つきあかりと、
「フリックのこと、どう思ってるの?」
シエルは柔和な表情をしているけれど、その目は真剣だった。
だからこそ、慎重に言葉を選ばないと行けない気がした。
彼女の身体から、乳白色のお湯に視線を落とす。
「どう…。オレは、なんていうか……」
私は、彼が生きていてとてもうれしかった。彼が居ないととても寂しいと思う。
シエルが訊きたい事はそういうことじゃないってことぐらいは、さすがの私でもわかってる。
私が視線を泳がせていると、シエルがお湯を脚でかぎながら近づいてきて、ぽんと軽く頭に手を載せた。
「うん」何かわかったみたいだ。「じゃあ、フリックといると、どきどきする? たぶんだけど、フリックはそういう気持ちだったんだと思うんだよね」
「どきどきすること、あるよ」
「そっか。安心したよ」シエルの手が、離れた。なんだか納得したような声だった。「じゃあ、ちゃんと謝ろうね。お姉ちゃんも一緒に行ってあげるから。その気持、ちゃんと伝えたらきっとうまくいくと思う」
「うん。でも」
私はシエルを見上げる。とてもきれいな体がすぐそばにある。
「うん?」
「シエルにだって、どきどきすることあるんだ」
「……」
シエルの身体から流れた水滴が、ぽたりと落ちた。
固まってしまった。
言ってしまった言葉の意味は、後から追いついた。
は、恥ずかしい。フリックのせいだ。あいつが悪い。うん。
「……シ、シエル。黙らないでよ」
「……え。あ、うん!」
「ええと……」
「……」
沈黙が気まずい。何か、なにか言わなきゃ。さっきからシエルが目も合わせてくれないまま立ち尽くしている。
「その……変な意味じゃなくて。きれいだから、触ってみたくなるってだけで……」
シエルの顔が赤い。たぶん、私の顔も同じくらい赤い。
何言ってるか、もう自分でもわからないけど、とんでもないことを言った感触だけはばっちりだ。
「ど、どうぞ?」
シエルが両手を広げる。きれいだって、素直に思った。そしたらもう、まともに見られなくなった。
どきどき、してるよ。
「そ、それはなんか、まずい気がする」
訊かれて、改めて意識してしまったのだ。
「え!? あっ、そっか!? あははっ、わたし、なんかおかしいんだ!」
勢いよくシエルが座ると、水滴が顔にかかった。乳白色のお湯に身体が隠れて、ほっとした。
顔を上げると、すぐ近くに彼女がいる。目が合うとどちらともなくはにかんだ。
「ううん。オレが変なこと言った」
私が言うと、シエルは慌てたように答えた。
「違う違う! わたしの方こそ!」
「うん。いや、ううん」
「あはは……。あーもう。こんなの予想してた展開と違うよ」
彼女は俯いて、なんども顔を洗っている。
「予想?」
「い、良いの! こっちのことだから!」
「うん。でも……」
なんとなくお互いに顔を見られない。こんなきまずいのは嫌だ。
シエルにはちゃんと気持ちを伝えたかった。
わかりかけてきた私のことを、はじめからずっとそばに居てくれた彼女に一番に知ってほしいって心から思う。
「シエル」
「は、はい!」
向き合って、まっすぐに見つめた。お湯の下で、彼女の片手を取って胸元に押し当てた。彼女の手に鼓動が伝わったら良い。
「心臓、ちゃんと動いてる。どきどきしてるんだ。色んな人に支えられて、生きてる」
「……エカルテ?」
「私、変わりたいよ。自分のこと、ちゃんと好きになりたい。支えられないと生きていけないことも、認めて、受け入れて、その上で何が出来るか、知りたい。だから……シエル。この手、離したくない」
「……贅沢ものめ」
くすり、と笑う彼女と目が合った。彼女を照らす月明かりがとても美しいって、思った。
「うん。そうだと思う」
「はーあ。わたしも、色々考えすぎてたかも」
「なにを?」
「言わないよっ。恥ずかしすぎだから」
「言ってよ。ちゃんと言ってくれないと、わかんない」
私の胸の中でシエルの手が少しみじろぎするのがわかった。逡巡するように瞬きして、それから諦めたように彼女はため息をつく。
「エカルテ、最近ほんと強くなってきたよね。前は、こう言えば追求してこなかったのに」
「そうかな? そうかも。ねえ、ちゃんと教えて。シエルのこと、知りたい」
「手」
「て?」
「手。貸して」
よくわからないまま手を差し出すと、ふい、と目をそらされた。
私がそうしているように、彼女も同じように、自分の胸元に手を押し当てる。
彼女にしては珍しく、怒ったような口調で言った。
「わたしも、どきどきしてるでしょ」
「うん」
「そういうことだよ」
「……」
「エカルテ! そこでだまんないでよ! 恥ずかしくて死にそうなのに!」
「シエルも、どきどきしてるんだ。一緒だ」
「あーもう! 黙っておこうって思ってたのに」
「私、嬉しいよ」
「あっそ」
「嬉しいんだよ。本当に」
「知ってる」
「ありがとう、シエル」
「うん」
結局、お互いの顔は見られないままだった。
でも見なくても分かる。お互い真っ赤な顔をしていただろうから。
目をそらした月明かりは、ただひたすらに美しかった。




