びじねす? ぱーそなりてぃ? ウケる。
おっちゃんからもらった住所の先は高層ビルが建ち並ぶ一角だった。
「おっす」
「悪いな、いきなり呼び出して。ちゃんとバイク地下に停められたか?」
おっちゃんという名が似合うとおり、ダボっとしたシャツに古臭いジーンズと丸眼鏡、それに無精髭が特徴の男がビルのエントランスで迎えてくれた。
「ん、あぁ。おっちゃんの名前出したらすんなり停めれたで。で? お願いってなに?」
「まぁ、そう慌てんな、じゃあさっそく向かうか」
質問を軽くいなされて、くるりと踵を返してエレベーターに向かう後ろ姿に渋々付いていき、二人でエレベーターに乗り込んだ。
「ここどこ?」
しばらく上へと上がり、エレベーターのドアが開く。
「ラジオの収録現場だよ」
「ラジオって……もしかして『青春ナイン』の?」
「正解、次クールからアニメ始まるだろ? それに合わせてラジオもやることになったんだよ」
前を歩くおっちゃんは振り向きもせず、ポケットに手を突っ込んだまま憂鬱そうに言った。
「ふーん、すごいやん。なんであんま嬉しくなさそうなん?」
「まぁ、それも含めてな……。さ、入っていいぞ。ちゃんとスタッフさんにも許可は取ってあるから」
そう言いながら、いくつかあるドアのうちの一つを開けた。
「まさか、俺にサプライズで収録現場を見せて……え?」
呑気に足を踏み入れたが最後、ドアはガチャンと重く閉ざされて、しかも室内の空気は異様に重く感じられた。
「まぁ~ある意味サプライズだな。コホン……! さっそくだが、今からビジネスの話をするぞ」
「は? ビジネス?」
英語分からん。もう一回頼む。
この部屋には俺とおっちゃん、その他にもう一人いた。
なにこれ? ドッキリ?
「単刀直入に言うぞ。今からやるラジオの収録に出てほしい」
「あぁー! 裏方のバイト的な? へー、普段収録なんて立ち会えへんし結構おもしろ──」
「いや」
「え?」
「彼方がやるのはパーソナリティの方だ」
「は……? ギャグ?」
びじねす? ぱーそなりてぃ? ウケる。え、ここ笑うとこじゃないん?
「申し遅れました。俺がここのプロデューサーをしている久米と申します」
「え、あぁ……ども。高田新太の甥の彼方です……って! そうじゃないやろ! おっちゃんガチで言ってんの?」
「ガチだが?」
「そうだが? みたいなノリやめろ! おかしいやろ、そもそも青春ナインと俺の関連性がゼロやん。こういうのって普通声優とかがやるんやろ? その人たちに頼めば」
ヤバ、相当テンパってんな俺。こんなに声デカくなってんの久しぶりやわ。
「コホン!」
制するように久米さんが、わざとらしく一つ咳払いをした。
「とりあえず、お座りください。順を追って経緯を説明しますので」
久米さんに笑顔でそう促され、備え付けられているソファに腰を下ろした。
「先ほども言ったとおり、高田彼方くんにはパーソナリティとしてこのラジオに出演してもらいたい。理由に関しては、高田先生が本来パーソナリティとして出ていただく予定でしたが、諸事情……というかもうお分かりだと思いますが、先生の声がこの有り様によりそれが叶わなくなりました。そのピンチヒッターとして彼方くんが選ばれました」
「俺に行き着く理由にはなってないです。なんでいきなり俺の名前が挙がったんですか?」
「先生のご意向というのもありますが、急な予定の変更なので空いているキャストもいないのでこういう形を取らせていただきました。それに何より『青春ナイン』について、先生の次に詳しいと言っても過言ではない彼方くんには適していると俺は思っています」
対面に座る久米さんは淡々と事務的に語るのに対して、俺は落ち着きを取り戻しつつも未だにイライラは収まっていない。
「なるほど。全然納得はしてないですけど事情は分かりました。仮に、仮に! 俺がこれを引き受けるにしてもそちらにはリスクがデカすぎるんじゃないですか? こっちはド素人ですよ?」
「どっちみち俺も素人だろ」
横から口を挟むおっちゃんに鋭い視線を向ける。なんでそんな呑気に構えとんねん。自分の作品やろ。
「確かにリスクは大きいかもしれませんが、昨今アニメ業界に芸能人や芸人が参入していたり、ユーチューブや動画の配信で元々素人だった人たちが、一躍有名になっているこのご時世もまた事実です。そういう点で、今回は新たな挑戦を試みようとしたのがいきさつです。博打なのは重々承知で高田先生にも許可は貰っています。なので、どういう結果になっても責任はちゃんとこちら側で取らせていただきます」
「どうだ彼方、こんな機会なかなかないぞ? 社会勉強の一環としてやってみないか?」
このおっさん、今に始まったことちゃうけど、クソ他人事みたいやな。その掠れ声でドヤられると余計に腹立つ。
「それと、言い忘れていましたがギャラの件ですが一回の出演でこれほど用意させてもらっています」
久米さんは指を立てて数字を示した。一瞬目が飛び出るかと思った。
まじぃぃぃぃぃ? 素人の子ども相手にそんな出すん?
「え、まじっすか?」
うわ、思わず口に出してしまったわ。
「はい、こちらも本気でやっていると理解していただきたいです」
「やりまあああああす!」
あ……。
「あ、いや今のナシ──」
「おお、やってくれるか彼方! いやー助かった。そうと決まれば台本だな。本番まであと一時間くらいか」
「だからちょっと待って──」
「彼方くんありがとうございます。こちらも全力でサポートさせていただきます」
終わった。つい金に釣られた。二人ともウッキウキで嬉しそうな顔してんなー。
それからはスタッフの言うことをウンウンとロボットのように頷き続け、時間は刻々と迫っていった。
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