初任務(終)
移動用道路を大量の貨物と戦闘員を乗せた車が次々と走り去ってゆく。
この専用道路は下を走る旧道とは違い、文字通り関係者以外使う事は出来ない。
『にしても良く生き延びたわねぇ』
島田の抜けた声が空の耳に響いた。隣で眠る颯太は聞いてないだろうが。
「運が良かったか、悪かったか」
『良かったと思うわ。特にかいとくんが重症だし、身代わりになったというか』
「嫌な言い方するな」
当の橋宮は雷電がさっさと病院に連れて行ったらしい。当時気絶していたせいで覚えていないのだ。
「まぁ良く頑張ったよ、颯太は何があったかは知らんが」
目を細めるのは夜空ミチルだ。彼女の身体にも包帯が巻かれ、傷の酷い箇所には人工皮膚が貼られていた。
「夜空さんもお疲れ様でした」
『ほんと、ミッチーもよく頑張ったわぁ』
ふっと笑うミチルは、正面に座る霞に目を向けた。
霞も傷だらけだった。蟲の遠距離攻撃で爆散した建物の破片を食らったらしい。
「……もうあんな無茶は」
「でも私、ちゃんと、出来たでしょ?」
クリクリとした丸い澄んだ目が、ミチルを写していた。
「……そうだな」
ニコニコと笑う彼女の顔を見ていると、いつしか責める気にならなくなる。それは色々な意味で彼女に惚れてるからか。
『ま、ともかく一人も欠員を出さずに――』
言いかけた島田に空が食いついた。
「リラ忘れてません? 結局あの人は」
そこで言葉を切ると、島田が『あぁ』とこぼし、
『リラなら多分基地に戻ってる。死んでないはずだ』
「じゃあ俺たちが見たのは!」
『……記憶違い、かもねぇ?』
記憶違いな筈があるか。空は言おうとしたが、そこで通信が切られてしまった。
視界の端に出るオペレーターとの通信状況を表すマークにバツが付いていた。
*
道路は直接基地の格納庫へ繋がっている。そこに乗り付けると、専門の整備士達がやってきてメンテナンスに入る。
空はあまり考えなかった事だが、この【crow】以外にも小隊はあって、さらにそれを支える後方支援部隊や機械整備班、更に島田のような指揮官まで多数の人が関わってこの作戦は成り立っている。細かく言えば、作戦別に高射砲部隊や自立式小型有人機や超遠距離狙撃部隊など、おそらく二度と顔を合わせることがない人達もいる。
だがここで一つ疑問もある。
そもそも雷電のようにチート並みな強さなら機械や銃などに頼る必要がない筈だ。己の拳一つでなんとかなる。
「そうしないのはなんで?」
「それはそらくんも体感したでしょぉ? 筋肉の損耗」
そう言って島田は空の足を指差した。
確かに損耗率は気になるようになった。ほんの数十分で使い物にならなくなる。
「つまり、長時間の戦闘が不可能……?」
「あら、正解よ」
「あら、は無いだろ」
「おっとっと……。それで、長時間の戦闘が不可能についてなんだけどねぇ。かいとくんとか、らいくんみたいに、一回にエネルギーを注ぎ込むタイプの人は持って三十分。特にらいくんの稼働時間は極端に短いのよ。だから先に粗方片付けておくわけ」
島田はそう言ってコーヒーをマイカップと空用のカップに注ぎ、
「砂糖は?」
「二本」
「甘党ねぇ」
袋から出したスティックタイプの砂糖を二本入れてスプーンでかき混ぜる。島田は専らブラックだが。
「はい、愛情たっぷりコーヒー」
「おぇ……」
「照れちゃって」
上官に向かって何という態度だろうかと思うが、気にも留めない島田に対してだから出来ることだと、甘える自分が否めない。
「じゃあもう一個質問、自走式無人機の開発がストップした理由」
それは空が入隊前、つまり訓練生だった頃、寮のテレビで見たとあるニュースだ。
「人を戦場に駆り出して使い潰すよりマシだと思うんだけど」
「あれはそもそも人間と同等の動きが出来なかったのよ。人より脳の処理能力には優れてたんだけど、意思を持たない機械は無理にでも突っ込んでいくの。結果としては開発費の不足と整備士の負担の増加。毎回の戦いで機体の半分を損失してたら、そりゃお金も無くなるよねって話よ」
空は半分ほどしか咀嚼出来なかったが、言いたい事は大体分かった。
シンギュラリティにより、ほとんどの人が仕事を失うなんて言われてたけど、現実はそう甘くは無いってことか。
「まぁ、今はそんな事より身体を癒しなさいな。三日後の出撃は多分無いけど、第二防衛線までは出動しなきゃいけないからねぇ」
これも島田に教わった事だが、どうやら第一防衛線と第二防衛線があり、今回戦ったのが第一で次が第二と、およそ交互に入れ替わる。隊員の体調を考えての作戦らしい。それに、持ち運ぶのに不便な兵器等を管理するのにも役立っているそうだ。というか訓練生時代に教えて欲しかった。
「じゃあ、俺は寝る。島田も休んだ方がいい」
本人は隠していたつもりかもしれないが、まぶたが時々痙攣している。寝不足かモニターの見過ぎか分からないが、彼も相当疲れが来ている筈だった。
「そうねぇ、事後処理の書類と報告書と補填部品申請書を書いたら寝るわ」
それを聞いて空は気に入らなかったが、寝てくれるなら構わない。これで狂った指示で殺されては、死んでも死に切れない。
「じゃ」
カップに残ったコーヒーを一気に飲み干し、流しへと置いて、そのまま自室もとい相部屋へと戻っていった。
その後ろ姿を見て、
「寝る気あるのかしら」
と、彼もコーヒーを飲み干し、濃緑の長い髪の毛を揺らしながら、自室に戻るのだった。
*
夢を見た。
楽しい夢だった。
訓練生時代の仲間と笑って過ごす夢。幸せだった。世の中の嫌なことから解放されて、もう苦しまなくていいと。
でもいつか夢は覚める。夢現からゆっくりと現実に戻される感覚が大嫌いだった。
「……ここどこだっけ」
部屋が暗い、のはいつものことか。目の前は布団の底を見ていて、どうやらベッドに横になっていたらしい。
嗅ぎ慣れない独特な匂いと、殺風景な相部屋が颯太の記憶を呼び戻した。
「あぁ……そっか」
目が醒めると同時に、あの時の衝撃が蘇る。吐きそうなほど怖かった。
ソラにどれだけ迷惑をかけたか分からない。あの時、自分がソラの足を引っ張ってしまった。
ソラへの罪悪感と自分への嫌悪感で苦しかった。
どうも自分は強くなれない。それは肉体的にも精神的にもだ。
「謝んなくちゃ」
ベッドから這い出ると、部屋の時計はすでに深夜に入っていた。昼の戦闘だった事を考えるとどれほど迷惑をかけたか。もはや職務怠慢で懲戒ものだ。
「ソラ、あのさ……」
二段ベッドの上、ソラの寝ているところに話しかけた。夜更かしする癖がある彼はまだ起きているだろうと思ったからだ。
しかし、それは裏切られる。ソラが寝ていたわけではない。そこに居なかったのだ。
「……ソラ?」
部屋を出て、静まり返った廊下を歩く。自分の足音以外は聞こえない。
だが、ひとつだけ光の溢れる部屋を見つけた。そこは颯太がいつも筋トレ用に使っている部屋だった。
足音を鳴らさぬよう、呼吸を聞かれぬよう、こっそりとその中を覗いた。
「――――」
「……あと十回……」
そこには消耗し切った足をさらに鍛えるソラの姿があった。
過剰な疲労は怪我の原因だと言うのに。
「……? ふーた、いるのか?」
突然こちらを向いたソラが、扉越しだと言うのに当ててきた。しかし無視する理由もなく、いつも通りの態度で部屋に入った。
「丁度通りがかったんだ。よく分かったな」
ソラはニヤッと笑って、
「何年の付き合いだと思ってんだ。気配で分かるに決まってんだろ」
それにしても、とソラは続けて、
「怪我、大丈夫か? 一応医療班の人に診てもらったんだけど」
自分の口を指差され、颯太は口の傷を思い出した。
しかし、殴られた傷も折れた歯も全て綺麗に戻っている。痛みも一切感じられなかった。
「無事みたいだ、ありがとう」
「いいって」
ソラはどこか照れ臭そうに言う。彼は褒められたり感謝され慣れていないせいか。
「それよりさソラ」
「あ、次は第二防衛線で予備隊だとよ」
「ソラ」
「明日は休みかー」
「ソラ!」
珍しく声を荒げた颯太に驚いたのか、ソラは口を閉じた。
「ごめん、俺、気が狂ってお前の足を引っ張って……」
「俺は知らねぇ。ふーたは顔面の怪我と戦闘の筋肉疲労で倒れたって事しか知らねぇ」
しれっと答えるソラは顔をこちらに向けず、
「何か思うことが有れば、俺は言葉じゃなくて態度で返して欲しい。簡単に終わらせて欲しくない」
何か言おうとした颯太の口は少し空気を漏らしただけで、閉じられた。
ソラが言う事は確かにそうだ。言葉で言うのは易い。それを体現することが結局信用に変わる。
「そうだね。……俺も筋トレしようかな」
「ははっ、お前は寝ろや」
「もう寝過ぎた」
貸し借りが嫌いな彼のことだ。彼なりに妥協点を見つけたのかもしれない、と、苦しい表情に少しだけ笑みを浮かべる友人の姿を見つめていた。