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初任務④

 島田から無線が入ったのはついさっきの事だ。

 普段とは違う、緊張と焦りが混じった声色で通話を開始した。いつもの落ち着きは無かった。


 「ミッチー、何が来たのかな……?」


 横を走る霧崎霞が上目遣いにそう聞いてきた。


 「分からん。そして4000メートルの射程範囲を持った生物? 新種じゃないのか」


 薄茶色の髪の童顔美女は顎に手を置いてうなっていた。


 「考えても無駄だよ。ともかく、リーダーのところに行くよ!」

 「う、うん! 急ごう!」


 そして少し走る速度を上げた時だった。

 ミチルの目が遥か先からくる『何か』を捉えた。


 「霞! 右に飛んで!」


 ハッとした顔で霞は右に飛び、ミチルは左へ身体を捻った。

 その直後、空気を切り裂くような音と共に太い綱のようなものが飛んできた――否、狙ってきた。


 「ミッチー!」


 霞は依然伸び続ける綱を分子断裂刀(通称名)で断ち切り、ミチルの元へ飛び込んだ。

 最近来た新人と同じく足に能力を持つ霞は、そのままミチルを掴んで建物の陰に隠れた。


 「大丈夫? ミッチー目が良いから、助けられちゃった……」

 「大丈夫だ。こっちこそ、助かった。ありがとう」


 満面の笑みを見せる霞に、ミチルは少しだけ笑顔を見せた。

 しかし、隠れただけで脅威が去ったわけではない。そしてずっと隠れるわけにもいかない。職務怠慢で罰金を食らうことになる。違うか。

 そんな冗談を考えつつ、ミチルは目薬を差して立ち上がった。


 「行こう。多分相手は化け物だ」


 座り込んだ霞の手を取って引き上げた。

 落とした銃の装填を完了させ、スコープを覗き込んだが、ここからでは見えない。


 「私は近づいでも大丈夫だが……」


 ミチルはチラリと霞の方を見た。

 霞はミチルにとって妹のような大切な存在だ。入社した時期も年齢も同じだが、忘れもしないある夜の任務中。霞は負傷した隊員を助けに飛び込んだのだが、そこに運悪く蟲がいたのだ。攻撃を回避するために脚の筋肉をフルパワーで使った為に筋肉細胞を破壊してふくらはぎは千切れた。止まらない身体はコンクリートの建物に強く打ち付けられ、命に別状は無かったものの、全身打撲と複数の骨折という大怪我を負った。

 そしてそれを間近で見ていたのがミチルだった。援護に入れなかった自分への怒りと後悔、蟲に対する怒り、それと同時に自分が守らなければいけないのだと密かに心に決めた。


 彼女に無茶はさせられない。

 また苦しむ姿を見たくない。


 ミチルは必死に高台を探した。相手の位置が分からない以上、何処から狙われるのか、何処から狙えるのか、そもそももう既に4000メートル圏内だと思われる。先の攻撃で見たが、ここまで伸びる「何か」は二人を越えても尚伸び続けていた。

 でもそれならどうすれば回避できるだろうか。蟲は基本人間の臭いに釣られてやってくる。目はほぼ見えていないらしく、自身で発する超音波の跳ね返りで認識している。

 だがあれほど正確に狙撃出来るなら目も良いのだろうか。臭いは届いてないはずだが……


 「ミッチー……?」


 霞の声で思考の海から舞い戻ってきた。声色からも分かるように不安な顔をしていた。


 「どうした?」

 「ミッチーがシワシワになって考え事してたから……」

 「シワシワって……」


 冗談を言う時の笑い方をする霞に、ミチルは苦笑した。緊張感を和らげてくれる彼女の存在が嬉しかった。


 「あのねミッチー、私思ったんだけど」


 霞の顔はいつになく真剣だった。

 それがミチルの不安を一気に駆り立てて――


 「二手に分かれたら、攻撃を分散出来ると思うの」


 彼女が言った事が一瞬理解出来なかった。


 「私は足が速いから近くに行って、ミッチーは確実に狙える所に行って仕留めれば」

 「ダメだ!」


 ミチルは咄嗟に霞の肩を掴んで叫んでしまった。彼女は「えっ?」と驚いた顔をしていた。

 でも駄目なものは駄目だ。だってそれは……


 「それは霞が囮りになるってことだろ。それはダメだ。危険すぎる」

 「でも! それ以外打開策が無いんでしょ?」


 一番嫌な言葉を言われた。実はミチル自身も思っていたことでもあった。

 共倒れするぐらいなら半分を犠牲にして任務の完了を優先する。この仕事の人間の考えだ。

 たった数名の命だ。この特殊戦闘員の背負う命は数百万の命だ。桁も重さも何もかも違う。

 でも……


 「じゃ、じゃあ私が囮りになれば」

 「ミッチーは足が遅くて囮りになれないよ」


 言い返せなかった。霞は満足そうに、ミチルから離れていく。


 「見ててよミッチー」

 「――――」


 彼女はにこりと笑って、


 「絶対、生きて帰ってくるから」


 ミチルは必死に走って、手を伸ばして、声を張った。霞が止まることはなかった。

 離れていく。遠くに行く。喪失感が全身を襲ってきた。今初めて気が付いたことがある。


 守られていたのは、自分だった。


 彼女を守るという使命感の裏で、どこか寄りかかるような存在意義を感じていたかった。

 ぎゅっと拳を握った。

 やらなければいけない。次こそ守ってみせると誓った。それだけは揺らがないのだ。


 「頑張れ、霞」


 消えた背中にそう呟き、ミチルは踵を返した。

 似合わない涙を乱暴に拭って走った。


 「絶対に守るから」


 その言葉は誰にも聞こえなかった。

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