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嘘ね。目は口ほどにものを言うって言うでしょ?

ほんの数秒の沈黙の後、別室のスタッフからの声が届く。


「はーい、カット! 二人ともお疲れさまでした」


 終わった……。真っ白に燃え尽きたわ。

 全身の体重を背もたれに預ける。

 あー、ここの天井って案外高いんやな……。


「お疲れ様、高田くん」

「あー、お疲れさまです。迷惑かけちゃってすみません」

「ううん、そんなことないよ。誰だって初めはそんなもんですよ。経験と反省を積んでいって皆さん上達していきますから、高田くんもめげずに頑張ってください」


 にこりと微笑み、ペットボトルに付けられたストローを加え、喉を動かす。


「飛鳥さんも最初はこんなんでしたか?」

「そりゃあ、ね。でも私はこのお仕事大好きですよ? 高田くんは将来やりたいこととかあるんですか?」

「将来か……いや、特には。叔父の影響でちょっと漫画書いたりはしてますけど、別にそれを仕事にしようとは思ってないですし。でも、まあ今日は貴重な体験出来てよかったなとは思います。なんせ、あの飛鳥遥さんとラジオできたことは一生の自慢にできそうですし」

「そうですね、ついさっきまで一般人だった人が、ここで声優とラジオやるなんて漫画やラノベの主人公みたいですもんね。こんな経験誰もできないですよ!」

「お二人とも、お疲れ様です」


 収録部屋のドアが開くと同時に、久米さんとおっちゃんが機嫌良く挨拶してきた。


「お疲れ様です」


 それをボケーっと座りながら見ていた俺とは裏腹に、気づいた時にはもう既に正面の飛鳥さんは立って、ピシッと会釈していた。


「いやー、良かったよ。初めこそ、ぎこちなかったけど段々とテンポよくなっていってたし、面白かったよ」

「はぁ……そうっすか。なら良かったっす。まぁ、飛鳥さんに最初から最後までおんぶにだっこでしたけど」

「俺だってそうだったに違いないさ、気にすんな」

「いや、アンタは気にしろよ! 飛鳥さんとラジオするなんて一言も聞いてなかったぞ」

「そう怒るなって、憧れの人と共演出来て嬉しかったろ? 終わり良ければ全て良しってな」


 このオヤジぶっ飛ばしたろか?


「一生分の借りを作ったと思えよ。飛鳥さんもおっちゃんになんか文句──」

「あぁ、飛鳥さんならマネージャーに呼ばれて退室しましたよ。次も仕事があるみたいで」


 おっちゃんと話している間にもう移動したらしく、久米さんは廊下の方を指さした。

 流石は売れっ子声優か。


「ほれ、これで飲み物でも買ってきな、出て突き当りに自販機あるから」


 おっちゃんから小銭を受け取り、収録部屋を後にする。

 目的の自販機にたどり着き、小銭を入れようとした瞬間。


「はぁ~疲れた~」

「お疲れ様、はいこれ」


 その声に視線を動かすと、角を曲がったところ、ちょうど向こうからは死角になっているところで、飛鳥さんとそのマネージャーらしきスーツ姿の若い女性が話していた。


「うん、ありがと。ったく、プロの世界に素人が何の予習もなしに入ってこないで! って感じよ。まあプロデューサーが決めたことだから私がとやかく言うことじゃないけどさ」

「一理あるわね。でも、彼初めてにしては、よく喋れていたんじゃない?」

「ギリ及第点ってところかしらね、全く喋らない人じゃなかったのは不幸中の幸いだわ。なんにせよ、才能もなければ努力もしない人が、いつまでも生きていけるような業界じゃないわ。あの男がどうなろうと、私の知ったことじゃないわね。ま、これも経験のひとつってことでうまくやるわよ」


 あっれええええええええええ…………。


 顔は良く知っている飛鳥さんなのに、声のトーン、話し方、態度がまじで誰? 状態になってるんやけど。


「あら、手厳しいわね」

「常に進行してるこっちの身にもなってほしいっての」

「外から見てたら案外楽しそうにやってたわよ? 遥ちゃん」

「……。まぁ、つまらなくはなかったかな。彼、他の人と違って私にあまり気を遣ってない感じだったし」


 めっっっちゃ気遣ってたわ!


「同業者はアナタの父親の影がチラつくのよね、どうしても」


 飛鳥さんの父親もこの業界なんか。あれ、でも飛鳥なんて声優他におったっけ?


「それがすごい腹立つのよ。結局はみんなお父さんのご機嫌を窺ってるだけなのよ」


 チッ! という舌打ちと共に飲み干した缶をバキバキと握った手で潰していく。

 さて、引き返すか。あー、俺は何も見ていない聞いていない。

 その場で回れ右をして引き返す。


「あら、えっと高田くん……でしたか?」


 背後から呼びかけられた女性の声に、まるで機械音を鳴らすかのように、俺はその場で振り返った。


「あ、どうも……」

「畝傍さんどうしたの……。お疲れ様です」


 女性の後ろからひょこっと顔を出した飛鳥さん、俺を認識した途端、完璧な満天スマイルを浮かべた。

 声のトーンの変わりようがやべぇ。


「お、お疲れ様です。では、失礼します」

「「ちょっと待って」」


 まさかのハモリコール。あんたら仲良いな!

 二人はにこにこと笑顔を装っているが、目は間違いなく笑っていない。


「私、飛鳥遥のマネージャーをしている畝傍恵未(うねびめぐみ)と申します。どうぞよろしく」


 ビシッと着こなした黒のスーツに、長そうな髪は花柄の髪留めでハーフアップに纏められている。

 鞄から名刺を取り出し、半ば強引に手渡される。


「え、あ、どうも」


 名刺なんて初めて貰ったわ。


「ねえ」


 マネージャーを押しのけて飛鳥さんは俺の目の前に立った。


「今の見てた?」


 至近距離まで近づいてくる飛鳥さんは笑顔なのに何故か、鬼のような形相にしか見えなくなってしまっている。


「なんのことっすか?」

「見たか、見てないか聞いてるの」

「いや、見て……ない」

「嘘ね。目は口ほどにものを言うって言うでしょ?」


 一瞬でバレてやがる!


「……。この五分くらいの記憶は消しときます」

「そ、なら良かったわ。あまり余計な事しないように気を付けてね。畝傍さん、そろそろ行こ」


 飛鳥さんは、くるりと踵を返して歩き出す。


「また来週、よろしくね」


 置き土産にウインクを残して、マネージャーは飛鳥さんの後を追っていった。

 本性を垣間見てしまった飛鳥遥の歩く後ろ姿を、見えなくなるまで呆然と眺めていた。

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