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カラスの日常

 入隊から早一ヶ月が経ち、五月の柔らかい日差しが照りつける基地の屋上に、その姿はあった。

 ミシマ工業第二防衛基地。主に予備隊の待機施設と各種兵器の倉庫及び格納庫である。トーキョー中心から約三十キロ離れた場所にあり、一般人が目にする事はない。


 「いやー、それにしてもデカい!」


 屋上から見えるヤシマ最大の主砲、超遠距離砲だ。ランペイジの愛称で初速毎秒三千メートルを超える速度で到達する弾丸は、蟲を淘汰するには十分な火砲だ。が、


 「まだ一回も動いた事ないんだって」


 この九年、この火砲が炸裂した事は無い。と言うのも、他の兵器で十分な火力があり、そしてここ最近入隊した雲切雷電という人の形をしたバケモノによって役目が薄い。


 「まぁ俺らもまだ一ヶ月、見れないよな。いや待て、これが動く頃には俺は死んでんじゃね?」


 すっと真顔になり、何か考えだすのはツンツン頭の白矢空。その側で楽しそうに笑うのがサラサラヘアーの風間颯太だ。


 「今日も蟲の掃討戦終わっちゃったし、出番は勿論無いし」

 「それが一番幸せじゃん?」


 まぁね、と笑う空はおよそ軍人だとは思えない。蟲の恐怖を知らない無垢な少年だと、名前を忘れた偉い人が言っていた。それはそれで幸せかもしれない。


 「っても、島田に早く帰れって言われてるしな……」


 とはいえ、第二防衛基地から【crow】の拠点まで地下輸送鉄道(UTR)で約二十分。すぐ帰還可能だ。何も急ぐ必要は無いのだが……


 「橋宮さんの退院日だっけ」


 このチームのリーダーであり、頼れる先輩のような橋宮。だが、先月の戦闘で負傷し、入院していた。

 内臓損傷という重傷にも関わらず、一月で退院出来るのは近年の医療技術の発達のお陰だ。一部にはこの医療の発達を命の人工化、などと批判する声もあるらしいが、助かるからそれでいいと思う。


 「流石に手ぶらって訳にはいかんでしょ。特に俺ら新人が」


 そう言って空は腕に嵌めた時計を見た。


 「昼過ぎか」

 「今から戻って揃えればいいんじゃない?」


 空は颯太の提案に賛成した。地下第二階層第二トーキョーに大きなショッピングモールがある。そこに行けば揃わないものは無い。


 「よし、行こう。あ、でも割り勘だからな」

 「分かってるってば」


 戦場に似合わぬ笑顔を弾けさせたのだった。







 「うぇ……」


 極端に人酔いするこの男は、寿司詰めの高速エレベーターの中で、限界を迎えつつあった。



 人が蟲に襲撃されてから九年、生き残った人々は関東平野に集まり、その周辺を巨大な壁で囲むという要塞都市を築いた。

 もともと地下都市開発をしていた旧東京都は、その計画を急ピッチで推し進め、最近になり地下七階までの建設が終了した。それぞれに第階層トーキョーと名前を付け、区分けを行った。地上も合わせて全部で四七区。

 現在日本は事実上無くなり、トーキョー国という新たな形で再起動を果たした(表向きには日本は現存するが)。

 それぞれの階層の行き来は、トーキョーの中心にそびえ立つタワー、セントラルツリー内にある高速エレベーターしかない。緊急避難用はあるが、普段は使われない。

 そして颯太と空がいるのがその高速エレベーターだ。しかし、


 「ふーた……俺はもうダメだ……」


 大量の人の中に埋まる空は、真っ青な顔をしていた。


 「大丈夫、もうすぐ着くから」


 颯太は至って冷静に対応する。というか出来れば話しかけないで欲しい。周りの目が怖い。


 『まもなく第二トーキョー七区、第二トーキョー七区です』


 機械の発する無機質な声が、到着の合図のメロディと共に流れ出した。

 そして、エレベーターはゆっくり動きを止めると、その重厚な扉が開かれる。


 「おぇ、うぇ……そ、外か……」


 隣を歩くよぼよぼのお婆ちゃんよりも背中を曲げてフラフラする空は、大きく深呼吸して、


 「うわぁー……頭痛ぇ」

 「ソラ、時間がないから行かなきゃ」

 「いや、俺今結構やばいよ?」

 「大丈夫だよ。吐いたら置いて行くから」

 「大丈夫じゃないよ!?」


 にひひ、と笑う颯太と体調不良にゲンナリする空は、およそ外と変わらない地下都市を歩き出した。




 第二トーキョー七区とは、商業施設が密集しており、人が多く行き交う街でもある。

 地下にも関わらず、街の所々に人工の川が流れていたり、天井は約百二十メートルの高さがあり、高解像度を誇る電光パネルが貼られている。それに太陽や青空、夜には月を写して、雨や雪などを降らせる事も可能だ。

 人が地下で暮らすようになってから、気持ちが落ちないよう最新技術で地上を再現している。


 「ふーた、橋宮の好きなものって知ってる?」


 ショーケースの中の大きな苺の乗ったケーキを前に、うーんと唸り声を上げて店員を困らせている空が不意に聞いてきた。


 「えぇ、知らないけど……あ、でも甘いものは苦手なのかも」


 颯太はふと、橋宮がクッキーやケーキというお菓子に手を出さないことを思い出した。単に健康面だったり身体を気にしているだけかもしれないが、食べないようだ。


 「じゃあハンカ」

 「まってソラ、男に貰うハンカチって」


 一瞬、良いアイデアが浮かんだとばかりの顔をする空が言い切る前に突っ込んでおく。多分橋宮のことだ。喜んで受け取るだろうが、果たして本当に嬉しいだろうか。


 「うーん……うーん……」


 うんうん星人になった空と、周りに立ち並ぶ店を眺めて考える颯太。

 だんだんと時間も無くなり、やはりお祝いは花で良いか、なんて言っている頃だった。


 「安いよ安いよ! 今日は第五トーキョー産のカルビ! グラム六百円!」


 丁度とある精肉店の前を通った時だった。大柄なおじさんが威勢よく肉を売り捌いていた。

 颯太はふと思う。肉は男の主食ではないか、と。


 「待てソラ」


 珍しく真剣な表情の空がこちらを向いた。


 「お前の身体は何で出来ている?」


 そう問われ、空はチラリと颯太の横の店を見た。


 「……丁度俺も同じ事を考えてた」

 「普通に行き過ぎてたよね?」








 「炭よし! 網よし! 換気よし! 野菜よし! 皿よし! 肉!」

 「「「「「「「よし!」」」」」」」




 珍しく騒ぎ声が聞こえるのは【crow】の空いていた地下格納庫だ。


 「それにしてもお前ら、肉ばっかり買い過ぎだ」


 退院して間もない橋宮がそう言った。確かに傍らに置かれる肉の量は半端ではない。大食いファイターが来たのかというほどだ。


 「私は誰とも被らないと思ったのだが」

 「わたしも、皆さんきっと、別のものだと」

 「俺たちも被るとは……」

 「橋宮サンはやっぱ肉っしょ」

 「かいとくんはお肉が似合うわぁ」

 「俺そんなにいつも肉に飢えてたっけ!?」


 と言いつつ嬉しそうに肉を頬張るのだから、彼はやはり良い人なのだろう。

 と、そこに因縁とも言うべき戦いが。


 「おいてめぇ、焼肉に野菜は要らねぇんだよ」

 「なんだと?」

 「肉以外で胃袋膨らませてどうすんだよ、あぁ?」

 「じゃあその米捨ててこいや」

 「んだとコラァ! 米は別格だろうが。何も分かっちゃいねぇ……このウニ男が」

 「うるせぇ! このシスコンが!」


 雷電と空、最近は暇さえあれば罵倒大会を開催しているのだが、よっぽど仲が良いのか……?


 「まぁまぁ、今日の主役は俺だぜ? 判断は全部俺だ」


 そう言うと、睨み合っていた雷電と空はサッと橋宮の方を向き、その判定を固唾を飲んで見守った。


 「うーん、俺も野菜食べたい」


 ガッツポーズをとる空の横で、雷電は直談判だ。


 「橋宮サン。後輩が可愛いからってそりゃないでしょ」

 「いやいや、俺退院したばっかりだし?」


 それで納得したのか、高い背を曲げて橋宮を見ていた顔を上げ、無言で肉だけ食べ始めた。

 橋宮は嬉しそうに見ていた。他の、島田もミチルも霞も雷電も空も颯太も、タマさえそうだ。


 楽しい一日だった。出来れば、ずっと続けば良いのに、なんて思うのは身勝手だろうか。


 「また、みんなでこんな事したいな」


 突然橋宮が呟いた。その横顔はどこか遠くを見ているような、そんな感じだった。

 明日からまた始まる泥だらけの日々に、少しだけ手を振って、今は楽しもう。


 その日、夜まで笑い声が絶えることがなく、翌日酒臭い雷電が格納庫で発見されることになったのは秘密だ。

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