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聖女の始まりと現大聖女の現状


*****************************



────聖女。


その基準はその時代や各国の考えなどによって変わってしまう。



ここ、アリーシャ皇国にも聖女は存在し、聖女としての認定基準は神との対話力だった。

その中で最も尊ばれているのは大聖女と言うただ一人の人間で、選ばれる基準は当代で最も神との対話ができるかだ。

一体どうやって神との対話がどれだけ深くなされたか判断するのだ…と言う話ではあるが、それはこの国だからこそできる確認方法があった。

それは大神殿に存在する信託の泉と言う場で神へと祈り(ことば)を捧げることだ。


この国がまだまともな暮らしができない程に荒れ地であった際、そこになんとか命をつなごうと苦しみながら暮らしていた人々を神が憐み地上へと降りて来た。

神は言葉を話さなかったけれどもとても憂えた瞳で人々を見つめ、人々の惨状にその優しげな顔を陰らせたそうだ。


その内に神の瞳からはぽろりと一筋の涙を落とした。

その涙が人々に生きる希望を与えることになる。


神が落とした涙が地に落ちると瞬く間にその地に大きな泉ができたとされており、神が与えた泉のお陰で飢えに苦しんでいた人々は渇きを潤し、その水は枯れた大地まで潤してくれた。

お陰で大地には新たな植物も芽生え、それらは人々の糧に薬になり、飢えも乾きも徐々になくなり生きながらえることが出来た人々はあの時地上に来てきてくれた神に深く感謝し、その感謝を日々忘れぬように神を祀るためにその泉を中心に初めの神殿を立てた。


そして、神の作り出した神聖な泉は人々を救うだけではない不思議な力があった。


その泉で祈りを捧げると、時折本来ならば聞くことが出来ないはずの神の声を聞いたという者が出始めたのだ。


それは祈りを捧げた者が全員…と言うわけではなく、一握り程の人間だけだった。


そして、声を全く聞けぬ者は何度祈っても声は聞こえないが、一度聞こえた者には以降も度々声が届いた。

その声を聞いたという者は理由は不明だがなぜか全員女で、これが後に聖女と呼ばれる者達だった。


その者らはどういったわけか神の声が聞こえ、聞こえた当人達にしかその声が神の声なのだと真偽は分からぬせいで、話を聞いた民の中には虚言だと嘲笑ったり、神への冒涜だと怒り狂う者もいた。


当時は神への信仰心故に、神を冒涜したと彼女らを非難し、過激な行動に出ようとした民もいたらしいが、その浅はかな考えはすぐに覆ることになる。


声を聞いたと他の者に言ってしまった友人が過激派に尋問され、本当に聞いたのだと言い張る友人が激昂した大人達に連れていかれてしまった少女がいた。

本当のことを言っただけなのにこのままでは友人は大人達から酷い罰を課されてしまうかもしれない…そう思い、友人の無事を祈る為に泉で神へと深く祈った。


少女が友人をどうか守って欲しいと祈りを捧げていると、急に辺りが明るさを増した気がした。

閉じた瞼越しに眩さを感じたからだ。


瞼に感じたその違和感に何事かと少女が目を見開けば、透き通っていた泉がいつの間にか金色に染まり、その水面の上に美しい人が姿があった。

そこに居たのは美しい女性で、その体は決して水面より下に沈むこともなく、水面の上まるで地面のように立つ美しい人は白銀の長く細やかな髪を揺らめかせ、まるでふわりふわりと揺蕩う蝶のように少女の元へと歩いてくる。


少女はその幻想的な光景をぼうっと見ていることしかできず、その神々しい姿を瞳で必死に追っていた。


そして美しい人が少女の目の前まで来ると、迷うことなく少女を抱きしめる。


『ごめんなさい。私が声をかけてしまったせいで、多くの子達を苦しめてしまっていたのね。貴女の友達も、貴女も悲しませてごめんなさい』


抱きしめたまま、その美しい人は何故か悲しそうに少女に謝った。


少女は突然のことに何故自分が謝られているのか理解できなかったが、徐々に理解が追いつくとこの方こそが神で、心優しい神は自分の声に応え降りて来てくれたのだと理解した。


神がこの地に慈悲を与えてくれた日から数十は年月が過ぎてしまっており、信仰心は根強く残っていても年若い者達は当時生まれていなかった為神の姿など見たことがなかったのだから、この少女の理解がすぐに追いつかなくても仕方がない話だったのだ。


それでもその人間離れした姿と御業、そして頭に直接語り掛けてくるように聞こえてくる声に、間違いなくこの方こそが自分達が崇めている神だと悟る。


理解すればこの謝罪の意味も分かった。この方は、自分のせいだと心を痛めてくれているのだと。


自分にも神の声が聞こえた事、そして声だけではなく自分の祈りに応えて姿まで現してくれたことに驚きながらも、少女は咄嗟にぶんぶんと首を振り『謝らないでください』と訴えた。


『いいえ、私のせいよ。貴女達と話せると分かって嬉しくて、できるだけたくさん声をかけたわ。全ての者と言葉を交わせない時点でこうなることも考えるべきだったのに』


悲し気に呟く神に、少女は恐る恐る小さく声をかけてみる。


「あの…聞いてもいいでしょうか?どうして一部の人だけが神様の声を聞けるのでしょうか?私にも…」


それは少女がずっと感じていた疑問だった。


まさか自分もとは思わなかったが、どうして聞こえる者と聞こえない者がいるのか。

それ自体がこの混乱の原因だったから、それが分かればもしかしたら友を救えるかもしれないと神に答えを求める。


『それは貴女や、声を聞いた子達には神力(しんりょく)があるからよ』

「……神力?」


神の答えに、少女は首を傾げた。

"神力"なんて言葉は聞いたことがないと。


『神力は私達神の持つ力のことよ。同じ神力でも、貴女達の場合は私の涙からできた泉の水を体に入れたことで、そこに溶け出ていた神力が人の子の体に溶け込んだものだから…神のようなことはできないけれど、本来消えてしまうはずのその神力が残り馴染んだ子には私の神力に共鳴して私の声が届くの』


その事実に少女は驚いた。


その説明通りなら自分にも神力という者が残っているという事だ。

目を丸くして驚く少女に、神はそっと手を伸ばして少女の手を救い上げる。


『根付いた神力の強さによって私の声は届きづらくなる…神力が強いほどより私の言葉は届くの。貴女のように』

「私?」

『そう。貴女はとても強い神力があるわ。だからお願い…私の声を、聞こえぬ者達に代わりに伝えて欲しいの』

「そんな…私なんかが、それにどうせ大人たちは信じてくれない……あの子の言葉だってまともに聞いてくれなかった」


神からのお願いに少女は戸惑う。

決して嫌だと思ったわけではなく、その願いを叶えられる自信が少女にはなかった。

友達がいくら訴えても、他の子達がいくら言っても。大人達は皆嘘だと言うのだから。


『大丈夫。直接語ることが叶わなくても私が姿を現し、貴女の側でそれを肯定すれば理解してくれる。ここに皆を連れてきてくれればきっと私と貴女の言葉は届くわ』


そう懇願されて、少女が不安そうにしながらも最後には頷いた。


待っているからと言う神の言葉を信じて少女は走り出し、多くの人に泉に来て欲しいと声をかけて回った。


そんな少女に半ば無理やり連れていかれた者達は、泉に着くと皆が驚きに固まった。

目の前にいる神の姿に、老人は『神よっ…!』と懐かしい姿を見て涙し、その老人の子世代はただただ驚きから動かなくなった。


その場に立ち尽くす大人達の間をすり抜けた少女は、皆と神の間に立って神を見る。

神がこくりと頷くと、少女を手招いて少女も神の元へと行く。

そして神と共に大勢の大人達に向かい合い、しっかりとその目で見つめて口を開いた。


「神様がこういうの。『私の声が聞こえると言った子達は嘘など言っていないの。彼女達は私と繋がる力があり、その言葉を貴女達に伝えただけ。罪もない子達を傷つけてはいけない』そう伝えて、って」


震える足で何とか大人達に神の言葉を伝える為立ちはだかる少女は、これでいい?と神を見上げる。

神は優しく微笑み、『ありがとう』と頷きながら少女の頭を撫でた。

それは周りからも肯定しているように見え、その光景を目の前で見た者は疑う余地なく、それが神の意思なのだとようやく理解した。


そして、漸く会えた自分達の崇める神に沢山の疑問を質問として向けた。


何故一部の人間にだけ神の声が聞こえるのかと、少女と同じ質問から始まり。

何故聞こえるのは女性ばかりで男は聞こえないのか。

何故この泉でだけ声が聞こえるのか。

何故、声をかけたのか。

何故今まで姿を見せてくれなかったのか。


その質問に快く答えてくれた神の言葉を少女が介して伝え、最後に一つの質問が投げられた。


「どうしてその子はこんなにもはっきりと貴女様のお言葉が分かるのでしょう?他の子達は内容が曖昧だったり、優しい声音が聞こえた程度にしか分からないようでしたが……」


その質問に女神は先ほど少女に告げたよりもう少し詳しく、大人達に言葉を紡いだ。


『この子は神力の保有量がとても多く、私との繋がりが強固なのです。神力と魂の相性が良かったのでしょう。稀にこのように神と近しい子が人の子から生まれます』


その言葉を聞き、大人たちは『おおっ』と声を上げた。


「それはつまり、この子は特別という事ですか?」

『そうとも言えます』


自分のことに関する神の答えに、恥ずかしそうに通訳する少女を神が再びその優しい手で頭を撫でた。

その慈愛に満ちた瞳に、照れながらも微笑みを返す少女。


『私は皆を見守っています。ですが神は地上のことに直接関与しすぎてはいけないのです。私にできるのは見守り、時折声を届けることぐらい…今回のように、特別なことがない限り姿を現すことは叶わないでしょう。ですから、私のお話相手であり代弁者でもある彼女達を異端扱いしないで』


その願いに皆が頷いた。


神もこれでもう大丈夫だと思ったようで、寂しいがその姿を空へと溶かしていった。


その後その話はその場に居合わせなかった者達皆に広まり、神が代弁者だと告げた神力持ちの少女達を人々は聖女と言う呼称を付け、特にその中でも最も神力の強い者を大聖女と呼んだ。


初代大聖女は、この話の中で初めて神の代弁者を務めたという少女の名が残っている。


その初代大聖女は神との対話を重ね、時代が進むにつれ権力が増してしまった聖女と言う立場を悪用する者が出てきたことを嘆き、声を聞いたという判別方法だけではなく聖女を見分ける為の手段を願い、後世の為にもという彼女の願いに神が答えその方法を授かった。


それが泉の中に落とされた石板だ。


その石板は神の言葉を授かった者が触れると光を放ち、神力が強ければ聞いた言葉を石板に浮かび上がらせることが出来た。

お陰で後世の聖女達はすぐに判別され、虚偽を語る邪な考えのあった者は激減した。


これがアリーシャ皇国の聖女の文献に共通する史実だ。


長々と昔話を語るところから始まってしまったが、ここからは私の話をしましょう。


私は聖女に付いて説明をついさっきまで頭の中でしていましたが、実は今現在そんな授業のような説明を本来ならばしている場合ではない状況下にあった。


状況を端的に説明するとしたら、まさに絶体絶命の逃げ場なし。


体は重たく冷たい重厚な金属製の手枷足枷がしっかりと嵌められ、短い鎖で各々の部位が左右を繋がれている為身動きはまともに取れません。


そして私の周りにはしっかりとした体躯の騎士様達が帯剣どころか抜刀した状態で取り囲んでいます。

その刃先は護衛時のように外ではなく内…つまり、私に向いちゃってます。

険しい顔つきで見られ苦笑いしかできない私に、どう考えても逃げ場などありません。


騎士様達だけではなく民衆も多くがこの場に集い、同じように険しい目つきでこちらを見ているのがこちらからもちらりと時折見えます。

時折なのは、騎士様達の体躯が良すぎて私からだと完全に壁となってしまっているからですね。

たまに腕の隙間や隣同士の騎士様同士の間から壁の外が覗えます。


このように、私には逃げ場などない状況下でどうしてさっきのような脳内解説を行っていたのかと言うと、このような状況になっているのがまさに"聖女"がらみだからです。もっと言えば"大聖女"ですね。


実はこんな風に罪人宜しくそれなりに手厚い扱いを受けている真っ只中な私ですが、当代の大聖女としての職務にあたっていた者でして。

その立場の説明もかねて、先程のようなアリーシャ皇国にとっての聖女と言う存在を語りました。


あくまで脳内で勝手に語っていただけで、誰かに向けて…という事ではなのですが…なんとなく、頭の中の整理もかねて述べていたわけでして。


じゃあなんでそんな整理が必要か…と言えば。


この如何にもな雰囲気に怖気づいているわけでも、逃げる算段を確立するためでもなく。


(どうして…私は死んでないのでしょうか?)


自分に起こった不思議な現象について整理するための冷静な頭に戻すためです。



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