緊急出撃
五月にしては暑い日差しが身体を照りつける。
筋繊維スーツの上から鎧のような強靭な防護服を着ている為、身体が蒸れて苦しい。
『高射砲部隊、状況は』
「各隊兵装を展開中、いつでもいけます」
『了解。一三〇〇より作戦を開始する』
時計を確認する。残り二十秒。
『……放て!』
指揮官の指示と同時に地上から上空へ向けて無数のミサイルが発射される。蟲の生体エネルギーを感知し、そこに向けて飛ぶミサイルが空を舞う蟲に直撃。
「どうだ……」
『――作戦失敗。これより作戦E-3に移行。これに伴って高射砲部隊はポイントを後退……」
「待ってください!」
別隊の隊長の声が指揮官の指示を遮った。
「上空より落下物確認! ミサイルの破片じゃありません!」
指揮官はモニターを確認する。生体反応が上空で分散し、細かい別々の個体へと飛散していた。
『戦隊各位、初期目標は撃沈。中から飛散したのは蟲とみられる。これより殲滅戦に移行』
もう一度モニターを見た。寄生生物だ。世界各地で確認されているが、蟲に寄生して人の居住地まで安全に隠れてくるようだ。寄生先の命が危なくなると身体を破って飛び出す習性を持ち、今回は蝶の腹にいたか……。
「こちらB13小隊、目標確認! 未確認生物です」
『了解、やれるだけやってくれ』
目標地点まで五百メートル。自社製狙撃銃の出番だ。
ウネウネと動く幼虫のような蟲の頭に、取り付けられたスコープのレティクルを合わせ、射撃。
弾は命中し頭が吹き飛んだ。頭を無くした蟲はそのまま動かなくなる。
「よし、これを繰り返して……」
しかし、もう一度スコープを覗いた時、全身の毛が粟立った。
周りの蟲は死んだ仲間の死体を貪っているのだ。
そしてウネウネと奇妙な動きで食い尽くすと、その身体を更に大きく太らせていく。
それが何千と居る蟲の中で行われているのだ。どれかの個体が死ねば周りが喰い、そして大きくなっていく。
そうして個体の厳選をしているのだと気が付いた時にはもう遅い。
幼虫は口から細い糸を吐き出して、自分の周りに繭を作っていく。
頑丈な作りの繭は、遠距離火砲などでは傷一つ付かないほどだった。
『戦隊各位、ポイントを後退。援護を待つ』
指示が飛んだのはギリギリだ。砲撃部隊の弾が切れる寸前だった。
「了解」
仲間に後退の合図を送る。
「第二防衛線まで撤退し、援護を受ける。そこで立て直すぞ」
仲間と繋がる無線機を伝って、了解の意を受け取った。
*
布の擦れる音と、金属がぶつかり合って鳴る高い音、展開準備に入る超遠距離砲の起動音が部屋に響いていた。
「予備隊の緊急出撃って……そんなヤバい蟲なんですかね」
「ゆき曰く、寄生虫らしい」
「寄生虫か……」
話をするのは【crow】メンバーで新人の颯太と空とチームリーダーの橋宮だ。
「寄生虫は小さいから処理が難しいんだ」
そう語る橋宮はつい最近怪我から復帰したばかりだ。だと言うのにその目には一つの恐怖も感じない。ただ静かに燃える炎が、彼の表情を険しくする。
「あとな、雷電が居ない。留守電入れたが……アイツそろそろ処分ものだな……」
雷電と言うのは【crow】のメンバーで、最強の名を独占する男だ。
ヤシマ工業のキルレシオ(討伐数/死亡数)の比が高いのはほぼこの男のお陰と言ってもいいほど。
しかし彼は普段から戦闘に赴くことが無い。曰く、雑魚は倒しても面白みがないようだ。
「選り好み激しいですもんね」
「あれで怒られるのは俺だぞ?」
不満をこぼしつつ、橋宮はコンテナを連結させた高機動自立式輸送機に乗り込んだ。これは前線への物資を素早く運ぶための機械で、装甲は最低限で、パワーと軽量化されたボディが売りのヤシマ工業製、製品名Cr-2だ。
「それぞれポイントは覚えたな?」
窓から仲間に声をかける。
「はい、ご武運を」
ニカッと笑う青年は、こうして今日も戦地へ身を投じるのである。
少し遅れてCr-2へ乗り込むのは二人の青年ーー颯太と空だ。
後ろのコンテナは主に主力である遠距離火砲の弾薬と、応急処置を施す設備の整ったものだ。
「確認したか?」
乗り込んできた颯太に空が問う。
「あぁ、舌にタコが出来るほどにな」
ふっと笑う颯太の隣で空は機械を起動させた。繋がっていた電力輸送管が自動的に外れ、室内に電気が灯る。様々あるタッチパネルが淡く光り出すと、いよいよ正面モニターに外の映像が映った。
「出発進行!」
空は勢いよくアクセルを踏み込み、廃墟と化した旧東京郊外へ出る。砲撃と戦闘を考えた際に、高い建物は邪魔なので全て崩してあるせいか、あまり栄えていたとは思えなかった。
「第二防衛線で立て直しだってよ」
「このパターンは初めてだね」
既に一月が過ぎ、そろそろ任務にも慣れてきていた頃だった。が、予備隊の緊急出撃は初めてだ。
「流石に緊張するね」
颯太が話しかけると、空は「そうだね」と軽い呟きしか返さない。
「なんかあった?」
「……いや、別に」
などと言う時の空は何かを隠していることを颯太は知っている。
「なんだよ、言えよ。トイレか?」
「ちげぇよ! ……地図、開いてみて」
颯太は言われるまま視界の右下の地図を開いた。仲間の位置を知らせる赤いマークが光っている。
と、颯太はあることに気が付いた。それは……
「一人だけ遠い所にいるね」
「それだけじゃねぇ。マークの個数が七個あんだろ」
自分の位置は表示されない。よって個数は六個のはずだ。だが一つ多いのだ。
「まさか!」
「リラだ」
初任務の時の記憶が蘇る。首を吹っ飛ばされたリラの頭が地面に落ち、血飛沫をあげて倒れるのをこの目で見た。そして彼女は死んだ、はずだった。と言うのも、死体が綺麗に無くなっていたのだ。飛散した血までも。それは不自然以外の何者でもない。故にただの見間違いだと結論付けられたが、一月以上も彼女は戻って来なかったのだ。
「どこから湧いたか知らんが、リラは生きてやがる」
颯太は空の言い方に少し違和感を覚えた。仲間が生きてて喜ぶところではないのか?
「ソラはリラが苦手なの?」
「いや、気味が悪いだけだ。あれは人なんかじゃないだろ」
どう言うこと、と言う前に空が言葉を継ぐ。
「筋肉の能力を行使するときは予備動作が必要だ。それは分かるだろ? けどリラはそんな事をしないまま人の身体能力を凌駕してるんだ」
颯太が時々思う事だが、こう言う時の空の観察力は凄い。普段からそうしてくれれば良いのに。
「人の形をした化け物、それこそ雷電とは違う別の何かだよ」
人じゃなければ何だろうか。ロボット開発はまだ試作段階で実用化されていないし。
そんな事を悩んでいると、突然空が叫んだ。
「ふーた! 外!」
颯太は慌ててサイドのモニターを確認すると、横から突っ込んでくる人影があった。
「んな馬鹿な、時速七十キロだぞ」
颯太は手元に置いていた護身用のアサルトライフルを手にし、扉を開け放った。
そして、横から飛び込んでくる人影の正体を知った時、颯太は身体が固まった。
「リラだ」
「やっぱりな」
そう言葉を交わした瞬間、輸送機と間一髪で避けていく外国人の風貌を纏った女性が風となって駆け抜けていった。