第五話 騎士、女神に出会う
「ん?あれは何だ?」
少し馬を休憩させようと足を向けた先に、何かが転がっているのが見える。誰かの荷物か?人間か?それとも獣か?
一人でここを歩いている俺が言うのもなんだが、ここは簡単に人が足を踏み入れるような森ではない。今回は特殊な任務を団長から頼まれ、こんな辺鄙なうえに危険な獣も生息する森の中を一人で歩かされる羽目になっているが…。まあ、たいていの獣は俺に近づいてこないので問題ない。
とにかく目の前の物体がなんにせよ、こんな森にいる以上警戒するに越したことはない。そう考え、腰に下げた剣を抜きその物体に近づいていく。物体の正体が視認できる距離まで近付いて、息をのんだ。
転がっていたのは人間だった。こんな森の中でスヤスヤと寝息をたてて眠っている。害はなさそうだと考え、剣を鞘に納める。俺が驚いたのは…。
「黒………」
見慣れない服装、どこかの民族衣装だろうか。その短すぎるスカートから覗いている足も問題だが、そんなことよりも草の上に広がった艶やかな髪。その色彩に驚かされたのだ。
今まで一度も見たことのない髪色。他国にも仕事で何度か行ったことはあるが、黒髪は見たことがない。というか、赤、青、緑、金…人々が様々な色彩を持つこの世界で、何故か黒を持つ人だけは生まれない。その特異性に人々は神聖さを見出し、宗教画では神々、特に夜の女神ライラは黒髪で描かれることが多い。黒髪を持つ人間がいたのか…?
と考え始めたところで、大事なことを思い出す。こんな危険な森の中で女性が一人で寝ているこの状況は普通ではない。珍しい色彩の持ち主故に、何か事件に巻き込まれた可能性がある。幸い見える範囲で外傷はないし、穏やかに眠っているだけのようだが、騎士という立場上、放っておくわけにもいかない。
「大丈夫か?」
彼女が呼びかけに応じて目を覚ます。俺を見て、大きく見開かれた目。瞳の色も黒か…。黒瞳はいないわけではないがかなり珍しく、連れ去られ黒を神聖視する人々に売り飛ばされることがあると聞いたことがある。
事件に巻き込まれた可能性がますます高いな…。彼女が何か呟いた気がするが、とにかく事情を聞かなければならないと思い口を開きかけた時、彼女がほほ笑んだ。
艶やかな黒髪とうるんだ黒の瞳。それに対比するように透き通った真白の肌の上で、緩やかな弧を描く桃色の唇。朝日に照らされて輝く彼女のすべてが神秘的で、彼女を見たまま動けなくなる。宗教画で見たようなその光景。夜の間に本当に夜の女神が落ちてきたのか…?
まずい、と頭を振る。らしくもない詩的なことを考えてしまった。珍しいものを見て舞い上がり、ぼーっとしているのか?気を取り直して、先ほど口を開きかけて飲み込んだ言葉を今度こそ吐き出す。
「どうしてこんなところにいるんだ?何か事件に巻き込まれたのか?」
呼びかけてみても、彼女は微笑みながら見つめ返してくるだけ。何度声をかけても、返事はない。薬品か魔法で意識が混濁しているのかもしれない。断りもなく女性に触れるのははばかられるが、緊急事態なので仕方がないと、肩をゆすった。
ようやく意識が覚醒したのか、飛び起きた彼女は周りを見渡した後、再び目を真ん丸に見開いた。