「また、ハンカチ返しに来るよ。」
「ううううっ!」と、大声を出して翔は目を覚ました。肩で息をし、額には脂汗がじっとりと浮かんでいた。呼吸を落ち着かせながら、翔は自分が何故ここにいるのかを思い出し、おそらく本を読んでいるうちに眠ってしまったんだろうという状況を理解した。
「ひどい汗…」と本田がハンカチを差し出してきた。差し出された薄紫のシンプルなデザインのハンカチで汗を拭き、翔は帰ろうと思い席を立とうとした。
「あの!」と、これまでの本田からは想像し難い声で翔は呼び止められた。
「光ちゃんは…本気なんです。いつだって…。」
本田は、何故光の話をしたのか、ゆっくりと、自分の言葉を確かめるように、話し始めた。
ーーー
光ちゃんとの出会いは、小学校の頃でした。
初めて同じクラスになった3年生くらいの時だったと思います。私は昔からみんなと一緒に遊んだりするのが苦手で、本を読んだり、可愛い女の子が出ているアニメを見たりする方が好きでした。
ある時、クラスの男子に私が読んでいた本や持ち物をからかわれたことがあったんです。私の本を取り上げて、女の子の挿し絵の入ったページを見せびらかしながら、「本屋がこんなの読んでるぞ」とか「女がこんなの好きなんて気持ちが悪い」って。
光ちゃんは、何もすることできない私を助けてくれたんです。「人の好きなものをバカにするのは、一番やっちゃいけないんだ」って、その男の子たちに向かって私の代わりに怒ってくれたんです。光ちゃんは男の子とも私以外の女の子ともみんなと仲良くしてたんですけど、あんまり関わりのない私のことをかばってくれました。
当時光ちゃんはソフトボールを始めたみたいでした。少し離れたところにあるチームに入ったみたいで、みんなもやろうよ!と声をかけていたようだったんですが、周りの女の子達は習い事だとか他のクラブだとかであまり一緒にやる人はいないみたいでした。
多分、光ちゃんにとってはなんでもないことだったと思います。私にも「一緒にソフトボールやらない?」と声をかけてくれたんです。私は、きっと、光ちゃんに憧れていたんだと思います。そんな人が声をかけてくれたことに嬉しくなり、両親に本以外のものを買ってくれとねだったんです。
それから、近所の公園で学校から帰ったらキャッチボールをする日々がしばらく続きました。運動はあまり得意でなかった私と違い、光ちゃんはどんどん上手になりました。私は光ちゃんのボールを後ろに逸らさないように受け止めるだけで精いっぱいでした。チームにも誘ってくれたのですが、私は光ちゃんの相手が出来れば良かったので、チームには入りませんでしたが…放課後のキャッチボールはとっても楽しかったです。何より、ボールを投げる光ちゃんが楽しそうで、それを眺めるのがとても好きでした。
中学校に上がり、光ちゃんはソフトボール部に入りました。私もやろうよと声をかけてくれたのですが、中学校に上がる頃には光ちゃんはすごく速いボールを投げられるようになっていました。私じゃきっと練習相手として物足りなかったんだと思います。部活が始まったこともあり、私と練習することはなくなりました。
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「でも、光ちゃん強引というか本当に一度決めたら諦めないから…本当に東海林さんが嫌なら、ここの部室で過ごしてもらっていいです…。」と、本田は話すと、再び本に没頭し始めた。どこか、もうこれ以上話をすることを拒否しているようにも感じた翔は、「また…ハンカチ返しに来るよ。」と伝えた。本田は無言で頷くと、再び本の世界へと戻っていった。