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友達だよ

「遅いぞ、エカルテ!」


 フリックは大体いつも丘の上の教会の側に居る。

 人の出入りがなくなって久しいと見える、石造りの壁は、蔦と草に半分埋もれていて酷くひび割れている。

 ほとんど廃墟同然の建物だ。屋根の上に、後光のような形のモニュメントがあるから、聖神教の教会なのだろう。

 唯一神を崇める、アポテオーズ王国の国教だ。

 悲しいかなソテ王国ではまったく需要がないようだ。

 多神教の国のようだし。


 胸のすく思いだった。ざまあみろだ。


 王子だった頃は、面倒なお祈りに毎週参加させられていた。

 父が熱心な信者だったのだ。

 ほとんど会話どころか接触すらなかったオレと父が唯一出会う場所。それが教会だった。


 お祈り中に兄にお尻をつままれ、悲鳴を上げさせられて、しこたま父に怒られたっけ。

 兄は、げんこつを何発も貰いながら説教を受けるオレを見て、ゲラゲラ笑っていた。

 ろくでもない思い出だ。あれが将来の王かよ。

 最早オレには関係の無いことだけれども。


「――テ。エカルテ! 聞いてるのか!?」


「ん」


 ああ、と顔を上げた。教会なんか見るから嫌な思い出に沈んでしまった。まったく。


「聞いてるよ。ていうか、別に来るって約束してないし、遅いもなにもないよ」


「そうじゃなくて!」


 フリックは、大声を上げたかと思うと、なぜだかオレから顔をそむけた。

 なにをそんなに怒っているのか。


「フリック君が、今日の格好似合ってるね、だって」


 シエルがにこにことオレ達の間に立った。

 フリックは顔を背けたまま、ぱっと頬を染める。

 なんだこいつ。


「べ、別にそんな事は言ってない! 今日は変な格好してるなって言っただけだ! あ。シエルは、違う、似合ってるし可愛いと思う!」


「……今日は色々あったんだよ。オレにスカートなんか似合わないなんて、自分でも分かってる」


 別に似合ってるなんて言われても嬉しくない。

 そのはずなのに。

 ちょっとショックを受けてるのは、気のせいのはずなんだ。


「えー! そんなことないよ! エカルテちゃんとお揃いなんだよ!? ちょっとフリック君!」


 シエルがフリックの脇腹をつついた。

 当たりどころが絶妙だったのか、フリックは「ぐげっ」と妙な声を上げて、飛び上がる。


「な、なにするんだよシエル!」


「謝って」


「いやだ」


「あーやーまーってー!」


「いーやーだー! ぼくは何も悪いことをいってない!」


 腕を取っ組み合っていがみ合う彼と彼女。

 微笑ましいような気もするけれど、その原因がどうやらオレにあるみたいで、放って置くわけにもいかない。

 慌ててオレは二人に駆け寄って、二人の肩や背中を軽く叩いた。


「よくわかんないけど、シエル。オレは大丈夫だから。っていうかさ」


 とりあえず、話題を変えようと、とっさに頭に浮かんだことを深く考えずに口走った。


「フリック、いつも一人でここに居るけどさ。友達いないの?」


 

 自分の言葉が響くと、フリックがピタリと動きを止めた。

 あ。

 オレ、ひどいこと言った気がする。


「……い、いるよ」


 目がすごく泳いでいる。

 というか、涙まで浮かんでいた。

 シエルも若干引き気味に、腕を離して、憐憫の目を向けた。


「あ。居ないんだ、友達」


「シエル!? それは言っちゃだめなことだから!」


 やめたげてよ!

 いよいよフリックは鼻声になって手をぷるぷるさせている。


「いるもん! 友達いるもん!」


 幼児退行気味にフリックは叫ぶ。

 お金持ちの坊っちゃんと言っても、オレと同い年だもんな。

 世間の子供ってこんな感じなんだなあ、と変に感心する。


 居た堪れなくなって、オレは彼の肩をぽんぽんと軽く叩いた。

 オレも友達少ないし、気持ちはよく分かる。


 というかフリックとシエルしかいないし。

 王宮に居た頃なんて、シュシュぐらいだったよ、友達なんて。


「エカルテちゃん。どうしよう。謝ったほうが良いよね?」


「今は逆効果な気がする。どうしようかなあ……」


「友達いるもん……。ひとりぼっちじゃないもん……」


 膝を抱えてうずくまってしまったフリックを見下ろしつつ、オレとシエルは顔を見合わせた。

 しばらく、そっとしておこう。



……。


「あのね。わたしもエカルテちゃん来るまで、友達って友達いなかったし、別に友だちが少ないのって変じゃないと思うの」


 暫くして、ようやく顔を上げたフリックに向かって、シエルが言う。

 教会の壁によりかかりながら、オレ達は並んで座ってぼんやり空を眺めていた。

 今日も良い天気だ。丘から見下ろす村の緑の風景がとても美しい。


「でも、ぼくは次の領主なんだ。それなのに誰からも友達になってもらえないなんて、変だよ。もっとちゃんとしないと、お父様から怒られてしまう。お父様みたいに、人望がないと、だめなのに」


 フリックの鼻はまだ赤かった。それに普段の自慢気な様子はどこかへ鳴りを潜め、朴訥とした少年の顔がそこにはあった。


「ねえフリック」オレは空を見上げなおした。「とりあえず、モノでつるのは辞めた方が良い。ロクなことにならない」


 魔術書に全力で釣られたオレである。

 良いのだ。とりあえずそれはそれ。これはこれ。


 オレは言葉を継ぐ。

 

「後、親の自慢話ばかりじゃなくて、フリック自身の話を聞かせてくれると、嬉しい」


「でも、ぼくなんにもないんだ。魔術だって下手だから来年の試験だって怪しいし。勉強も運動もできないし。顔はいいけど。顔だけなんだ」


「言い切りおったなこやつめ」


 まあ、顔がいいのは認めてる。父親にそっくりだ。

 ひたすらにネガティブで卑屈。もしかしたら、これがフリックの素なのかもな、と思う。

 だとしたら少し悲しい。

 オレの父親は割と最低だと思うけど、出来すぎた親を持つというのも難しいものらしい。


「お父様の誕生日プレゼントだって、この間失敗しちゃって大騒ぎになっちゃうし」


「大騒ぎ?」


「ボアーに襲われたやつ。プレゼントの花を、探してたんだ。月の花。お母様が、好きだった花なんだ。でも、だめだった。ぼく、本当にだめなやつだ」


 フリックはまた顔を下げて、膝を抱え込んでしまった。

 はあ。


 まったくもうこの男は。男ならもっと男らしくしろ! 

 オレはこんな格好でも男らしく振る舞おうと頑張っているのに!

 オレは立ち上がり、赤髪のつむじを見下ろしつつ言った。


「じゃあ、オレたちと一緒に探そう」


「え?」


 フリックが顔を上げる。不思議そうに、オレを見上げている。

 スカートの裾は無意識のうちに抑えていた。


「うん。それ良い! それに魔術の練習だって、わたし達と一緒にすればいいよ!」


 シエルが勢いよく立ち上がり、ぐっと握りこぶしを作って、屈託なく笑ってくれた。


「で、でも。本当に危険なんだ。月の花は、森の奥にしか生えてないんだよ!」


「オレ達なら平気でしょ。たぶん。……たぶんね」


 ま。いつまでも眼の前でうじうじされるよりはましだ。


「うん。へーきへーき」


「エカルテ、シエル……」


 ぐすっと、彼は鼻をすすった。鼻水と涙の入り混じった顔をくしゃくしゃにしてオレとシエルを交互にみやっている。


「ごめん。ごめんよ。エカルテ。変な格好なんていってごめん。友達でもないのにこんなに良くしてくれるのに。シエルもごめん。ごめんなさい」


 発言の全てに、濁点がついてて、本当に聞き取りづらい。

 普段からこれぐらい素直なら、もっと友達だって出来るだろうに、と思ってはきっとだめなんだろうな。

 

 というか。


「エカルテちゃん」「シエル……ちゃん。ええと」


 シエルが困ったような顔でオレを見る。お互い顔を見合わせて、おかしそうにくすくす笑う。

 くすくす笑いが広がって、フリックが涙目で怪訝そうにオレたちを見上げた。


「あのさ、フリック」


「ヴン」

 

 うん、と言ったと思う。


「オレもシエルも、フリックの事、友達だと思ってるけど。フリックは、違うの?」


「ぶえ。ゔぉぐも」


 泣きじゃくって居て殆ど聞こえなかったけれど。

 ぼくも友達だよと言ったんじゃないかな。たぶんね。

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