それはこっちのセリフよ! この金髪シスコン童貞!
春休みが明け、久しぶりの学校に憂鬱を纏わせながら、下駄箱から上履きを取り出す。
周りはワイワイと談笑する生徒たちで賑わっているが、寝不足のせいでどうもそういう気にはなれない。
もしかしたら、昨日のがトラウマになっているんかもしれんな。
「うおおおおおおおい! 彼方―――――――!」
「…………」
聞き馴染みのある声の方向へと、視線を動かすと案の定見知った顔が、俺に向かって猛烈に走って来ている。
朝っぱらからそのテンション何?
「グォフ……。いってえええ! いきなり何すんだよ彼方!」
「いや、つい条件反射というか」
「つい条件反射で親友の首にラリアットは噛まさないだろ! 殺す気か! って、おい! 無視して先に行こうとすんなよ」
「朝からギャーギャー喚く野郎の声なんて聞きたかねえんだよ」
「おい、待てって」
慌てて上履きに履き替え、俺と並んで歩く海斗、もとい神楽海斗は、もう痛みを忘れたのかケラケラしている。
俺が言えたことではないが、派手な金髪が特徴で、身長は平均程度、まぁ顔は整っている方だが、女子には全くモテないとよく嘆いてくる。顔に書いてある通りバカなだけやろ。俺に愚痴るな。
「クラス替えどうなってんだろうな、また彼方と一緒かな?」
「八クラスもあんねんから早々一緒にならんやろ、てかなりたくない」
海斗とは、高校からの仲だが男の中では一番話しているかも知れん。納得はいってない。
「そんな悲しいこと言うなよ……春休みどうだったよ?」
「あ? まぁ……別に、いつもと変わんねえよ。バイトして家事してたまに単車乗って」
昨日、声優とラジオしたことは黙ってよう。風船よりも口が軽いコイツのことだ。話したら一時間で全学年に、一日で全校生徒に広まってしまう。
あるいは「妄想乙(笑)」と、一蹴して腹を抱えながらゲラゲラと廊下を笑い転げるかも……それは普通にウザいな。そうなったらド突き回したろ。
「ふーん、相変わらず主夫やってんな」
「んだよ、聞いてきた割に反応薄いな。おまえこそなんかあったんか?」
「そうなんだよ! 聞いてくれよ! 実は──」
「却下、ほら着いたぞ」
「えええええ? なんかあったんか? って聞いたの彼方だよな? な?」
「気が変わった。どうせ大したことちゃうやろ」
クラス表は各教室のドアに貼り出されており、端のAクラスから順に見ていく。
「あったか?」
「Aは無いね、次」
「Bも無いな」
「お、オレはあったぞ! 彼方は……おー! 喜べ! 同じクラスだ」
「チッ……!」
「今、舌打ちした!?」
「他意はねえよ」
「他意がなかったらシンプルに嫌がってるってことじゃねえか! って、おい無視すんなよ!」
朝っぱらから廊下で喚く海斗を置いて、教室のドアを開ける。同時に、既に教室にいる奴らからの視線が集中する。この髪の色と噂だけで不良という、謂れのないレッテルを貼り付けられている俺と海斗が揃って入ってきたのだ。まあ無理もないか。
「おい、何見てんだよ」
俺の後から入ってきた海斗は、さっきのテンションとは真逆の低い声で、俺たちに向けられている視線に対してメンチを切った。
「海斗、いちいちガン飛ばすな」
「だってよー」
「男が顔膨らますなや、キショいわ」
「なんか今日当たりきつくない!? 反抗期!?」
「二人ともやっと来た、遅いよ」
クラスの連中が、腫物を観察するかのように俺たちを気にしている中、そんなことは全く意に返さず、腰に手を当てながら目の前に立つ者が一人、栗色のウェーブが掛かったボブカットヘアとパッチリとした三白眼が特徴的な忍海美波が、眉をへの字に曲げて話しかけてきた。
「まだ五分前やろ、遅ないわ」
「げっ……美波も同じクラスかよ」
美波の姿を捉えるなり、海斗は露骨に嫌な顔を表しげんなりしていた。
「それはこっちのセリフよ! この金髪シスコン童貞!」
「おい、言っていいことと悪いことがあるだろうが! いくらオレがオリハルコンメンタルでもしまいには泣くからな?」
「早くみっともなく豚みたいに泣け!」
「うわあああああん、彼方ぁぁぁ」
「引っ付くな、どっか隅で勝手に泣いてろ」
「あれ? もしかしてオレ……ボッチ?」
生気を失い、トボトボと自分の机に向かう海斗。まぁ、ちょっとは悪いと思ってるで。でもな、朝からそのテンションは怠いねん。
「流石に言い過ぎやろ、俺でもそこまで言わんで」
「どうせ、五分後にはケロッと忘れてるわよ」
「アイツは鶏かよ……」
哀愁漂う海斗の後ろ姿を二人で横目に見る。
「まさか問題児トリオと同じクラスになるとは……」
吉野仁は一列目の真ん中の席で俺と海斗、美波を見て頭を抱えていた。
特に洒落っ気もない無造作な黒髪に赤縁メガネ、きっちり締めたネクタイは如何にも優等生ぶりを示していた。
「新学期早々失礼やな、仁。一緒のクラスになんの中二以来か?」
「……。そうだな。それより高田、まだ噂撤回出来てないのか」
「ご覧の通りや。俺が撤回して収まってるんやったら、んなもんとっくに消えとるわ」
まあ、真剣にやったことねえけど。
「それもそうか。まあ、少なくとも俺と海斗、美波は分かってるからな」
「あぁ、あんがとよ」
別に全員から好かれたいなんて鼻っから思ってもねえし。それにこのクラスには……。
「ギリギリッ、セーフッッッ!」
もう間もなくチャイムが鳴ろうというところで、滑り込むように入ってきたその人物に、一瞬喉を詰まらせてしまった。
小柄な身体にクリっとした瞳、胸元まで伸びている黒髪を耳元で二つに結んだおさげ髪が特徴の桜井優希が、息を切らせながら教室に入ってきた。
「優希おはよ」
「美波ちゃん、おっはー! ふぅ、なんとか間に合ったよ。朝からもう大変で……って! 美波ちゃんだー! もしかして同じクラス?」
「だね」
「良かったー。わ、高田くんもCクラス?」
「お、おう……よろしくな、桜井」
「わぁ、ちゃんと覚えててくれてたんだね、嬉しいかも」
全速力で走ってきたのか、乱れた前髪を整えながら笑顔を振りまく優希ちゃん。あー、癒される、優希ちゃんまじ天使! Cクラス万歳!
「まあ、そりゃあんなことがあったから」
「ふふ、そうだね。ある意味衝撃的出会いだったもんね」
キーンコーンカーンコーン。
「わ、ホントにギリギリセーフだったんだ。吉野くんも一年生に引き続き、よろしくね」
「あぁ」
そう言って、優希ちゃんはピョコピョコと自分の席に戻った。
「桜井と高田知り合いだったのか」
「知り合いってほどじゃねえけどな。んじゃ、俺も戻るわ」
優希ちゃんと同じクラスになれたことに、密かにガッツポーズをしながら、自分の席に戻る俺だった。
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