【短編】技巧貸与<スキル・レンダー>のとりかえし ~裏切りパーティからの利息で自由に生きることにします。トイチって最初に言いましたよね?~
【連載版始めました】
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※一番下のランキングタグはリンクなんでコピペいりません
神速の剣技スキル【剣聖】を軸に、それを強化する【斬撃強化】【鷹の目】など数多のスキルを有する剛剣士アルトラ。
知恵のスキル【古の叡智】により古代魔術を習得し、【高速詠唱】【魔力自動回復】で実戦使用を可能にした魔術の才媛エリア。
硬質化スキル【黒曜】による鉄壁の守りと、【腕力強化】【瞬足】などによる高機動を両立したかつての王宮門番ゴードン。
治癒スキル【天使の白翼】を【範囲強化】【持続時間延長】などで死者蘇生すら可能な域まで高めた癒やしの聖女ティーナ。
それぞれが強力なユニークスキルに、それとシナジーを発揮する多数のスキルを有する四人。奇跡の産物とすら呼ばれるS級パーティ『神銀の剣』の中では、俺はなるほど凡庸と言わざるを得ないだろう。
俺が持つスキルは【技巧貸与<スキル・レンダー>】、ただひとつだけ。正確にはもっとあるのだが、このスキルで仲間たちに全て貸し出しているため手元には残っていない。
「マージはどうした?」
「まだグズグズやってるよ。ったく、スキルひとつ覚えるのにどれだけかかってんだ」
ドアの向こうからゴードンとアルトラの声がする。
スキルを覚えるには知識と訓練――有り体に言えば勉強――が必要であり、そのために勉強部屋と称して俺だけ宿屋で別室があてがわれるようになってはや三年。最初は普通の部屋だったのが、最近は物置部屋ばかりになっている。
おかげで壁もドアも薄いから廊下の立ち話が丸聞こえだ。そうするうちに、さらに二人分の足音が近づいてきてドアの前で止まった。おそらくティーナとエリアだろう。
「どうかしたんですか?」
「廊下は寒い。立ち話するメリットが不明」
「マージの奴のせいだよ。次のダンジョン攻略で使うスキルを覚えるとか言って、いつまでもグズグズグズグズ……」
アルトラが愚痴るが、次のダンジョンの情報に鑑みれば必須のスキルばかりだ。誰もその重要性を理解する気がないだけで。
「なあ、そろそろいいんじゃないだろうか? マージ程度が覚えられるスキルを借りても、もう仕方ないだろう」
「同意。エリアたちは十分にスキルを持っている。これ以上、自分の身も守れない人員を連れ回してもデメリットが嵩むだけ」
「そうですね……。彼も一生懸命なのは分かりますが、やはり才能の差は如何ともし難いかと」
その後も会話は続くが、出てくるのは『マージと行動するのは嫌だ』という言葉ばかりだった。
「潮時、なのかな」
運命の分かれ道は三年前、アルトラの独断専行でA級ダンジョンに突入した時だったろう。無策で挑むにはあまりに無謀だったが、ボスが直前の地震で負傷していたなどの幸運が重なって攻略できてしまった。それを実力と思い込んだアルトラたちはそれ以来三年間、俺の言うことをまともに聞こうとしない。
だが同時に、厳然たる才能の差があるのも否定できない事実。次のダンジョン攻略を終えたらわずかだけど報奨金も分配されるだろうし、俺は潔く身を引くべきかもしれない。小さな覚悟を決めて、俺は物置部屋のドアを開いた。
「……終わった。それぞれ貸し出すから受け取ってくれ」
「遅えよ」
「次は気をつけるから。【技巧貸与】、起動」
【貸与処理を開始します。貸与先と貸与スキルを選んでください】
誰からも感謝や労いの言葉はない。食事も摂らずに覚えた十二のスキルを全て明け渡し、俺は食堂へ向かった。
鍋には、薄めたスープに四日前のパンを浸したものが入っていた。
◆◆◆
スキルの習得は、水車を回すことに似ている。
チョロチョロと水が流れていたところで巨大な水車は動かない。ある程度の水量があってようやく動き出し、水量が増えるに従ってその回転を増してゆく。
スキルも同じだ。スキルポイントと呼ばれる数値があり、訓練で【1000】を超えるとスキルとして発現する。その後はスキルを使用することでポイントが増え、それに応じて効果も大きくなってゆく。極限までポイントを高めた暁には上位スキルへ変化することもあるという。
そうして得たスキルを他人に貸与できるのが俺の【技巧貸与<スキル・レンダー>】だ。スキルを覚えるのは自前な上、覚えても活かせるのは他人だけ。だってそうだろう、例えば【腕力強化】を覚えて剣を振れば最低限の威力は出るが、【剣聖】のアルトラに【腕力強化】を貸せば何十倍も強いのだから。
努力を積んでたくさんスキルを覚えて、適材適所で貸し出せばパーティに貢献できるはず。そう思って必死にやってきた。このS級パーティ『神銀の剣』に誘われたのも、ふとした偶然でアルトラにスキルを貸したのがきっかけだったはずだ。
「【剣聖】を発動する。巻き込まれるなよお前ら! 特にマージ、テメェは地面に這いつくばったまま動くな! 動いたら構わず殺す!」
もっともアルトラにとっては、便利なスキル倉庫でしかなかったのかもしれないけれど。今では俺がどんなスキルを覚えて貸しているのかすら聞こうとしない。
「この辺が邪魔にならないと予想する。敵から身を守れないのはこの際仕方ないが、せめて味方の邪魔をしない努力を要求」
「……分かった」
エリアに言われるがまま彼女の足元で地面に伏せ、なるべく頭を低くする。魔物の体液を吸った泥が全身に絡みついて悪臭が鼻をつく。
「【剣聖】、起動!」
アルトラの剣が輝き、洞窟内を閃光が駆け巡った。道を埋め尽くしていた菌類型の魔物が断末魔を上げることもなく両断されてゆく。頭上を掠める剣筋は、俺が少しでも頭を上げたら本当に首を飛ばすという意思表示か。
「【剣聖】、ね……」
動体視力を上げる【鷹の目】など俺が貸したスキルも色々使っているはずだが、それを口に出したことは記憶にある限り一度もない。
やがて通路から人間以外の動くものがなくなったのを満足げに確かめて、アルトラは俺を蹴飛ばした。
「おい、いつまで寝てんだグズ! さっさと先に行くぞ!」
「おいおい汚ないな。近寄らないでくれよ」
「もう、そんなこと言ったら可哀想ですよ。……仕方ないじゃないですか、ある程度は近くにいないとスキル貸し出しの効果が出ないんですから」
ゴードンとティーナが露骨に距離を取る。四人の後ろ、【技巧貸与】の効果が弱まらないギリギリを歩きながら俺はダンジョンを進んでゆく。前では俺などいないものとして四人の会話が弾んでいるようだ。
「しっかし、最凶ダンジョンなんて言う割に全然大したことねえな。これがS級殺しの異名をとる『魔の来たる深淵』か?」
「同意。魔物は数が多いだけで強さは中の下といったところ。時折トラップも見かけるが効果はほとんどない」
「俺たちがそれだけ強いのだろう。ティーナの【天使の白翼】も働いているようだしな」
「そんな、私の力なんて大したことは……」
そう、大したことはない。
この階層は猛毒に満ちている。魔物は全身から毒気を放ち、トラップは毒霧を噴出して冒険者の身体を蝕み自由を奪う。
ここ『魔の来たる深淵』ではそうして多くの強者たちが散っていった。そんな地獄から生還した先人が少しずつ知識を蓄積し、有効な対策スキルをひとつひとつ見出していったのだ。
俺がそれに従って習得したスキルを貸し出しているからこそ、前の四人は悠々と歩けているに過ぎない。
「……なんて言っても仕方ないんだろうな」
十中八九、夕食のパンが四日前のものから六日前のものになるだけだろう。ダンジョンで仲間割れをしている時間なんてそれこそ無駄だ。
とにかく、俺は彼らの傍を離れられない。昨夜貸したばかりのスキルは当然【1000】のまま。俺との距離が空いて少しでも弱まれば効果が消えてしまう。そうなれば全滅必至だ。
「おいおい、後ろを見ろよ。マージのビビり方やべえぞ」
「大目に見てやれ。突っつかれたら死ぬんだからな。くくく……」
聞こえよがしに笑っているのを無視して進むうち、前方の面々の足が止まった。分岐点に差し掛かったらしい。
「おいマージ! どっちだ!」
「【斥候の直感】スキルを貸しただろう。罠の待っている方が分かるはずだ」
「は? なんだそりゃ」
「前回のダンジョンで自動生成の可能性があってその時に……」
「渡しゃいいってもんじゃねえだろうが! 説明サボりやがって、適当な仕事してんじゃねえぞ! 一人のサボりがどんだけ迷惑かけるかまだ分かんねえのか!!」
説明なら当然した。聞き流しているだろうと思ってもした。
アルトラは、何も理解するつもりはないが自分が蚊帳の外にいるのは耐え難いという上司だ。だからダンジョン攻略に必要なスキルはほとんど彼に集まっているし、その中身も効果も彼は理解していない。
それでも彼が「聞いていない」と言ったのなら、俺が言っていないのである。
「悪かった。反省している」
「あああああああ! テメェそれ何回目だ!? 反省してるって言うだけならオウムでもできんだろうが! 改善をしろっつってんだ改善をよ!!」
仮に百回目だとしたら、うち百回がアルトラたちの聞き逃しなのだが。顔を真っ赤にする彼にそれを言っても時間を無為にするだけだ。
「……本当にすまない。この通りだ」
おとなしく頭を下げる。ここで言い争っていても何も生まれないし、こうするまで何も変わらない。
「クソ、この遅れはお前の責任だからな。分配から引いておく」
「……ッ」
もともと一割もない分配率からさらに引かれるとなれば、もう雀の涙だろう。これで仕舞いにするつもりのところに厳しいが……それでも、今ここで反論しても結果は目に見えている。地上に戻るまでにアルトラの機嫌が直ることを祈るしかない。
俺に頭を上げろとも言わず、アルトラは分岐路に目を凝らした。
「【斥候の直感】、起動。……んん? こりゃあ……」
「説明を要求。何が見えた?」
「右に行った先に扉だ。デカいぞ」
すでに進んだ距離からしてダンジョンの主の部屋で間違いないだろう。先人たちの知恵を最大限に活用すれば、誰一人欠けることなくここまで来られる。それが証明されただけでも散っていった者たちの死は無駄じゃなかった。
「俺の勘が正しければ、あれはボス部屋だ」
「む、もうか。意外に早かったな」
「ですねぇ」
誰一人、それを理解している者はここにいないけれど。
「よし、作戦を説明する。マージ!」
予想外の呼び出しに思わず反応が遅れた。いつもなら、「隅っこで床に這いつくばってろ」だけが俺への指示なのに。
「さてマージ、ここはどこだ?」
「『魔の来たる深淵』の最深部だが」
質問の意図を読めないまま、率直に答える。
「さすがにそれは理解してるか。お前にここの一番槍の名誉をやろう」
「一番槍」
一番槍。
……一番槍?
「俺に、ボスの部屋に突っ込めと?」
「それ以外にあるかよ」
「意味が分からない。そんなことをしてどうなる」
ハァー、とアルトラは深い深い溜息をついた。
「お前、ほんっと鈍いな」
「……ギルド規則の第17条から逃れるため、ってことはないよな?」
「なんだ、分かってるじゃねえか」
さも当然のように言い放つアルトラにめまいを覚えつつ、俺はギルド規則に関する記憶を呼び起こす。
冒険者の世界にもルールが存在する。中でもギルド連盟が定めたものは権威が強く、S級パーティであっても容易に無視はできない。
その最終第17条。
『パーティメンバーが脱退する場合には、年数に応じた退職金を支払うべし』
「マージ、お前ってウチで何年目だっけ?」
「七年目に入ったところだ」
「七年目からゴリッと上がるんだわ、退職金が」
危険な冒険者稼業をそれだけ続けたのだから、相応の報酬があるべき。そういう意図なのだから当たり前だ。
だとしても。だからといって。こんなことが許されていいものか。
「ゴードン、エリア、ティーナ。皆も同じ意見なのか」
残る三人に問いかけてみるが、その返答にはあまりにも熱がない。
「リーダーの決定だからな」
「右に同じ」
「私は反対したんですよ? でも、多数決なので……」
多数決で六年間を共にした人間を切り捨てられるのか。
切り捨てられてしまうほどに、俺のやったことは無価値だったとお前らは言うのか。
「本気なのか。俺がいなくなれば、皆のスキルは……」
「いいかマージ。無能を飼っておくのは借金と同じなんだ」
「借、金?」
「いるだけでどんどん損をする。年が経つほどに損が大きくなる。まさに借金だろ。俺たちは『魔の来たる深淵』のクリアを機に、真のS級パーティとして生まれ変わりたいんだ」
「俺は、借金か」
「そうだよ」
ずっと耐えてきた。理不尽なことはあっても俺がS級パーティにいられるだけ幸せだと思おうとした。社会のためにもこのパーティの活躍を支えてきたはずだった。
それが、マイナスだったと言う。俺の存在はマイナスだったという。
「てなわけだから、潔く死んでくれや」
「……分かった」
「よろしい」
「ただし」
もう、いい。
俺は、このパーティで最初で最後の頼み事をすることにした。
「貸したスキルを返してくれ」
「はあ?」
「俺が死ねば、どうせスキルの貸し出しは無効になるんだ。その前にスキルを返してくれ。お前らだって、俺が瞬殺されるよりはボスに少しでもダメージを与えた方が得だろう?」
「いや、無理だから。お前にスキルが返ってきてもボスに傷つけるとか無理だから! 夢見んな!」
だが、まあいいや、とアルトラはヘラヘラと笑ってみせた。
「どこまでやれるか見てやるよ。で、どうやるんだ?」
「俺の言葉に『返す』と返事をするだけでいい。【技巧貸与】、起動」
スキルを発動させつつキーワードを口にする。
「【全てを返せ】」
「返してやるよ」
「返そう」
「返す」
「返します」
全員の意思表示に反応して、頭の中に『声』がした。この声は債務者、つまりアルトラたち四人にも聞こえているはずだ。
【返済処理が承認されました。処理を開始します】
声はそこでいったん途切れる。数が多いだけあって時間もかかるらしい。この間に、俺が話すべきことを話しておこう。
「これで貸したスキルは返してもらうことになるが……。利息のことは分かっているのか? いわゆるトイチ、十日で一割の高利だ」
「あん? そういや言ってたなそんなこと」
アルトラはぼんやりした顔をしている。最初はこまめに返してくれていたが、次第に借りっぱなしが増えるにつれて利息のことも頭から抜け落ちたのだろう。
「エリアは記憶している。だが問題はない」
要領を得ないアルトラに代わってエリアが前に出た。
「借りた中で最も古いスキルは六年前。スキルポイント【1,000】から始めて、十日ごとに一割、つまり【100】が加算される。六年間でそれが二百十九回だから、元本と合わせると【22,900】のスキルポイント返済が必要。決して小さい数ではないが――」
エリアはピッ、と人差し指を立てた。
「例えばエリアの【高速詠唱】のスキルポイントは【1,212,000】。返済しても【1,189,100】残る。戦闘継続には十分。中には消滅するスキルもあるだろうが、それはすなわち多用しないスキルであり緊急性は低いと判断可能」
エリアに続いてゴードンとティーナも進み出た。
「マージ、お前に抜けてもらうことにした段階でその辺りも計算済みなんだ。最後に一矢報いるつもりだったのかもしれないが……悪いな。俺たちはもう、お前程度じゃかすり傷も負わせられないところにいるんだよ」
「無念なのは分かりますが、どうか穏やかに……」
なんとも勝手極まりないことを言っている。だがそんなことはどうでもいい。
こいつらは、大きな計算ミスをしている。
「エリア」
「何か」
「俺のスキルの利息計算は、単利でなく複利式だ」
「タンリ、フクリ……?」
全員が何を言っているか分からないという顔になった。四人が四人とも知らないのは不勉強に過ぎる気もするが……。
「単利というのは、さっきエリアがやった計算だ。十日ごとに元本の一割が足されてゆく」
「疑問。複利は違うのか」
「複利式は、増えた分の利息が元本に加算される」
元が【1000】なら十日後には【1100】になる。ここまでは単利と同じだが、次の十日後には【1100】に一割増えて【1210】になる。
「ハッ、たったの10差かよ」
アルトラは鼻で笑うが、俺の目の前にいるエリアの顔が初めて青ざめた。
「一年で【32,421】……」
「え?」
「二年で【1,051,153】……」
さすが天才魔術師。仕組みさえ理解すれば計算は早いようだ。事ここに至ってアルトラの顔にもようやく焦りが滲むが、同時に頭の中に返済処理の完了を告げる声が響く。
「ま、待てマージ! 待て!!」
「もう遅い」
【処理が完了しました。 スキル名:【鷹の目】 債務者:アルトラ】
【実質技利116,144,339,796%での回収を開始します】
「いっせんおく……!?」
「ぐっ……」
直後、俺の身体に四人分のスキルが流れ込んできた。一番古いアルトラの【鷹の目】に始まり、貸しっぱなしになっていたスキル群が文字通り桁違いのスキルポイントを伴って俺へと返ってくる。
衝撃すら感じるほどの圧倒的数値。頭が破裂するが如き痛みに意識が遠のく。口元に感じた生温かさに手で触れると、べっとりと赤いものがついていた。
「が、は……!」
【安全機構を起動します】
◆◆◆
「ここは……」
気が付くと、俺は真っ白い空間に立っていた。服を着ていないことに驚きはしたが、不思議と寒さも心細さも感じない。
【保護領域への移動を確認しました】
「保護、領域? 俺はどこかに移動したのか?」
聞きなれない言葉に首を捻る。空間転移魔術のようなものだろうか。
【いいえ。ここはあくまで貴方の意識の中。スキルの情報量が膨大であり脳に損傷の恐れがあったため、意識のみを安全な領域へと保護しました】
「それって俺の脳みそは?」
【いったん破裂して原型を失いますが、高度の治癒系スキルにより修復します。お気になさらず】
「気になるが?」
脳がグチャグチャに壊れたのに意識がそのまま、というのが逆に怖い。
「それにしても会話ができたんだな。てっきり一方的に喋るだけの機械のようなものと思っていたよ」
【人格は設定されておりますので。肉体はありませんが】
設定されている、ということは設定した誰かがいるということだ。それが何者かは、尋ねても答えは返ってこなかった。
【まもなく返済処理が完了します。脳の修復が済み次第、貴方は覚醒します】
【貴方が日々積み上げた研鑽が、これからの未来を明るく照らしてくれますように】
「……見ていてくれたんだな」
S級パーティにいても、誰も俺のやっていることを見てなどいなかった。必死に考えて、積み上げて、練り上げてきたものに気づく人などいなかった。いないと思っていた。
【見ていました。誰よりも近くから】
「最後に教えてくれ。君に名前は?」
【ただ単に、『コエ』と】
「いい名前だ」
見てくればかりギラギラと着飾った人間はもう見飽きた。このくらい素朴で飾り気がないほうが、今は心地よい。
【破損器官の修復が完了しました。覚醒に入ります。覚醒に入ります。覚醒に――】
◆◆◆
「……ん」
意識を取り戻して、周りを見渡す。どうやら現実には一瞬のことだったらしいと、慌てふためくアルトラたちの姿を見て理解した。
すでにスキルの回収は完了し、俺が七年間で習得してきた数々のスキルは俺の中へと返ってきていた。いや、返ってきているだけじゃない。大量のポイントを得たことで、ほとんどのスキルが次々に進化を遂げている。
【斬撃強化】が【亜空断裂】へ進化しました。
【鷹の目】が【神眼駆動】へ進化しました。
【高速詠唱】が【詠唱破却】へ進化しました。
【魔力自動回復】が【無尽の魔泉】へ進化しました。
【腕力強化】が【剛腕無双】へ進化しました。
【剛腕無双】が【阿修羅の六腕】へ進化しました。
【瞬足】が【空間跳躍】へ進化しました。
【範囲強化】が【超域化】へ進化しました。
【超域化】が【森羅万掌】へ進化しました。
【持続時間延長】が【星霜】へ進化しました。
・
・
・
・
「な、ない! 俺のスキルがない!」
「馬鹿な……!」
アルトラたちは驚いているが、そもそも彼らのスキルじゃない。俺のスキルだ。借りたら返す、ごく当たり前のことをしたにすぎないのに、何故こんなにも狼狽えているのだろう。
【貸与した全スキルの回収を完了しました。次段階に移ってよろしいですか?】
「ああ、頼む」
当然だが、貸したスキルのポイントは最大116,144,339,796%の利息になど到底届いていない。ならば、回収するために次の標的となるものは決まっている。
【ユニークスキルのスキルポイントを差し押さえ、債務額に充当します】
「ユニ……!?」
「そんな、そんなことできるわけ」
【処理を開始します】
しっかり聞こえていたようで、エリアとティーナが俺の足元にしがみついた。双輪の花などと持て囃される二人が、服が泥まみれになるのも構わず俺に慈悲を乞うている。
「再考、再考を。どうか」
「や、やめてください! お願いします、なんでもします! ですからどうかそれだけは!」
床に頭を擦り付けて涙と泥を混ぜ合わせているが、関係ない。
「借りたら返す。当たり前だ」
【剣聖】を差し押さえました。【剣聖】は【神剣・絶】へ進化しました。
【古の叡智】を差し押さえました。【古の叡智】は【神代の唄】へ進化しました。
【黒曜】を差し押さえました。【黒曜】は【金剛結界】へ進化しました。
【天使の白翼】を差し押さえました。【天使の白翼】は【熾天使の恩恵】へ進化しました。
【債務者の全スキルのポイントが下限の【-999,999,999】に到達しました。現時点で回収可能なスキルポイントは以上です】
【以後完済するまで、スキルポイントを獲得するごとに全額を自動で差し押さえます】
スキルが進化するほどのポイントがどこから来るのかと思ったら、四人のポイントがマイナスに振り切っているらしい。
【一度に際限なくポイントを回収すると肉体への負荷が甚大なため、限度額が設けられています】
「徴収されるポイントには限度があるそうだ。【技巧貸与<スキル・レンダー>】が優しいスキルでよかったな」
「優しい……だと……!? ふざけるな!!」
アルトラが剣に手をかける。今まで彼が何万回としてきた動作、しかしスキルを失った今の手つきは明らかにぎこちない。
「返せ! 俺のスキルを! 返せえええええええええ!!」
「【金剛結界】」
ふらふらと迫った剣は、俺の体を膜のように覆う結界に弾き返された。
「ぐぅぅ! ゴードン! エリア! ティーナ! 何ぼけっとしてる、こいつを殺せ!」
アルトラは怒鳴るが、彼らは決してぼけっと見ていたわけじゃない。むしろ俺を殺そうと必死だろう。
ただ、その力がないだけで。
「剣が、大剣が持ち上がらない! 嘘だ、嘘だ!!」
「結論。古代魔術の使用不可。通常魔術の出力も蝋燭並み。実戦可能術技、ゼロ……」
「私の、私の力……天使の……」
直剣を振るというだけなら五体満足でさえあれば誰でもできる。アルトラとほかの三人との違いはそれだけでしかない。
「もっと計画的に返済していればこうはならなかったろうに。まあ、結果論だけども」
「ハァ、ハァ、クソが……なんでだ、体が、動かな……」
ここ『魔の来たる深淵』が毒気に満ちた場所であることはすでに述べた通り。俺が貸し出していた数多の耐性スキルが失われた今では、それこそ息をするだけでも死に近づいていくはずだ。
アルトラが地面に這ったのを見届けて、俺は改めてダンジョンの最奥へと足を向けた。
「さてリーダー、俺に一番槍を任せるんだったな」
「う……」
「じゃあ、行ってくる」
通路の行きつく先、龍の彫刻が施された石扉に手を当てる。内部の様子が脳内に描き出されたその中央、凝縮された力の気配を知覚スキル【神眼駆動】が捉えた。
「ヴリトラ、か」
敵の名前とともに、その情報が記憶に刻まれる。曰く、武器でも素手でも、魔術でも神蹟でも、そして昼にも夜にも殺せないと定められた白き邪龍。
「なるほどな。猛毒に満ちたダンジョンで、棲息する魔物はさほど強くない。何も知らずに踏み込めばアルトラたちのように毒に倒れ、毒さえ対策すればと考えて最奥に待つのは最強の龍種。なかなか悪意のある作りだ」
だが倒さねばダンジョン攻略は終わらない。今の所持スキルがあれば金を稼ぐのもわけはないが、先立つものとしてまとまった現金は欲しいところ。攻略報奨金を捨てる理由はない。
【警告します。非常に危険度の高い敵性生物です】
コエさんの警告が頭に響く。一度きちんと会話したからだろうか、今までよりも距離が近く感じる。
「大丈夫だよ」
扉に触れている右手に意識を集中。使用するスキルを選択。
「【神剣・絶】【亜空断裂】、起動」
不可視の斬撃が扉の向こうを蹂躙する。ヴリトラの剛鱗を切り裂き、その肉体は散り散りになって辺り一面に転がった。
並の魔物ならば生死など問うまでもないが……殺せていない。肉片はそれぞれが生きて動き、ひとところに集まって再生しようとしている。
「魔術スキル【神代の唄】により古代魔術『コキュートス』を習得。【詠唱破却】により即時発動。【無尽の魔泉】により魔力消費を無効化。凍てつけ、『コキュートス』」
瞬きひとつの間もなく、部屋の中が絶対零度に凍り付いた。それでもまだ生きている。
肉片となり千年は続く冷気で凍りついて、それでもヴリトラは未だ死んでいない。それでも生物としての機能は封じた。
「【空間跳躍】、起動。スキルの有効範囲を、【範囲強化】の上位スキル【森羅万掌】で拡大」
俺が『世界』として認識できる範囲全てが対象となる。頭に描くのは先人たちが書き残してきた世界の果て。星の海とも呼ばれる、そこは無限の暗黒。
「跳べ」
ヴリトラの肉片が部屋から消えた。その気配はすでに彼方。俺たちが空と呼ぶ蒼い天井の、その更に上の世界。
【対象の移転先は?】
「空の向こう、かな。氷が溶けるまでおよそ千年。そこから互いに引き合って復活するまで千年。死んではいないだろうけど、ダンジョンの主としての役目は果たせないはず。もうこの洞窟は崩れ始めてるよ」
ダンジョンは主を失うことで崩壊を始める。魔物やトラップも無効化され、それが攻略の証にもなる仕組みだ。
あとはギルドに連絡して、道が塞がる前にアイテムや鉱石の採集をさせればそこから報奨金が出る。そこの通路にいるアルトラたちは毒でしばらく動けないだろうが……採掘隊に見つけてもらうまで転がっていれば助かるだろう。
「さて、じゃあ地上に……うん?」
【どうしましたか】
「中に何かいる」
ヴリトラよりは遥かに小さいが、質は決して劣らない『何か』が感知スキルにかかった。危険はないと見て扉を押し開ける。
冷気が満ち、しんと静まり返った大理石の空間。その奥に隠されるように置いてあったのは、白い球状の物体だった。
「卵か。ヴリトラの」
神に等しい強さと生命力を持つといえどヴリトラも生物。卵がある理屈は分かるが、実際に目にした者がいたという話は寡聞にして知らない。
一抱えほどのそれに手を伸ばし、そっと持ち上げてみる。凍りついてはいるがそこは殺せずの龍。氷を溶かせばいずれ孵るはずだ。
【破壊すれば孵化は阻止できると考えます。いかがしますか】
「……いや」
星の海まで飛ばしたヴリトラは二千年以上は無害のはずだが、裏を返せば二千年後に危機がやってくる。その時、人への復讐心に駆られたヴリトラを食い止める術がある保証はない。
「ヴリトラを止められるとすればヴリトラだ」
ヴリトラが飼いならせるかは分からない。だが幼生から正しく育てれば可能性はあるはず。
「俺が育ててみるよ。反対するか?」
【いいえ。貴方の選択に、私は敬意と興味を示します】
「……そんなことを言ってもらえたのは初めてだよ。ありがとう」
【料理系スキルの起動を中止します】
「気遣いもありがとう。中止して早く」
破壊、って煮るか焼くかすることだったらしい。美味いんだろうか、ヴリトラの卵。
ちょっと気にはなるが、遠い未来の子どもたちのために我慢するとして。俺は踵を返して扉へと向かう。
この日、俺は初めてパーティの誰よりも先に青空の下に出て、誰に憚ることもなく温かいスープを口にした。
◆◆◆
「さて」
町外れの草地で俺は荷物を下ろした。報奨金は受け取ったし、あの街にもう未練はない。スキルのことが知れ渡って騒がれても面倒だし。
早めに離れてしまおうと宿を引き払ってきたところだ。こんなに晴れ晴れとした気分はいつ以来だろう。
「コエさん、聞こえるか?」
【はい】
「これから、君に身体を与えようと思う」
【ひとつ申し上げてよろしいですか】
「ああ」
【貴方にもきっと、素敵な女性との出会いがそのうちに】
「違う、そうじゃない」
何か勘違いをされたようだが、嫁に困って自分の中からこねくりだそうとしたわけじゃない。
俺のことをずっと見守って、評価してくれていた人にお礼をしたいと思っただけのことだ。
「コエさんさえいいのなら受け取ってくれないかな」
【スキル使用の補助役としての機能には問題ありません】
「今は、君自身の意思を聞かせてくれ」
しばしの逡巡。
【……叶うのならば、貴方に自分の手で触れてみたいと思います】
「分かった」
意思は確かめた。あとはやるだけだ。
【しかし、可能なのですか】
実は『保護領域』にいた時から考えていたことだ。
いくら数多のスキルがあるといっても、無から生命は生み出せない。けれどすでに人格があるのなら話は変わってくる。
「意識さえ他所に置いてあれば、脳が破裂したって修復して元に戻せる。つまり肉体さえ用意できればそこに意識を入れることができるはずだ。死後まもなくなら蘇生できた例もあるしな」
だから、これを使う。
「【熾天使の恩恵】、起動」
欠けた手足でも修復できる【天使の白翼】。進化した今ならばその先も可能だ。
それだけなら綺麗な死体を作るだけの恐怖スキルだが、意識のみで肉体がないという例外的な存在がここにいる。
「コエさん、準備を」
【機能人格を実在領域へ移行開始。座標範囲設定。各部筋繊維との整合、ヨシ。神経伝達物質を魔力にて初動、成功。同期開始、同期開始、同期開始――】
頭の中からコエさんの声が遠のき、存在が薄れ始める。それにつれて俺の腕の中に新たなぬくもりが生まれてゆく。
時間にして数分後。俺は透けるような白い肌の肢体を抱きかかえて、手に確かな鼓動を感じていた。
「……ん」
どこか無機質な銀の長髪に、陽光に似た琥珀色の瞳。髪と同じ銀の睫毛を震わせて開いた瞼から覗いたのは、俺があの白い空間で確かに感じたコエさんの眼差しそのものだった。
「二つ、質問があります」
それが、彼女の第一声。
「なんだい?」
「今までは、貴方のことは貴方と呼べば事足りました。この世界に肉体を得た今、なんとお呼びすればよいでしょう」
「マージ、でいいさ」
「貴方は私にとって親の一人であり主にも該当します。それは不適切かと。過去に貴方が見聞した情報を鑑みるに……『ご主人たま~~~』か『マスター』のいずれかが相応しいと考えますが、どちらを希望されますか」
「マスターにしよう。決定」
ゴードンがこっそり通ってたメイド酒場の記憶だコレ。スキルを貸すために探し当てたら、仲間が自分のことを『ご主人たま~~~!』と呼ばせている現場に出くわしたわけで。衝撃が強すぎて忘れるに忘れられない。
「ではマスター、二つ目の質問なのですが」
「うん」
「……衣服は?」
「完全に忘れてた」
青空の下、眩しいまでに日光に映える白い肌。うっすらとした茂みが視界に入りかけてそっと目を逸らす。まさに生まれたままの姿を惜しげもなく晒す彼女に外套をかけながら、俺は頭を抱える。
治癒スキル【天使の白翼】と【範囲強化】はシナジーが強く、力の及ぶ距離を伸ばすだけに留まらない。肉体から防具まで『治癒の範囲を強化』できたのだ。
つまり、防具ごと腕が吹っ飛んだのを治療すれば、防具まで元に戻る仕様だったのである。その上位スキル【熾天使の恩恵】と【森羅万掌】ならばそれ以上のシナジーもあるわけだが……。
「もともと無いものは治せない。そりゃそうだ」
「私はこのままでも構いませんのでお気になさらず」
「気になるが。とりあえず俺の着替えを貸すから着て早く」
声の印象ですらりと細身の肉体を作ったものだから、だいぶブカブカにはなるけどこの際仕方ない。早めに新しいものを買うとしよう。
ヒモであちこち括って、両手の袖を折ってあげて、そこまでやってようやく様になった。
「悪いな、しばらくこれで我慢してくれ」
「初めて着る衣服からマスターの匂いがして、私は幸せです」
「ありがとう。人間の世界だと、それはちょっと変態寄りの発言だから時と場所に気をつけてくれ」
「なんと」
コエさんが目を丸くする。俺を通して世界を見ていたと言っても、本で読んだようなもので現実感が薄いのだろう。これからゆっくり一緒に勉強していくとしよう。
次にやることも決まったし、そろそろ出発することにして立ち上がる。今から歩けば夕方までに次の村まで行けるはずだ。
「さあ、行こう」
「はい、マスター」
そよ風の中で一度大きく伸びをして、俺は荷物を担ぎ上げた。荷物といってもほとんどは収納系スキルで持ち歩いているので、袋の中身はひとつだけ。
「こいつを育てる場所も決めないといけないしな」
「巨体になる龍です。市街地は適さないでしょう」
「ああ、俺もなんだか都会の人間関係には疲れたよ」
どこか遠く。誰も俺たちのことを知らない土地に行こう。それだけを決めて、俺は草原に一歩を踏み出した。
「マスター」
「どうした」
「歩行というのは右足と左足どちらから……」
「右足で」
俺たちは、一歩目を踏み出した。
数年後、見捨てられたような西の土地の名が大陸中に知れ渡る。領主が領民に適切なスキルを貸し与え、彼に「命を借りた」と語る女性がそれを補佐することで急発展を成し遂げた、と。『白龍の町』と呼ばれるそこには、やがて多くの才能が集まってゆくが……。
それはまた、別の話。
【1/25追記】
連載してみました!
https://ncode.syosetu.com/n2060gt/
序盤は短編を改稿しつつ、その先はマージとコエさんの冒険と町作りを描きます。個人的に見て欲しいのは『知恵スキルを失ってアホになった魔術師エリア』です。よろしくお願いします……!
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