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初任務

 颯太の一日は朝日が昇る前から始まる。

 この日も例外なく朝早くから目が覚めたのだ。

 しかし一つだけイレギュラーがあるとすれば、もうすでに他の面々は起きて自分の作業をしていたという事だ。付け加えておくが、空は颯太が起こした。


 「空、颯太。自分のリュックは自分で作れよ」

 「そんなピクニックに行くわけでもないのにねぇ……」


 ニカッと笑い親指を立てる橋宮の横から、コーヒーを片手に優雅な朝を迎える島田が突っ込んだ。

 島田は司令室からと言っていたが、少しは何か準備することは無いのだろうか、と颯太は思った。


 「それと、これだな! 昨日の夜届いた新品の防刃スーツだ」


 橋宮はそう言い、どこからか全身を覆う真っ黒なスーツを取り出してきた。


 「かいとくぅーん、物は言いようねぇ?」


 颯太と空には島田の言いたいことが分かった。

 なぜならその防刃スーツとやらは、全身黒タイツだったからだ。細かく言えば、多機能性黒タイツだろうか。


 「いや、決して黒タイツじゃないぞ!」

 「え、えぇ、分かってますけど」


 颯太がそう答えると、一人目を輝かせている男がいた。


 「これが……噂の筋力スーツ……!」


 空が感慨深そうに呟いた。


 「そうだ。特殊な繊維で編み込んで、着用者の筋力を大体三倍に出来る。筋肉量が増えるわけじゃないけど、普通の人間の何倍もの力を発揮できるってわけ」


 橋宮は再びニカッと笑って見せた。

 颯太も研修生時代には噂に聞いていたが、実際に存在するとは知らなかったのだ。


 「まぁ、ニンゲンの筋力覚醒技術の進歩で私たちは普段から普通の人間より能力が高いけどねぇ」


 と言うのは、およそ三十年前から政府主体で行われてきた人体覚醒の研究だ。簡単に言えば今まで脳が制御してきた筋力の限界値を最大まで引き上げるというものだ。実際その使用頻度の少なさからすぐに研究は頓挫したが、蟲が現れて以来再びその研究が世の中に知れ渡ったのだ。


 「それに筋力スーツを組み合わせてニンゲンの究極体を作るって話だったんだけどぉ……あくまでリミッターが外れるだけでぇ、筋繊維の破壊を止めることはほぼ不可能だからねぇ」


 そう言って島田は二人を見た。

 そして橋宮も、


 「つまり無理は禁物ってことだ!」

 「そんな簡単な話だったっけ!?」


 全く話をきいていな聞いていない空をほったらかして颯太は盛大に突っ込んだのだった。







 走るタイヤが擦れる音が、車内に響き渡る。その音が収まると、ようやく地下から地上に出たのだと実感した。

 そして、久しぶりに感じる太陽光に、目を薄めながら――


 「この車って窓とか無いんですね」

 「そうだ、文句があるならここで下ろす。霞をその腐り切った眼球に写した時点で下ろす」

 「正面に座られてるんですけど……?」


 朝のランニングの時に見かけたが、移動するのは少し変わった車だった。見た目は箱型で若干タイヤが大きいくらいでオフロード用の車両と特に差はない。ただ内装は全長の8割程度を貨物としており、人間6人が座るには流石に狭すぎる。

 なぜ車なのかと言うと、サイズと積載荷重と機動力が良い感じのバランスなのだと橋宮は教えてくれた。少し前から思ってはいたが、この人はかなり大雑把な性格なのだろう。


 「でもリラはカッコいい戦闘機的なのに乗りたいなーって」


 全員無言で出発したのだが、何故かこの女性だけは口を開けるのをやめない。


 「ねー、そらもふうたも緊張はダメやけんね?」


 手で大きく×印を作ってみせるリラはいささか緊張感が足りてないのではなかろうかと空は思う。

 空もあまり緊張すると言う事がないタイプなのだが、このリラと言う人を見ていると、どうやら格が違うらしい。

 【crow】の親であるヤシマ工業から支給された大きな背中に背負うリュックに諸々の小道具を詰めてくるのだが、まずリラのリュックは黄色とピンクを基調とした生地にハートマークやらが付いて可愛くされた改造リュックなのだ。

 それにこのテンション。死が隣り合わせの危険な職業である故、練習時でさえ空気の張り付きは肌が痛いほどだが、なぜか全く気にしていない。

 空は思う。この人は緊張や度胸という言葉を知らないのではないかと。


 「リーダー、あとどれくらいでポイントに着きそうなん? ハウロングターイム?」


 容姿は美人外国人と言ったところだが、口調は時々似非関西弁が出てくるし、英語は片言だしと、色々ゴチャゴチャしてしまっているリラが運転席の橋宮に問いかけた。


 「あぁ、あと1時間くらいかな? 道が混んでてさ」


 その答えに颯太は首を傾げた。

 なぜなら、そもそも颯太達の住むトーキョーという土地は関東平野ほぼまるっと障壁で囲んだ中にあるのだが、その障壁の外に一般人は出る事が出来ない。それなのに道が混むと言うのは……。


 「ダンゴムシが道を塞いでて迂回ルート探すのに手間取ってるの。ほら、この面子まだ人手不足だし」

 『この優秀なガイドが役に立たないって迂遠に言ってるのかなぁ?』


 即座に返事をしたのはリラではなく耳のイヤホンから漏れる声の主、島田幸先だ。


 「違うよゆき、ほら、この辺あんまり来ない道だから……」


 苦し紛れの言い訳に、島田は「へぇ」と呆れた様子で通話を切った。

 そのまま車内は再び沈黙を貫いた。

 モーターの機動音とゴムタイヤがアスファルトと擦れる音だけが響く中で、颯太は手元に目を落としていた。

 颯太が持つのは小さな空間投影機だ。内蔵されたカメラが、空間に立体的に画面を映し出す画期的なアイテムで、テレビを見たりゲームをしたりする事も可能だ。

 そして颯太はそれに昨晩書いたメモを投影していた。

 全てを暗記し切れるはずもなく、教えられたことを大まかに書き出して覚えていく方法を取った。付け焼き刃だが、短期記憶は自信があるのだ。

 内心でブツブツと呟き、頭に叩き込んでいる最中だった。


 「よし! そろそろ着くぞ」


 運転席から威勢の良い声が聞こえた。それを合図に、乗員は全員戦闘準備に入る。

 自分の銃の弾薬やパック、緊急時の連絡ツールやモルヒネの確認、その他重要なあらゆる物を一つ一つ声に出して確認する。

 そうこうしているうちに、車が停車した。


 「行くか!」


 橋宮の声に全員が頷いた。


 「空、颯太、緊張してるか?」

 「えと、はい……」

 「実は俺も……」


 そう言うと橋宮はニカッと笑い、親指を立てて、


 「大丈夫、俺たちが居るから」


 そう言ってくれたのだった。

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