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適当ホラーっぽいシリーズ

二択の話

作者: 陽田城寺

「怖い話のオチって、まあ二種類だよな」

「こんな時になんの話だよ」


 運転席に座りながらハンドルも握らずに桑名は泰然とした態度で語り出す。

 この危機的状況に悠長過ぎる。桑名にとっとと逃げようと檄を飛ばそうとしたが窓を叩く音と声に俺は体を震わせた。


「いや何やってんですか。ふざけてないで早く開けてくださいよ」


 窓をドンドンドンと叩く腕は、紛れもなく後輩の宮田のものだ。その声も、言葉遣いも。

 だが、扉の外の宮田には首がない。

 

「早く出せって!」

「一つは、失神して目が覚めたらなんか助かってた話。もう一つはその場から逃げ出してどうにかなる話」

「だから何の話だよ!!」


 怖い話。

 確かに、俺たちは文芸サークルの中で怖い話が好きだから集まった。因縁のある廃墟に三人でやってきて、こんな目に遭っている。

 それをこの状況で話す必要がないだろう。


「お前、現実ではどうやったら助かると思う」

「とっとと逃げるに決まってるだろ!」

「じゃあ宮田は?」

「宮田はもう助からないだろ!!」

「二択なんだよ」

「何が!?」


 桑名は血走った目で俺を見た。


「化物が宮田のフリをしているか、そう見えるだけで宮田がいつもの宮田なのか」

「何言って……」

「ここにいるっていう化物が、宮田を化物に見せかけているだけってことだよ。俺たちが逃げた後で、一人きりの宮田を憑りついて殺すとか」

「ふ、普通じゃねえよ、そんなの……」

「そりゃこの状況だからな」


 桑名が逃げ出さない理由は分かったが、それでも俺は何も言えなかった。

 窓を叩き、声をかけてくる首のない宮田を見ると、逃げ出さない方がおかしい。

 そもそもずっと締め出されているのに窓を叩き続ける宮田もどう考えても普通じゃない。憑りつかれているとか、そういう化物かと思う方が普通だ。

 

「……逃げれば助かるだろうが、宮田はたぶんヤバいだろ」

「それは、……けどよ」

「ここで待っている方がお化けも予想してないんじゃねえかな。朝になればお化けも消えるだろ」

「朝まで待つ気かよ。お前……」


 腕時計はまだ夜の十一時を差したところだ。状況が状況だから眠気はないが、日が昇るまで五、六時間はこのままだろう。

 

「なんで開けてくれないんですか! ふざけるのもいい加減にしてくださいよ!!」

「お、お前こそなんなんだよ! 窓叩くとかありえないだろ!!」

「見たんですよ奥で! 明らかに人間じゃないヤバい女が!! こっち見て笑ってきたんすよ!! 速く逃げましょうよ! なんで入れてくれないんですか!?」


 両の掌をバンバンと窓に打ち付けて叫ぶ、宮田の顔を見ることもできず、窓の外に目も向けず、ただ蹲る。

 それでも窓の外からの叫び声はますます強くなる。


「あ、うわぁぁあああ!! 来た! 来た! あの女だ!!」

「おい宮田、その女ってなんで明らかに人間じゃないって思った?」


 桑名が何か言うかと思えば、宮田にそんなよくわからない質問だった。


「なんでって、そりゃ――首がなかったんですよ!」


 首のない女。


「首から上がないのになんで女だってわかった?」

「髪の毛が長かったから――あれ」

「首から上がないのに髪の毛があったのか?」


 こういう、矛盾のある話も、ホラーを見ていればたまにある。

 障子越しの影しか見てないのに、性別がわかるとか、そういうものだ。


 窓の外の首なしは、窓を叩く手を止めて、やがて言った。


「あ、そうだ。私は宮田じゃない」


 突然、その声も宮田ではなくなっていた。

 けれど次の声を聴く前に、激しいエンジン音が響いて、砂利を擦るタイヤの音に何もかもかき消された。


「くわ……」


 桑名に、その決断について尋ねようとしたが、どっと噴き出した汗と唇を噛みしめながらハンドルを握る桑名の鬼気迫る表情に、俺は言葉を失った。

 そうして、廃墟から俺と桑名だけが逃げることになった。


――――――――――――――――――


 宮田は行方不明になり、サークルは解散した。

 その旅行で宮田と一緒にいた俺と桑名は警察に話を聞かれたが、その廃墟の話をした途端に、取り調べは適当な雰囲気で終わり、捜査もほとんどされなかったらしい。

 今でも宮田の声と、あの女の声を思い出す。あの豹変、異変を、一生忘れることはないだろう。

 ――ただ、宮田の顔を思い出すことができない。

 写真もあるし、思い出もあるのに、思い出しても、すぐに塗り潰されたように――顔がなくなったかのように、宮田の顔を思い出すことができなくなる。

 きっと、そうこうしているうちに俺は宮田のことを思い出すことがなくなるのだろうと思った。

 人生で一番、と言っていいくらいの事件なのに、宮田のことも、そしてこの嫌な記憶も忘れてしまうのだろう、そう予感していた。


 それでも。


「結構ヤバめな心霊スポットあるんだが、行かないか?」

「……なんで、んなことが言えるんだよ、桑名」


 桑名は。


「前の廃墟はマジでヤバいって、宮田のおかげで証明できた。ネットのサイトに宮田の行方不明事件の記事と結びつけて拡散したからな。また別の場所を確認してみようぜ?」


 人間が一番怖い、そんな、よく聞く、ありきたりな怖い話だ。

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