厄災ロンド①
時間が経つにつれ、その激しさは激化していった。蟲が地上を侵攻開始してから約三十分後、ヤシマ工業・Next World社・八巻蟲研究所の一般隊員が到着したが、戦況は良いとは言えなかった。
特に戦況が良くないのは空や颯太のいるヤシマ工業が管轄する区画だ。
というのも、Next world社には速水迅というNo.2特殊戦闘員と、八巻蟲研究所には霜月宗次郎というNo.3特殊戦闘員が実質の指揮を執り特殊戦闘員たちを率いている。しかし、ヤシマ工業のNo.1特殊戦闘員の雲切雷電はいまだに行方不明のまま、戦闘に参加していない。雷電しか強い戦闘員が居ないというわけではないが、正直戦力差を感じずにはいられない。
市街で戦闘を繰り広げている隊員にも疲労の色が見え始めた。
「おい! こいつらの外殻硬すぎるだろ!」
一般隊員の一人がそう漏らした。一点集中砲火でなんとか頭部をつぶせないこともないが、時間がかかりすぎている上に、弾も無限にあるわけではない。
「中道大隊長より伝令! 作戦を変更して、蟲の機動力を無力化した上で特殊戦闘員に後を任せろとのこと」
一般隊員に出た命令は蟲の無力化だった。特殊戦闘員と違い、少人数で勝てるような相手ではない上に、蟲は人間を食らい、その体を更に強化する。実際、今回襲撃している蟲は血を啜った程度ではあるが少なからず人間を食らっている。僅かな血ですら通常の蟲より格段に強い。
あえて言うなら、十か月前のイギリスで起こった大規模強襲で兵士を三十八人食らった蟲が都市の半分近くを破壊し尽くした。最終的にはIERHから派遣された日本の雲切雷電によって撃滅された。それほどに人間を食らった蟲は強いのだ。
「脚を狙え! 動けなくしたら俺たちの勝ちだ!」
そう言って六本ある脚を次々と吹き飛ばした。
弾丸が当たるたびに火花をちらし、金切り音をあげて地面に崩れ落ちる。そこに間髪入れず特殊戦闘員が頭部をたたき割る。
「早い……! このまま押し切るぞ!」
空になった薬莢が足元にジャラジャラと音を立てて撒き散らされる。一歩ずつ確実にその歩みを進め、確実に蟲を葬るために。
「いける……」
隊員たちが勝利を勝ち取りかけた時だった。
突如として周囲の建物が音を立てて崩れ始めた。
「なんだ……うわぁぁぁあああ!」
隊員の一人が空を見上げた時、上空から無数の鉄の塊が降ってきた。大きさはほぼ自動車と同じ、避けきれない速さで落下してくる。
「総員退避!!」
中隊長から怒号が飛ぶ。が、間に合わない。
一瞬のうちに鉄の雨が降り注ぎ、中隊ごと鉄の下敷きになった。
あたりには砂埃が舞い上がり、むせるような血の匂いが漂っていた。
そしてそれに惹かれたのか、周囲から無数の蟲が湧き出てくる。蟲たちは隊員だったものの血と肉を喰らい尽くす。そして食べ終わった直後のこと、蟲の体が風船のように膨らみ始め、その黒色がさらに濃く、外殻はさらに厚く、無数の脚はさらに強靭に成長していった。
その光景を空撮ドローンがはっきりとヤシマ工業オペレーターや、指揮官へと映していた。
*
無数のコンピュータや、通信システム、さらに多くのモニターがあるなか、司令室の中央にある巨大なメインモニターに、人間の血肉を啜って巨大化する蟲の姿が映し出されていた。
さすがのオペレーター達も空いた口を塞ぐ余裕などない。
つい先程まで押し勝てそうな勢いが、一瞬の攻撃により撃沈。しかも蟲の成長材料にされてしまった。かつての同僚や、仲のいい友人もいた。それが、蟲に食われる姿は、直視出来なかった。
オペレーター達も普段から見ているわけではない。地形や隊員達のモデリングされたものを、碁盤の上で動かしているようなオペレーションの仕方だったからだ。
今回はトーキョー47区内での戦闘だったために、映像も観れたが、正直目を塞ぎたくなるような光景だった。
「かっ、各大隊へ通達! 中道大隊が壊滅! 至急応援を頼む!」
オペレーターが通信機のマイクを齧るような勢いで叫ぶ。司令室はいつも以上に騒がしくなっていく。
「自走式無人機を全部起動しろ。後方支援部隊の第百一班から第二百班までを遺体回収班に再編成し、迅速な回収を! 絶対に蟲に食わすな!」
「セントラルツリー到達までの予想時刻出ました!」
一瞬、司令室の人間の目が画面に向く。
「およそ四五分!」
画面には大きくタイムカウンターが、カウントダウンを始めた。しかし、特に驚くこともない。なぜなら、もうすでに蟲の侵攻開始から一時間は過ぎているからだ。
「起動しているほぼ全ての対空システムがダウン状態です!」
「対地迎撃砲が上空からの攻撃により第1基から第86基までが破壊!」
「第2防衛ライン破られます!」
「こちらヤシマ工業司令室! 第3防衛ラインで陣形を立て直す! 動けるものは撤退しろ!」
目まぐるしく戦況が変わっていく。
トーキョーの大動脈とも言える、地下と地上を繋ぐ高速エレベーター、セントラルツリー。ここに到達されると、一般市民の居住区および避難所に蟲が流れ込むことになる。それだけは避けねばならないのだ。
「……! 上空から再び高エネルギー反応及び生命反応あり!」
「解析急げ! これ以上食われるわけにはいかん!」
ヤシマ工業最大級の人員を誇る栗原大隊の栗原大隊長の怒号が飛ぶ。彼の隊員も少なからず蟲に食われてしまっていた。
「……おそらく、今回のトーキョー強襲のリーダー格だろう。どこぞの国からこっちに来よったな」
宮本最高指揮官がボソボソと呟いていたその時、解析班の桝井がモニターから顔を上げた。
「解析出ました! 警戒レベルⅤクラスの大型捕食昆虫! おそらく2年前メキシコシティを壊滅させたものと同系と考えられます! 推定被害は……」
その一瞬、オペレーター室が静まった。
「……トーキョー地下3階層壊滅!!」
その推定被害に指揮官たちは息を飲んだ。
トーキョーは全てで地下8階層、最深部は中央政府の特殊研究機関が揃った施設であるため、実質は7階層。その中に居住区や生産区があるわけだが、3階層分壊滅するとなれば、このトーキョーの人口分の衣食住が確立されなくなってしまう。
「直ちに中央政府に要請。IERH派遣隊員要請および雲切雷電の所在を明らかにさせろ」
「は、はい!」
「いつまで、雲切雷電の存在を隠している、中央政府の猿どもは……!」
宮本最高指揮官は、モニターに映る戦場を睨みつけた。




