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初任務⑦

 時は少しばかり遡る。

 二手に分かれて撃破のチャンスを狙う作戦に切り替えたミチルと霞は、それぞれ目の端にある位置情報システム搭載の地図で確認しつつ移動していた。


 「ううう……死にたくないな……」


 勢いに任せて飛び出してしまったが、いざ一人になると心細さが異常だ。手先が震えて、時々足場を間違えるほどに緊張していた。

 思えばずっとミチルと一緒だった。いつも可愛がってもらって、いつも気にかけてくれていた。お姉ちゃんみたいなミチルに甘えていた自分を良くないとは思っていたが、なかなか抜け出せなかった。

 これ一回で出来るとは思えないが、このチャンスで自分が自立した姿をミチルに見せたい。

 明らかにミチルの態度が変わったのは自分でも分かっている。

 左肩甲骨を触った。確かにある古傷は、青くて甘くて油断していた自分への戒めとして完全修復は断った。

 周りからは、「お嫁にいくのに」と散々言われ親にも反対されたが、それだけは譲れなかった。

 だって愛しい友人の性格を、こんなにも変えてしまったのだから。

 怪我をしないと言うのは職業柄ほぼ無理に等しい――否、島田のような立場なら無理ではない。が、そんな立場ではない霞は、怪我をしない努力をした。自分の怪我は他人にも影響する。自分の身体のはずなのに、周りまで傷付かせてしまう。恐怖でもあったが、逆に周りの温かさも知った。


 「だから、絶対、守って、みせる」


 身体を大切にと言うのはそう言うことだ。自分だけじゃない。周りまで傷付けてしまう。

 本当に守るべきは自分なのだ。


 「あ、ここなら見える」


 周りの建物より飛び抜けて高い電波塔のようなものの一番上に登った霞は、双眼鏡を覗いて確認した。

 射程距離内ではあるはずだが、恐らく周りの橋宮隊長を始めとする精鋭部隊が攻撃を受けきっているのだろう。


 「狙いは……だめだめ……ミチルがまだ……」


 地図上ではまだ動くミチルの点を見て、撃つのをやめた。


 「やっぱり……一人じゃ怖いかも……」


 風が呆れたように優しく吹いた。







 はぁはぁと乱れる呼吸に肩を揺らして立ち止まった。狙撃ポイントまであと少し、だが、流石に足に疲労が溜まってきていた。

 霞はもうポイントに到着しただろうか。無事でいるだろうか。

 余計な考えが更に酸素を奪っていく。そうと分かっていても辞められないのだ。


 「夜空さん、大丈夫っす?」


 立ち止まるミチルに声をかけたのは、先程合流した別隊の隊長で、丁度同じ付近のポイントに向かう途中だった。


 「なんなら背負っていきますけど」

 「……断る」


 彼の名は藤橋という。正義感の強い男で、顔立ちも悪くなく、性格も良い。部下から慕われる人間だった。


 「でも僕は夜空さんのこと置いて行かないですから、ね」


 にこりと笑うその顔に女性は惚れるらしいが、ミチルにはよく分からなかった。

 それから呼吸を整えて再び走り出した。藤橋は前を走ってチラチラと後ろを確認するようにしているらしい。まるで主人の前を歩く犬のようだと思った。


 「そういえば藤橋、アンタのところでドローンの手配が出来るんじゃないのかよ」


 藤橋は、「あぁ」と小さく漏らして、


 「それならもうしたんですが、何せ相手は空中も射程内ですからね……一掃されましたよ」


 ハハハと笑っていたが、笑い事ではない。


 「やっぱり彼の帰りを待った方が良さそうですよ。あれはもう人間じゃありませんから」

 「……雷電か。今はロンドンにいるらしいが……」


 雲切雷電。彼をそう呼ぶ人は少ない。彼はその強さ故に様々な異名が付けられているらしい。


 「ロンドンか。緊急要請ですかね」

 「橋宮の命令には逆らえんようでな」


 へぇ、と藤橋が興味の薄れた返事をしたのでそこまでだ。

 そしてなにより目指していたポイントが近い。


 「僕ちょっと確認してきます」


 藤橋は近くの建物の間を飛ぶように登って行った。その場所は蟲の位置から一キロ程度離れている。蟲も恐らくは気付いているだろうが、橋宮を始めとした戦闘集団が気を引いている間に仕留めてしまいたい。

 と、そこへ、


 『おーい、ミッチー?』


 耳につけたイヤホンから島田の特徴のある高い声が聞こえた。


 「なんだ、ゆきさんか。なんですか」

 『うぅーん……かいとくんが少し傷を負ったから早めに援護して欲しいなぁ、ってね』


 ミチルの脳裏に橋宮がやられるイメージが映し出されるが、


 「本当? 腐っても【crow】のチームリーダーよ?」

 『それはちょっと失礼だよねぇ? てかミッチー後輩でしょ……。と、そんな事は後回しで。傷は浅くは無いわねぇ。死にはしない程度かしら。相手も死肉は食いたくないのかもしれないわね。ま、ともかくそんなところだから、よろしく〜』


 プツッと切れる音がして、何も聞こえなくなった。

 島田の情報は間違いないだろう。


 「夜空さぁーん!」


 少し考え事をしていたミチルの頭上から藤橋が飛び降りてきた。存分に足の覚醒能力を行使して着地した彼は、


 「そこの上、見えます」


 短く言うと、「失礼」とだけ呟き、ミチルの脇の下と腿の下に手をスルリと伸ばして、さながらお姫様抱っこの様な形で壁を駆け上がっていく。

 ミチルは咄嗟のことに身動きが出来ず、そのまま屋上に辿り着いた。


 「おい、何してんだ」

 「いえ、この方が早いかと」


 悪びれもせず、にこりと笑う青年が腹立たしい。と言うより女性の体に触れて何ともないのか、この男は。

 と、そんな事を考えていたミチルだが、実際の藤橋は今にも心臓がはち切れそうなほど緊張していた。




 目視で確認できる――と言えば嘘になる。一キロ先の標的の頭など見えるはずもなく……


 「やっぱり自分のが一番ね……」


 しかしミチルには見えているのだ。常人より発達した視力が彼女の能力。見たいものをほぼ間近で見れると言う。本人は使いどころの少ない能力を憂えているが、この狙撃に関してはほぼ失敗する事はない。

 そしてなによりこの狙撃を可能にするのが藤橋の持つMR-3Aというミシマ工業製の狙撃銃。口径十三、五ミリから放たれる弾丸は蜘蛛の装甲も撃ち抜く威力を持つ。


 「霞はポイントに入ってる。両方から撃ち抜けば……!」


 目を細めた。

 鉄の塊が飛び出す感覚が手を通して全身を震わせた。弾丸は寸分の狂いもなく、蜘蛛の頭を撃ち抜いて――


 しかし、ミチルはそれよりも空を見上げた。


 「ステルスヘリコプター……! まさか」


 蜘蛛のいるポイントには砂煙が上がっていて姿が確認出来ない。


 「夜空さん! もしかして!」


 ミチルは小さく溜息をついて、


 「おでましだ。私ら【crow】の主戦力、雲切雷電のな」


 砂煙が晴れたそこには、頭を叩き潰されて撃沈した蜘蛛と、その上にタバコを片手に持つ長身の男が立っていた。

 男は持っていたタバコを蜘蛛の頭で消すと、


 「チッ……雑魚が……」


 そう、足元を見下ろしながら呟いたのだった。

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