第3話 「奇跡と異変」
僕は固まってしまった。
院では護身術を教えてもらっていたが、
もうどうすればいいのか分からなかった。
ただ膝が笑っていた。
そんな僕の気持ちなど微塵も感じていない人影は僕の方を振り向き
フードを外す。
「大丈夫か?少年」
真っ黒なフードからは肩くらいまである白銀の髪に色白の肌、
空のような深く綺麗な青い瞳が露わになった。
歳は20代前半くらいだろうか。
さっきまでとの落差によって僕の心からは
恐怖というものはすっかり抜け落ちていた。
唖然とする僕に対して再び心配の声が掛かる。
「ほ、本当に大丈夫か?」
我に帰ると僕を青い瞳が覗き込んでいた。
咄嗟に何か言わなければいけない気になった。
「あ、ありがとうございました!
えっと、その追い払ってくれて……」
「まあなに、3対1は少し卑怯だと思っただけだよ。
それより少年。これも何かの縁だ。
もしよければこの街を案内してくれないか?」
「は、はい……良いですけどあなたは……?」
「ああ、すまない。申し遅れた。
私の名はソフィア。ソフィとでも呼んでくれ。
少年は?」
「僕の名前はエルドラードです。みんなからはエルって……」
「そうか!エル、いい名前だ!じゃあ案内頼むよ」
お使いという大事な用事があったが
半ば押し切られる形になり、
この街を案内することになった。
「おっとちょっと待ってくれ少年。こっちおいで」
彼女に手招きされる。
「な、なんですか?」
「いいから、いいから」
そういうと彼女は僕の顔に手のひらを向けた。
「私がいいよ、と言うまで目をつぶってて」
さっきまで警戒してた人を相手に目をつぶるのは
流石に怖い。
でもここで変に断るとややこしいことになりかねない。
僕は渋々言われるまま目をつぶる。
……10秒くらい経っただろうか。
「いいよ」
彼女の声が聞こえた。
恐る恐る目を開ける。
「……?」
何も変わっていない……いや。
明らかに身体が軽い。
さっきまで身体中が傷だらけだったのに。
不思議に思って傷があったところを触る。
「……!」
ない。
傷がない。
「ふふっ、驚いた?
これは私の故郷に伝わるおまじないでね。
街を案内してくれる前金だよ」
いたずらな笑みを浮かべる。
「さあ、行こう!少年!」
色々聞きたいことはあったが
その人物は僕に背を向け
意気揚々に路地から出て行く。
「…………?」
キラッと前から光が見えた。
「っ!ソフィさんナイフ!」
「あ?ああ!そうかそうか!すまないね」
悪い人ではなさそうだ……多分。
ーーー
この街で僕が分かるところは一通り案内した。
僕の孤児院や近くにある市場、
昨日魔女が裁かれた公開裁判場。
他にも僕が今でも使っている公園や
行ってはいない学校などなど。
気がつけば空は紅く染まっていた。
「今日は助かったよ、少年。
この街について色々知ることができた」
「いえいえ、僕も楽しかったです。
案内するなんて初めてでしたけど
自分の知っているところを紹介するのは
なんか、良いものですね!」
僕らは市場の近くを流れる小川の河原に腰掛けていた。
「そういえば、ソフィさんはどうしてこの街に?」
「ん?ああ、そういや言ってなかったか」
ソフィさんの言葉が続く。
「私は商人でね。この街にはあるものを探しに来たんだ」
「あるもの?」
「そう。それはなんでも綺麗な紅い石で
見た者の心を引きずりこんでしまうと
言われているんだ」
「紅い石……」
「何か知っているのか?少年」
途端にソフィさんの目が鋭くなる。
これが商売人の目というものなのだろうか。
「いや、すみません。
ただどんな石なんだろって思っただけで……」
「なんだ、そうゆうことか」
ソフィさんが微笑む。
「そうゆうわけでだ。少年。
もし何か分かれば私に教えてくれ。
お礼はちゃんとするからさ」
「分かりました。
あ、でもどこに行けばソフィさんは
いるんですか……?」
「ああ、それならこの河原に来てくれ。
大体私はここにいると思うから」
「こ、ここですか」
「ん?なにか変だったか?」
「あ、い、いえ……」
まさかこの河原が集合場所になるとは。
てっきり泊まっている宿や行きつけのお店に
なるかと思ったんだけど。
「じゃあ僕はそろそろ帰りますね。
何か分かったらまた来ます!」
「あ、少年!少しいいか?」
「はい?」
「まだ案内の前金しか払ってなかったろ?
きちんとお礼をさせてくれ」
そう言うとソフィさんは近くに落ちてる枝を
拾ってきた。
「……なにするんですか?」
「今から奇跡を起こすんだよ」
奇跡?どうゆうことだろう。
ソフィさんは枝に右の手のひらを向けて言葉を奏で始める。
「我らに熱を、光を、恵を与え給う。ミレド」
「っ!」
そんなバカな。
次の瞬間、目の前にあった枝には火が灯っていた。
火を見るのは別に初めてではなかったが、火を起こすのは初めて見た。
孤児院でも火は焚いてあったが、絶対に消すなと言われていた。
理由は火を起こすのはとても面倒らしい。
それを今この人は目の前でいとも簡単にやった。
何が起きたのかいまいち分からなかった。
「どう?これが奇跡。
これを少年。君に教えよう」
「こ、これを僕にですか!?」
「ああ、そうだ。これが案内のお礼」
目を丸くしたままの僕に「手を出して」とソフィさんが言う。
「じゃあまずここにある枝に向けて手のひらを向けて」
言われるままに手のひらを枝に向ける。
腕を支えるようにソフィさんの手が僕の後ろを回って
添えられる。
「そして頭の中でイメージして。
さっき私が見せた火が起きた瞬間を」
目を閉じる。さっき目の当たりにした光景を思い出す。
(火が起きた瞬間……それを頭の中でイメージ……。
枝がボッと燃えたあれをイメージして……)
「イメージができたら私が今から言う言葉を真似して言って」
ソフィさんの言葉が耳元で囁かれる。
「我らに熱を、光を、恵みを」
「わ、我らに熱を、光を、恵みを…」
ソフィさんの言葉に続ける。
「ミレド」
「…ミレドっ」
次の瞬間。……何も起きない。
「あらら、まだちょっとイメージが足りなかったわね」
ソフィさんが笑っている。
「もう一度したいところだけど、孤児院の人たちも心配するだろうから
今日はもう帰りな。もし、また練習したかったら明日もここにおいで」
「は、はぁ……そ、それじゃあまた明日来ます」
促されるまま僕は孤児院に帰ることにした。
帰り道、僕は高揚していた。
さっきまでは何が起こったのか理解できず
頭がパンクしてしまっていた。
だけど冷静になってみると自分は今、すごいことができそうに
なっているのかもしれない。
「ふふふっ」
にやけが止まらない。
足が地につかないまま、家の扉を開けた。
「ただいま!」
そう言うと玄関近くにいたシスターが返事をする。
「おかえりなさい。エル。1人での外出でこんなに遅いから
心配したのよ?大丈夫だったの?」
眉を八の字にしてシスターが聞いてくる。
「うん!なんともなかったよ!
ちょっとそこら辺を散歩してたんだ」
「もう、1人は危ないんだから用事が終わったらすぐに
帰ってきなさいって言ったでしょ?
それで今日の夕飯ちゃんと買ったきてくれた?」
……あ。
ソフィさんとのやりとりに夢中になり過ぎて
すっかり忘れてしまっていた。
その日、他の子どもたちからのクレームの嵐に閉じ込められるのは
避けられないものだった。
ーーー
晩ご飯の後は教会の聖堂でお祈りをする決まりになっている。
お祈りをしてからは各自、歯を磨いたりして就寝までの間自由に過ごす。
僕はその時間、大広間で本を読んでいた。
今日見た奇跡について何か書かれていないかと思ったのだけど、
特に記載は無さそうだった。
そんな時、大広間にアンナがやってきた。
顔はとても曇っていた。
「どうしたの?」
「……」
おかしい。いつもなら今日あったことを
寝るまで聞かされる羽目になるんだけど。
「……アンナ?」
「エル……私、この孤児院から出ていかなくちゃならないんだって」
「なっ……!」
衝撃だった。
「どうゆうことなの!?」
「なんかね、今日ロニ神父からねアンナの親になってくれる人が
見つかったって言われたのよ」
「お、親……!?」
「そう、それでこの孤児院を出て、その人たちの家で暮らすことに
なるんだって……」
「そ、そんなっ……」
こんなことは初めてだった。
孤児院にいる僕らはこのままここで育って、いつか大人になってから
出ていくものだと思っていた。
そんな、まさかこんなことがあるなんて。
「そ、それでいつ出ていくの?」
「……1週間後だって……」
「っ……!」
たった1週間。
早すぎる。
「私、このままここのみんなで大人になっていけるものだと
思ってたのに。こ、こんな、急に……うっ、ううっ……」
アンナの瞳から涙がこぼれ落ちる。
これは流石に急すぎる。
アンナにとってここが『家』なんだ。
親が見つかったからって、はいそうですかと
出ていくことなんてできるわけがない。
「ちょっと待ってて、ロニ神父と話をしてくる!」
「え?」
驚いてるアンナ。皿のようになっている目からは
まだ涙が滴り落ちている。
「ロニ神父に言うんだ。流石に急すぎるって!
アンナが出ていくのは止められないかもしれないけど、
せめて出発をもう少し遅らせてくださいって言ってみるんだ!」
「エル……」
涙を袖でゴシゴシと拭うアンナ。
「分かったわ!なら私も行くわ!」
「アンナも?」
「当たり前よ!だって私のことなんだからエルにばっかり
任せきりにはしてられないわよ!」
敵わないな。
そうして僕とアンナの2人はロニ神父の部屋である神父室へと向かった。
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めそ