あ、私のことが可愛すぎて直視できない? またまた~そんなに褒めても何も出ませんよ?
『それでは始めまーす! 三! 二!』
耳に付けたイヤホンからスタートの合図が告げられた。
一瞬、一のカウントはしないのか? と頭をよぎったが、いちいちツッコミを入れるほど野暮でも余裕がある訳でもない。
「青春ナイン~目指せ! 遥か彼方へ~ラジオ遂に開幕です」
合図開始と同時に正面の飛鳥さんが快活にタイトルコールを入れた。ちなみに、目指せ! 遥か彼方へというサブタイトルは、飛鳥遥と高田彼方の名前から取り、急遽名付けられたものだ。スタッフのフットワークが軽すぎる。
「私パーソナリティを務めさせていただく、水無月春菜役、飛鳥遥です。よろしくお願いします! なんとこのラジオにてキャスト初公開ということで、皆さん驚きましたか? 焦らしちゃってごめんなさい」
そう言いながら、手のひらを重ねて、ごめんなさいと謝罪しているが、もちろん音声だけなのでリスナーにはそんなものは伝わらない。あざとい。
「そしてもう一人、私のアシスタントとしてパーソナリティを務めていただく方が、目の前にいるので自己紹介してもらいましょう」
打ち合わせどおり、バトンを渡された。
「皆さんはじめまして、飛鳥遥さんのアシスタントに任命されました。赤髪です」
「白髭?」
「いや、赤髪……どんな聞き間違いしてるんですか!」
どんな聞き間違いやねん。下手したらピー音案件やぞ。
「赤髪……なんだか聞いたことのあるような二つ名ですね」
「あ、やっぱヤバいっすかね?」
「うーん、良いんじゃないですか? 私は覚えやすくて好きですよ」
す、好き……。あー、あかんあかん。持っていかれるところだった。なんやこの破壊力。
「あと、懸賞金すごく高そう」
この人隠す気ねーわ。
「名前に恥じないよう努力します」
「あ、もしかしてまだ緊張してます?」
「えぇ、そりゃまぁ……初めてってのもありますけど、目の前にあの売れっ子声優の飛鳥遥さんがいるというのが……」
現在進行形で神経ゴリゴリ減らしているからな。
「あ、私のことが可愛すぎて直視できない? またまた~そんなに褒めても何も出ませんよ?」
一言も言っとらんけどな? まぁ悔しいことに事実やけど。
「そうですね~、先輩からアドバイスです。緊張しているときは勢いとノリで突っ走りましょう! 意外となんとかなるもんですよ。当たって砕けろ! です」
人差し指を立てて得意気に話す姿もしっかりと様になっている。言っていることはまあまあヤバいけど。
「いやいや、当たって砕けちゃダメでしょ! 勢いとノリ、ですね! うっし、気合い入りました」
マイクが音を拾うほど、頬を両手で強めに叩き自身に喝を文字通り叩き込んだ。
「おぉ、思いっきりいきましたねぇ~」
「ドンとこいっす!」
「そうそう、あまり畏まらずラフに自然体でいきましょう! その方がきっと楽しいですよ」
「はい。じゃあ改めてよろしくお願いします。飛鳥さん」
「うむ、頑張ってくれたまえアシスタントくん! これは生放送じゃないからどんどん言いたい放題言っちゃってくださいね。ホントにヤバいってところは、いくらでもカット出来ますので。二人でギリギリを生きていきましょう。技術の進歩と編集者さんにバンザイです。バンザーーイ」
「確かに、素人からすればそれはありがたいです」
ほんまに飛鳥さんにはおんぶにだっこ状態やな……。いい加減俺もエンジン駆けやんと。
「そんなこと気にしていると何も話せませんからね。それで皆さん、先ほどから気になっていると思うのですが、何故素人の赤髪くんがアシスタントとして選ばれたのかというと、実は『青春ナイン』のファン第一号なんですよね?」
「へ……?」
何それ初耳なんやけど。モチロン台本にもそんなことは一文字も書かれとらん。
「誰よりも『青春ナイン』のことを知り得ている自負があってこの座を勝ち取ったとか」
飛鳥さんは目を細め、悪戯に笑う。
この人、何の前触れもなくさらっとアドリブ入れやがったよ。しかもとんだホラ吹きやし……ド素人相手に鬼か?
「え、えぇ……作品の方に関してはそれなりには自信ありますよ」
こうなったら見栄だけでやりきってやるよ。
「お、自信満々ですね。フフッ、それは私としても頼もしい限りです。さてさて、ウォーミングアップもこのくらいにして、さっそくこの番組の紹介をしていきましょうか」
「はい、先ほどタイトルコールにもありましたとおり、このラジオは七月より始まるアニメ『青春ナイン』をより面白く、より深く皆さまにお届けできることをコンセプトにしたものです」
ここにきてやっと台本そのまま読んだわ。ラジオって思っていたより相当頭回転させんとあかんねんな。キッツ……。
「週刊誌より連載がスタートしてから約三年、累計五百万部を突破した新感覚かつ本格的野球青春漫画が、満を持してアニメ化ということで、今非常に注目されている作品の一つですよね。そんな勢いのある『青春ナイン』のヒロイン役に抜擢していただいたこと、すごく光栄に思います」
そう言って、飛鳥さんはブースの外にいるスタッフたちに軽く会釈した。それを見て俺は無意識のうちに拍手を送っていた。
「赤髪くんもありがとうございます」
「いえ、オーディションってすごい大変だって聞いたことあります。そんな大勢の人たちからヒロイン役を勝ち取ったというのは本当にすごいことだと思います」
「えへへ、なんだか照れちゃいますね」
「そういえば、他のキャラクターたちのキャスト陣も決まっているんですか?」
「はい、実は先日顔合わせも終えたところなんですよ。ですけど皆さんにはまだナイショです」
「おぉ、気になりますね」
「きっと楽しい現場になると思うので今から収録がとても楽しみなんです。赤髪くんも時間の都合が合えば是非見学にいらしてください」
まじで? 行く行くー!
「コホン、少し話が脱線しちゃいましたね。それではラジオには欠かせないコーナーの紹介をしちゃいましょうか、赤髪くん」
「はい、ではまず一つ目は──」
「と、その前にCMです」
ズコオオオオオ。
柄にもなく変なリアクションしちまったやんけ!
「お、身体を使ってのリアクションなかなかやりますね」
「CM入るなら入るって……いや、何でもないです。俺の方こそすみませんでした」
よくよく見ると小さくCMと打たれた文字が台本にも書かれていた。というか、さっき確認したはずなのにすっかり頭から抜けていた。
「ううん、ドンマイドンマイ。出だしお願いしますね」
「はい」
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