初任務②
柔らかい日差しの中、総員は配置に付いた。
春先の、まだ少し冷たい空気を孕んだ風が足元を抜けていく。
眼下にはボロボロに朽ちた車や草や蔦に絡まれた建物が広がり、虚無の世界を生み出していた。
「……来た」
空はそう呟いた。
遠くから大きな振動がやってくるのが分かる。黒く蠢くのが目視出来る程になると、その振動は手先や膝を揺らしているようだった。
「空、大丈夫、慌てるな」
緊張と興奮と不安と、様々な思いを抱いた空に優しく声をかけたのは【crow】のチームリーダーの橋宮海斗だ。
「初手は生体反応レーダー搭載の掃討用小型ミサイルで粗方潰してからだ」
『大体五百ぐらい居るからねぇ……流石のそらくんでも食べられちゃうかもねぇ?』
橋宮の後を継いで言葉をかけたのは耳から伝わる音の主、島田幸先だ。
『まぁ適宜こっちも指示は出すけどぉ、基本は自分で考えて動いてねぇ?』
空もそれはよく分かっていた。
そもそもこの任務に来るのは何も【crow】だけでは無い。無論七人で討伐出来るほどの相手では無いのだ。
「他にもヤシマの連中がいる。大まかに分担が決まってるけど、出来そうなことは全部やれ。でも無理はするな。巻き添え食らって死ぬとか笑えねぇ」
橋宮は周りの小隊の隊長と手話でやり取りをしながらそう話した。
「さぁて、そろそろ始めるか」
橋宮は遠くの方を見ていた。
すると、キラリと光る無数の光が高速で飛んでいくのが見えた。
「空、あれがさっき言ったミサイルだ」
「速い……」
「準備しろ! 俺たちも続くぞ」
そして光る飛翔体は空中でバラバラに分裂して黒い蟲の集まりに突っ込んでいった。
まだ距離があるにも関わらず、激しい音が空の鼓膜に届いた。
しかし、空の意識はそこには無い。着弾したと同時に土埃を巻き上げながら蟲を吹き飛ばす光景に釘付けされていたのだ。
「空、そろそろ俺たちの番だ」
そうして声をかけると、空も我に帰り、
「準備します!」
と言って持ってきた頑丈そうな黒い箱型のケースから必要なものを取り出した。
前日頭に叩き込み直した知識で発射準備を整える。
「空、お前が撃て」
しゃがんで作業する空に、橋宮は眉間にシワを寄せて言った。
が、実際このミサイルはどこに撃とうが蟲だけに飛ぶようになっているらしく、なにもそこまで緊張感を高める必要はないのだが。
「俺……ですか?」
「そうだ。この先何があるか分からない。もし俺に万が一があった時、空が撃てるようになっていなくちゃダメだ」
「……分かりました。頑張ります」
大袈裟過ぎるような橋宮の発言だが、その目は本気だ。
数十秒後、幾つかの飛翔体は綺麗に蟲の群れに飛び込んでいった。
*
『ふーくん、そらくん達が終わったから出番よぉ?』
耳から聞こえる島田はそう呑気に言うが、実地に立つのと模擬戦とでは訳が違う。
颯太は小刻みに震える手を叩き、伏せてから対蟲用狙撃銃のスコープを覗いた。
颯太がいるこの位置は、旧市街地の建物より少しばかり高い建物の屋上だ。下に降りれば死ぬと言っても過言ではない。
『ふーくん、あと500メートル。もう見えたら撃っていいわぁ。周りの心配はしないで。ミッチーとかすみんが援護に回るわぁ』
颯太は島田の声を聞き終わる前に射撃していた。
『ちょっとぉ? 話は聞きなさいよ。……出来たの?』
「え、えぇ、撃てましたよ」
颯太はスコープ越しに目標の蟲が沈黙しているのを確認してから弾丸を装填し直す。いわゆるボルトアクション方式で化石と笑われたが、貰ったのがこの銃なので仕方がない。
ノイズキャンセル付きイヤホンのせいでよく分からないが、周りも次々と蟲を撃破しているらしい。颯太も早くしなければと焦る。
そのせいか時々外してしまう時があった。
『風間! 外しすぎだ!』
イヤホン越しに怒号を飛ばすのは島田ではない。夜空ミチルだ。
「すみません……」
『すみませんじゃない! 霞に何かあったらどうするつもりだ!』
颯太はそれを聞いて軽く混乱してしまう。一体なぜ怒られているのか分からなくなってしまった。
「次は当てます」
そう答えると、返事は来なかった。
颯太は次々と射撃装填を繰り返し、黒い巨大なアリを撃破していく。と、
『ふーくん、そこから一旦降りた方がいいわ。下に車を付けてるから、狙撃銃を変えて余ってる適当な小銃用意して待機してて』
突然の島田の大雑把な指示に颯太は一瞬固まった。いつもゆったりと話す島田が珍しく早口で指示を飛ばしたのだ。
「何かあったんですか?」
しかし島田からの返事は来ない。不思議に思いながらも颯太は銃と諸々の道具を大急ぎで片付けると、すぐにその建物から降りた。
指示通り下には車が置いてあり、颯太は中に準備してあった小銃を人数分用意する作業をしていた。その時だった。
近くで建物が爆ぜるような不快な音が轟いた。
颯太は慌てて車から飛び出すと、少し先の高い建物の上部が綺麗に吹き飛ばされていた。
数秒その異様な景色に目を奪われていた颯太は、ハッと我に返り地図を確認する。
「ここって……」
地図上のその建物の上には赤い丸印、すなわち今回参加の隊員の誰かが配置されている場所……。
「助けなきゃ……」
颯太は走り出した。ソラみたいに足に能力があれば、すぐに駆けつけられるというのに。
しかし、そんな颯太を止める声が耳に響いた。
『ふーくん、行かないで。新人が無理しちゃダメ。負傷者と死体の回収はリラちゃんに任せてあるの。今は車で待機して』
普段の島田の雰囲気を消した島田幸先の声は、力強く颯太に帰還を強制する。
颯太は唇を噛んだ。あわよくば死んでないと期待した自分がいた。
――車に戻ると血塗れのリラが笑顔で手を振った。傍らには顔こそ知らないが、間違いなくヤシマの隊員である服装の男が息絶えていた。