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いもうとおとうと

「魔術書ー魔術書ーまじゅつしょー」


 まじゅつ、しょ……。

 食べる寸前のエサを取り上げられた猫の気分って、こんな感じだろうか。

 なまじ匂わせてからのじらし。これは心にだいだめーじだ!


 あれからグランは本当に我が家に来て、リンバとソレイユと今後の魔獣対策について何やら話し合っていたようだったけれど、子供のオレは当然のようにその場から追い出された。

 まあそれでも、美味しいケーキを食べられたことは大きい収穫だ。


 あれから何度かフリックと村で会った。

 あいつめ。


 会う度に自慢話ばかりして、いつまでたっても魔術書を見せてくれやしない。

 オレの魔術書をどこにやった!

 オレのじゃないけど。

 

「あんた、いつまでも寝てんじゃないの」


 頭を軽く叩かれた。

 顔をあげるとソレイユが苦笑いを浮かべている。

 朝食後何もやる気が起きず椅子に座ったまま、テーブルに突っ伏していたのだ。


「ふぁい」


 もそもそと椅子から立ち上がり、あくびをひとつした。

 今日も魔術の鍛錬に向かおう。フリックの長話に付き合ってから、鍛錬に向かっていたけれど、これ以上フリックに付き合うのもなんだかアホらしい。

 未練を断ち切るのだ。

 さようならオレの魔術書。


「エカルテ、今日もお出かけ? たまにはシエルも誘ってやってよ」


「うん。分かった。でも――」


 シエルが、フリックと出会ったあの日からどうにもオレによそよそしくなった気がする。

 話しかけると笑顔を返してくれるし、会話も普通にしてくれるんだけれど。

 でもスカートを穿けとも言わなくなったし。それは良いんだけど。

 

 ちょっと考え込んでいると、視線に気づいた。

 ソレイユがにやついた顔でオレを見いている。「シエルもさ、まだ子供だからさ。かまってあげてよ」


 そう言って、彼女はオレの頭を手のひらを押し付けて、ぐりぐりと強めに撫でた。


「かまってるっていうか、オレが構われてるっていうか」


「エカルテ。最近、フリック坊のところにばっか行ってるみたいじゃない?」


「うん? ああそうかも。魔術書を見せてくれるっていうからさ。結局見せてくれないんだよ、フリックのやつ」


 頬を膨らませようとして、はっとして、やめた。

 なんか、女の子みたいな動作なきがして。


「魔術書、ねえ……。なんだあたしはてっきり、できてるのかと思ってた」


「……でき? まさか!」


 オレは思わず吹き出す。

 ソレイユは、魔族ということもあり見た目は二十代にしか見えない。

 母よりは姉と接しているような感覚がある。


 本で知った、遥か北方にあるという常闇の大陸。

 争いに破れた魔族が住む極寒の不毛の地。

 そこに住む一つの種族が、アルカ族だ。

 白銀の髪に赤い瞳。それに鋭い犬歯。


 その特徴を彼女は備えているように見える。

 本の通りであれば、大昔に人間と争った者たちの末裔と言うことになる。

 その彼女が、いたずらっぽく笑っている。


「冗談だよ。あんたそういうの興味なさそうだもんね。時々男っぽいっていうかさ、そういうところあるじゃない? 服やぬいぐるみより、修行! みたいなさ」


「あー。うん、そうかも」


 当たっているので、オレは頬を掻きながら頷くしか無かった。さすが母。鋭い。


「まっ。寂しいんだと思う。あれで、あんたのこと本当の妹みたいに可愛がってたから。必死に隠してるけどさ」


 割と真面目に凹んだ。シエルにめちゃくちゃ気を使われていたのだ。


「…………。最近よそよそしかったんだ、シエル。なんか、悪いことしちゃった」


「別に悪いとかそういうんじゃ無いさ。どっちもガキで可愛いなあって思うよあたしは」


 ソレイユはふとしゃべるのをやめて、一瞬目を閉じて、言葉を継いだ。


「いつか知るだろうし、せっかくだから今言っとくよ、あたしは魔族なんだ。魔族って知ってる?」


「知らない」


 記憶喪失。そんな設定だった。少し胸がいたんだ。


「そうだよね。ざっくり言うと、敵だったの。人間の」


「うん」


「今は違うよ。この村の人は優しいし偏見とかはない。でも、やっぱりどこかでお互いに一歩引いちゃうところが、ある。それでシエルも友達が出来づらくてね」


「あんなに明るいのに?」


「そう。エカルテが来てからさ、本当に楽しそうなんだよあの子」


「オレもすごく楽しい。シエルが居てくれて毎日が楽しいんだ」


「そういう気持ちがあるなら、ちょっと付き合いな」


「良いけど。え?」


 ソレイユはがっしりとオレの両肩を掴むと、ぐいぐいとそのまま背中を押した。

 あれ。なんかデジャヴ。「ど、どこいくの?」


「あたしの部屋。大丈夫、痛くしないから!」


「……嫌な予感しかしないんだけど!?」



 大きく息を吸って、部屋をノックした。

 いや自分の部屋でもあるから必要はないんだけれど、なんとなくだ。


「はーい」


 と普段と変わらない、明るいシエルの返事があった。

 オレはもう一度深呼吸して、部屋に入る。


「わ」


「シエル。ええと……」


「どうしたの!?」


 シエルがベッドから飛び上がって、オレのところへ一目散に駆けてくる。

 ちょっと背の高い彼女が上から足元までオレの姿を顔ごと動かして見た後、叫ぶように言った。


「かわいい!」


「そ、そうかなあ……。ソレイユがね、ほら。覚えてる? おそろいの服縫ってるっていってた。それがこれみたい」


 オレはその服とリボンをシエルに差し出す。

 猫のワンポイントをあしらったオフショルダーのシャツに、水色のスカート。

 オレにはブルーのリボンでシエルには赤色のリボン。

 髪はキレイに梳かされ、微かに柑橘の匂いがする。


「すぐ着るからまってて!」


 シエルはその場で、目にも留まらぬ速さで服を脱ぎ去る。

 あ。

 普段はシャツを肌に直接着ているオレとは違って、シエルはいつも下着を付けている。

 それがブラトップというたぐいの衣類であることは、シエルとソレイユの会話からなんとなく察していた。

 オレよりほんの少し丸みを帯びた体。1歳年上の彼女。

 オレのたぶん、1年後の姿。あんな風に女に近づいていくのだろか。


 ……やだなあ。



「じゃん! どう? おそろいだよ!」


 オレと同じ格好で赤いリボンを付けたシエルがくるりと一回転してから、屈託のない笑顔を見せた。


「シエルちゃん。似合ってる」


「えへへ。ありがと。わたしもね、エカルテちゃんもすごく可愛い!」


「う、うーん」


 喜んで良いのやら。


「おそろい。うれしい」


 シエルがオレの両手をぎゅっと握って、ぶんぶんと上下に振りまくる。

 犬のしっぽがあったら左右に千切れんばかりに振っていそうな顔で、オレも自然笑顔になった。


「あの、さ」


「なに? エカルテちゃん」


「えっと、ね」


 いらない気恥ずかしさが、今は恨めしい。

 今のオレは、エカルテ。男の子じゃない。

 男のような意地や恥なんていらないのだ。

 内心で勢いをつけて、吐き出すように、一気に言った。


「ごめん!」


「どうして、あやまるの?」


 きょとんと丸い目がオレを見ている。正直怯みそう。


「その……。最近あんまり一緒に遊んでないから……」


「エカルテちゃん魔術の練習好きだもんね。仕方ないよ。フリック君、たくさん本持ってるって言ってたし」


「そうなんだけど。でも、ごめん」


「だいじょーぶ」


「でも」


「だいじょーぶだよ。わたしお姉ちゃんだし」


「……うん」


 オレはそれ以上何も言えず、ただ彼女の手を握り返えした。


「……」


「……」

 

 彼女は無言でじいっとオレの目の奥を見つめてから、「ぷっ」とやがて一気に破顔した。

 声を上げて笑い、おかしそうに胸元に手を当てていた。

 それから片方の手同士でオレを引き、にっこりと言った。


「エカルテちゃん。遊びに行こ! せっかくお揃いなんだし! フリック君も誘おうよ」


「フリックも? でも」


「良いから良いから。行こ?」


 彼女はぐいぐいとオレの手を引き、部屋を飛び出した。

 男だの女だの、それ以前に。

 

 オレはシエルの妹だか弟だか。これからもずっとそんなポジションにいる気がした。

 それも悪くない。今は、妹でいたい。そう思っている。

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