第1話 「孤児の悩み」
「被告、ラビリア・デ・カリロトスは魔女裁判の結果、魔女と認定し極刑に処す」
死刑宣告と共にドンドンと木槌が振り下ろされた。
それと同時に群衆は一様に騒ぎ始めた。
「死ねぇ!」
「魔女は殺せぇ!」
「キモいんだよメス豚が!」
文字にすればそれはもう汚いものが人々の口から飛び出てくる。
今は魔女裁判の真っ只中。
魔女裁判とは街で魔女と疑いをかけられた者に対して
そらが本当かどうか問う場。
魔女を一辺3メートル程の立方体である持ち運び可能な牢屋の中にぶち込み、
牢屋の正面に裁判を仕切る神父長様が机に腰掛ける。
そしてそれらを囲むようにして人々はその裁判を見守る。
本当かどうかを問う場。とは言っても僕は生まれてこのかた
ここで無罪になった人を見たことがない。
この街の人々は観察眼がとても優れているんだと思う。
「違うっ!!私は魔女じゃない!!
お願い!なんで誰も私の言うことを聞いてくれないのぉっ!!」
魔女が叫ぶ。
だがその叫びも虚しく、今回の裁判も無事に終わり
魔女は火にくべられた。
これでまた1つこの街は平和になった。
ーーー
「これでまた1つこの街が平和になったわね!」
魔女裁判の帰り道、僕が考えたことを一言一句違わずに言ってきたのは
身長145センチほどで長く綺麗な黒髪の華奢な女の子。
「悪いやつが懲らしめられるのは何度見てもこう、胸がスカッとするね」
僕がそう答えると彼女は立て続けに言った。
「でもエルは悪いやつを懲らしめることは出来なさそうだけどね!」
「子犬にビビるアンナに比べれば全然マシだと思うけどなぁー?」
「はぁー!?なんですってぇー!?」
エルとは僕の名前。本名はエルドラード。
アンナはすごい声をあげてる彼女の名前だ。
アンナとは物心がついた頃からの仲だ。
というのも、僕と彼女とは同じ孤児院で暮らしている。
僕たちは孤児だ。
孤児だからといって同情されることがあるが
実際はそんな事ないと思う。
親代わりのシスターや神父様は素晴らしい人だし、
一緒に住む子どもたちはみんな兄弟みたいなものだし。
そんなアンナは日頃から事あるごとに絡んできては
ギャーギャーうるさい。
今日だって裁判の行き道、「あんたは危なっかしいから私の横を歩きなさい」やら
「あのウインナー美味しそう!買ってよ!」など、
とにかくうるさい奴なのだ。
それなのに年が一つ上だからって年上面してくる。
憎らしい。ああ憎らしい。
いつも通りアンナとの戦いの火蓋を切っていると
僕たちの育ての親であるロニ神父が
笑みを浮かべながら振り返った。
「こらこら、また喧嘩するんじゃありません。
せっかく今宵も1つの魔女が滅されたというのに、お前たちと来たら……。
そんなんじゃ今日の晩ご飯のステーキ、わしがもらおうかのぉ」
「「ステーキっ!?!?」」
僕たちは目を輝かせた。
ステーキなんて1年に何回食べられるのだろうか……。
仕方ない。
アンナには言いたいことが山ほどあるが、ここは休戦協定を結ぶことにした。
そんな時、僕たちの前方10メートル程のところを歩く貴婦人が
ハンカチを落とした。
僕はすぐそれに気が付いた。
そしてそれを拾ってあげようと思った。
思ったけど、思うだけだった。
身体は動かない。
いや実際は歩いてはいるんだけど、ハンカチを拾うという動作が
できない。
拾わないと貴婦人が困るのは分かっている。
人並みに道徳は学んできた。
人が困っていたら助けるのが常識だ。
だから僕も拾いたい。
貴婦人を助けたい。
でも身体は言うことを聞かない。
対照的に目はハンカチをずっと捉えて続けている。
時間が経つにつれて気付かなかったことにしようという
気持ちが芽生え始めた。
その気持ちに対してそんなのだめだよという声が生まれる。
そして更に時間が経つ。
自分のどこかであぁ、だめだという声が聞こえた。
「すみません!ハンカチ落としましたよ」
ハッと我に帰ると視界にはアンナが貴婦人にハンカチを渡している光景があった。
「……」
ああ、やってしまった。まただ。
あんなバカみたいなことを考えているから人助けが出来なかった。
自分はどうしてこう人助けの1つもできないんだろう。
『ハンカチを拾って届ける。』
こんな些細なことすらできないのか僕は。
理由は……なんとなく分かってる。
怖い。
自分が行動してそれが裏目に出るのが怖い。
人助けして良い子ぶってると周りに思われるのが怖い。
ハンカチを拾おうとしたら他の人が先に拾って恥をかくのが怖い。
そんなこと絶対ないのは分かってる。
ハンカチを拾って貴婦人が怒るわけがないし、
それを見た人があの子良い子ぶってて気持ち悪いとも言わないし、
他の人が先に拾っても別に恥ずかしいことじゃない。
でも怖いのは仕方ない。
そう、仕方ないじゃないか。
そうやって自分に言い聞かせた。
僕はアンナと貴婦人を横目に
拭ったはずの自己嫌悪に1人浸っていた。
ーーー
「うっまーい!」
ステーキを頬張りながらアンナが叫ぶ。その声は食堂中に響き渡った。
「ほら、ロイとメイも食べてみなさい!」
アンナはそう言って2人の8歳にステーキを勧める。
僕が今いる孤児院はアウスト孤児院といって街の教会が運営してくれている。
そのため孤児院自体の建物も教会の敷地内にある。
シスターが5人、神父が1人の合計6人が僕たちの育ての親である。
親代わりがシスターや神父様ということは
つまり、僕らもみっちり教本を読まさせられる。
これがたまらなく面白くない。
孤児の人数も教会が運営しているだけあって、
2歳が4人、
4歳、6歳、8歳、10歳が2人ずつ、
11歳が1人、
12歳が2人、
13歳が1人、
合計で18人と規模が大きい。
そんな中、僕は12歳、アンナは13歳と最年長組なのである。
8歳のロイとメイもアンナに勧められて口を揃えて「「うっまーい!」」と叫んでいる中、
僕はステーキを前にして、胸に居座るモヤモヤを隣に座るロニ神父に
打ち明けていた。
「ロニ神父、人助けってした方が良いですよね」
「当たり前じゃ。人は人を助けてこそ人と成す。エルもよく聞いた言葉じゃろ」
『人は人を助けてこそ人と成す』教本でよく見る1節の1つだ。
「でも僕は人を助けるのが、その……怖いんです」
「怖い……?」
瞬間、ロニ神父の顔が曇る。
「いやっ僕も助けたいんですけど、勇気が出なくて……」
必死に弁明するが、とても嫌な予感がする。
「エルよ、お主はいつも大賢者であるエミュロス様の像に誓っておるな?
誇れる人に成ると。そのような者が人を助けることを恐れるじゃと……?
つまりお前は大賢者に背信したということか……!?」
「いや、そうゆうわけじゃなくて……」
「はぁ……お主はまだ修行が足りないようじゃな。
よかろう。もう日は沈んだが、修行部屋を開けてやろう。
そこで身を清め、自身の考えを改めよ」
最悪だ。予感が的中した。
修行というのは簡単にいうと冷水に1時間浸って
自分の考えを改め直せということだ。
ただ相談に乗って欲しかっただけなのにどうしてこうなった。
僕は渋々ステーキを平らげた後、冷水に身を落とした。
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めそ