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朝日と、

 朝日が、差し込んでいた。

 見慣れたきらめく白い陽光だ。黒い光なんてどこにもない。

 それはまるで夢のような光景で、あまりにきれいだから私はまた泣いてしまった。


「あれ。また泣いてる」


「……ごめん」


「何謝ってるんだよ、エカルテ」


「ごめん」


 首元に飛びついた。がっしりとした硬い体の感触があった。

 夢じゃ、ない。「フリック、ごめん。ごめんなさい」


「ぼくも、ごめん。心配かけて」


「なんでフリックが謝るんだよ」


「じゃあ、なんでエカルテが謝るんだ?」


「だって、私のせいで、私のせいで、君がそんなに傷ついた。悪いのは、私なのに」


「君は、ぼくを傷つけようと思ってたの?」


「違う。そんな事、思ってない」


「さらわれたのだって、わざとだったの?」


「そんなわけ、ない」


「だったら、何でもかんでも自分のせいだって思うのは、いっそ傲慢だよ。まあでも、確かに怒ってることは、1個あるよ」


「うん……そうだよね。怒られて、当然だ。嫌われたって、当然だよ」


 身体を離す。フリックと目があった。ふっと、彼は微笑んでいた。


「そうじゃない。エカルテ。ぼくが怒っているのはね。君が自分の身を危険に晒すようなことをしたことに対してだ。君はもっと自分を大事にするべきだ」


 真っ直ぐな目だ。本気で言っているのだと、わかった。それを信じられなかったのは、私だ。


「わ、私は……。君に酷いこといった。信じられないって、言ったんだよ」


「そんなの当たり前だよ。何度だって疑えばいい。言葉一つで全く信じてもらえるなら、この世界はもっと平和だ。きっとね。だから……何度でも、疑ってよ。何度だって、ぼくは伝えるからさ」


「フリック……。ごめん」


 私は、泣いた。とても、熱い涙だった。何度こすっても、止まらなかった。

「だから、謝ることないって」


「……ううん。ごめん。ごめんなさい。ちがう……」


「うん」


「ありがとう」


「うん」


「きみが、ぶじで、よかった。きみが、いなくなるの、すごく、いやで、こわかった。きみが、きみが、いてくれて、よかった」


「うん。ただいま、エカルテ」


「……っ。ああ。うわあああぁぁああっ」


 子供とか大人とか。女とか男とか。そんなのもうどうでもよくて。

 ただ、目の前の大切な君が生きているのただ嬉しかった。嬉しい涙って、すごく久しぶりだと、思った。



……。


 フリックの目は覚めて、怪我は治癒できたけれど、彼はまだ起き上がれないようだった。

 失った体力が回復するまでは、ここに滞在させてほしい。そういうお願いをしに、族長のところを訪れた。

 つもりだったのだけれど、事態はそれどころじゃないようだった。


「空が、晴れたのだ。まろうどの諸君は理由は知らぬと、そう申されるか」


 族長はフロロ族唯一の男で、やっぱり白い長耳と毛皮、しっぽを持つ屈強な姿をしている。


「わかりません。気づいたら、としか。本当です」


 私が答えると、族長のヒューはあぐらをかいたまま、じいっとこちらをにらみあげた。

 長年鍛え上げられた戦士の目だ。

 彼の言ったとおり、フリックの目覚めた日から、黒かった陽光が、晴れている。

 正確に言えば、この周辺の魔素が正常に戻った、ということになるだろうか。

 私達には見慣れた青空が今は広がっているのだ。


「ふうむ……しかし、まろうど共が訪れてから起きた事象であることは間違いないのだ。あいや。見当もつかぬな。ともあれ、そちらは、もうしばらくの滞在を望むと言っておったな」


「友人がまだ起き上がれないのです。ぜひともお願い致します。代わりにというと僭越ではありますが、私達に出来ることがあればなんでも申し付けください」


「そうかしこまらずとも良い。無論許可する。晴れた日のことも気になるのだ。それも含めてそちらにはここにとどまって欲しいというのが、俺の本音でもあるからな。

手伝いに関しては、あれば申し付けよう。なにせズメウにアルカだからな」


 くく、と低く笑った瞳が下卑た光を帯びたのがどこか引っかかる。だけど全く寄る辺のない状態だった私達には、それでもありがたかった、



……。


「ねえ、シエル」


 くつろいで手足を伸ばすシエルをみやった。

 木々に囲まれた小さな湖のような場所に、私達は浸かっている。

 温泉、っていうらしい。なんでも地面からお湯が湧くのだそうだ。乳白色のお湯に外で浸かるっていうのはすごく新鮮な体験だった。

 

 何度入っても、良い。

 最初は他人に見られたらって躊躇もあったけれど、そもそもフロロ族は族長以外女性だし、フリックも まだ身体が動かせないからベッドで寝ているから、ある意味安心だ。


 それにしても。すっかり客人としてもてなされている。

 良いんだろうか。今後のこと、とか。色々考える事は多い。

 けど。平和だ……。空もきれいだし。


「んー?」


「えーと」


 シエルの白い肌はお湯でほんのりと赤らんでいて、なんだかどきどきする。

 うん。どきどきしてるのは、別の理由なのだ。尋ねたいことが、あった。


「なにー?」


「お……」


「お?」


「お……お」


「おお?」


「おっ、お……」


「おお? なんか頑張れ?」


「おっぱいって、どうやったら大きくなるの?」


 やっと言えた。ぽたりと鼻の頭を汗が伝った。

 鳥が鳴いている。

 ああ、とても静かだ。


「……ぷっ」シエルが破顔する。堰を切ったみたいに、からからと笑い出した。「あははははっ! まだ気にしてたんだ! この前の」


「う、うるさいな! 笑うなよ!」


「ごめんごめん。いい加減許してやんなよ。フリックのこと」


 とか言いつつ、まだ笑ってるし。


「……別に、怒ってるわけじゃないけど」


「けど? ……ぷっあははっ」


「笑うなってば!」



…。

 話は少しだけ遡る。フリックが目を覚ました翌日の夜の話だ。


「身体拭くよ」


 一人で入浴できるほど回復したわけではないフリックの背中を、その日私は拭いていた。

 


「あ。うん。ありがとう」


 少し、まごついたような声だった。

 背中大きいなあ。もらった体拭きを大きく動かして、拭いていく。

 こんなに筋肉質だったっけか。顕になった肌が、なんだか。

 あれ。なんだか、なんだろう。

 

 無言で拭いている。彼も言葉を発しなかった。水を絞る音だけが部屋に響いていた。

 後は、私の心臓の音だけ。


「シエルから色々聞いたよ。大変だったみたいだね。その……フェッテ、さん? 無事だと、いいね」


「フリック。今は人のこと心配出来る身体じゃないでしょ」


「まあ、そうなんだけど」


「大丈夫。あいつは……しぶといから。なんか、そのうちそのへんの草むらからひょっこり顔をだしそうな気すら、してる」


「信頼してるんだね」


「うん、してる」


「信頼も、されてるんだ」


「されてる……そっか。そうなのかも」


「うん」


「私は、そんな当たり前のことも気づかなかったんだな」


 自分の事が嫌いで、何も、見えていなかったのだ。

 水をもう一度絞る。水は澄んでいた。


「前も拭くね」


「えっ、あ、いやっ、前は大丈夫だよ」


「良いから。まだ腕だって動かしづらいでしょ」


 そう言って、また“なんだか”で。

 前に行って、彼と顔を見合わせるのは、躊躇った。

 背中から手を回して、太い身体の横から、そして前を拭いていく。


 背中に私の身体が時折密着するけれど、まあ、別に、女らしくない私の身体がくっつこうが、彼はどうとも思わないだろう。

 ちゃんと拭けてるか、前を覗き込んだ。

 ……うん?


「……ねえ、フリック」


「ご、ごめん」


「お前っ。そう言うの最低だぞ!?」


「不可抗力だ! さっきから胸があたってるんだよ!」


「は、はあ? ないでしょ! 全然ないよ! 平べったいよ」


「確かに平べったいけど、ちょっとはあるんだよ!」


「うわ。最悪。平べったくなんてない! もうちょいある!」


「どんな罠だよ、自分で言ったんじゃないか! 君だって元男なんだから分かるでしょ」


「! そんなの知らないよ! フリックなんて最低だ! もう良い。自分で拭きなよ!」


「ちょっ、ご、ごめんってば!」



……。


「あのやり取り、笑ったなあ」


 思い出したように、シエルがまた吹き出した。


「シーエールー!」


 お湯をシエルに向かって飛ばした。

 彼女は避けるわけでもなく、顔からそれを受けて涼しい顔をしている。

 大人の余裕って感じが、なんかはらたつ!


「あははっ。大きくなる方法は正直知らないけどさ、私もちょっと聞いてみたいことがあるんだよね」


 そう言って、彼女はお湯から立ち上がると、凹凸のはっきりした女性らしい身体が顕になった。

続きます。

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