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春と沙羅

名付け

作者: 川里隼生

 一九九九年六月七日。横浜は雨だった。住吉すみよしという男が自宅の机に向かい、腕を組んでいた。あと数日で産まれる娘への、最初の誕生日プレゼントを考えていたのだ。男が命名案を出し、妻の了承を得るという段取りになっていた。以下三件はこれまでに立案した名前と、妻の棄却理由である。


 みどり。毎日少しずつ成長する植物のように健やかに育ってほしいという願いをこめた。響きが昭和チックで古めかしく、姓名判断の結果も悪かったため棄却。以降、提案する名前は漢字二字にするよう指定された。


 朱鳥すちょう。桓武天皇時代の元号に由来し、朱い鳥という言葉の縁起の良さから提案。発音しにくく、「しゅちょう」と間違われる恐れがあるため棄却。


 椿希つばき。「控えめな素晴らしさ」「気取らない優美さ」という花言葉を持つ椿と、希望を組み合わせた造語。棄却は免れたが、画数の多さから他の候補を見て決定することにされた。


 命名という、失敗が許されない行為に対するプレッシャー。妻が慎重を重ねるのも無理はない。小説の登場人物なども参考にしてみようか。本置場に向かうため、男は席を立った。窓の外は依然として雨。ただ、雨脚は朝より弱まって、さらさらとした弱い雨になっていた。


 サラ。沙羅さら。その二文字が浮かんだ。沙羅双樹が正式だが、その名を持った植物がある。仏教における聖木だ。また、ナツツバキを沙羅と呼ぶこともある。咲かせるのは沙羅双樹と同じ白い花。「潔白」に繋がる白い花の名前。よし、沙羅を提案しよう。男は直感で思い立った。


 妻は「羅」の書きにくさを懸念したが、「つばき」「さら」と平仮名で表記した場合の画数の少なさ、濁音がないことによる読みのイメージの柔らかさから、沙羅を選んだ。妹が産まれた場合は椿希を採用する予定にしていたが、沙羅は一人娘のままで育てられた。


 住吉沙羅は個性的な子に育った。流行を嫌い、人と交わろうとせず、一人か、ごく限られた仲の良い子と一緒に本を読むことが好きで、雨が好きな子に育った。幼稚園に入った今、洋服は好んで白いものを選び、窓の外の木々が風に揺れる様子をよく眺めている。これから先の人生で、沙羅は自分の名前をどう感じるのだろうか。きっと満足してくれるはずだ。沙羅の両親は、そう確信している。

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