、今後に起こる事だった。
お嬢様の婚約者である王子が、別の令嬢を見初めてお嬢様との婚約を一方的に破棄し、しかもお嬢様を処刑する、と。
夢だと断ずるには首に当たるギロチンの感覚があまりにも生々しく残りすぎている。そう語るお嬢様は、冗談を言っているようには見えなかった。
そして、そのしおらしい態度に従者はまさか、と思案する。
まさかこれを機に己の態度を改められるつもりか、と。
一人は絶望の表情で。一人は希望を抱いて。
「昔から思考能力の足りない男だとは思っていたけれど、まさか処刑するなんて……
でも、せっかく最後の願いが叶って過去に戻ったのだから、自分の仇を討ちたいじゃない?
そんなわけで、王子を殺そうと思うの」
それを聞いて、喜びを全身で表現してお嬢様を讃えた方の従者の名はブラン。頭を抱えながら後輩を叱った方の従者の名はアレクシスという。
「ちなみにどうやって殺すんですか?」
「呪殺かしらね。仮にも王族なのだから、正面から行く訳にはいかないわ」
「お嬢様、まさか禁書を探すおつもりですか?」
「ええ。一度死んだ身だもの。そのくらいの無茶はするわ」
無邪気に殺害方法を尋ねたブランに、お嬢様は当然のように答えた。
一度死んだ身、などとサラリというものだから、従者二人は微妙な顔をせざるを得ない。
特にブランはお嬢様至上主義なので、目に見えてしょんもりしている。垂れ下がった犬の尻尾が見える気すらする態度である。
「さて、私としてはすぐにでも取り掛かりたいのだけれど、手伝ってくれるかしら?」
「はい!」
「……あまり無理はなさらないでくださいね」
こうなったお嬢様は止められない。
抵抗は無意味なので、アレクシスは早々に説得を諦めてせめてお嬢様が必要以上の危険に冒されないように、を行動目標にした。
ちなみに、そもそも王子への情とかは欠片もないのでお嬢様に危険が無いなら別にいいかな、くらいのテンションである。
「そんなわけで今日から禁書を探すわ。見つけたら、お父様には報告せずにこの部屋に持ってきてちょうだい」
「分かりました!」
「そんな簡単に見つからないですよ、禁書なんて」
「そうね。関連してそうな文書、でもいいわ。何が必要かは、分かっているでしょう?」
そう言ってアレクシスを見るお嬢様の顔に書いてあるのは、無茶ぶりを楽しむ愉悦ではなく心からの信頼だ。
こんな形でそれを見るのは不本意であるが、主の望みには全力で答えなければいけない。
今後お嬢様からの指示として動く時間のほとんどは、禁書探しに当てることになるだろう。
「あ、ところでお嬢様、明後日王子とお茶する予定がありますけど、あれどうしますか?断りますか?」
「いいえ、変更は無しよ。いつも通り、今まで通り、婚約者として過ごすわ」
「畏まりました。決して気取られないように、ですね」
にこり、とお嬢様は笑う。何も変化があってはいけないのだ。
その点においてアレクシスは優秀な従者で、顔に出過ぎるブランはしばらくお留守番が決定した。垂れ下がる犬耳と尻尾が見えた。
「ブラン、今後その時間は貴方の自由行動時間になるわ。お願いね」
「はい!お任せください!」
ブランは単純な生き物なので、お嬢様からのお願いで最高潮まで元気になった。
それを見て笑うお嬢様は完全にペットを可愛がる飼い主の顔をしている。
アレクシスは、お嬢様がブランを見て最初に言ったことが「茶色くて可愛いわね」だったことをぼんやりと思い出していた。
遠い目をしながら現実から一時的に目を背けてやらなければいけないことを脳内で並べ、まずは元々の予定通り、今日の仕事を終わらせるのが先決だろうと結論付けた。
そして、それを伝えようとお嬢様の方を振り返り、ふとした疑問が脳内を過ぎ去る。
「……あの、お嬢様」
「なぁに?」
「王子は他のご令嬢を見初めて、婚約を破棄するんですよね?」
「そうよ」
「そのご令嬢は、どなたなのですか?」
そちらにも気を付けておかなければいけないかもしれない、と相手の令嬢の正体を尋ねたアレクシスに、お嬢様は何でもない事かのように言う。
「覚えていないのよね、あまり興味が無くて」
当然のように放たれたその言葉に、アレクシスはその場に崩れ落ちた。