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「もう野球は辞めたんだよ!」

5月。連休明けという微妙な時期に始まる新生活を始めるにあたり、東海林とうかいりん翔はとある決意を固めていた。


俺は二度と、野球をやらない。


その想いを胸に、新しい学校へと向かう翔。

県立八景高校、自宅から自転車で15分ほどの距離にある共学校が今日から翔の学び舎となる。

編入手続きを含め2回目の登校となるが、翔は朝から緊張しっぱなしなのであった。なにぶん、これまで野球以外のことをあまりしてこなかった16年間だったため、いわゆる「普通の学園生活」というものが分からないのである。

家から近いとはいえ、これまで県内の寮での生活を1年以上続けていた翔は、自宅から学校に通うという感覚が不思議と懐かしいのであった。


自転車で校門をくぐり、一度だけ来たことのある職員室へと向かった。眼鏡をかけていて温厚そうな男性教師とともに、これから毎朝通うであろう2年A組へと2人は足を進めた。

「しかし大変だねえ、こんな時期に転校だなんて。」

「…そうっスね。」

「前の学校とはだいぶ違うかと思うけど、まあそのうち慣れると思うよ。」

「…そうっスね。」

「しかしまあ大きいねえ、何か前の学校でスポーツやってたの?髪も短いしさては」

「そうっスね。」

「…ま、みんなと仲良く過ごしてくれたら先生も嬉しいから、これからよろしくね。」

「…うっす。」

予鈴とともに先生とこの学校ではひときわ目立つ背の高さの翔が、教室へと足を踏み入れた。


教師のそこそこな朝の挨拶の後、転校生なら定番の自己紹介がざわつく教室で執り行われた。

「東海林翔です。家庭の事情で転校してきました。今日からよろしくお願いします。」と、必要最低限の挨拶を終え、背が高いからという理由で窓際一番後ろに設けられた自分の座席へと着いた。

「めっちゃ背高くない?」

「てか私小学校のとき一緒だったわ!」

「誰か話しかけにいきなよー!」

と、他人事のように感じるクラスメイトのざわつきをよそに、1限目の英語の授業が始まった。


「(全然何言ってるかわからんな…)」と、これまで野球漬けの生活を送っていた翔にとって、授業を真面目に聞く教室の空気は新鮮なものだった。なんだかよくわからないが板書を写したノートを見返すが、やっぱり何が書いてあるかわからない。


勉強を頑張ってみるのも悪くないかな、と思っていた矢先、1限目の終了のチャイムが鳴り終わるのと間髪入れず、開いた窓からグラウンドまで聞こえそうな声の大きさで

「東海林翔くーーーーーーん!いますかーーーーーー!」と叫びながら女子生徒が入ってきた。


自分を見つけるなり、女子生徒が矢継ぎ早に話をし続ける。

「私、陽川光!ひかり、って呼んでくれていいよ!東海林くん、私と野球やらない?ポジションはもちろんピッチャーで!甲子園経験投手だもんね!東海林くんが来てくれたら八景も甲子園目指せるチームになるよ!野球やるんでしょ?ね?」

ここまでを一息に話した陽川という女子は、期待のこもった眼差しを翔に向けている。

対照的に、翔は目を伏せてしばしの沈黙の後、やっとの思いで自分の意志を言葉にするので精いっぱいだった。

「…やらないよ、野球は。」

「え?なんで?もしかして怪我しちゃったとか…?」

「やらないんだ、野球は二度と。」

「大丈夫、野球部は…今はないけど…部活として活動できるようになるし、練習場所だってちゃーんとあるんだよ!」


「もう野球は辞めたんだよ!!!」


翔は自分が思った以上に大きな声を出し、クラス中の視線が集まっていたことに気づいた。翔は、立ち上がってしまっていたことにもこの瞬間まで気がつかなかったのだが、力を抜くようにしてストンっと着席し、再び口を開いた。

「とにかくもう野球は辞めたんだ、ごめん。」

「うーん、私は東海林くんと一緒に野球やるからね、決めたんだからね!」と、両手で手を握ってきた陽川は、休み時間の終わりを告げるチャイムとともに自分の教室へ駆け足で戻っていった。


東海林翔の八景高校転入初日は、自分の予想以上に噂となり、穏やかな学園生活とは程遠いものになってしまったのだった。

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