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初任務⑧

 運転席に誰もいない車は、しかし障害物を避けるように走る。従来の車のようなフロントガラスは無く、四方に付けられたカメラで外の景色を撮影したものを前面のパネルに映し出す仕組みだ。その方が死角を無くす事が可能になり、突然のイレギュラーにも対応可能となった。

 現在は自動操縦で、全地球捕捉システム(通称Eシステム)により制御されている。

 その中で、颯太は怪我の手当てをしていた。出血は止まったものの、菌が侵入するかもしれないからだ。


 「なぁソラ……リラは」

 「今は考えるな」


 ほんの少し前の事だ。突然逃げたリラを追いかけ、追いついたところで交戦したものの、最後リラは首を狙撃されて……


 「でも車が無事で良かった」


 あの時リラは車を壊したと言ったが、何も問題は無かった。


 「島田は何て言ってた?」


 車の回収が終わった後、颯太は島田に連絡を入れていた。


 「驚いてはいたけど、悲しい感じでもなくて……慣れてるのかな」


 日々命を削る隊員にとって、仲間との別れはごく日常なのだろうか。いや、命を軽んじてはいけないのだが。


 「さぁ。それよりも、橋宮さんの回収の方が優先だ。リラの事はまた後で」


 空は損耗した足を揉みながら地図を見直す。

 島田が指定したポイントまでは約二十分と少し遠めだが、その間に準備することもある。


 「にしても三日に一回のペースでこんな事してたとは……正直思ってなかった」


 空がこぼした言葉に、颯太も頷いた。

 ミシマ工業で訓練生をしていた時は、簡単な仕事だと思っていた。勤務日数は年間約百二十日程度、給料はサラリーマンの平均の三倍ほど、自由時間も多く、普通に働くよりいい仕事だと思っていた。

 だが現実は違った。

 入隊してすぐに思ったのが、面子が若い事だ。恐らく橋宮が年長だろうが、まだ二十代前半程度だろう。このシステムが出来て約八年が経った。三十過ぎの人がいてもおかしくは無い、はずなのだ。

 つまり、日々命を削る中で、長年勤めているとどこかで削り切ってしまうのだろう。それが今日かその次かは分からない。


 「元気かな……冨田も花木も赤坂も、死んでないといいな」

 「チッ、縁起でも無い事言うんじゃねぇよ」


 訓練生時代の友人を並べる颯太の弱音に空も苛立ちを隠せない。しかし、どこかで共感する自分がいる事へも苛立っていた。


 「今は、自分の事で精一杯だろうが……」


 次々と脳裏に浮かぶ友人の顔を振り払い、意味もなく地図を眺める。とにかく別の事に集中したかった。何も考えたくなかったのだ。


 「損耗率35%……結構キツいんだな……」


 地図を閉じると、視界の端に赤字で脚の筋肉の損耗率が表示されていた。車を追いかけるのに相当消費したらしい。きっと明日は歩けない。

 そんな、来るかどうかも分からない明日の想像をしながら、颯太に目をやった。

 彼は虚空を見つめていた。意識はあるが心はここに有らず、と言うように、全く動かないでいる。

 無理も無かった。目の前で人が死んでショックを受けない人など居ない。いたら人ではないだろう。それは空も同じだが、今はまだ任務中だと意識を保っていた。死んだ時は遺体の回収と死亡通知が来ると教えてもらった。それがあるまでは信じないと、決めている。


 「颯太、そろそろ近くなった。俺は橋宮の所に行って回収してくる。お前はここで待ってろ」

 「……置いて行かないで」


 立ち上がった空の足をがっしりと掴んで、颯太は言った。


 「俺を一人にしないでくれ!」

 「……チッ……離れろ気持ち悪ぃ」


 もうダメだ、空はそう確信した。焦点が合ってない。恐怖に飲まれてしまっている。


 「悪ぃな颯太」


 空は颯太の両手を縄で縛って椅子に座らせた。


 「ここが一番安全なんだよ」


 聞いているのか聞いていないのか分からないが、とにかく続ける。


 「だから俺が行って……」


 言いかけた時、突然外から何かが爆ぜる音が響いた。と、同時に車が大きく揺れた。


 「なんだよ?!」


 空は慌てて運転席に戻って、息を飲んだ。

 目標地点近くで砂煙が上がっている。蟲が暴れたか、あるいは武器が暴発したか……

 いずれにせよ橋宮に危険が迫っている事は確かだった。


 「急がねぇと……!」


 空は走る車から飛び出して、直接橋宮の回収に向かった。







 「橋宮さん! どこですか!」


 砂煙が視界の邪魔をして見えない。足元に転がっている危険物に注意を向けつつ、どこかにいるはずの橋宮の姿を探していた。


 「橋宮さん!」


 すると突然、ガシッと足を掴まれて、思わず声を上げてしまった。


 「うわぁゾンビ!」

 「俺だ! 勝手に殺して適当に生き返らせんな」


 空は慌てて逃げようとしたところで、聴き覚えのある声の方に目を向けた。足を掴む腕の先には、見慣れた橋宮の顔があった。


 「橋宮さん! 良かった無事で――」


 なにより、そう言いかけた空の口は開けたまま空気だけがこぼれた。

 橋宮の横腹に、白く太い針金のようなものが突き刺さっていた。横に捨ててある空のチューブと注射器から、止血剤に痛み止めを打ったことは分かるが、内臓がやられていては一刻の猶予もない。


 「橋宮さん今すぐ車に……」


 言いかけて、砂煙の中から何かが近付いてくる事に気が付いた。肩から掛けていた自衛用のアサルトライフルを構え、


 「おいおい、初めて会う人に銃口向けるたぁ、いい度胸じゃねぇかよ」


 姿を現したのは空より数個上の青年だった。身長百八十五センチほどの高身長と、ピチッとした服の下から浮き出る筋肉と、端正な顔立ちたが睨む眼光は百獣の王ですら後退りするかもしれないほどの男だ。

 空は咄嗟に銃を下ろし、しかし警戒感をより一層強めた。


 「…………」


 男はジッと空を見つめたが、何も言わず足元へ目線を向けた。


 「橋宮、戦場で寝ると風邪ひくぜ」


 そして薄く笑いながらしゃがみ込んで、橋宮の腹に刺さる白いものに触って、


 「新しい抱き枕まで持参なんて、職務怠慢もここまで来たか」

 「うるせぇ。もっと早く来いよ」

 「ロンドンから急いで帰らせといてその言い方はひどくねぇか?」


 カカッと笑い、自分が持っていた白く太い針金を手刀で短く切ると、


 「で、さっきからそこで突っ立ってるお前は誰だよ。用がねぇならさっさと消えろや」


 そう言いながら立ち上がって、空の頭の上から睨む視線と、空の警戒心の視線が交わり火花を散らし――


 「待て待て、昨日から【crow】に配属になった白矢空君だよ。お前にも書類回したろ」


 横から割り込んだ橋宮の言葉に男は「あー……」と微妙に思い出せない顔をして、


 「興味ねー」


 と一言。流石の空もこれには怒りが収まらない。


 「てめぇ……さっきからなんなんだよ!」


 そして再び睨み合う視線が交錯し、火花を散らす。そしてまたもや橋宮が間に割り込む。


 「待て待て、空、これが前言ってた最後の一人だよ。名前は雲切雷電。世界最強の男だぜ」


 と言う橋宮の説明に、空は「へぇ……」と漏らし、


 「ぜんっぜん興味ねぇわ」

 「お前らバカだろ」


 橋宮が拾い上げた石を二人の横顔に投げ付けた。雷電は回避したが、空は思い切り当たってしまい気絶してしまった。


 「新人隊員ねー……人増えたし、俺もそろそろお役御免って感じじゃね?」

 「お前は今からが本番だろうが。あとタバコ。やめろっつったろ」


 雷電は橋宮の言葉を理解したのかしてないのか分からない表情でまた薄く笑うのであった。

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