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初任務⑤

 周りの景色が飛ぶように流れていく。

 顔はフルフェイスで守られているが、身体にかかる風圧で風を感じていた。


 「ふーた、いけるか?」


 背中でぐったりしている颯太に話しかけた。


 「ソラ、ごめん。無理、させて」


 鎮痛剤を打ったものの、身体は悲鳴を上げていた。


 「そんなことねぇよ。それに、橋宮さんから車に戻るように指示されてっからな。……心配すんな」


 颯太を背負った空は、廃墟ビルの屋上を飛ぶように伝ってリラの乗る車を追いかけていた。

 が、かれこれ十五分も力を使い続けている。空の見る景色の右端に数字が現れていた。


 「ニ六パーセント……」


 その数字が意味するのは『筋細胞の損耗率』だ。

 数値が高くなればなるほど力を発揮しづらくなるということだ。簡単に言えば疲れを数値にしている。およそ五十パーセントで使い物にならなくなる。


 「ソラ……無理、するなよ」


 背中の颯太が心配そうな声で話しかけてくるが、


 「そりゃ杞憂だ。颯太、目標ロックオンだぜ!」


 空の足が止まった。高いビルの上から見下ろす、その視線の先に、黒い車が一台止まっていた。


 「あ! ソラ! 車の近くの建物、扉が開いてる……」


 颯太が指を差した。確かに廃墟のドアが僅かに空いていた。


 「降りるぞ、掴まれ」


 そう言って再び颯太を背中に乗せて飛び降りた。

 着地音が大きくなりすぎて焦ったが、誰かが出てくる様子は無い。


 「でも、足跡は……」


 もちろんコンクリートで固められた地面に足跡など付かない。が、


 「いや、あるね。血痕だよ」


 そう言われて、颯太は地面に垂れていた血を指で触った。ヌルッとした不快な触感で、つい最近のものと思われる。血の主はあの死んだ隊員だろうか。


 「じゃあこの中に、リラが……」


 空と颯太は腰から拳銃を抜いた。

 ドアの前まで来ると二人で前転で飛び込み、空は左を、颯太は右を確認した。


 「居ねぇか」

 「居ないね」


 それから、二人は左に進むことにしたのだが、中は薄暗く埃が溜まっていて息苦しかった。


 「本当にこんな所に何の用が……」


 そんな事を小さくぼやきながら、息のあった確認作業でグングンと奥に進んでゆく。そして、狭い廊下の中で突然、


 「なぁ颯太」

 「なに? 今は」

 「久しぶりだな、この感覚」


 颯太は頭を振って息を吐いた。


 「実務研修以来だ。成績は」

 「万年最下位、だろ? 息が合わないったらありゃしねぇ」


 二人は合わせて吹き出した。だが今は研修では無い。任務だ。


 「信じてるぜ、ふーた。いや、相棒」

 「カッコ付けるのは変わんないね、ソラ。頼むぜ」


 そのまま二人で頷くと、広間に飛び出した。

 驚いた顔のリラと、見知らぬ大柄な男がいたのだ。

 空は男が銃を抜く前に利き腕と脚に一発ずつ撃ち込み、倒れ込んだのを確認すると、ゆっくりとリラに向いた。


 「これはどういう事だ」


 空の質問に、リラはふっと笑うと、


 「追いつかれちゃったかー。こいつの部下にちゃんと見張らせてたんだけど……」

 「そんな奴ら居なかった。目的は――」


 言いかけた瞬間、パンという破裂音と僅かな発火で眩しくなった。

 空はすぐに颯太を見た。しかし颯太は立ったままこちらを向いていた。リラの威嚇射撃だ。


 「顔見られちゃったら死ぬしかないよね。足引っ張られるのは困るかも! あと君たちも殺れば完全勝利!」


 リラは両手に拳銃を持ち、空と颯太の両方に向けた。が、すぐさま颯太が空に向く銃を撃ち落とした。


 「颯太!」

 「なるほどね〜。どっちか一人を残せば生存確率が上がる……けど! そらくんは多分人を撃てないよ! さっきもそう。わざと急所外してたもん」


 図星を突かれた。表情には一切出さなかったが、ほぼ言い当てられた焦りが身体を支配していく感覚を味わっていた。


 「それに、脚の損耗率。たとえ助かっても帰れないね。あ、車はリラが壊しておいたからね」


 リラが高らかに笑った。初日と今朝の様子から見ても明らかに雰囲気が違う。


 「死ぬ覚悟は良いかなー?」


 リラは銃口を颯太に合わせ直し――


 「それは俺たちの台詞だ!」


 空が叫ぶと同時に颯太が口に含んでいた水を吹き出した。

 リラが一瞬目を細めたとき、空は颯太の腕を掴んで全力で走り出した。

 慌てて撃ったリラの弾丸は颯太を大きく外し、しかし颯太は空に引かれながらも顔に弾丸を撃ち込む。惜しくも狙いを外したが、側頭部を抉るような形で当たり、リラに追撃を遅らせる。だがリラは放たれた弾丸を無視して二人を追いかけてくる。

 しかし、空の圧倒的な機動力はリラを一度も追い付かせることなく突き放し、一瞬で外まで舞い戻ってきた。


 「「あっぶねー」」


 空と颯太はそう呟きつつ、出入り口から飛び出してくる瞬間を狙った。


 「殺す!殺す!殺す!殺す!」


 顔を掠めた傷口から大量の血を流しながら飛び出してきたリラはもはや別人だった。

 颯太は狙いを定め、引き金に指をかけ――


 次の瞬間、リラの首は真横に吹っ飛んでいった。

 一瞬二人は状況を理解出来ず、その首が落ちるまで目を開いて固まってしまったが、空はすぐに左を見た。

 二つ向こうの建物の屋上、動く黒い服の人間が見える。

 こちらを狙っていることに気が付き、空は颯太を掴むと、最大の力でその場から走って逃げた。

 空は、相手が相当な手練れだと瞬時に思った。リラがそこにいることを知っていて、あの位置を取った。敢えて自らが近付くことなくリラを処理出来る様に。

 考えれば考えるほど分からなくなる。リラの目的、謎の男、狙撃手。絶対に関連がある。それに、


 「ソラ、言い忘れてたんだけど、リラは男の死体を持ってたはずなんだ」

 「は? 落ちてたのはリラの血じゃねぇのかよ」

 「あの死体はどこに……待って、リラは今どこにいる?」

 「首が飛んで死んだじゃねぇか。多分車の所だ」

 「違うよ……ソラ……()()()()()()()()()()()()って聞いてるんだよ」


 慌てて飛び込んだ建物の影から外を確認していた颯太の声が僅かに震えていた。慌てて空もその位置を確認すると、そこにあったはずのリラは無くなり、血に塗れたコンクリートも綺麗になっていた。


 「どういう事だよ……記憶違い? まさか……そんなわけあるはずがない」


 しかしそこに死体は無い。そもそも撃たれてから逃げるまでの間にはほとんど時間が無い。混乱する頭と恐怖に震える身体。そんな二人を遠く眺める人の姿は、誰の目にも付かなかった。

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